Dozen Rosespanner Day雪のちらつく寒空の下。昼の買い出しから戻った管理人の胸には、何やら大きな紙袋。
<皆、差し入れだよー。一本ずつ持っていってね>
自由に食べていいお菓子のカゴに盛りつけられた赤いキャンディは、よく見れば薔薇の形の細工が施されていた。
「管理人殿、素敵なキャンディでありますな!」
<うん。なんだか今日、薔薇のお祭りみたいでさ。あっちこっちで売ってたもんだから>
仮にも薔薇の名を冠する工房だ。制服は真紅というよりはワインレッド、会長の裾に施された刺繍も金の薔薇ではあったが、華やかな勝利をと縁起を担ぐ意味合いもあり赤を選んだ。
ばらばらに昼休憩を始め、飴を片手に食事へと向かう職員たちを見送って、ダンテは未だ作業を続けている恋人へと近づく。
<ムルソー>
「! はい、ダンテ。……お昼ですね。今中断しますので」
<うん>
そっと肩を撫で声をかければすぐに瞬きしたエメラルドがこちらを向いた。隠れて見えない口角を上げ、ムルソーがパソコンをスリープまで持っていく間に、とそっとデスクの奥へ手を伸ばす。
<君はこれだよ。『管理人』じゃなく、私個人から。……でも十二本は多いかな。ちょっとずつ食べて>
パソコンの横を飾るように置かれたカップには束ねられた色とりどりの薔薇飴。棒、形、包装に全体での共通はなく、どうしてか複数の店やメーカーが組み合わされているらしいそれにムルソーは小さく首を傾げた。
白、黄、桃、緑、と花を一つずつ指でなぞる。赤だけが二本あるように見えたけれども、つまみ寄せて良くみると色の濃淡が異なった。
「………………ふむ。ダンテ、これを」
<えっ>
より鮮やかな方を抜き取り差し出せば、カチリと音をさせ針が止まる。
「いただいたものを返すことにはなってしまいますが……。せっかくならばあなたと共に食べたい。一本、付き合っていただけますか」
<……………………う、うん……>
何故だろうか。俯き花を挟んだままの手袋と黒い文字盤で覆われた奥の顔は恐らく今、この上ないほどに染まっている。見えないにも関わらず感じとり、ムルソーはその頬へと手を伸ばした。
「ダンテ?」
<な、なんでもない。なんでもないよ……。お昼、食べ、よっか……>
熱い頬に体調不良を疑い、裏にして手の甲で再度触れれば慌てたダンテがハンバーガーの紙袋を顔面へと押しつけてくる。
「あら? ダンテ、薔薇返してもらえたんだ〜。よかったじゃない」
<うん……>
営業帰りなのだろう、身を屈めたロージャが纏う僅かな冷気と共に囁いた言葉に、今度はムルソーの方が強張り耳まで赤くする番だった。
━━それ、あなたの愛の誓いに応えます、って意味だよ。
「じゃ、あとはお昼休みにいちゃいちゃしたら〜? 私もグレッグとご飯食べに行こっと」
言うだけ言って手をひらひら、機嫌よく立ち去った会長の置き土産に頭を抱えたままの男が二人。
「…………知りませんでした」
<うん、わかってる……>
手袋の下、指の一本を彩るものを軽く弾く。
「ですが。……知っていたとしても、同じようにしたでしょう」
ついにダンテはムルソーの肩にぴったりと額をつけ情けなさも隠さず突っ伏していた。頭の火の見かけと同じくらいに顔中が熱く、今にも気持ちの溢れ出しそうな胸をどうにか抑えつけて、その逞しい体を覆う制服をぎゅうと握る。
「今日の夜は……外食にしませんか」
疲れていたり、気になる店があったり。様々なときになされる提案ではあったものの。
僅かながら眉を下げ、どこかねだるような眼差しでなされたその意味を、ダンテはすぐに理解した。
<うん。……ゆっくり、しよ>
「はい」
薔薇の飴と共に絡め合わせた左手同士、布越しに擦れる金属の感触もまた、穏やかな幸福を紡ぎだしていた。