「ん…」
触れ合うだけのキスの延長、柔らかな唇が薄く開いて遠慮がちに伸ばされたそれ。瞬時に理解する。
もしもの時を想定して、これでもかと事前にありとあらゆる情報をぶち込んだ。あんなことからこんなことまで。知識ならある。だが俺から一方的に押し付けちゃ駄目。カインの同意を得てこそ、求められるまでは一切手を出さない。これは俺が勝手に決めたルールだ。
ついにこの時が来た。求められてる、カインの期待に応えられる。ようやく詰め込んだ情報と技術を披露出来ると内心喜んでいるのがバレないように、そっとカインの頬を包み込む。少しだけカインの頬が緩んだのを感じた。
「ん、は………」
俺の唇をつつく舌先を絡めとり、じゅっと吸い上げる。ぴくっと肩が小さく震えたのを、ゆっくり頬を撫でて宥める。肉厚なカインの舌を軽く食んで感触を楽しんだ後、口内へと舌を忍び込ませる。
「っん、ん…」
カインの体温が上がる。どくどくと早くなる鼓動が心地よい。もっと深く確かめたくて隅々まで舌先で丹念に舐めると、じゅわりと唾液が口内を満たす。飲み込みきれなかった涎が口端から漏れる。カインの腰がひくりと揺れた。悪くないリアクションに、カルディアシステムが反応しそうになる。
「っんぅ、う、っ…!…っ!」
どんどんと上がる熱に、甘くなっていく声色。自分の得た知識が目の前で証明されていく幸福感。至近距離で見るとろりと溶けたカインの蜂蜜色の瞳に歓喜が止まらない。
更に深く、もっと、もっとカインのこと。
「っん"~~!!」
「っ、ぅえ!?」
バンッバンッと背中を強く叩かれ、ぐいっと襟首を引っ掴まれて無理矢理引き剥がされた。予想外のカインの行動に驚いて固まっていると、顔を真っ赤にしたカインがこちらを睨みつけていた。
え、なんか俺まずかった?
「っえ、わり、その…下手だった!?」
「っち、が……っはー、っ……い、いき…げほっ」
「いき?」
「いき、させてくれ…っしんじゃう、から…っ!」
ぜーはーと肩で息をしながら、カインが必死に訴える。
いき。息。呼吸。人間。命。
「あ、あ~……ごめん、うっかり…?」
「うっかりで、殺さないでくれ!」
「スイマセン…」
初めてのディープキスで恋人を殺しそうになるとは思わなかった。カインは人間なので呼吸が必要、という当たり前すぎる事実が抜けてしまった。アシストロイドである弊害がこんなところに出るとは思わなかった。居た堪れない、穴があったら入りたい。
「もう二度としません…」
「え!」
「え?」
深々と頭を下げて謝罪すると、カインが目を丸くして慌てだした。あわあわと宙を彷徨う手がこちらに伸びて、首の後ろへと回る。視界がカインだけで埋まった。
「その…二度としないのは、困る。ネロとキスしたい、から」
「えっ、あ……はい。もちろん、喜んで…」
俺の間抜けな返答に、カインがにかっと晴れやかに笑う。つられて俺もへらへらと笑ってしまった。
「じゃあ、今度はゆっくり、な?」
回された腕に力が入って、カインの顔が近づく。今度は呼吸を忘れずに、と大事なデータを刻み込んでから唇に触れた。