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    maybe_MARRON

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    maybe_MARRON

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    左馬一
    TDD時代に付き合ってるしやることやってる二人です。元ネタは某バンドのボーカリストです。

    Romantic time alone with... TDDの2ndシングル発売が予定されたのは、1stシングルが発売されてすぐのことだった。売れるだろうとは予想されていたものの想像以上の反響で、これはすぐに次を出してもいいだろうと関係者たちがこぞってGOサインを出したのである。それを聞いた四人の反応はまちまちだったが、少なくとも悪い話ではないという点では共通していた。何より四人でのラップは単純に楽しく、新曲をもらえるのは純粋に嬉しかった。
     王者らしさを全面に出した1stシングルとはまた異なる毛色の新曲は、楽譜を渡されてすぐにレコーディングが行われることとなった。今日は一郎と左馬刻の番である。ブースは二つあるが集合時間はバラバラで、一郎は左馬刻よりも一時間早くレコーディングを始めていた。左馬刻は自身が収録する側のブースに入りながら、ちらりと隣を盗み見る。珍しく、長引いている気配があった。
     レコーディングを終えると、ブースの外では一郎が待っていた。スマホを弄りながら壁に凭れ、険しい顔で唇を引き結んでいる。やはり、調子が悪かったのだろうか。その男の前まで行き、一郎、といつもより気持ち程度優しい声で呼び掛ける。
    「……っす」
     声を掛ければ少しは表情も和らぐだろう、なんて呑気にも考えていたのだが、どうやらそれは自惚れだったらしい。普段は呼ばれればパッと表情を明るくし、子犬のように喜んでついてくるのだが、今日は違う。一瞬こちらに視線は向いたものの、いつものような笑顔を見せることはなく、スタジオを出ようとさっさと一人で歩き出す。
    「……おい一郎」
    「なんすか」
    「なんすかじゃねぇだろ。ンだそのあからさまな態度はよォ」
     左馬刻も決して気が長いわけではない。それでも、心を許した身内に対しては――特に恋人である一郎に対してはことさら大切にしたい気持ちがあるのだが、不機嫌なオーラを隠しもしない男にこれ以上優しく接するほどの甘さはなかった。原因がレコーディングなのかそれ以外なのかはわからないが、左馬刻自身が何かをしたわけではない以上、こんな態度を取られる筋合いはない。
    「…………」
    「……はー……」
     大袈裟にため息を吐けば、一郎はびくりと肩を揺らす。相変わらずむつけたままではあるが、一応自身の態度の悪さに自覚はあるらしい。少しだけ眉を下げ、しかし割り切れないとばかりに口を開こうとはしなかった。
    「……」
    「……」
     気まずい沈黙が流れ、どうすっかな、と左馬刻は頭を掻いた。呆れているのも事実ではあるが、そういう十七歳らしい態度にほんの少し安心していたりもする。絶対に口には出さないが。
     このままここで突っ立っていても仕方がないと、ポンと黒髪を軽く撫でてひとまず約束していた飯へと誘えば、ほんの少しだけ、二人の間の空気が柔らかさを取り戻した。
     
       ◇
       
    「は? 声?」
    「……そうっす」
     いくつかの選択肢の中から珍しくファミレスを選んだ一郎は、腹が満たされると少しだけ気持ちも落ち着いて、左馬刻に先程の態度を謝ることができた。許される代わりに当然理由を話すよう求められ、仕方なく口を割る。
     今日のレコーディングで一郎は、すこぶる調子が悪かった。正確には、調子が悪いとは思っていないのにディレクションの嵐だったのだ。
    『今日、いつもと声の出し方違う?』
    『他の三人が大人だから意識しちゃうかもしれないけど、君は君らしくでいいからね』
     いつもどおり歌っているつもりだった。自分らしく、楽しくラップをしているつもりだった。それなのに『違う』と言われてもわからない。どうすればいいのかがわからず時間だけが過ぎていく。焦れば焦るほど仕上がりが悪くなる。
     たしかに、今回の曲は今までと比べてメロディアスだとは感じていた。しかしだからといって、自分の役割は変わらない。最年少で、切込隊長で、前向きな強さを信じる。それは曲調がどうであろうと変わらない。四人で一緒に作る音楽なのだから当然だ。
     苦戦しながらもなんとか録り終えたのは、予定していた時刻をだいぶ過ぎてのことだった。隣のブースを覗けば、どうやら左馬刻よりは早く終われたようでほっとする。入りの時間がずれていてよかった。そんなことを思いながら左馬刻のレコーディングが終わるのをおとなしく待っていたのだが、思い出したくなくともどうしたってディレクションの内容が頭の中を巡る。
    「……声が甘いって言われたんすよ。別にいつもと歌い方変えてねぇのに」
     ちょっと色っぽいかな?
     君はまだ高校生なんだから。
     TDDはみんなそれぞれカラーが違うのがいいんだからさ。
     そんなわかっていることばかりを繰り返され、戸惑った。もっと素直に言えば苛立った。別に色気を出そうなんて思っていないし、歌にしろスキルにしろ、四人バラバラの個性がうまく調和しているからこそ強いのだということくらいわかっている。
     しかし、左馬刻がブースから出てくるのを待っている間にふと思い出したのだ。学校で休み時間に、クラスの女子たちがキャアキャア話していた言葉を。
    「…………左馬刻さんのせいっすよ」
    「はぁ? なんで」
     ――知ってる? セックスしたあとって声が甘くなるんだって。
    「………………」
     ファミレスで出すにはあまり相応しくない単語を、できる限り声を潜めて向かいの人物にだけ届ける。耳に入った瞬間はアホらしいとしか思わなかったそれが、もしかしたら事実だったのかもしれない。そう思うとなんとも言えない気持ちになり、羞恥はそのまま原因となる人物への八つ当たりへと変わった。それが、先程までの真相である。
     コーラを意味もなくぐるぐるとストローで混ぜれば、氷がグラスに当たってカラカラと音を立てた。炭酸相手にやることではないのだが、それしか手持ち無沙汰を誤魔化す方法がない。ちらりと反応を伺えば、左馬刻はぽかんとした後で声を出さずに笑った。
    「それで俺のせいってか」
    「……っす」
    「……ま、他の奴のせいでも困るけどな」
     ククッと機嫌よく笑い続ける左馬刻に、荒んでいた心が少しだけ浮上する。尖っていたはずの口元からはふっと力が抜けた。たったこれだけのことで簡単に絆されてしまう自分には呆れてしまうが、別にそれを悪いことだとは思わなかった。そしておそらく左馬刻も、そう思ってくれている。恋人のささやかな変化を。互いにしか見せていない表情の存在を。
    「つか、左馬刻さんは何も言われなかったんすか?」
    「おー、別に? ま、俺はそうなろうが悪くねぇだろうしな」
    「あー……そっか」
     もし仮に左馬刻の声もいつもとは違ったのだとしても、それはTDDのバランス的に悪くない。なるほど、ずりぃな、と思いながらコーラをストローで思いっきり啜る。
    「一郎」
    「……はい」
     小さなコーヒーカップがそっと左馬刻の指を離れ、真っ黒なコーヒーがゆらゆらと揺れていた。そんなところにもオトナとコドモの違いを見せつけられたような気がして、なんとなく目を逸らしたくなるような気持ちになる。
     しかし、左馬刻の表情は穏やかだった。
    「今はまあ、まだ実際ガキだけどよ。別にテメェの声がいつまでもそうじゃなきゃいけねぇってわけじゃねぇよ」
    「……?」
    「大人になってから試してみな。今度はダメ出しされねぇかもしんねーぞ」
    「は? 大人になってから、って…………それは………………」
     どういう意味なのか。何年後の話なのか。つーか試すようなことじゃねぇし。
     返したい言葉がありすぎて言葉に詰まる。意味ありげに笑う左馬刻に、どうしたって期待が渦巻いた。何の気負いもなく未来の話をされる日々に、これからも当たり前のように隣にいることを信じてもいいのだと。
    「……さまときさん」
     別に、普段だって信じていないわけではないし、離れるつもりもない。だけど言葉にされる度に嬉しくなる。一つ一つの意味が重くなって、自分の中に積み重なっていく。
     左馬刻の、そういうまっすぐなところが好きだ。
    「…………仲直り、したいんすけど」
     じわじわと、じりじりと疼く心のままにそう小さく呟けば、意図を正しく汲み取った左馬刻はふっと小さく笑う。テーブルの下で軽く足を小突かれたかと思うと、コーヒーを飲み干し伝票を片手に立ち上がった。


     ――数年後。山田一郎、二十三歳。
    「一郎くん、今日いつもと声の出し方ちょっと違う?」
    「や……そう、すか?」
    「なんとなく色っぽい感じするけど特に意識してない? 自然ならなおさらいいね」
    「…………」
     いいのか。そうか。
     試したわけではないものの、思いがけず何年も前の戯言が実現してしまい、一郎は曖昧に笑うしかなかった。脳裏には、不敵に笑うオールバックの男が蘇っていた。
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