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    hokui39

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    hokui39

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    高校1年生の遊修が別クラスだったら

    ガトーショコラ 移動教室のために1階の廊下を通ったとき、冷え切った空間にチョコの甘い匂いが漂っていることに気付いた。そういえば、今日は空閑のクラスが調理実習の日なんだったと、ぼんやり思い出した。


     高校に上がって、空閑とは別のクラスになった。
    ふつうに考えればその可能性はあったのに、なぜ同じクラスになるような気がしていたんだろうか。4月にそれが現実となったとき、自分でも思った以上の衝撃を受けたのを覚えている。
     一方、空閑はあっさりしたもので、「なんだ、オサムとはちがうクラスか」とだけ言って教室に向かって歩き出した。そして、中学校のときにそうだったように、やっぱり僕なんかよりよほどクラスメイトと上手くやっているようだし、幸い空閑の学力についても周りが世話を焼いてくれているらしい。それは喜ばしいことのはずだ。それなのに、胸がもやもやするのを感じているから、きっと素直に喜べていないんだと思う。日常生活のこともボーダーのことも、僕が教える前に教えてくれる人はたくさんいるし、ついに学校でのことも一番に教えるのが自分じゃなくなってしまった。きっと、ぽっかりとそのスペースが空いてしまったような気持ちなんだと思う。たぶん。
     もうそれも数か月前の話なのに、未だこんな気持ちを抱えているのはよくない。僕にとっても、空閑にとっても。


    「おーい、オサム!帰るぞー」
    終業のチャイムが鳴りやんだのとほとんど同じタイミングで空閑が迎えに来た。
    教室を出ていく先生とすれ違うようにして入ってきたので、先生は苦笑しながら「廊下は走らないでね」と注意する。
    「おまえはどうしていつも…片づけるからちょっと待っててくれ」
    「りょーかい」
    防衛任務での早退がない日は、概ねいつもこんな調子なので、クラスの女子からは「三雲くんとこの空閑くんはいつもかわいいねえ」などと言われている。彼女たちの表情のゆるみ具合からして恐らくからかいや悪意はないので、それはそれで答えに困って、曖昧に笑って濁していた。
    「空閑くんのクラス、今日調理実習だったでしょ?えっと、ガトーショコラだよね」
    「そうそう、ガトーショコラ。高校最後の冬、シレツな受験戦争に向けてがんばるセンパイたちに送るためのやつ。なかなかにおいしいものでした…」
    「おいしくできてよかったねえ」
    空閑は、僕が準備できるまでの少しの間、近くの席のクラスメイトたちと他愛ない話をして、ちょうどいいタイミングで「それではみなさん、さようなら」と手をひらりと振ってふたり連れ立って教室を後にした。


     今日は直接支部に向かう日だから、支部に着いてからの予定とか、学校であったことをしゃべりながら、肩を並べて歩く。
    赤信号で止まったとき、足と一緒に会話も止まった。その会話の切れ目に、「あ」と空閑が声が割り込んだ。
    「オサムに渡したいものがあるんだった」
    「なんだ?」
    こんなところで?と思いながらも、徐にスクールバッグに手を突っ込まれた手が出てくるのを待った。「あったあった」と引き上げたそこには、かわいらしい袋がのっかっていた。
    淡いピンクのハートがみっちりとプリントされた半透明のラッピングバッグに、黒っぽいものが透けて見える。ガトーショコラだ。ご丁寧に、袋の口はきれいに蛇腹に折ってからオレンジ色のリボンで結ばれている。
    「はい、これ、オサムにあげるやつ」
    「え、おまえが用意したのか?ていうかこれ、先輩にあげるやつだろ?」
    「余ったやつは持って帰っていいってさ。おれはオサムにあげたかったから」
    「自分で食べればいいのに」
    「はー…、つまらんこと言うなよ。もちろん、おれも食べたし、みんなで作ったから味はホショーするぞ」
    「な、べつに、そこは心配してないけど、どうせ僕のクラスでも作るし…」
    「おれはオサムにあげたくて、きれいに包んで持ってきたのに…」
    わざとらしく嘆いて見せるので、意図は分からないけれど大人しく礼を言って受け取った。
    受け取って崩れないようにそっとしまうと、空閑は鼻歌でも歌いだしそうなくらい上機嫌になったように見えたので、まあいいかと思った。
    僕も悪い気はしなくて、「味わって食べるよ」と声をかけると、返事代わりなのかにっと笑みを深めた。


     次の週、今度は僕のクラスが調理実習だ。
     作り方は簡単だし、調理はスムーズに終わった。遅れている班の完成を待ちながらぼーっとしていると、先生がざわつく調理室内に行き渡るように声を張る。
    「余った分はここで食べてっても、持って帰ってもいいけど、絶対に今日中に食べてね。少しだけど持ち帰り用の袋も用意したから、使いたい人はどうぞ」
    先生が指し示した先にあるのは、透明なラッピングバッグと金色のワイヤータイのみ。
    どういうことだろうかと首を傾げる。
    いつもなら気にしないが、どうにも引っかかる。
    「あの、先生」
    「どうしたの?三雲君」
    「リボンとか、柄のある袋はないんですか?」
    「あら、プレゼント?でもごめんね、これしかないの」
    「い、いえ!そういうわけではないんですが……他のクラスも、同じですか?」
    「ええ、そうよ?」
    「あ、いいんです。変なことを言ってすみません」
    居た堪れなくなって自分の班に戻ろうとしたとき、先生が「あ、そういうことね!」と言ったので、ぴたっと動きを止めた。
    先生は声を抑えて、こそっと教えてくれた。

    「それをくれた子がいるなら、三雲君が特別ってことね、きっと」

    ずいぶんと奥ゆかしい子ね、若いっていいわーとにこにこしながら言う先生の言葉がすぐには飲み込めず、じわーっと顔に熱が集まるのを感じた。これはこれで居た堪れなくなり、なんとか返事をして自分の班に戻った。

    自席に戻ったが、戻るなり熱くなった顔を冷ましたくて、片付け終わってきれいになっているテーブルに顔を突っ伏した。


    放課後になったら、奥ゆかしくなんかないあいつに文句を言ってやろう。


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    hokui39

    TRAINING遊修が恋だと気付いたのは目が合ってからそらされたとき です。
    #shindanmaker
    https://shindanmaker.com/558753
     人と話すときは目を見て話すものだ。
     そう言う人がよくいるけれど、それが礼儀だかららしい。
    「包み隠さず話そう」という相手への意思表示なのか、真剣に聞いていることをアピールしているのか。あるいは、言葉から読み取ることができない情報を得るための合理的な術なのか。そのあたりは人によって主張がさまざまあるようだ。

     これを踏まえて言うならば、オサムは意外と、話していて目が合わないことがわりとある。作戦とか先のこととかを考えながら話しているとき、あとは、これは人間の習性だろうか、過去を見ているときもだ。(生返事のときもあるが、そういうときはおれの声すらまったく耳に入っていない)
     もちろん、あのまっすぐこちらを捉える翠の瞳と目を合わせて話すのは好きだ。でも、おれはオサムと話すときは、目が合わなくても、顔が見えなくたって平気だ。オサムの声にはそのままの感情がのっている、というのだろうか。決意も、不安も、後悔さえも。こと戦場においては弱点とも言えるだろうけど、言葉と気持ちが合っている感じがして、安心できるんだと思う。答え合わせをしたわけじゃないけど、きっとそうなんだ。
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    hokui39

    DONE高校1年生の遊修が別クラスだったら
    ガトーショコラ 移動教室のために1階の廊下を通ったとき、冷え切った空間にチョコの甘い匂いが漂っていることに気付いた。そういえば、今日は空閑のクラスが調理実習の日なんだったと、ぼんやり思い出した。


     高校に上がって、空閑とは別のクラスになった。
    ふつうに考えればその可能性はあったのに、なぜ同じクラスになるような気がしていたんだろうか。4月にそれが現実となったとき、自分でも思った以上の衝撃を受けたのを覚えている。
     一方、空閑はあっさりしたもので、「なんだ、オサムとはちがうクラスか」とだけ言って教室に向かって歩き出した。そして、中学校のときにそうだったように、やっぱり僕なんかよりよほどクラスメイトと上手くやっているようだし、幸い空閑の学力についても周りが世話を焼いてくれているらしい。それは喜ばしいことのはずだ。それなのに、胸がもやもやするのを感じているから、きっと素直に喜べていないんだと思う。日常生活のこともボーダーのことも、僕が教える前に教えてくれる人はたくさんいるし、ついに学校でのことも一番に教えるのが自分じゃなくなってしまった。きっと、ぽっかりとそのスペースが空いてしまったような気持ちなんだと思う。たぶん。
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