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    タカネ

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    タカネ

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    🪭✨パロ小噺其の一
    時間軸は不明だけど、若君はまだ迅さんの正体に気付いてない…はず。

    #迅嵐
    swiftashi

    ~後宮御用聞き、迅と朱雀の君継宮の若君、お見合いに物思うこと。

    「陛下がお見合い?」
    書の練習をしていた継宮の若君が、京介と時枝の会話を漏れ聞いたらしくふと顔を上げた。
    「ええ。実際は顔を見る程度のことですけれど。陛下はなにぶんお忙しいので、政務の合間に桃園ですれ違うとか、まあわざとらしい場を用意して一応、お見合いしたことにするんです」
    「……つまり、見た目の美しさだけで決めるのか?」
    「そういうことになりますね。陛下の個人的なお好みもあるでしょうけど、貴人の結婚というのはそういうものですし」
    「そうだな。知ってる」
    うなづいた嵐山の手元は止まってしまっていて、紙に大きな墨の染みができていた。
    あれ、なにか気に触ってしまったか、と京介は内心で慌てたが、その感情はまったく顔色に出なかった。そういう質だし、そこを買われているので仕方ないのだが、それでも言葉を付け足した。
    「陛下は今まで数限りなくお見合いをしてらっしゃいますが、どなたにも後宮入りを許可したことはありませんから」
    「そんなにたくさん?」
    「えー、まあ、はい」
    「そうか」
    若君はぱたり、と筆を置くと『汚してしまったな』と言って書紙を卓から退かした。

    「え? 今日、手紙ないの?!」
    「はあ」
    「なにその気の抜けた返事! あー、もう! 今日もめちゃくちゃ疲れたし、この一日の疲れを嵐山のお手紙読んで癒そう、と思ってたのにー」
    駄々っ子のごとく不満の声を上げた皇帝はどさり、と私室の長椅子に腰を下ろした。
    頭を背もたれに乗せて天井を仰ぐと『あーやってらんない。どいつもこいつも自分の体面のことしか考えてないんだから!』と恨み言を口から漏らす。
    この皇帝陛下は賢帝と呼ばれども未だ年若く、それゆえに苦労も多いのだ。
    その苦労人の陛下の唯一のお楽しみを奪ってしまったらしい京介は、しかしそれをお首にも出さなかった。
    「まあね、嵐山だって手紙を書く気分じゃないことはあるだろうしね……体調が優れないとかはない?」
    「それは大丈夫です。お健やかにお過ごしでいらっしゃいます」
    「良かった。でもじゃあ、なんでだろうな?」
    「紙がない、と。書の鍛錬をとても頑張ってらして、手紙を書くための紙が今日はもうない、とのことで……」
    「紙? ふうん……?」
    『そんなに頑張っているなら、上等の宣紙でもたくさん届けてあげて』と言われて、その日は終わった。

    「……もう今日で五日目だけど」
    午前の政務がひと段落したところで、迅はそのまま卓の上に伏して呻いた。
    「もうなにもやる気がおきない。面白くもない六尚からの報告書なんて読みたくもない」
    「そうですか、音読してさしあげましょうか?」
    「ちがう! おれは嵐山からの他愛のない毎日の報告が読みたいの! あれがこの世で一番心がやすらぐ読み物なんだよ」
    京介は言い付け通り、最高級の本画仙とついでに上等の墨と筆を皇帝陛下からの贈り物として継宮に届けていたので返事のしようがなかった。
    いつもならば嵐山は『これでたくさん陛下への手紙が書けるな!』と元気良く言いそうなところなのに、丁寧にお礼を言われただけだったのが気がかりといえば気がかりだ。
    「紙をたくさん贈ったのは失敗だったか……? かえって負担になったとか……いや、でも……」
    ぶつぶつ呟いている皇帝の頭の中は小さな妃候補のことでいっぱいらしい。多忙を極めて寵姫の顔を見に行く自由すらないとは、皇帝なんてちっとも羨ましくない立場だな、と思う。まあ、あの若君に関してはそれ以前の話なのだが。
    京介はひとつ咳払いをして。
    「陛下、この稟議書についてですが、俺が今晩中に要約を作ります」
    「へ? なに、残業してくれるの?」
    「はい。ですからメジロの迅さんは継宮へご機嫌伺いに行ってらして下さい」
    自分が不用意なことを言ったのが原因らしい、とは思っているのだ。しかしどうにも、一体なにが気に触ったのか、そういう感情の機微を探るのは苦手なのである。それに。
    「んん、まあ、そこまでしてくれるなら、助力は有り難く受けないとかえって狭量だよな!」
    もっともらしい事を言って、さっそく身支度を始める皇帝陛下を横目に嘆息する。
    たぶん、絶対関わらない方が良い。よくよく話を聞いてみればただののろけ、失敬、犬も食わないなんとやらに違いないのだ。ならば余計な口出しはせず、無償の残業をした方がましである。
    あー、さっさっとくっ付いて欲しい。

    さて、こんなこともあろうか、と執務室に用意してあった朽葉色のメジロの官服に着替えた迅は、いそいそと継宮を訪った。
    実に二週間ぶり。皇帝とは因果な生業である。
    「こんにちは。若君はご機嫌いかが?」
    「迅! 来てくれたのか」
    窓際の卓で嵐山がぱっと顔を上げた。
    「少し間が空いちゃったね。元気にしてた?」
    「元気だぞ!」
    嬉しそうな笑顔は素直で愛らしい。迅は疲れ切った心と体が確実に癒されるのを、あーこれだよこれ! と穏やかに装った笑みの下で噛みしめる。
    卓に寄ってみると嵐山の手元には宣紙の束があった。一生懸命、棋譜を書き写して勉強していたらしい。毎日、たゆまぬ努力を続ける嵐山は本当に素晴らしい、と脳内で褒め称える。
    「将棋の勉強? 進んでる?」
    「頑張ってるところだ」
    嵐山の向かいに腰を下ろした迅は何気ないふうに書き付けられた紙を手に取る。
    「うん、良く読み取れてる。ところでずいぶん上等な紙だね。親書にでも使えそうだ」
    「うん……陛下に頂いたんだ」
    「じゃあ、皇帝陛下になにか書いて上げたら? きっと待ってるよ」
    「……」
    嵐山は静かに筆を置くと、困ったように眉を下げた。
    「なにを書いたらいいのか分からなくなっちゃって……」
    「陛下への手紙に? そんなの嵐山が毎日何してるかを報告すれば、それだけで喜ぶんじゃない?」
    顔を見ることも出来ず、人づてに様子を聞くしかない皇帝としては、それこそが知りたいことなのだ。
    「でも、そんなの中身がないだろ?」
    「中身?」
    「もっとこう、深みのある詩歌とか気の利いたこととか……」
    「いや、そんなこと期待してないよ」
    「でも!」
    嵐山が思い詰めたような顔を上げて言った。
    「この間、京介が陛下はお見合いをするって言ってて」
    「あー、お見合いっていうか面接みたいなものだね」
    唐突な話題に面食らいつつも説明する。
    「下位の妃ならそんな面倒な手順はいらないけど、最初から身分が高いと、まあいろいろ配慮しないとならないんだよ」
    どっちにしろ自分は許可しないので無駄なんだけどね、と思う。皇帝の結婚問題は本当に心底めんどくさい。
    「それがどうしたの?」
    「……前に陛下に後宮の勉強のために後宮物語を読みましたって手紙に書いたんだ。物語に出てくるような『傾国の美姫』に陛下は出会われたことはありますか? って」
    確かにそんな内容の手紙をもらったし返事も書いた、と記憶している。
    「陛下はお返事を下さったよ。そんなすごい美女に自分は出会ったことはないし、大切なのは見た目の美しさではなく、その人の心ばえの美しさじゃないかって」
    「その通りだね」
    「つまり、大事なのは顔じゃなくて中身」
    ざっくり要約した嵐山がなんとも言えない渋面を作る。
    「それなのに、陛下はお見合いで顔だけ見て妃を決めるんだ。なんだかそれって、そんなのって」
    『納得できない』と小さく呟いた。
    「それじゃあ、どう頑張っても……」
    直接会えない自分には勝ち目がない気がするのだ、と嵐山は苦い笑みを浮かべた。
    子どもらしからぬその笑みは、まるで真剣に恋に悩む大人のような風情だ、と迅は息を飲んだ。
    いつの間に、こんな顔をするようになったのだろう。
    「いろいろ考えてたら、前みたいに手紙が書けなくなってしまった。せっかく上等な紙をこんなに頂いたのに」
    嵐山は皇帝の『手紙を書いて欲しい』という気持ちにちゃんと気付いていて、申し訳ないとまで思っていたのだ。
    これじゃどっちが子どもだか分からない。情けないな、と迅はほぞを噛みながら口を開く。
    「見合いっていうのは政治なんだよ。高位の妃として入内したい有力者の姫は、後宮入りを願い出て許可されましたって以上の価値が必要なんだ。皇帝とすれ違って見初められた、ていう付加価値がね。そのためだけの手順なんだ」
    「妃の価値……」
    「そして、それが入った後にものを言う。本来の後宮はそういう有力者の競争の場なんだ。そこに好きとか嫌いとかの個人的な感情はない。当事者にとっては哀しいことだよ」
    迅は所在なさげに卓の上に置かれている嵐山の手をそっと包んだ。
    「だからね、そういう話に張り合う必要なんてない。嵐山は陛下に手紙を書ける。心の内で思っていることを素直に伝える方が、ずっと良い『手順』だと思うよ」
    嵐山は迅の言葉を聞いて、じっとこちらを見つめてきた。単なる慰めとして言ってるわけじゃない。その気持ちが伝わればいいけど、と思いながら真っ直ぐな翠玉の瞳を見返した。
    「……陛下は文通をお望みかな?」
    「もちろん」
    迅が力強くうなづくと嵐山はようやく顔をほころばせた。
    「そうだな! 俺にはこれしかできないんだから、これを頑張ろう!」
    嵐山は迅の手を握り返してぶんぶんと振った。いつもと同じ元気の良い笑顔に、ほっと胸を撫で下ろす。
    「それじゃあ、これから陛下に手紙を書くよ! 届けてくれるか、迅」
    「お任せください」
    「今日までの分を書かなきゃならないから時間が掛かるかもしれない」
    「待ってるよ。がんばって書いて」
    「うん!」
    改めて墨をすり始めた若君を、行儀悪く卓に肘をついて眺めながら参ったな、と思う。
    皇帝陛下は文通をお望みだと決まってしまった。
    まずはお手紙から、だなんて、本当に先が長い話だなあ、と思って。
    でもまあ、待つ楽しみがあるからね。
    手紙も、この若君の成長も──と、迅は明るい未来にこっそり微笑んだ。



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