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    sayuta38

    鍾魈短文格納庫

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    sayuta38

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    鍾魈短文。壺の中で二人ぼっちで暮らす話。ちょっと暗めです。

    #鍾魈
    Zhongxiao

    まだ、終われない 二人で住むには些か広すぎる洞天に来て、もう何年経っただろうか。
     魈はここから出ることが出来ない。鍾離が通行証をどこかに封じてしまったからだ。鍾離もここから出ていくことはない。壺の管理人はいるので、暮らしに不自由はしていなかった。
     作物を育て、自分たちで料理を作って食べる。魈の一生の中で、凡人の暮らしと何ら変わらない暮らしをすることになるとは思っていなかった。
     鍾離の洞天に来たばかりの頃は、鍾離がずっと傍にいるという事実に狼狽えていたが、その状況にも慣れてしまった。
     身体が訛るといけないのでたまに修練場で鍾離と手合わせをするが、その技を活かせる時はまた来るのだろうか。
     考えてしまってはいけない気がして、思考を奥底へと追いやった。
    「人の短い生と死を間近で見ることに耐えきれなくてな。死の事を考える時間が増えてきている。もう疲れてしまったかもしれない」
     洞天に来る前に鍾離がポツリと零していた。ここ何百年かを俗世で過ごし、凡人を身近に感じていた鍾離の心が、限界に近いのだと魈は悟った。
     静かに暮らしたくなった。しばらく洞天に住もうと思う。と話をされた時に、鍾離を独りにしてはいけない気がして、あれだけ大事にしていた降魔の責務も放り出してここへついて来てしまった。
    「お前まで居なくなってしまったら、俺はどうすればいいんだ?」
     洞天に来てから何度も問われた言葉だ。死は等しく訪れるものだが、親しくしていた者であるほど別れの時には胸にくるものがある。璃月港内で、立て続けに親しい者が生を全うしてからというもの、鍾離の心が急激に弱っているのを感じていた。
    「削月達仙人はまだ存命です。璃月港には歌塵や甘雨もいるではありませんか」
     そう何度も返事をする。鍾離は決して孤独な魔神ではない。
    「そうだ。そうだったな。だが、俺はお前に傍に居て欲しい」
     身の回りの世話ならもっと適した者がいる。話し相手にしてもそうだ。自分もいつか居なくなってしまう存在であることは鍾離もわかっているはずなのに、何度も念を押すようにその言葉が返ってくる。
     もやはそこには、璃月を束ねてきた元岩神の面影もなく、憔悴しきったただの凡人、鍾離という存在がいた。
    「我はここから離れません。ずっと鍾離様のお傍におります」
    「そうか。なら良かった」
     正確には、鍾離の傍にいるしかないのだが、望まれるなら傍にいようとは思う。もう長らく降魔もしていない。そのお陰で魈の身体は痛みも感じることはなくなった。外界に遮断されて、憎悪の声も聞こえない。だが、璃月は大丈夫だろうか。岩王帝君の愛した璃月は、無事なのだろうか。ふとした拍子に、気にならないといえば嘘になるが、確かめる術もない。
     鍾離は基本的には洞天の家の中で過ごしていた。外には温泉や修練場、宴や舞をしていた広場など色々な施設がある。その昔は多くの仙人や夜叉がここに訪れており、賑やかな場所だった。家から出るとその景色を思い出して、辛くなってしまうそうだ。
     騒がしい楽器の音色、夜通しついていた灯り。冗談を言いながら料理を作る夜叉達の声。今ではもう、何も聞こえなくなってしまった。
     魔神戦争で失った命は幾つもあったが、一々悲しんでいる場合でもなかったのでその弔いを胸に戦への動力に変えていた。平和と引き換えに死んでいった者達の為に、この世の果てまでを見つめていかなければならない責務がある。
     そうあるべきだと魈は思っている反面、鍾離は自室にはあまりおらず、廊下にあるソファにぼんやり座っていることが多かった。魈の部屋もあるが、部屋にいる意味もあまりないのでなるべく鍾離から離れないように最低限の家のことをこなしていく。鍾離にもらった命なので、身の回りの世話をするのは苦ではない。
     朝が来れば作物に水をやり、名前を呼ばれれば傍に座ってなんでもない一時を過ごす。たまに腹が減れば料理を作り、二人で食卓を囲う。あれだけ色々な料理に挑戦していた鍾離だったが、最近ではめっきり厨房に立つことも減ってしまった。魈の作る簡易的なサラダでも美味しいと僅かに微笑んで、身体を生かす為に咀嚼している。
     鍾離はこの先、また外に行きたいと望むことがあるのだろうか。
     ここで最期を迎えるには、モラクスとしての生涯を終える場所としては、あまりに寂しく相応しくない場所であると魈は思っている。
     魈だって、これまでいくつもの別れを経験してきた。これは避けられないことだ。別れがあれば、また新しい出会いだってある。新しい友が出来たと鍾離が笑っていたのは、いつが最後だっただろう。
     人との関わりをあまり好まない魈であっても、あやつは一体どうしているだろうか。とふと思うこともある。その様子を遠巻きに確かめに行きたいと思ったこともある。
     しかし、ここを出ていくことは出来ない。
     最後まで鍾離の傍にいることが、自分の務めなのだから。

    「降魔大聖宛に、手紙が届いていますよ」
     それから暫く経った後、壺の管理人から一通の手紙を手渡された。『魈へ』と書かれたその字に、なんとなく見覚えがあるような気がする。
     ここに来てからというもの、時間の感覚がなくなってしまった。璃月から離れて何年経ったのか、百年経ったのか、それとも既に千年ほど経ってしまったのか。あまりに変わり映えのない生活をしているうちに、わからなくなってしまったのだ。
     鍾離の前でこの手紙は読まない方がいいだろう。そう思ってその場で封を切り、恐る恐る三つ折りにされていた紙を開いた。
    『久しぶりに璃月に来たけど、魈に会えなくて。名前を呼ぶのも悪いかなと思って、折角だから手紙を書いてみたんだ。
     話は甘雨から聞いたけど、そっちは大丈夫? しばらくテイワットにいるから、何か力になれることがあったらいつでも言ってね。魈と鍾離先生にはすごくお世話になったからさ。
     また会える日を待ってる。──空より』
     空からの手紙だった。あやつは妹との再会を果たし元の世界へ帰ったと聞いたが、またこちらの世界へ訪れることはできるようだった。
     力になってくれるのは嬉しく思うが、空とて鍾離のことをどうにかすることは出来ないだろう。それよりも、管理人を通してなら、外の世界へ連絡することができるということの方が収穫のような気がする。急ぎ庭に落ちていたイチョウの葉に仙力で近況を載せ、甘雨に届けて貰うように頼んだ。
     今までは鍾離にどうにか回復させたいという考えに至ることがなかった。魈の考えが及ばない境地に鍾離はいる。魈に出来ることは何もない。ただ傍にいることが鍾離の望みで、あとはゆっくりと最後の一時を過ごすことが正解だと思っていたが、少しだけ光を見てしまった。空からの手紙を読んだことで、鍾離を外に連れ出したいと思ってしまったのだ。
     凡人と触れ合わずとも、人里離れた場所で二人で静かに暮らし、璃月を一緒に歩いて陽が登り落ちていく景色を見ながら酒や茶を飲んで一時を過ごす。
     それは、ここでの暮らしと何ら変わりないのではないだろうか。
     空に会えば、きっと鍾離も旧友との再会を喜んでくれるはず。もしかすると、少し元気になってくれるかもしれない。
     覇気もなく、ぼんやりと洞天の中を見ているばかりでは……このままではいけない。
     いつも鍾離様に救われてばかりだった。今度は、我が手を差し伸べて導いてあげたい。
     勝手な願いではあるが、魈はそう思い至って、手紙を握りしめたまま、家の中へと入っていった。


     扉を開け、上を見上げる。相変わらず鍾離は二階の廊下にあるソファに寄り掛かり、ぼんやりと魈を見ている。
    「帝君」
     階段を登り、傍へ行って声を掛ける。石珀色の瞳に、魈の姿が映る。
    「……魈。どうした。随分と懐かしい名で呼んでくれるな」
    「ここでは鍾離様と呼ぶ意味もあまりありません。我にとっては、帝君はいつまでも帝君のままです」
    「……そうあって欲しかったか?」
    「そのような意味ではありません。帝君が神ではなくなり、凡人になってしまったとして、例えみっともなく死を迎えようとしていても、いつまでも我は……それこそ死ぬ間際まで、帝君のことを敬わない時はないでしょう」
    「……まるで愛の告白を聞いているようだ」
    「そう捉えてもらっても構いません。帝君。ここを出ませんか?」
    「……なに?」
     鍾離の眉がピクっと動いた。少しの恐怖を感じる。しかし、ここで引いてはいけない。
    「璃月の様子を見に行きたいと誘っているのです」
    「……お前もとうとう外へ行ってしまうのか。俺から離れていこうとするのか」
    「違います。我一人ではありません。帝君も一緒でなければ意味がありません。……空が、こちらに来ているそうです」
    「……俺を置いて、旅人の元へ行ってしまうのか」
    「そうではありません。だから共にと……ここはモラクス様の死に場所ではないと言っているのです」
    「……よもや、その名前で呼ばれるとは」
     ふっ、と笑う鍾離から、ビリビリとプレッシャーを感じる。息が詰まり、動悸がする。膝をついてしまいそうになる衝動を堪え、ぐっと拳を握った。鍾離の力は決して衰えている訳ではないのだ。ここで負けてはいけない。
    「魈が俺に意見するとはな」
    「我は、まだ帝君と璃月で共に過ごしていたいのです」
    「ここでの生活に飽きたか」
    「帝君と過ごす日々に、飽きが来ることなどありません」
    「……お前は、随分と俺のことを好いているらしいな」
    「だったら何だと言うのですか」
     段々とムキになってきてしまった。鍾離のことを好いていなければ、こんな所で二人で暮らせる訳がない。又、気持ちを伝えることで鍾離の心がもし動くならば、いくらでも伝えたって構わない。これで恩を返せるのなら、何だって差し上げたい。
    「ふ、はは。おいで、魈」
     不意に、鍾離が笑った。途端に空気の色が変わり、緊張が解ける。しばらく鍾離の能面のような顔しか見ていなかったので、久しぶりに表情が動いている所を見たような気がしていた。
     隣に座るように促されたのでどかりと座り込む。気を抜いてしまうと、なんて不敬な物言いをしてしまったのかという罪悪感に襲われそうになるので、口を固く結んだ。
    「わかった」
     しかし、意外にもあっさりとした返事があった。聞き間違いかと思い耳を疑ったが、ゆっくりと頷きながら鍾離はそう言ったのだ。
    「俺がここで拒否してしまったら、お前は俺に失望してしまうだろう。とうとう俺のことが嫌になるかもしれないな。それは、俺が一番望んでいない形だ」
    「失望など……」
    「疲れたなどと言って、随分とお前に甘えてしまった」
     腰を引き寄せられ、ぎゅう。と胸の中へ抱き込まれ、頭を撫でられる。
    「お前が俺のことを好いていることはよくわかった。ならば俺もそれに応えなければいけないな」
    「鍾離様……」
    「別に死にたかった訳じゃない。少し休みたかっただけだ。それにお前を巻き込んでしまった。すまない」
    「謝られるようなことはありませぬ。鍾離様の背負っているものは我には測ることはできませんが、少し持つくらいのことは出来るつもりではいます故」
     鍾離の指に手を重ね、きゅっと握った。自分よりも大きくしっかりとした、この璃月を創られた偉大な手だ。
    「腑抜けていた分、お前が愛した岩王帝君に戻るまでは日がかかるかもしれないが、まだ付き合ってくれるか?」
    「無論です。それと、少し訂正したく思います」
    「何をだ?」
    「我が愛したのは岩王帝君だけではありません。モラクス様も鍾離様も、全てです」
    「……意外とお前は愛が重いのだな。知らなかった」
     一瞬目を丸くした後に、何がおかしいのか鍾離はくつくつと笑っている。
    「俺も愛している。魈」
     淀んでいた石珀色の瞳に光が宿った。面と向かって伝えられた言葉に顔が熱くなる間もなく、魈はソファに押し倒されていた。


    「魈、璃月から見える朝日は、こんなにも綺麗だったか」
     洞天から見える朝日とは全く違う陽の光に久方ぶりに照らされる。爽やかな朝の空気と、少しだけ冷たい風が吹いているのが気持ち良い。
     凡人に見られないようにするため、璃月港には行かずに天衝山付近へと降り立った。あまり建物や景色は洞天に来る前と変わり映えはしていないように思う。実はそう年月は経っていないのかもしれない。
     少しづつ色鮮やかになっていく璃月港を見る鍾離は、とても穏やかな顔をしていた。
    「そうですね。我も綺麗だと思います」
    「さて……まずは、甘雨、歌塵、削月、……誰から怒られに行くのが良いと思うか?」
    「そうですね、まずは……我……でどうでしょうか」
    「はは、これは手厳しい」
     笑いながら璃月港を見続けている鍾離を見て、おそらく大丈夫だろうという安心感が生まれる。鍾離は今でも璃月を愛しているのだ。甘雨にはその内鍾離と璃月に戻るから皆に伝えておいて欲しいと文に託したので、その通りにしてくれているであろう。誰も鍾離に怒る者などいないと思う。
     陽が完全に登り、そしてゆったりと沈んでいき薄紫色の空になるまで、鍾離はその場を動かずずっと一日中璃月の景色を見ていた。
     まずはこの辺りに家を建てるのも良いかもしれない。訛った身体を鍛え直し、また降魔にも行かねばならないだろう。それ故に鍾離の心配事が増えてしまうかもしれないが、しかしこの璃月の地で、鍾離と共に生きていくことを魈は選んだ。
     だから、魈とこの地に戻ることを鍾離が選んで手を取ってくれたことを嬉しく思う。
     魈も頬を少しだけ緩ませ、鍾離の目線と同じ景色を、いつまでも見続けていたのだった。
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