ちび唯ちゃんと常工お兄さん、遊園地に行く「遊園地! ついたー」
「待ちなさい。逃げないから」
遊園地の建物が見えた瞬間、刑部は駆けだそうとした唯の小さな手を取り、飛び出していかないように制する。
はやく行こう、はやくはやく、と刑部の大きな手をぐいぐい引っ張り、それでも埒があかないと桐ケ谷の手も取って、入り口に引っ張っていく。
「慌てるなって。お、賑わってな」
「あれ あのくるくる回るの乗りたい〜」
「メリーゴーランドだね。馬の他に……馬車の席もあるようだよ」
外から見えるアトラクションの数々、唯が指さしながらはしゃいでいるのは煌びやかなメリーコーランド。
楽しげな音楽に合わせ、着飾った馬や馬車が回転している。装飾も華やかで、この年頃の子供は好きそうだ。
入場ゲートをくぐり、券売機でフリーパスを購入すると、まずはメリーゴーランドからスタートするのだった。
***
刑部と桐ケ谷、小さなコンミスが仲良く遊園地に来ているのには、それなりに訳がある。
星奏学院の面々は皆出掛けて不在、まだまだ子供のコンミスを一人で留守番させられる訳もなく、時間の融通の利く刑部と桐ケ谷に白羽の矢が立った。
天気もいいし出掛けようか、の刑部一言に唯の丸い目がキラキラと輝いて、遊園地に行きたいのおねだりが飛んできた。
可愛くお願いをされて、刑部はすぐさま近場の施設を調べにかかった。菩提樹寮からほど近く、海沿いの商業施設にある大観覧車。あの近くに、子供向けの遊具があった気がした。
その記憶は大当たりで、アトラクションを見たところ今日一日たっぷり遊んで過ごせそう。アトラクションを乗り尽くしたら、外に出て海沿いの道を散歩するのも悪くない。あの界隈は程よく商業施設もあるから、テイクアウトして海風を浴びながらおやつを摘まむのも良いだろう。
出掛けると決まれば、早かった。
「いいかい、唯さん。あの時計が十時三十分になるまでに、着替えて外出支度をして玄関に来ること。できるかな?」
「できるよ」
アイアイサーとびしっと敬礼を決めて、ぴゅーんと女子棟に走って行く。その後ろ姿はよく見ていた彼女の走りと同じで、刑部はつい頬を緩めて小さな背中を見送る。桐ケ谷に『お前その顔やべぇって』と言われたのは、聞かなかったことにした。
「おーおー、鉄砲玉だなありゃ」
お出かけの支度をしておいで、と刑部に言われた通り、唯は一生懸命お出かけ支度を頑張った。
昨日はオケ練習で木蓮館に出掛け、その時持って行ったカバンがある。
中身はハンカチとタオル、小さなポーチ。ポーチの中身は香坂の手により、絆創膏や子供用のリップクリーム、迷子になった時の連絡先カードが収められている。
大事なお守りで私とお揃いね、と大好きな怜お姉さんに内緒話のようにささやかれ、これはいつでもカバンに入れて持って行くこと、と約束もした。このポーチは絶対持って行くと決まっている。
ハンカチとタオルは新しいものを入れ、靴下もお気に入りのものを履き、お出かけ用に買いそろえた服に着替える。
カバンを手に、相棒のケースを背負ったら、部屋を飛び出して集合場所を目指す。階段は転げないように注意しながらも、最後の二段はえいやとジャンプで飛び降りる。
「おまたせっ」
「よくできたね。しかし……遊園地に行くのにヴァイオリンを持って行くのはなくしたりするから、今日は置いていこうか。俺も桐ケ谷も、トランペットは持って行かないからね」
五分前到着を大いに褒めてるも、何故かヴァイオリンまで背負ってきている。今日はさすがにそれは置いて行くように諭して、背中からケースを降ろしてやる。
刑部が小さな楽器ケースを部屋の隅に置く間に、桐ケ谷は彼女の身なりを見て手招きする。
「朝日奈さん、頭ぐっちゃぐちゃじゃん。結ぶから、ここ座りな」
「あきら結べるの? うんと可愛くしてね」
「任せとけって」
とはいえ、もう遊園地に行きたくてうずうずしている彼女が、大人しく座っていられる時間はそう長くない。遊び歩くのに邪魔にならない程度にまとめられればいいだろう。可愛くとしてね、のリクエストに最大限に応え、両サイドを編み込み、その毛束ごとポニーテールにして結びあげる。後は飾りの付いた結いゴムを付けて、完成。
子供の細い髪を難なく扱うその器用さに、刑部は視線だけで拍手を送った。
「ありがと」
鏡をのぞきこみ、にっこり笑顔になる瞬間を目の当たりにして、桐ケ谷は確かな手応えを感じる。御礼もちゃんとできて、つい何時もの調子で頭をわしゃっと撫でたくなるも、せっかく結んだのに乱れてしまう。ぽん、と軽く撫でる程度にしておく。
「どういたしまして。んじゃ、いっちょ遊園地いきますか」
「いくー せいじさん置いていっちゃうよ」
「それは困る。迷子になってしまうからね、手をつないでくれるかい?」
「いいよ」
差し出した手を、小さな指がキュッと掴む。離れないように、離さないように、刑部は優しく包むようにして手をつなぐ。
その顔なんとかしろよ、という桐ケ谷の視線には、勝ち誇った笑みで返した。
意気揚々と出発した一行は、最寄り駅から電車に乗って数駅、目的地の遊園地に到着。電車を降りてスキップしながら歩くさまに目を細めながら、飛んでいかないように手は離さない。
改札を通り、予め調べておいた道順に沿って歩き進めれば、ほどなく大きな観覧車が見えた。
「遊園地、あそこ?」
「そうだよ。空中サイクリングもあるね」
「みえないよー」
拗ねた口調に、それはそうだねと刑部が返す。なにせ丸い小さな頭は、自分の腰の高さ程度しかない。視線の高さを考えたら、もう少し近づかなければ彼女の世界にあの遊具は映らないだろう。
「だよな。ほら、こうしたら見えるぜ」
そこに現れた救世主は桐ケ谷で、ひょいと片腕で抱き上げられて、一気に世界がひらけた。
広がる景色に、目を丸くさせながら感嘆の声があがる。間近でみる嬉しそうな顔に、桐ケ谷もつられて笑顔になった。
「キラキラしてるの乗りたい」
「乗ろうぜ。せっかく来たんだからさ、全部制覇したいよな」
「する」
ふんす、と力強く頷く姿に、刑部も桐ケ谷も本来の彼女の姿を重ね自然と頬が緩む。やはり小さくても、朝日奈唯は朝日奈唯だった。
男子高校生二人と未就学児のあまり見かけない組み合わせながら、そこは刑部の社会人と言っても通る落ち着きと、桐ケ谷のヤンキー風な容姿によって『若いお父さんと子供とその友人』という不思議な組み合わせの、ほのぼのとした雰囲気を醸し出している。
しばらく拓けた視界を楽しんで、入場ゲートが見えてくると足をぱたぱたさせて、下ろしての合図。
すとんと地面に降りたら、解き放たれた矢のように一目散で飛んでいこうとする。そこを刑部が捕まえるも、逆に腕を取られて引っ張られる有様。これはトコトン付き合うつもりで、足を踏み入れるしかなさそうだ。
「待ちなさい。遊園地は逃げないから」
「逃げなくたって、早く入りたいもんな」
手は離さないように、でもコンミスの早歩きには離れずついていく足運びでゲートをくぐる。
まずはメリーゴーランドのリクエスト通り、案内所で貰った館内マップを広げて場所を確認。
今自分達がいるエリアは、主に未就学児向けのエリアのよう。アトラクションの対象年齢や身長制限も緩い。が、高校生以上の保護者同伴の上での搭乗の但し書きがある。
つまりはコンミスと一緒に、どちらかがあの煌びやかなメリーゴーランドに乗る、ということになる。
「……」
「……」
ちらっと目配せをしただけで、瞬時にコンミスのご意見を聞こう、と話を付けた。じゃんけんで決めるのもスマートではないし、かつ悪目立ちする。
どちらが選ばれても、それはそれ。次のアトラクションで譲ればいいだけのこと。
「ねー、メリーゴーランド早くいこー。唯、あの白いお馬さんがいい でもあの馬車もいいなぁ」
「唯さん。メリーゴーランドは俺か桐ケ谷、どちらか一緒に乗らないといけないようだよ。誰をご指名かな?」
コンミス殿のご意見を聞くべく、刑部は片膝をついて視線の高さを合わせると、小さな手を取る。
てへへ、と照れた様に笑うコンミスの可愛らしさに、通算何度目など数え忘れる位に心臓鷲づかみにされた刑部は、それでもなんとかいつもの体面をギリギリ保っている。
「んーと、白いお馬さんは、せいじさんと乗る。馬車のは、あきらとせいじさんと一緒がいい」
「お、朝日奈さん賢いな」
「だそうだ」
「手振るから、あきらそこに居てね」
「了解。気をつけてな」
初回は見守りの桐ケ谷は、唯の頭をぽんと撫でてアトラクションに送り出す。
メリーゴーランドという非日常的な乗り物を前に、手をつないでいるだけで唯のわくわくが高まっているが分かる。その証拠に、つないだ手はひんぱんにマーチのような
リズムで揺れて、転げないように刑部はエスコートに徹する。
係員にフリーパスを見せ、乗りたい席を目指す。
メリーゴーランドは三段あり、唯が選んだのは2段目の席。ご指名の白い馬には、アールデコ調の装飾の中にピアノや音符があって、合点がいった。
子供向けで高さはそれほどでもなく、刑部は先に唯を抱き上げて乗せると、自分はその後ろについた。子供とその保護者が乗る想定のお陰か、座席が狭すぎることもなく、座り心地も悪くない。
「ちゃんと捕まるんだよ」
「はーい」
馬の首の所にある持ち手を持たせると、程なく開始を告げるチャイムが鳴る。
ぐん、と軽い衝動からゆっくりと回転し始めれば、華やかな音楽に合わせて電飾がきらきら輝く。
青や赤、緑に黄色、オレンジ。
よく注意してみていると、メロディに合わせて輝いている。
「あきらー」
「落っこちんなよー」
柵の外で見守っている桐ケ谷に元気に手を振って、すぐ見えなくなってしまう桐ケ谷を見ようと身を乗り出して振り向こうとする。
そこは刑部がちゃんと支え、またすぐ見えるから、と諭した。
「やれやれ。これではバイクどころか、自転車に乗せるのも危ういね」
to be continue…