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    sayuta38

    鍾魈短文格納庫

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    sayuta38

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    しょしょドロライ11回目
    「花見/桜」

    #鍾魈
    Zhongxiao

    花と酒と「そろそろ桜が満開のようだな。週末花見でもどうだ?」
    「はい、予定は空いてます」
     毎年この時期になると、鍾離は花見に行こうと魈を誘う。花を眺めるだけで何が楽しいのだろうかと魈は思っていたのだが、鍾離は酒を片手に花や景色を堪能するのが好きなのだと気付いてからは、毎回付き添っている。
     始めはただ川原にレジャーシートを敷いて、買って来た弁当や飲み物を持参しただけだったのだが、翌年以降は市販のものではなく朝から弁当を手作りして行くようになっていた。来年あたりはテーブルなど買い揃えているかもしれない。
     前日からスーパーへ買い出しに行き、次の日はいつもより早目に起きて弁当を作る。卵焼きや煮物は鍾離が作ってくれるので、魈は簡単に出来るおにぎりや、ちくわにきゅうりを詰めたりするものを担当する。
     始めはおにぎりを三角に握るのも上手く出来ず、ただ握っただけの丸い不格好なものになっていたと記憶しているが、今では完璧な三角形を作れていると自負している。しかし、鍾離には少し力を込めすぎではないかと言われたりして、加減が難しい。魈はおにぎりの中身に具材を入れるのはあまり好んではいないのだが、鍾離は色々なものを詰めるのが好きなようだった。
     用意が出来た後は荷物を手分けして大きめの二つの鞄に詰め、暖かな風に吹かれながら川原まで歩いて行く。先日まで吹き荒れていた冷たい風はもういない。車を出せば荷物も積めるうえ遠出も出来ると思うのだが、それでは酒が飲めないので、近所で良いと鍾離は言っていた。
     鍾離が酒を飲んだとて、表情や仕草が変わっている様子はない。しかし、ふっと肩の力が抜ける瞬間があるのだという。鍾離にもそのように感じる瞬間があるというならば、酒を飲むのを止める理由はない。第一、自分の方はなんだかんだと飲み歩いては鍾離に迎えに来て貰っているのだから、普段飲んでいない分、存分に酒を嗜んで欲しいと、そう思っている。
    「あ、ゎ」
     鍾離がさり気なく魈の手を握ってきて、思わず肩が跳ね上がる。そろそろこの行為に慣れなくてはいけないのだが、反射的に鍾離の手をぎゅうっと握った後は未だにどうすれば良いかわからない。もちろん鍾離の顔など見れる訳もなく、意味もなく地面を凝視することになる。すると今度は手を繋いでいる自分達の影を見ることになってしまい、目も当てられなくなる。
     鍾離様、人が。
     そんな言い訳を何度もしてみたが、鍾離は全くといっていいほど周りの目を気にしておらず、好き者同士が手を繋いでいて何が悪い? と返されてしまえば、もうそれは、なんにも言えなくなって大人しく手を繋ぐしかないのである。
     川原に着き、桜の木の下に荷物を降ろし協力してレジャーシートを一面に敷く。どうせならと鍾離が買ってきたシートは、二人で食事するには些か大きすぎる程の広さがあった。例え二人で寝転んだとて充分にスペースが余っている。同じくこの世界のどこかに転生しているであろうかつての魔神達や仙人達を呼んで花見をするのも悪くはないとは思うのだが、今は凡人の身の為、他者の気配を感じることはもうできない。偶然にでも夜叉の皆に会えたらとも思うが、転生の度に出会える訳でもなかった。
     今、弥怒や浮舎はどこで何をしているのだろうか。ふとそんな事を思ってしまうのは、仕方がないことだ。
    「どうした? 暗い顔をしているが」
    「なんでもありません。お昼にしましょう」
     彼等のことだ。どこの世でも状況に応じて楽しく暮らしているのだろう。
     折角の鍾離との花見をしんみりした気持ちで迎えるのは勿体ないと、魈は頭を振り、ふと思い浮かんだ思考を遠くへ追いやった。
     気を取り直して弁当と酒を取り出し、レジャーシートの上に並べた。魈は杏の酒を昨日買っていたが、鍾離は米から作られた酒を選んでいた。持ってきたグラスを鍾離に手渡し、酒を並々と注いでいく。ふわりと、度数の高そうなアルコールの香りがした。
    「ありがとう。俺もお前の酒を注ごう」
    「あ、ありがとうございます」
     魈のグラスにも酒を注いでもらい、乾杯。と小さく呟いてコツッと音を立て一口酒を含む。舌に絡みつく甘さに、魈はほっと息を吐いた。
     弁当の蓋を開けて、先程作ったばかりのおにぎりを手に取る。のりは巻かずに別で持ってきていたので、その場で巻いて咀嚼していく。中身は梅干しだったのだが、甘みの強い梅干しだったようで、そこまでの酸っぱさは感じなかった。
     鍾離は上を見上げ、風に揺れる桜の花の一つ一つをつぶさに見ていた。その内の花弁が一枚ひらひらと落ちてきて、丁度良く鍾離のグラスに浮かんだ。それを見て鍾離は微笑み、風情があると呟いてまた一口、酒を飲んだ。
     それを横目に鍾離が作った筍の煮物に手を伸ばす。とても柔らかく、よくよく咀嚼する間もなく飲み込めてしまった。添えられていた椎茸には、カサの部分にバツの切り込みが入っているのが鍾離らしい。と思いながらもそちらにも箸を伸ばす。よく味が染みていて、噛み締める程に煮汁が口内に溢れて旨味を感じる。魈に合わせて少し薄味に仕上げられているとわかり、溢れる出汁の味を舌で転がして味わった。
     食ばかり堪能するのもと思い、一度箸を置いて周りに目を向けた。自分達以外にも花見をしている人々はいたが、皆写真を撮ったり花弁を集めたりと、また違う楽しみ方をしていた。
    「魈。そこに正座してくれないだろうか?」
     胡座をかいていた魈に向けて鍾離が言った。魈はこくりと頷いて姿勢を正す。鍾離が何をしたいかがわからない訳ではない。なぜなら、この行為は毎年行われているものだからだ。
     なんとなく膝上の埃を手で払って、どうぞ。と鍾離に声を掛ける。鍾離は、うん。とだけ返事をしてグラスを置き、魈の太ももに頭を乗せてごろんと仰向けに寝転んだ。
    「髪に桜の花びらがついている。綺麗だ」
     鍾離は魈の髪へと手を伸ばし、髪へと落ちてきた花弁を取って、自分の胸の上に置いていた。
    「鍾離様の髪にも、桜の花びらがついていますよ」
     魈もまた鍾離の髪に手を伸ばし、指でそっと花びらを摘んで鍾離に見せた。
    「俺はこの景色が、一番好きかもしれないな」
    「そうなんですか」
    「ああ。満開の桜を背景に、こんなに近くで魈の顔が見れるのはこの時期だけだからな」
    「そ、そうですか……」
     じっと石珀色の瞳に見つめられて、思わず照れてしまう。目を合わせているのが気恥ずかしく逸らしたいところではあるのだが、顔が見たいと言われたのでどうにかこうにか頑張って鍾離の為に目を合わせ続けた。
    「……もう、ご容赦ください」
     十秒くらいは頑張ったと思う。いつの世でも変わらない端正な顔立ちは、見ているだけで心臓がドクドクと早鐘を打っていく。ふい、と顔を背けてしまったが、鍾離はそれでも良いと、魈の翡翠色の髪を指に絡ませ遊んでいた。
    「魈、次に死ぬ時は春がいい。お前に膝枕をされたまま命が尽きるのは、幸福だろうな」
     鍾離はそう言うと横になり、魈の腰にぎゅう、と縋るように手を回していた。
    「縁起でもないことをおっしゃらないでください。まだ出会ってから数年しか経ってないではありませんか。あと百年くらいは毎年こうして桜を見に来ていただかないと」
    「はは。お前は強いな。そういう所が好きだ」
     凡人はあと百年も生きられないので、これが夢見物語なことは魈も承知だ。鍾離は楽しそうに笑ったあと、ゆっくりと石珀色の瞳を閉じていった。度数の高い酒を飲んでいたので、酔っているのだろう。
    「寝酒は風邪を引きますよ」
    「魈に看病してもらうから良い」
     自業自得の病なんて看病しませんよ。と返したいところであったが、どうせ甲斐甲斐しく世話をしてしまうのだから無意味だと思った。
     鍾離は本当に眠ってしまったようで、深い呼吸の音が聞こえていた。その寝顔を見つめていると、はらりはらりと桜の花びらが鍾離の髪や頬に落ちてくる。
     シートにもいつの間にか沢山の花弁が落ちていた。咲いたと思ったらすぐに散っていく儚い花だ。しかし、確かに鍾離の言う通り今しか堪能できないのも事実で、この光景を美しいと感じるのも頷ける。
     魈は傍に置いていたグラスを手に取り、もう片方の手で鍾離の上に落ちている花びらを摘んでいく。
    「鍾離様、我は……次に命が尽きる時は、一緒がいいです」
     来年はテーブルではなく膝掛けを持ち込んだ方が良いかもしれない。誰にも見られることもなく魈は独り言ちて、グラスをゆっくりと傾けて残りの酒を味わった。
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