人と話すときは目を見て話すものだ。
そう言う人がよくいるけれど、それが礼儀だかららしい。
「包み隠さず話そう」という相手への意思表示なのか、真剣に聞いていることをアピールしているのか。あるいは、言葉から読み取ることができない情報を得るための合理的な術なのか。そのあたりは人によって主張がさまざまあるようだ。
これを踏まえて言うならば、オサムは意外と、話していて目が合わないことがわりとある。作戦とか先のこととかを考えながら話しているとき、あとは、これは人間の習性だろうか、過去を見ているときもだ。(生返事のときもあるが、そういうときはおれの声すらまったく耳に入っていない)
もちろん、あのまっすぐこちらを捉える翠の瞳と目を合わせて話すのは好きだ。でも、おれはオサムと話すときは、目が合わなくても、顔が見えなくたって平気だ。オサムの声にはそのままの感情がのっている、というのだろうか。決意も、不安も、後悔さえも。こと戦場においては弱点とも言えるだろうけど、言葉と気持ちが合っている感じがして、安心できるんだと思う。答え合わせをしたわけじゃないけど、きっとそうなんだ。
そんなことを考え始めたのはつい最近のことだけど、先日新たな発見があった。
約束していたしゅんとの対戦を終えて、予定していた終了時間きっかりであることを確認してブースを出たそのとき、ざわめくにひときわ強い視線を感じた。ほとんど反射でそちらに目をやった先にいたのは――オサムだった。
「オサム!」
それぞれ用事があるからまた後で、と待ち合わせていたのだから、オサムがいるのは当たり前だ。しかし、数あるブースから今まさに出たところを、タイミングよく真っ先に見つけてくれた。それだけでいつもより嬉しくて、緩んでしまった口元をそのままに片手を振った。もしかしたら、だらしない顔になっているかもしれないけど、それでも構わなかった。
すると、どうしたことか。
ばちっと交わったはずの視線は、ふいっと逸らされてしまった。あのオサムが、こんなあからさまに……おれ、なんかしたか?
幸い、さほど遠くないところにいたので、「ちょっと失礼」と人の間を縫うようにしてすばやく距離を詰めて、覗き込むようにその表情を伺う。突然視界に再登場したおれへの第一声が「うわっ」とは……。さすがにちょっとショックだったし、せっかく強引に交わらせた視線はまた逸らされた。なぜだろうか。
しかし、こういう反応はどこかで覚えがある。さて、なんだったか。
「なあ、さっきからどうしたんだ?オサム、なんか変だ」
「あ、いや……気にしないでくれ」
「……ふうん」
オサムは、たぶん意識的に少ない言葉で返したんだろう。一言で口を閉じてしまった。こんな下手な隠し方、いつものおれなら即座につっついただろうが、今日は様子が違う。まずは、大人しく口を閉じて状況をおさらいしよう。
オサムはおれを見つめていたのに、おれと目が合った途端に逸らした。再び目があったとき、瞳がちょっと熱っぽく、潤んでいるかように見えた。こうしている今も、ほんのり耳が赤い、かもしれない。
これはちょっと、かんちがいならすごく恥ずかしいやつだけど、いわゆる「好きな子にしちゃう反応」というやつではないか?情報の出どころがイマイチ怪しいけど。
そして、その可能性に思い至った今、おれの胸がまるで脈打つかのようにドキドキしている、ような気がする。というか、この身体でもドキドキできるんだな。
さほど長くない沈黙だったが、「帰ろうか」と切り出したのはオサムだった。
「あー……そうだな、お腹すいたし」
ふわふわした気持ちのまま、肩を並べて帰った。
2人していつもより口数が少なく、目は1回も合わなかった。でも、やっぱりオサムの隣にいるのは、オサムの言葉を受け取るのは心地いい。でも、今はこの気持ちを言葉にできない。するときではない。お互いに、だ。
ただ、あのときの熱っぽい瞳がおれの方を向いて、期待どおりの言葉を与えられたなら、おれは何と返すだろうか……
支部に帰ったら、しゅんからメッセージが入っていた。そういえば挨拶もせずに帰ってしまったんだった。文句の1つでも言われるかと思えば、予想は裏切られた。
「なんかいい感じの雰囲気だったので気を使いました。ほめて」
とりあえず、なでなでされているハムスターのスタンプを送った。