Like a bolt from the blue.(HeriosR/キース×ブラッド)*
「とにかく聞いてくれ、俺は昨日お前等と飲んで、リリーが帰った後にジェイと二軒目に行ったんだ、其処でもしたたか飲んじまって、まぁその時は後悔してなかったんだけど、会計済ませた後になってから段々吐き気を催す方向に酔いが回っちまったんだ、何度も泥酔の修羅場を潜り抜けてきた俺も流石にヤバいなと思って意識がある内にブラッドに連絡したんだ、俺はその時リニアの駅前のベンチにいたから大体の場所と、あとマジヤバい水飲みたいって事も伝えた、ちゃんと伝わってたのかどうか不安だったけどとにかくもう何とかしてくれーって気持ちだった、意識飛びそうなくらい眠気もあったけど、スられちゃ困ると思ってスマホと財布を握り締めて俺は大人しく待ってた訳だよ、そしたら着信があってさ、出たらブラッドなの、アイツなんて言ったと思う? 『項垂れてだらしなくベンチに座っているお前を見つけた。今そっちに向かう』って言ってさ、だらしなくって余計な事言いやがって、こっちはもう気分は最悪だってのによ、んで正面見たらさ、いたんだよ、真っ直ぐこっち見て、人混みの中を颯爽と歩いてくるブラッドがさ……なんかもう、今お前が歩いてるのはレッドカーペットの上ですか? ってな具合に迷いなくこっち来んの、しかも上手い具合に人の波も捌けててさ、もう何がなんだか分かんねーんだけど、目が離せなくて、ぼーっとしてる間にブラッドは俺の近くに来て、またアイツなんて言ったと思う? 『待たせたな』とかクッソ気障な事言いやがったんだよ笑いながら、いや待ってたけど、待ちかねてたけどさぁ、その確信を持った態度は何? って、唖然としちゃうってもんだよ、しかもこっちが何も言わないでいたら一言も言えないくらい体調が悪いのかって勘違いしたのかどうかは知らねーけど、わざわざ近寄って『立てるか?』とか訊いてくるし、いや立てるからって思って立ち上がろうとしたらさ、情けねーけど腰抜かしてたみたいで、よろけちまったんだよ、でもアイツは平然とこっちの腕引いて、オマケにアイツ、腰まで抱いて支えてきてさ、もう大混乱だよ明日雹でも降るんじゃねーのって思った、この天変地異の前触れを予感して困惑する俺を尻目にアイツは『手のかかる奴だな』とか笑いやがってさぁ」
陶酔、という形容が模範解答のような熱意のある語勢と表情とで語るキースからじりじりと椅子ごと移動して距離を取り、リリーとジェイは遠くの人に話しかける時のように口許に手を添えて呼び掛けた。
「キース、昨日の夜に転んで頭でも打ったか?」
「医者に診てもらえ、間違っても肝臓じゃなくて頭をだぞ。いや肝臓と肺もついでに診てもらえ」
「頭は打ってねぇよ、寧ろ思考は晴れやかに澄み切ってんだよ、あの笑顔を見た瞬間から……そう、青天の霹靂ってやつだ、俺は分かっちまったんだ……ああ俺、今コイツに抱かれた、精神的に……って。でも一晩経ったら逆の方がいいなって思い直した」
「駄目だリリー、諦めよう。俺達の言葉は今のキースに届かない」
「ゾンビ映画で親友がゾンビになった時の主人公の気持ちって、こういう気持ちなのかもしれないな……」
ご愁傷様。二人は心中で十字を切って休憩所の席を立った。相変わらずキースは深刻な溜息を吐いてはテーブルの上で伸びたり頬杖をついて天を仰いだりと忙しなくしている。ジェイは肩を竦めて苦笑した。
「まぁ……はしか、みたいなもんだろう。この状態のキースを見てあいつがなんと思うかは分からないが」
「どうかしたのか」
「ああ、流石にこんな親友の姿を見たらブラッドも呆れてものが言えなくなるんじゃないか、と――」
「待てジェイ、本人だ!」
「え、ブラッド?!」
噫なんという予定調和、なんという劇的状況、なんというジャパニーズ・シンキゲキ染みたタイミング!
リリーとジェイは諸手を挙げて、というよりそのまま両手で頭を抱えてブラッドとキースを交互に見た。そして同時にキースにテレパシーを送った。何も考えずに一刻も早く居住まいを正して正気に戻ってくれ、と。しかし悲しい哉青天の霹靂に打たれ恋のはしか熱に浮かされている本人は気付かない。悲鳴のように息を呑んで、そして、二人は彼等を見捨てる事を選んだ。決定から行動までの速度は素早い。そそくさと捌けながらブラッドの左右の肩をそれぞれ叩いて、通りすがりに一言だけ言い残した。
「どうぞお大事に」
〈了〉