「三千世界の烏を殺し」 山際を掠めるように夜明けの星が輝いている。
花冷えの朝は冬のように寒い。ここには掛け布など無いから互いを抱くことでしか暖は取れないが、それより早々に屯所へ戻り、体を拭いて着替えをすまさねばならなかった。炊事の為に隊士が幾人か起きてくる頃合いである。
斎藤が髪を結い上げ直すのを待って社を出ると、いよいよ空が白んできた。
「……寒いな」
息を白くしながら斎藤が言った。
寒さを好まぬこの男は、朝方にはまるで猫のように長身を丸まらせる。そんな仕草が酷く愛おしくて、沖田はその逞しい背や首根を抱き寄せて眠った。共に朝寝が出来る時はいつもそうしていたのだった。
昨晩は汗ばむほどに火照った体も、今では朝の冷気に熱を奪われて頗る寒い。とろとろと歩いているより、小走りに駆けた方が良さそうである。