おこづかい「商店へ買い物に行こうと思うのだが、お前も共にどうだ」
いつもは時間が掛かりすぎるからと一人で買い物に行く鍾離が、今日は何故か魈を誘いに望舒旅館へと来ていた。
「時間は問題ありませんが、我はモラの持ち合わせもなければ、欲しいと思っているものもありません。それでも良ければ……になりますが」
「俺とて特に欲しいものがある訳ではない。ブラブラと店を回り、心を惹かれた物を買って帰る。言わば無駄遣いの散歩だ」
「無駄遣い……」
「ちなみにモラの心配はしなくていい。俺は今日お前に小遣いを渡そうと、お前の分のモラも持ってきている」
「小遣い……?」
なんと返せば良いかわからず、鍾離の言う単語を復唱することしか出来なくなっている。今の鍾離の言葉を要約するならば、鍾離からわざわざモラを貰って、無駄遣いの散歩をするということだ。
「……!? 鍾離様のモラを無駄な事に使うのとはできません!」
「まぁそう言うな。今日の俺の任務同行の報酬だと思えばいい」
「しかし……」
「一人で無駄遣いをするより、二人で無駄遣いをした方が罪悪感が薄れる。共犯者になってくれないだろうか」
「……うぅ……」
思わず呻き声をあげてしまった。そういうことならば、と流されそうになったが結局意味は同じだ。
「わかりました……」
そもそも鍾離が共に買い物が行きたいという、元々の目的を断るという選択肢が魈にはなかった。しばらく悩んでみたものの……やはり静かに頷く他なかった。
鍾離から封筒で手渡されたモラを持ち、わざわざ璃月人に溶け込めそうな衣服に着替えて商店へ赴いた。仙人の衣服ではないとは言え、鍾離と共に行動することは些か落ち着かない気持ちにはなる。鍾離の半歩後ろを歩いていたが、隣を歩くように言われてしまい、ますます緊張せずにはいられなかった。
「今日は良い鉱石が入ったらしい。見てみよう」
「はい」
鉱石屋にて、じっと鉱石を見る。璃月の採掘場で見掛ける石珀だ。わざわざモラを出さずとも、自分で取ってくることもできるな。など魈は思ってしまう。
「これはここで加工することが出来るのか?」
「勿論です。指輪、髪飾り、耳飾り、お日にちをいただきますが、いかようにも加工させていただきます」
「なるほど。ならば、首飾りを二つ頼もう」
「ありがとうございます!」
鉱石の善し悪しは良くわからないが、鍾離はその石珀が気に入ったようで、加工を頼みモラを払っていた。
「魈も何か頼むか?」
「いえ、我は良いです」
「そうか。む。あちらの玩具店にも目新しいものがないか見に行こう」
「は、はい」
向かいにある玩具店にて、子供向けの玩具が並んでいた。仕掛けを回し水に浮かべると金魚が泳ぐものや、木彫りの動物、花火をあげる筒などが売っていた。
「この木彫りの鳥はよく出来ているな。羽の模様も細かく掘られている」
「一点一点手作りで、稲妻から仕入れたものでございます」
「なるほど。一ついただこう」
「はい!ありがとうございます」
今のモラの価値がどれくらいあるのかわからないが、鍾離は目について少しでも興味が湧けば購入しているように見える。包んで貰っている間に、鍾離は花火の筒を見に行っていた。
「……その、龍の木彫りは……」
鳥や羊の隣に、岩王帝君を模したような龍のような木彫りの置物が置いてあったのだ。
「こちらは、仙祖様のお姿を模して掘られているものです」
やはりそうであった。他人が掘った岩王帝君の置物など……と思う気持ちもあるが、折角鍾離と買い物に来ているので、何か買わなくてはいけないような気がしたのだ。
「……一つ、頼みたい」
「はい!ありがとうございます」
鍾離に貰ったままの封筒を渡し、置物を購入した。モラは余ったようで、封筒にモラが入ったまま戻ってきた。紙に包まれた置物を受け取る。思わず買ってしまったが自分の殺風景な部屋に飾るところはあっただろうかなどと思う。
「ほう。岩王帝君の置物か。よく出来ているな」
「!? 鍾離様……」
少し離れたところに鍾離は居たと思っていたが、気が付けば横にいてじっと岩王帝君の置物を見ていた。
「買ったのか?」
「……えと、はい……買いました」
「ふむ。俺も一つ貰おう」
「鍾離様!?」
「はい!ありがとうございます」
鍾離は同じものを購入し包んで貰っていた。同じものを所有するということで、これは鍾離と散歩をした記念に、後生大事に置いておかねばと固く誓った。
「まだモラはあるか?」
「はい……あるかと……」
「では、何か食べに行こう」
「承知しました」
グルメ屋台へ行こうと鍾離に連れられ、チ虎魚焼きを買いその場で座って食べた。だいぶ封筒の中のモラは少なくなった気がする。焼きたての料理というものは、香ばしい香りと共に美味しさも感じる気がした。
鍾離はチ虎魚焼きよりかは豚肉の油炒めを好んでいるようで、そちらを食されていた。海産物が嫌いだと言っていたが、全てを完璧にこなす鍾離が、どれほど歳を重ねても克服できないものがあるというのは少しおかしく思ってしまう。
「無理矢理付き合わせてしまったようなものだが、楽しめているか?」
「はい。チ虎魚焼きは美味しく感じます」
「そうか。なら良かった」
軽く食事を済ませた後、どこか見たいものはあるかと尋ねられたが、特に思いつくものがなかった。
「では今日は解散しよう。楽しかった。感謝する」
「我も、楽しかったです。余ったモラをお返しします。ありがとうございました」
「それはお前が持っておくといい。俺からの小遣いだからな。自由に使えばいいものだ」
「……では、大事に置いておきます」
鍾離と港で別れ、望舒旅館へ戻る。申し訳程度に置かれた棚の上に、木彫りの岩王帝君の置物を置いた。その横に、余ったモラも供え物のように置く。
殺風景だった部屋に、鍾離との思い出を置いてしまった。心做しかこれを置いてから野宿する回数が減ったように思うのは、気のせいではないかもしれない。