酒癖「ほう……これは」
仕事を終え、いつものように三杯酔で講談を聞き、自宅へ戻った。時に仕事が長引いたり、留雲に会って食事をすることもあるが、毎日がそういう訳でもない。
日が港の方へゆっくり沈み、夜が訪れる。今日も平和な一日であったなと、鍾離は平穏な心持ちであった。
自宅へ戻ってからも、すぐに眠る訳ではない。茶を淹れ、書物を読み、一人の時間を過ごした後、睡衣に着替えてから寝台へと上がる。
その、着替えようと衣装棚へ近づき、寝台が目に入った時のことだった。
──魈が、鍾離の寝台のど真ん中で眠っていたのである。
あまりに景色に溶け込み過ぎて、思わず目を疑ってしまった。そもそも、彼がこの家にいる気配になぜ気づかなかったのだろうか。いるはずがないと思い込んでいたせいからかもしれない。
魈の顔を覗き込むと、頬を紅潮させ荒い息を吐いていた。業障の影響かと思ったが、そうであればこの家に入った瞬間に彼の気配に気付いていたはずである。なので、それによる体調不良という訳ではなさそうだった。
頬に触れると熱く、首筋には薄らと汗をかいている。脈拍も早い。熱があるような気もする。首元を寛げ、呼吸を楽にしてやろうと触れていく。すると、魈は睫毛を震わせ、少しだけ琥珀色の瞳を覗かせていた。
「魈。大丈夫か?」
「……」
魈は何も言葉を発しなかった。いつもならこういう場面で気が付いた場合、飛び起きて床に額を擦り付けているような気がするが、今日は違っていた。
「俺に助けを求める為に、お前はここへ来たのか?」
魈へ問いかけると、返事が返ってくることなく瞼が閉じてしまった。眠ってしまったようだ。こんな時、どうしてやるのが彼にとって良いのかわからず、少しばかり魈の状態を良く診てみることにした。仙力が弱っているのならば、無理矢理底上げすることもできるのだが、そうでもなさそうだ。
「許せ」
了承も得ずに身体へ触れるのは良くないと思いながら、彼に口付けをした。気を送るつもりだったのだが、そこで気が付いたのだ。魈から、僅かに酒気を帯びた香りがしていたことを。
「申し訳ございませんでした……」
寝台を魈に貸してしまったので、仕方なくソファで眠っていたのだが、朝目が覚めると床に土下座をしたままの姿勢でいる魈の姿があった。
「元気そうで何よりだ」
「本来であれば、顔をお見せするべきではないと思っています」
「いやいい。それより、何か用があったのか?」
「それが……あまり覚えておらず……」
「昨日は何をしていたんだ?」
「削月と食事をしておりました」
「ほう。そこで酒を飲んだのか?」
「はい……少し飲みまして……その後望舒旅館へ戻り、眠る前に鍾離様のお顔が見たかったと思いながら眠ったと記憶しているのですが」
「ふむ。なぜか俺の家で寝ていたと」
「大変申し訳ございませんでした……」
「いやいい。顔を上げてくれ」
今魈がとんでもないことを発言したという自覚はあるのだろうか。鍾離の顔が見たかった。思わず口角を上げそうになってしまったがなんとか耐えた。その思いできっと、望舒旅館ではなく鍾離の家へと来ていたのだろう。
「はは。お前にも酒癖が悪い時があるとは」
「金輪際酒を飲むことは止めます」
「いや、いい。友と飲む酒は美味しいだろう。今度は俺が起きている時に来てくれ。その時はちゃんと迎えられるようにしておく」
「それは……」
「眠る前に俺の顔が見たいことがあるのだろう?」
「あっ、いえ、その」
「はは」
魈の顔が青くなったり赤くなったりしている。なんとも愛らしいものだ。そうであるならば、次に魈が鍾離の寝台で眠っていた時には魈の隣で眠ろう。そう決めた、鍾離であった。