そういえば今日は夕方から雨が降るかもしれないと、朝のニュースで言っていた気がする。
降水確率は五分だったから手荷物を増やしたくないと傘を持ち合わせていなかったな。
それなりに強い雨の中、建物入り口でさてどうしたものかと思案していると会社の同僚も仕事を終えて帰路につこうというところであった。
「何だよお前、随分と抜けてるなァ?」
傘がなくて立ち往生している私を見つけるなりゾルタンは間抜けと絡んでくる。
「すぐに止むと思ってたんですー」
と頬を含まらせれば鼻で笑って小馬鹿にしてくる。
「んじゃ、俺様は先に帰るからな。おつかれさん。」
これ見よがしに折り畳みではない大き目の傘を広げてさっさと歩きだす。
私は、すぅっと、なるべく自然体を装いゾルタンの傘の中に入っていく。
「はぁ?いれてやるって言ってねーけど?」
「女の子に優しくしたって罰は当たらないよ」
流石に大きな傘と言っても大人二人が入ればどうしてもカバーしきれない。
少しでも濡れる場所を抑えようとゾルタンの左腕に抱き着く形で身を寄せる。
そこまでされるがままだった同僚がニッと口元を吊り上げる。
「そんなに甘えて、俺にもっと可愛がってほしいのか?ん?」
わざと吐息がかかるくらいの距離で囁く。
また此奴はそうやって私を困らせようとするんだから、と呆れつつ。
「もっと私の事大事にしてよ」
と負けじと彼の顔を見返しながらニコリと笑って返す。
他意はなかったのだが、ゾルタンはほんのちょっと真顔になってから
「俺以外にそれやったら殺す」
なんて何故だか釘をさしていく。物騒すぎるだろうが、と言い返すより先に左腕にまとわりついていた私を振りほどく。
ついで上着を脱いだかと思えばそのまま私に羽織らせ、肩を抱いて傘の内側へと入れる。
急な事に驚く。体を捻って振り返れば、入りきれなかった彼の右肩が濡れ始めていた。
目を丸くして悪いからそこまでしなくてもいいよ、とこちらが声を上げる前に「ほら早く帰るぞ、お嬢様」とそのまま歩きだしてしまう。
ああ、どうしよう、このままは悪いな、私の家の方が近かったかなと考える。
「ね、ゾルタンの家より私の家の方近かったでしょ?お礼もしたいから寄って行かない?シャツも洗濯するから…」
肩に添えられた手がぴくりと反応する。
「お前…お前なぁ…それヤバいって自覚あるか?」
「何のこと??」
「…そのままでいい、俺にとっちゃ好都合だ」
「??」
「重ねて言っとくが俺以外にやるなよ」
彼の目の奥に燻る炎が見えた気がしたが、てんで何の事だか分らなかった私はついぞ理解していなかった。
ゾルタンだけが悪い顔をして笑っていた。