死神の上司な悪魔の話「結局は魂でさえリサイクル可能な容れ物なんだよ。人間を形作るのはその一部の……核みたいなもんだ」
「なるほど」
落ち着いた声で返事をするブラッドのことを、キースは変な奴だなと思う。先ほどまでと違い、人の姿を失って小さい光のような魂に姿が変わっているのに、たいして動じていない。大抵の人間はこの姿になれば慌てたり嘆いたりするし、金をやるから元に戻せと言われたこともある。身体を捨てれば本来の自分が出やすくなるのに、ブラッドは何も変わらない。
死神は魂を回収すればいいと思われがちだがそれは違う。対象の人間を観察して、死後に魂をどこへ導けばいいのか決めなければいけないからだ。冥界へ連れて行って終わりではない。おまけに報告書を書いたり予定案を出したり、事務仕事も多い。最悪だ。
死神として、事故で亡くなったブラッドの魂を回収して冥界へ行くまでに質問攻めにあい、死神についてや冥界について色々と吐き出してしまった。どうせ生まれ変わったらこんなことも忘れてしまうのだ、少しくらい情報を与えても問題はない。それより早く帰って酒が飲みたい。
「生まれ変わるというが、核もなのか?」
「よく気付くなお前……。そん時は魂から核だけ消える。元の人間の情報なんて持ってても仕方ねぇだろ」
「そうか」
「まあ、お前はちゃんと天界行きだから安心しろよ。お前の記憶も性格も全部なくなるけどな」
「そういう心配をしているのではない」
死者の魂は、冥界を通ってから、生まれ変わるために天界に行くか、しばらく冥界で過ごすか、冥界で消滅するか、はたまた抜け道を探して魔界に辿り着くか、意外とその後は細分化されている。
生前の行いは見ていたし、データもきちんと揃っている。ブラッドは文句なしに天界行きの魂だった。質問されるのは面倒だが、抵抗されないのは良かった。
「俺の行いを度々見ていたのは、直接か?」
「まあ道具も使ってるけど念のために適当に人間界に行ってたな。適当だからお前が寝てる時もあったけど」
冥界の便利道具として、ひとりひとりの魂の行いを記録する鏡がある。それにプラスして死神が直接様子を見に行くことになっていた。
観察対象が寝ている時はサボれて良かった。一応仕事をしていることになるので、内勤をするよりずっと楽だったからだ。
「効率が悪くないか?」
「は?」
「善悪を確認するなら睡眠中に見ていても無意味だろう。もっと上手く道具を使えば効率化できるのではないか?」
「知らねぇよそんなこと……。上に言え上に」
「そんな機会もないだろう」
ブラッドは問題がなさすぎるが故に、審議の必要もないのでそのまま天界行きで、キースの上司に会うこともない。少しの会話で自分の流れを理解していて、面白い奴だと思った。
「じゃあ、与えてやろうか機会」
「……どうやって?」
「回収する必要があるのは魂で、核じゃねぇ。だから、魂から核だけ引っこ抜いて適当に身体を与えてやれば、それはそれで……まあ、別の意味で生まれ変われるわけだ」
キースはニヤリと笑う。核をちょろまかしたって、消してしまう不要なものだから誰も気にしない。
核は時間経過で魂から抜けるし、何かの拍子に抜けてしまうることもある。そして、そのままにしておけば消えてしまう。だから冥界を漂う魂のほとんどには核がない。
キースも自分が死神になった時のことは昔のことすぎて記憶に残っていないが、おそらくたまたま身体になり得る素材を見つけたのだろう。周りに何もなかったらそのまま消えているはずだ。
自分が天界に行くような人間だったとは到底思えない。そのまま消えてしまうのとどっちが良かったかは未だに謎だが、せっかく久々に面白い魂に会えたので、死神になって良かったと思わせてほしい。
「何になるかはわからないけどな」
「望むところだ」
面倒な仕事ではあるが、死神として生まれたので本能的なもので事務作業からは逃げられても、どうにも魂の回収からは逃げられない。ずっと長い間、退屈なのだ。死神だって、大層な名前はついているが結局魔の物だ。娯楽を見つけたなら試すのもいいだろう。
鎌を使って慎重にブラッドの魂から核を取り出す。人間の頃は真面目で付き合うと面倒な人間が、魔に近づくとどうなるのか単純に気になった。堕落するのだろうか。それとも根源は変わらないのだろうか。
後に、キースは軽率な己の行動を後悔することになる。
「なんで気が付いたらお前が上司になってんだよおかしいだろ……」
「当然の結果だ」
目の前の書類を捌きながらブラッドはさらりと言うが、質問の答えになっていない。そういえば人間だった頃も仕事人間だったなと思い出す。今となってはブラッドには人間の頃の記憶はないはずだが。
「いやお前、死神に混ざって働いてるけど悪魔だろ……。死神として人間界で仕事もないのになんで上は許可出したんだ……」
「俺も貴様と魂を迎えに行っていただろう」
「お前がまだ悪魔になる前じゃねぇか……。だいたい、オレが仕事してんの見てただけだろ」
結局ブラッドは悪魔となった。あんな真面目な仕事人間がと驚いたが、素質や選んだ素材で変わってくるのでどうなるかわからないのだ。それならそれで面白い姿が見れるかもしれないと思った。しかし、まったくそんなことはなかった。悪魔となってもブラッドはブラッドのままだった。
「あの頃は身体がなかったから見る以外のことができなかっただけだ。それに俺の指摘で仕事の効率は上がっただろう」
「あれは指摘なんて優しいもんじゃねぇだろ……」
キースがブラッドの身体になる素材を探しつつ死神の仕事をしていた時代、キースはブラッドをそのまま消えてしまわないよう特殊な加工がしてある鳥籠に入れ仕事の間も連れ歩いていた。そのせいで仕事に口出しをするしサボったり酒を飲めば小言を言うし、さらにキースの上司に仕事の問題提起や効率化の提案をし始めるとんでもない奴だった。
連れ歩くことを後悔もしたが、キースは死神にしては珍しく冥界ではなく魔界に居を構えている。混沌とした魔界に置いていくのも、このまま存在を消してしまうのも躊躇われた。
悪魔となった時に、キース以上に上から評価をされていて誘われて死神に混じって冥界で働き出した。言動は悪魔らしくはないが、キースにとっては間違いなく悪魔で暴君だ。
キースは別として死神には真面目な気質の者が多いがブラッドはそれを超えているし、人間でもこんな奴は早々いない。
「ブラッド、お前その内マジで死神になりそうだよな……」
そんな突然変異、普通ありえないがブラッドなら本当になりそうな気がしてキースは震えた。