お題「列車」東京から博多へ向かう東海道新幹線。
今日は一級呪術師の七海さんとの同行任務。窓からの報告によると、今回の呪霊は夜にのみ発生するとのことで、昼のこの時間帯に移動して、現地で夜を待つことになっている。
昼時なので、私も七海さんも、おのおの好きなお昼ご飯を買って、車内に持ち込んでいた。
「ねぇ、七海さん。無限列車、ご覧になりました？」
「無限…、列車？」
「今話題の映画ですよ」
「残念ながら、観てませんが、その映画が何か？」
「あの映画の中で、炎柱の煉獄さんが、うまいっ！うまいっ！って言いながら駅弁を食べるシーンがあって、あれを観てからずっと、私も列車の中で駅弁を食べたいなぁって思ってたんで、今日の任務を楽しみにしてたんですよ」
「えん…、ばしら？」
「あ、そこからですか。炎柱というのは、炎の呼吸の一番の使い手で、鬼殺隊の普通の隊士より階級が上で、ずば抜けて強くて、柱と呼ばれている人達は、まぁいわば、隊長とか組長みたいな立ち位置の人って感じです」
「はぁ、そうですか。で、その煉獄さんはどんな駅弁を食べてたんですか？」
「あれ、大正時代のお話なので、おそらく牛鍋弁当かと。すごい量を食べてたんで、きっと美味しいんだろうなぁ〜」
「その割に…伊地知くん、崎陽軒の焼売弁当を食べようとしてるところが納得いかないんですが…」
「いやいや、これはこれで、昔から新幹線の中で食べる駅弁といえばこの焼売弁当が定番でしょう。逆に、新幹線に乗る時ぐらいしか食べないじゃないですか。この、陶器の醤油差し、かわいくて捨てるのが勿体ないからつい持って帰っちゃうけど、結局、家での使い道がなくて食器棚の引き出しにどんどん貯まっていくという…。あ、失礼しました。私の話はどうでもよくて、そうそう、駅弁の話でした。ちなみに今日の七海さんのお弁当は何ですか？」
「私は…、パンにしました！」
「え？ぱ、パン？新幹線の中で？駅弁じゃなく？」
「いけませんか？」
「いや、いけなくはないですけど、わざわざ列車の中で食べるものってイメージじゃなかったので、パン…」
「パンは奥が深いんですよ！まずはこの、ニュートラル系のパンの代表格である食パン！」
「食パンのことをニュートラル系って呼んでる人、パン特集の雑誌以外で初めて見ましたよ。リアルにいたんですね…」
「そしてこのお惣菜系パンの代表格、焼きそばパン！」
「あ、もう人の話聞いてないですね、七海さん。パンのこと語り出すといつもそうですよね」
「そして3つ目は菓子パンの代表格のクリームパン！」
「わ〜、すごい！何がすごいのかよくわかんないけど、とりあえず食パンと焼きそばパンとクリームパンを一気に食べようとしてるところがすごい！」
「まずは味の濃い焼きそばパンから食べ始め、その次に、一旦食パンを挟むことで、焼きそばソースの濃さで疲れた舌を休ませます。ついでにブラックコーヒーも飲んで、口の中を完全リセットしたところで、最後は一気に甘いクリームパンで口内を幸せモード全開にもって行くんですっ！」
「七海さん、パンに関しては超ド級のへんた…ぃ、いや、ものすごいこだわりですね！」
「この3種類の趣きの異なるパンを、いかに組み合わせるか…。それが大問題なんです。無限大にある組み合わせ方の中から、その日の気分や食欲、はたまたその日の天気や気温、湿度によって、どのパンをチョイスし、どの順番で食べるのか、口の中を最後に甘くしたいのか塩っぱくしたいのか、それによっても順番は慎重に考える必要がありますし、食パンは食パンでも、高級食パンにありがちな、ちょっと甘い味がする食パンなのか、それとも普通の、何の味もしない食パンなのかによっても対処方法は変わってきます。何の味もしないというのは食パンに対する冒涜ではなく、だからこそ食パンというのは他の料理の邪魔をせず、あくまで脇役に徹することでメインの料理のおいしさを際立たせるという重要な役割を担っているのです！そして惣菜パン！おかずなのかパンなのか、判断に苦しむところですが、ここはあえて私は、おかずとしての役割を惣菜パンに求めたい。食パンがご飯だとすると、惣菜パンはおかずなのです！そして最後に食べるデザートがわりが菓子パン！和の菓子パンの代表があんパンで、洋の代表がクリームパン！しかしここはメロンパンも捨てがたいところだと…うんぬんかんぬん…」

この時、伊地知は決意した。
これからは七海さんのことを「パン柱」と呼ぼう、と。
終