銀雪と舞雪対極のわたしたちは、きっと世界で一番似た者同士。
彼女と友人として話すことは嫌いではない。けれど同じ任務をこなすとなると、どうにもこうにも駄目だった。前衛と後衛でジョブとしての相性は悪くはないはずなのだけれど、疑いようもなく相性は最悪だった。だから任務を共にすることは、普通はない。
「すまねえな、別の任務を追ってたらお前さんの案件にも絡んでたみたいでよ」
申し訳なさそうに言うバデロンが同行を頼んだ相手は私を見るなり盛大に顔を顰め、それでも瞬きの後にはなんとか笑顔を作ってこう言った。
「よろしくね、ステファナ」
出来ることなら殺さずにいたい私と、絶対に敵を殲滅する彼女。
同じ雪の二つ名を持つ私たちは、けれど致命的に正反対だった。
「待って!!」
「まてないわ」
短い言葉の途中でもう斧は振り下ろされていた。散々暴れ回って全身血塗れだったから、もう何が飛び散ろうと彼女の服の裾も汚せない。
「……ブランシュさん」
不満を込めて名を呼ぶと、彼女は面白そうにくつくつ笑った。幼い笑み。種族がララフェルであることも相まって本当の幼子のようだ。びっしょりと血を被っていなければ。
「おはなししたかった?もうこんなことはやめなさいって?」
おっかしいの、とまた笑う彼女に武器を向けなかったのは褒められていいと思う。それぐらいの激情だった。誰かの大事な人を、そんな風に奪ってしまえるのが信じられない。そんな風に笑っていられるのが信じられない。
「あなたは!どうして、そこまでして」
「……ステファナは、やさしいのねぇ」
撫でられるような甘い声。背中に血を塗りたくられているような悪寒。
「でも、いつかきっと、ぜったいに。そのやさしさが、あなたのだいじなひとを殺しにくるわ」
とぼとぼと一人帰路につく。彼女の言葉が、頭から離れない。
彼女も大事な人を殺されたのだろう。きっと、目の前で。何故だかそんな確信があった。
「こわいな、オルシュファン」
彼の命を奪った奴と同列になりたくはない。けれど、いつかそうなるのだろうか。或いは、もうなっているのだろうか。
「……こわいな、」
落とした独り言を拾うものはもちろんいない。それが無性に恐ろしくて、ステファナはちっとも汚れていない服の裾を掴んだ。
**********
血塗れで街に入ってイエロージャケットに見つかると面倒臭い。近場の川でとりあえずでも落としていくことにした。とはいえ、石鹸の類もないから本当に気休め程度だけれど。
川の流れに赤が混じっていく。服、或いは体に付いた、誰かの命が。
『あなたは!どうして、そこまでして』
ステファナの言葉が耳に残っている。どうしてって?愚問だ。
「だってあたしは、こわがりだもの」
命のやりとりをした相手が生きていることに耐えられない。生かしておいたら、絶対に殺しにくるもの。それであたしは母親を殺してしまったのだから。だから誰に何を言われようが、変えるつもりはない。止められるのは、止められるかもしれなかったのは。
「ネージュ、」
彼が己の全て。あたしの手を引いてくれる人は、もう永遠に失われてしまった。
ふと、顔の横に垂れた髪が目に入る。流したとはいえ、まだうっすら赤く染まる髪。彼がこの髪を見たら何と言うだろう。あたしの髪が好きだと、撫でながら毎日言ってくれたあの人は。止めるのだろうか。……止めて、くれるのだろうか。
「ふふ」
馬鹿みたいだ。彼はもういないのに。あたしはこれからも怖がり続けて、殺し続けるしかないのに。
「……こわいわ、ネージュ」
本当に、馬鹿みたい。
**********
顔なじみの冒険者たちで行った宝探しは、珍しく大成功だった。ならばすることは一つだ。ぱーっと食べて、ぱーっと飲む。そのどんちゃん騒ぎの中には彼女もいた。明らかにララフェル用の大きさではないジョッキを軽々と空けながら、時折思い出したようにつまみを放り込み、また酒を流し込む。何人か潰れてもそのペースは衰えることを知らない。むしろにこにこと幸せそうな笑顔でジョッキを空にしていく。
けれどひとたび戦いになれば、味方すら引くほど苛烈な戦いをしてみせる。彼女の冒険者としての名は特にリムサ・ロミンサでは有名だ。雪のような白い髪が舞い、触れられたときにはもう冷たくなっている……舞雪、という美しい彼女の二つ名は、けれどそんな風に恐れられていた。
「まだ飲むんですか」
「のむよぉ。おいしいもの」
愚問だった。どうしてそんなに飲めるんだろう。とっくに胃袋の容量はオーバーしていそうなものだけど、どこに入っているのか。彼女に関してはこの間から理解の及ばないことばかりだ。
「あれから、色々考えたんですけど」
ジョッキに口をつけながら視線をくれる。続けろ、ということだろう。
「私はやっぱり悪いことをしたら、法で裁かれるべきだと思うから。だから変えません」
ジョッキの縁に薄くついた口紅を指で拭いながら、ふぅん、と軽い調子で受け流された。
「いいんじゃないの。ステファナは、あたしじゃないもの」
「いいんでしょうか」
「あたしはステファナじゃないから、そんなことわかんないわ。あたしはあなたよりずぅっとこわがりだから、こうしてるだけ」
空のジョッキに、酒の代わりに溜息を注ぐ。彼女が瞼の裏に描く光景は知る由もないが、幸せなものではないだろう。否が応にもあの夕日がちらつく。
「かくごだけしておけばいい。あなたのやさしさが牙をむいたとき、こんどこそ殺すのか、それともそれでも生かすのか」
「はい」
振り切るように精一杯力強くそう返すと、やっぱりまじめなのねと笑われた。
真面目で、優しくて、馬鹿みたいだけど、羨ましい。
そう呟く互い違いの彼女の目は、鋭くも優しかった。