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    sayuta38

    鍾魈短文格納庫

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    鍾魈ワンドロ第4回お題「待ち合わせ」

    #鍾魈
    Zhongxiao

    待ち合わせ『明日十時、帰離原にてお前を待つ。鍾離』
     魈が降魔を終え望舒旅館へ戻ると、手紙が来ているとオーナーにそれを手渡された。自分に手紙を寄越す者といえば、旅人か、稀にだが凡人の場合もある。どうしたものかと手紙を開けば、差出人は驚くべきことに、鍾離であった。
     端的ながらもとても達筆で、流れるような筆の運びから繰り出される文章はとても美しく、その上これが魈に向けられたものであり唯一のものである。これは後生大事にしようと思い、再び手紙を丁寧に畳んだ。
     しかし、呼び出される理由が全く思い当たらない。けれども、この書き方には覚えがある。夜叉の間でこのような手紙のやり取りを交わしたことがあった。主に魈は手紙を受け取る側ではあったが、これは……そう、果たし状である。と思い至った。
     ──なんということか、魈は鍾離に決闘を申し込まれてしまったのだ。

     鍾離の真意とは? 考えても全くわからない。とにかく夜叉としてこの決闘を受けない、逃げ出す、などということはあってはならない。
     最近鍾離の機嫌を損ねることでもしてしまったのだろうか。知らぬ間に何か怒りに触れることをしていたのかもしれないと思うと、背筋が凍り、身がぶるりと震えた。しかし、行かない訳にはいかない。
     あっという間に次の日になり、約束の時間よりもだいぶ早くに魈は帰離原に着いていた。そもそも帰離原は広い。細やかな指定場所がなかったので、鍾離の気配があればすぐにその場へ向かうつもりだった。
     断頭台にも登る気持ちで、和璞鳶を握り締め、立ち尽くす。もしかすると、己の武力の弱さを叱責されてしまうのかもしれない。
     そうなれば滝に百時間打たれようが、槍の稽古を百年続けようが、鍾離の意向に従うつもりだった。
    「む。早いな、魈。待たせてしまった」
    「! 鍾離様!?」
     ため息をつきかけた所で、背後から鍾離に声を掛けられ、肩が飛び上がってしまった。
     直ぐさま振り返り、槍の柄を握る手に力をこめた。
    「い、いえ……我が早く来すぎただけで、まだ約束の時間にはなっておりません故……」
    「そうか。早く来ていたということは、お前も楽しみにしてくれていたと捉えても良いのだろうか? 嬉しく思うぞ」
    「はい……」
     鍾離は、何かよくわからないがとても上機嫌に見えて、ニコニコと笑みを浮かべていた。今からとてもではないが決闘をする雰囲気ではない。
    「槍など構えてどうした? 魔の気配はないように思ったが」
    「はい……本日は鍾離様の胸を借りるつもりで挑みます。お手柔らかに、よろしくお願いします」
     頭を垂れ、いつでも準備出来ている意を伝える。笑顔の裏に冷たい眼光が見えた気がして、鳥肌が立った。
    「よし、では行こうか」
    「わわっ!? ……はっ!?」
     うっかり間の抜けた声が出てしまった。槍を握っていない方の手を鍾離に掴まれ、引き寄せられる。一歩踏み出した鍾離に手を引かれ、重力のままに魈も足を出し、草木を踏みしめた。
     二歩、三歩とそのまま鍾離が歩いて行くので、魈も共に歩かざるを得ない。
     今更逃げると思われているのだろうか。掴まれている手は硬く握り締められていて、振り解けそうにない。
     決闘場所へ連れて行かれるに違いない。そう思うと心臓が震えて仕方なく、鍾離に何の声を掛けることも出来ずに必死に後を着いていくことに専念した。
    「この辺で良いだろうか」
     水辺の近く、瑶光の浜が見渡せる位置にて鍾離は立ち止まった。
     嗚呼、いよいよ、鍾離と決闘をする時がやってきてしまったのだ。心臓がギリギリと音を立てて止まりそうだ。
     不意に手を離された。全然それどころではなかったので見えてなかったのだが、手を握っていない方の腕に鍾離は籠を持っていたことに気付いた。籠の中から、鍾離はなにやら大きな風呂敷のようなものを取り出し、広げて地面に敷いていた。
     呆気に取られてそれを見ていると、鍾離は靴を脱いで敷物の上へとあがっている。ちょいちょい、と手招きをされて、同じく敷物にあがるように促されたので、仕方なく履物を脱いで敷布へと足を踏み入れた。
    「腹は減っていないか? 言笑に杏仁豆腐を包んで貰ったのだが」
    「……は、はぁ……食べられなくは……ないですが……」
    「では食事にしよう。その物騒な得物は食事の邪魔になるので、今はしまっておいてくれないか?」
    「……? はい……」
     くるりと手首を返して和璞鳶をしまった。腹ごしらえをしてから決闘をするのだろうか……? と疑問は尽きないが、鍾離はいそいそと器を取り出し魈の目の前に杏仁豆腐を置いた。
    「座って食事にしよう」
    「わかりました」
     その場に座り、鍾離と向かい合って食事をした。いつもと変わらない杏仁豆腐の味であるはずなのに、いつもより喉に引っかかって胃へと入っていく。
    「あの……鍾離様……」
    「何か気になることがあるのか? 今日はずっと何か悩んでいる顔をしているとは思っていた。俺に話せる内容であるのなら、話を聞きたいと思うのだが、どうだろうか?」
    「あ……ええと、鍾離様は……我に至らない点がある風に存じています。仰っていただければ、可能な限り善処したいと思っています」
    「お前に……? 誰かからそのような話でも聞いたのか?」
    「いえ……特にそういう訳ではないのですが……」
    「俺の態度がそう思わせているのか? すまない。お前に不満などないから、安心して良いぞ」
    「しかし……鍾離様は我に果たし状を送られたではありませんか」
    「果たし状……? なんのことだ?」
    「この手紙のことです。鍾離様の字に間違いはないと思いますが、巧妙な偽物が書いたものでしたか?」
     袖の中にしまっていた果たし状を取り出し、鍾離の眼前へと突き付けた。
    「いや、確かにその文は俺が出した。ピクニックの待ち合わせについて記したものだ」
    「……ぴくに……っく……?」
     ピクニックとはなんだろうか。とにかく果たし状ではなかったと知って、勝手に勘違いしていた事実を無かったことにしたくて堪らなくなった。
    「こうして近くを歩き、出先で食事を楽しむ事だ。お前と待ち合わせをしてデートをしたかった。それだけだ」
     ……眩暈がして、その場に倒れ込みそうになってしまった。だから鍾離は上機嫌だったのだ。今日の鍾離は、ただ魈とデートをしていたのに対し、自分はいつ決闘を申し込まれるかと不安になっていただなんて言い出せない。手を掴まれていたのも、鍾離からすれば恋仲である自分と、ただ手を繋いでいただけに過ぎなかったのだ。
    「ああ……うぅ……」
     呻き声をあげることしか出来ず、途端に鍾離に合わせる顔がない。
    「も……もう一度待ち合わせから……やり直させてくださいませんか……」
     絞り出した声に、鍾離はぱちくりと三回程瞬きをしていた。
    「珍しいお前からのデートの誘いだ。無論断る理由などない。何日の何時、何処で待ち合わせするか決めたら文を出してくれ。待っている」
     すかさず頬に口付けをされて、その部分からじんわりと熱が広がっていく。
     挽回できるチャンスを与えて貰えたのだ。鍾離にデートの誘いを出し、最高の一日になるよう持て成しをしなければ。
     と、思ってはいるのだが、一体鍾離とどこへ出掛け何を食べれば喜んで貰えるのだろうかと悩みに悩み、数ヶ月経ってもまだ手紙を出せていないことはまだ知らない、魈であった。
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