野良犬疾走日和壊滅的被害を受けた大豊からの一報にレッドは複雑な顔をしていた。
グリッド135で哨戒任務に当たっていた傘下企業のMT部隊から送られてきた戦闘ログには独立傭兵が駆るAC単騎に一小隊が瞬く間に制圧されていく様子が記録さていた。
数の有利があったにも関わらず各個撃破されていくMTとヘリ。堅牢な盾持ちも存在しておりミサイルを撃ち込まれた程度では堕とされはしない。だが、黒煙で視界を遮られた上に爆風の反動で身動きが取れなくなっている隙に距離を詰められてしまっている。あくまで堅いのは正面の装甲で平均的な強度しかない側面からパルスブレードを叩き込まれれば他の機体と同じ運命を辿るのは明白だ。部隊長の「ミシガン総長に、報告をーーー!!」のメッセージと共に動力源が喪失したメインカメラが暗転し機体が爆ぜる音でログは途切れていた。
そしてこの独立傭兵の仕業と考えられる事案がもう一つ。
レッドガンへ配属予定だったテスターACが訓練生ごと撃破されてしまったのだ。MTよりも高度な操縦技術を求められるAC。例え訓練生と言えどMTパイロットより腕は立つ。重量と引き換えに搭乗者の安全性を優先した機体設計の助けもあり訓練生は善戦していた。
それでも相対した独立傭兵は冷静で両肩のミサイルポッドを時間差で撃ち込みつつ装填中の隙間をマシンガンの射撃で埋める戦法をとってきた。一撃が軽微でも断続的に放たれる弾幕を処理し続けるのは実践経験の浅い訓練生にとって苦しい戦闘だっただろう。少しずつ損壊していく機体、切れ目のない攻撃、蓄積していく機体負荷。
先に集中が切れてしまったのが訓練生だった。向かってきたミサイルを避ける事に気を取られ背中に建造物を背負う形になり逃げ道を自ら断っていた。咄嗟に左腕で防御をとりコア部への着弾を免れたがこの時の衝撃で遂に機体負荷限界を迎える事となる。
黒煙の向こうに赤く揺らめく光源が映る。それは独立傭兵のACのメインカメラの明かり。直近に迫ったそれは何の躊躇いもなくパルスパレードをコア部に突き立てた。
番号持ちだったハークラーが抜けた穴を埋めるための異動も兼ねての輸送任務。レッドの下に配属予定の真面目な青年はコールサインを受領する事なく殉職してしまった。
どちらも依頼主は競合企業のアーキバスと見て間違いない。大抵の独立傭兵は報酬さえあれば誰の下にもつく。
そして今回、G4・ヴォルタとG5・イグアスと共にルビコン解放戦線の拠点の一つである多重ダムへの襲撃にその独立傭兵も随伴するという。それどころか末席とはいえG13のナンバーも付与されるのだ。
口には出さないが隊の大多数が不満を抱いていて快く思わない隊員が出てきて当然である。それでも表立って苦言を呈する者が現れないのは総長が一枚噛んでいるからだ。
ブリーフィングもいつもならレッドが担当するのだが、このミッションはG1直々に伝達を行うという。
勤務時間をとうに過ぎた暗い室内で煌々と明るいモニターの前で何度目かも分からない溜息をついた。
「仕事熱心なのは結構ですが明日の業務に差し障る残業は褒められませんね」
誰もいないと思い込み気を抜いていたレッドが振り返るとそこには上官の一人である五花海が立っていた。
「すみませんっ!」
慌てて姿勢を正すが「こっちも時間外なので」とインスタントのココアを手渡しつつモニターを覗き込む。
「こんな時間まで何を...あぁ、例の独立傭兵ですか」
失礼、と一言断りを入れて五花海は横からコンソールを操作し始めた。画面に表示されたのは傭兵支援プログラム・オールマインド。ルビコンでACを駆る者の大半が登録されている。その中でも上位陣は仮想戦闘空間での模擬戦も可能、搭乗するACのデータもある程度閲覧が可能なシステムである。
「Rb23、レイヴン。...ランクはF、ねぇ...」
目的の人物のデータを探し当てた二人は表示されたデータに首を傾げた。ここ最近の活躍を鑑みればFランクの人物であるのは意外だった。とはいえ、どうもライセンス失効直前に活動を再開したようで長らく表舞台からは姿を消していた様子も伺える。ベイラムもアーキバスも星外企業であるし惑星ルビコン出身の社員もいないため現地のACパイロットにはそこまで明るくない。まだ接触のあるルビコン解放戦線所属のパイロットの方が詳しい。
「上層部から受け取っていた資料にはいない人物ですか」
「先日のボナデア砂丘の武装採掘艦の破壊でアーキバス側から雇われていたようです」
レッドガン部隊がこの独立傭兵を認識しだしたのはつい最近である。レイヴンと呼ばれる独立傭兵の行動を探ってみると大豊から公示されていたばら撒き依頼に参加した形跡もあった。解放戦線の移設型砲台の破壊に輸送ヘリの襲撃も単機で目標撃破したと報告書が上がっている。
「これだけの実力者を見落とすとは」
本社の目は節穴ですねと五花海は悪態をつく。画面をスクロールしていくと搭乗ACのデータが表示される。詳細まで知る事は叶わないが知識がある者が見ればある程度の機体構成は予想がつく。あれほどベイラム側に被害をもたらしたACは皮肉にもその殆どをベイラムとその関連企業のパーツで組み上げられていた。コアや腕部は堅牢なベイラム製、脚部は重量と防御性に長けている大豊のものを、両肩の火器にファーロン製のミサイルポッドを採用している。頭部は索敵のし易さを考慮してかスキャン性能に優れたアーキバス製、主武器は近距離で威力が出るパルスブレードと軽量のショットガン。単独行動を好む独立傭兵らしい近、中距離戦でそつなく立ち回れるアセンブルなのだろう。
「ウチの製品はご贔屓にしていただけているようで」
「機体構成だけでいうならルビコン内の勢力とは考え難いですね」
「最近は金銭目当に密航してきた傭兵もいるくらいですし」
「歴戦のパイロットであるのは間違いないと思います」
「総長のような厳つい男性じゃないですかね」
「ーーーへっくち」
噂されているとも知らぬ621はその見た目通りの可愛らしいくしゃみをした。ルビコン入りするまでに日常生活に支障のない程度の体力を獲得したがそれでも虚弱体質は変わらず。ただでさえ慣れない環境に影響を受けやすい彼女は任務以外の長時間の移動と初めての場所で見事に体調を崩した。
「ウォルター」
健康的な年頃の男子であれば「貴様ァ!!作戦行動前に体調不良とは何事だ!!」と一喝したのだろうが、強風が吹いたらそのまま飛んでいきそうなほど小柄で今も鼻を啜る621を前に流石のミシガンも言い淀んでいた。
「作戦に支障はない」
後ろめたさはあるらしく何か言いたげなミシガンから目を逸らしてウォルターは言葉を返す。移動中何度もバイタルチェックを行い行動不能でないことは確認済み。
「だいじょうぶ、わたしは戦えるよ......くしゅん」
そんな空気を察して621は問題ないと伝えたかったようだが余計に保護者達の不安を煽っただけ。
「...任せていいんだな?」
「...ミッションは明日だ。一晩休めば動けるだろう」
ポケットティッシュで鼻をかむ621を見下ろしていたミシガンは戦闘ログで見ていた人物と同一には思えず困惑を深めていった。