赤い糸「魈は赤い糸ってあると思う?」
「なんだそれは?」
璃月に昔から伝わるお伽噺の中で、いつか結ばれる運命の相手とは赤い糸で繋がっているというものがあるらしい。普段見えないその糸は決して切れることはないという。それを題材にした小説が今流行っているのだと旅人は言っていた。
「運命の相手など……我には不要だ。馬鹿馬鹿しい」
「魈はそう言うと思った」
旅人には想像通りの返事だったようで、はは。と声をあげて笑っていた。夜叉にもし運命の相手がいるとしたら、それは不幸なことだと思う。赤い糸が見えていたとして、相手と出会う前に命を落とす確率のほうが高いだろう。相手は仙人とも限らない。好きでもない相手と糸で結ばれているからと言って一緒になったりするのだろうか。旅人に話を聞くと、恋愛小説なのだから、基本的には好意を寄せている者同士の純愛話なのだと言っていた。
「魈と恋愛話か。俺も混ぜてもらってもいいだろうか?」
「し、鍾離様!?」
突然降って湧いた鍾離の登場に、魈は慌てて姿勢を正した。旅人はいいよと返事をし、先程魈に尋ねたことを再度鍾離にも尋ねている。
「鍾離先生は赤い糸ってあると思う?」
「赤い糸……縁結びの神に認められれば糸で結ばれるというものであっているか?」
「小説の中ではそんなに神の方の設定は詳しく書いてなかったから、わからないけど……運命の人と赤い糸で結ばれているって話」
「そうか……それで、魈は何と答えたのだ?」
「我は……その、不要だと答えました……」
「ほう。俺も同じ意見だな」
「先生は現実的っぽそうだもんね」
「見えないものは信じない。もし、ないとしても自分で運命を切り開き口説き落とし、運命にしてしまえばいい。そうは思わないか、魈?」
「そ、そうですね……」
鍾離にじっと見られている。それはもう穴が空くほど見つめられている。この元岩神に口説き落とされ運命にしようと言われてしまえば、それは手を取って「はい」と応えるしかないのではないかと思う。そして魈は、最近鍾離がそういう意思を以て魈に接していることに、段々気がついてきている最中でもあった。
「我も……運命は自らの手で掴み取るべきだと……そう思います」
そう答えると身体の熱があがっていく。鍾離と赤い糸で繋がっていたのだとしたら、相手が不幸だなんて言える訳がない。むしろ魈は幸福にならざるを得ないし、なんなら鍾離は不幸話を笑い飛ばし試してみようと言うかもしれない。
少しだけ気が付かないフリをして鍾離の手を取る決断がつかないままではあるのだが、確かにこのような時に赤い糸が見えていたのなら。それはもうさっさと観念して迷わずその手を取ることができるのかもしれないと、魈はそう思った。