眠れない夜ネロには悩みがある。
ネロがブラッドリーの元に嫁いできてそろそろ半年が経つ。最初は不本意な婚姻ではあったものの、だんだんと冬の国での生活にも慣れてきた。冬の国の人々は、嫁ぐ前に想像していたよりも優しく、ネロのことを快く歓迎してくれた。
何より結婚相手であるブラッドリーが意外にも常識的で(たまにぶっ飛んだことはするが)、ネロのことを大事に扱ってくれているのを感じるから、一緒に暮らすのも悪くはないな、と思うようになってきていた。
そんなネロの近頃の悩みはそのブラッドリーとのことについてである。
それというのも、ネロとブラッドリーはまだ一度も一緒に寝たことがない。夫婦の営みをしたことがない、というだけでなく、寝室は別々で物理的にも同じベッドで一晩を共にしたことが一度もないのだ。
自ら進んで一緒に寝たい、という訳ではないが、このまま何もせず仮面夫婦のような関係でいいのだろうか?という思いもある。
ブラッドリーは国王ではないから、跡継ぎが必要というわけではない。だからわざわざネロと寝る義務はないと思っているのか?それともネロを抱くほどの興味がない?もしかして、他に本命の相手がいて夜はその人と一緒にいるのか…
ブラッドリーがネロに手を出してこない理由をぐるぐるぐるぐる考えていても答えは出てこない。
直接本人に聞くほかないのはわかっているが、もし自分には興味がなくて、国のために結婚しただけ、実は他に好きな人がいる、などと言われたらどうしよう、と変な想像ばかりしてしまい何も聞けないまま過ごしてきたのだった。
「はぁ」
キッチンで夕食の後片付けをしながらまたいつもの悩みに頭を痛めながら思わずため息が出る。
片付けなんて本来はネロの身分ですることではないのだが、片付けまで料理の一部だ。料理は自分で作らせてくれと頼んだときに、片付けも最後まで責任もって自分ですることを許してもらった。
皿洗いが終わり明日の朝の準備でもしとくか、と食料庫を確認しながらまた考える。
ブラッドリーに直接聞けない理由は他にもある。
手を出されないことに不満はあるものの、だからといってブラッドリーに手を出されたらそれはそれで拒むと思うからだ。心の準備なんてできていないのだ。
じゃあ一緒に寝るだけなら?同じベッドでブラッドリーの腕に抱かれながら、あの大きな手で頭を撫でられたりなんかして、おやすみと耳元に囁かれながら眠りにつく。
……ありかもしれない。
「おい、なにニヤけてんだ?」
「うわぁ!!」
妄想していた張本人が目の前に現れて思わず大きな声を出してしまった。
「なに想像してたんだよ」とからかうような口調でニヤニヤしながら聞いてくる。
ネロは変な想像をしてたことが後ろめたいこともあり「別に。それより何か用か?」と素っ気なく聞こえるように装うが、内心は大混乱でドキドキと胸の音がうるさい。
「強い酒をくれ。」
「いいけど、最近毎晩飲んでねぇ?」
「寝酒にちょうどいいんだよ」
「飲みすぎると体によくねぇよ。」
「うるせえなー」
ブラッドリーの面倒くさそうな声を聞き、ネロはしまった、と思った。小言なんて言わずにさっさと酒を渡せば良かった。面倒くさい奴って思われただろうか?嫌われたら、どうしよう。
ネロの表情が曇ってしまったのを見てブラッドリーも言い過ぎたと思ったのか、取り繕うように謝罪の言葉を続けた。
「あ~すまん。寝るために飲むだけだから、そんなに心配すんな」
「…眠れないのか?」
ブラッドリーは「まあ、そんな感じだ」と言いながら気恥ずかしいのか目を合わせようとしない。
夜眠れないなんて、なんか可愛いな。
「それならホットミルクを作ってやるよ」
「そんなガキが飲むようなやつ…」
「体暖めて、横になれば眠気もやってくるし、ぐっすり寝られると思う」
ルチルにもよく作ってやってたな、と嬉しそうに話すと、しょうがねえな、と言いながらブラッドリーが承諾してくれたから、早速ホットミルク作りに取りかかった。
出来上がったホットミルクをブラッドリーの前に差し出す。
「これ飲んでも効果がなかったらさ、俺が添い寝して子守唄でも歌ってやるよ」
ブラッドリーの可愛い一面を見て、昔ルチルにホットミルクを作ってやってたことを思い出して、ちょっと浮かれてたんだと思う。ニコニコしながらネロの口から出た言葉を聞いたブラッドリーが目の前で固まるのを見て自分の失言に気づいた。
「いや!深い意味はなくて!ただ一緒に寝るだけだし!」
訂正しようとしたのに墓穴を掘ってしまった。消えてなくなりてぇ。
口を開けば余計なことを口走ってしまいそうであーとかうーとかよくわからない言葉を発しながらあたふたしてしまう。
こんなの一緒に寝たいと言ってるようなものではないか。
しばらく呆然としていたブラッドリーは、ネロの様子を見て眉をしかめたり口許に手を当てたりしている。
つい口をついてしまったが、もしここで拒否されたら立ち直れないかもしれない。
恐る恐るブラッドリーの顔を伺うと熱の籠った目がこちらを見ている。
ドキドキしながらブラッド?と声をかけるとゆっくり近づいてきて耳元に顔を寄せながら囁かれる。
「お前がそうゆうつもりなら、もう待たないからな」
顔が真っ赤になって何も言えないでいると、ホットミルク、サンキューな、と言いながらブラッドリーはキッチンを後にした。
自分の分のホットミルクも作れば良かった。今夜は眠れそうにない。