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    Houx00

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    色々ぽいぽいするとこ
    こちらは二次創作です。ゲームのキャラクター、公式様とは一切関係ありません。

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    Houx00

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    片方獣のうつはん♀
    味見にどうぞ
    後編がたまに更新されてます

    #雷狼官
    thunderWolfOfficer

    鏡花水月を掴む(前編) ニャア、知ってるでござるかニャ?
     里に下りたジンオウガの話を。
     
     モンスターは人間様の何倍も長生きだニャ。
     中には生きるのに飽きてしばらく眠る者もいれば、生き急いで争いの中で散る者もいるニャ。そしてただ、自然の摂理に従って寿命を全うする者もいてモンスターと言ってもそれぞれでござるニャ。
     変わらないのはどれも人間とは敵対し、蹴散らし、存在すら認知しない我が物顔でいるやつが多いということ。
     でもその中でひっそりと、人と共存する者もいるニャ。
     これはそんな変わり者の雷狼竜の話でござるニャ。

     雷狼竜は無双の狩人だと聞いたことがあるニャ?
     孤高で、気高く、幼体はふわふわと可愛らしいがいえば化け物だ。動きはまさに迅雷、おまけにあの雷を当てられたら普通の人間はひとたまりもないニャ。
     ただそんな化け物の雷狼竜も一介のモンスターだニャ。人間と同じ、モンスターの世界にも上には上がいて、住処を離れなくてはいけないこともある。
     そう、それは五十年前。…ああ、よく知ってるでござるニャ。あの時の話ニャ。

     その竜災に見舞われたジンオウガは手負いでみなと山を降りた。なすすべなく傷つけられ頬から滴る血もそのままに、悔しさに剥き出しの歯を噛み締めて、どうしようもない嵐の中の夜行を走ったニャ。
     そして鼻の効く彼がその煙の匂いを嗅いだ頃、真っ先に逃げ出した先頭のモンスター達はもうその里の砦へと足を踏み入れていたでござるニャ。

     そして、あとはわかるニャ?彼がそこへ着く頃には壊滅寸前の砦と、それでもモンスターを迎え撃つ人間を彼は見たニャ。
    「無双の狩人まで姿を見せるとは一体何事だ…」
     そう呟いた人間を彼は見たことがあった。まだ若く、血の気の多そうな顔で刀を構える男は以前、彼が昼寝をしていた岩場の遥か下で竜を狩っていたニャ。そして、その決着がつくとどちらとなくお互い目を合わせて〈さあ、いざ尋常に…〉といったところで〈ご主人!〉と、彼の二足と四足の連れが現れてそれきり。
     今日この場であの時よりも精悍さの増した彼と対峙し、久方ぶりの雷狼竜のその姿に彼は違和感のある顔をしたでござるニャ。
     そして再度、何事だ、と呟く。

     …それから少しあとニャ。
     雷狼竜はあの砦で問答無用に迎え撃たれ、息も絶え絶えのまま近くの森に身を隠したニャ。
     そして弱り目に祟り目とはよく言ったもので、ほとんどのモンスターが食われたあの怨虎竜の追撃も免れた彼はしばらくその森で養生することにしたでござるニャ。

     ただそれも決して安全じゃない。事後処理を兼ねて偵察に来た里の人間に見つかった。
     しかもあの男だニャ。
    「なんだ、まだ生きていたのか」
     気配にも気付かず深く眠っていたところに刃物を突き立てられ、鱗を剥がれる直前に目を開けると男は〈すまんすまん〉と笑ったニャ。
     足元で雷狼竜の出方を窺うアイルーとガルクを宥めた男は刃と手を引いて、雷狼竜は立ち上がろうとしたが彼にもうその力はなかったようでござるニャ。
     そして、あの日、古龍の起こした嵐につけられた左頬の傷口は乾いても、深く刻まれたそれは今の弱った体じゃ消えないだろうと他人事のように考えていた…と、後から聞いたでござるニャ。そして落ち着いた様子で先程、刃物を立てられた傷口を舐めると恨めしい目で男を見たニャ。
    「変わったやつだな」
     どちらが、と内心、雷狼竜は思った。
     と、これもまた拙者は後の日に聞いたでござるニャ。
    「さっきの詫びと言ってはなんだが、ほら。」
     そう言って、鼻は良くとも調合を知らない雷狼竜には理解できない複雑な匂いのする粉を撒いた男がその巨体のそばにどっかりと遠慮なく座ったニャ。
     思わず吸い込んだ粉に雷狼竜が鼻先を前足で擦って、むずがる姿に笑う男はそれから何度か、雷狼竜の元を訪れては同じ粉を雷狼竜めがけて投げていったニャ。その度に鼻を擦り、時には、くしゃみまでした雷狼竜に男は心底おかしそうに笑ってたでござるニャ。

     さて、その雷狼竜が今、何処で、何をしているか。
     里に下りたとは言ったがあの大きな体じゃ無理がある。でもこの世は不思議なことがあるものでござるニャ。人間も、どんなに長生きなモンスターも理解できないような不思議なことが。
     ほら、よく耳を澄ませてみるといいニャ。これだけ噂をしたんだ。桜と黒煙の舞うあの里からくしゃみが聞こえるでござるニャ。


    「くしゅっ…」
     ジンオウガの仮面をずらし、一つ、見た目に合わない可愛らしいくしゃみをした青年の前で小さな女の子が手を出した。
    「きょーかん、おて!」
    「わん!」
    「いいこいいこ」
    「ジンオウガは狼なんだけどなぁ…」
     楽しげにままごとに興じる幼子に、目線を合わせ付き合うその青年の頬には古く大きな傷がある。
     そしてこの物語は、彼と彼女の物語へと一つに紡がれていく。



     いつも元気なその人が、たまに静かに視線を落とす本にはいつも難しい文字が並んでいた。一見、衝動的に見えて意外と用意周到で、狩猟に関して勤勉なその人の巻物と一緒に整頓された本棚の前。
     私が家を訪れてしばらくしても、片膝を立てて座り込んだまま、その人は手の中の本に見入っていた。
    「教官、何見てるんですか?」
    「ああ、愛弟子か。キミの写真だよ」
     すぐに駆け寄って、隣に座り覗き込むようにするとその本、ううん。革張りのアルバムには私の知らない、私の写真が沢山並んでいる。
    「いつの間にこんなの、」
    「これは初めて修練場の一番上まで登れた愛弟子」
    「これは受付でクエストを受ける練習をしてる愛弟子」
    「それに、これはうさ団子の効能をオテマエさんから教わってる愛弟子、かな?」
     教官が一つ一つ、ゆっくりと写真に触れながら教えてくれるのはどれも私の小さな頃の記録だ。はしゃいでいたり、緊張していたり、笑っていたり、とても自然な表情ばかりの写真がアルバムのページいっぱいに敷き詰められている。
    「勝手に撮ってたんですか?」
    「うーん、まぁ。そうなんだけど。初めはカメラの練習だったんだよ。まだこの頃は里でも写真は珍しくて、狩猟で見かけた珍しい動物を撮影しようと思ったんだけど、操作に慣れなくてね。そんな時に、ちょうどいいよく動く被写体がそばにいたなーって…」
     そう言った教官の指が触れた写真の中では、まだ教官の腰までも背丈のない頃の私が得意げに翔蟲を捕まえて木の上で笑ってる。
    「そしたら思いの外、写真の中のキミが可愛くて辞め時がなくなってしまった」
     困ったように笑ったその人はパタリと音を立ててページをめくると、さっきよりも少しだけ画質の良くなった写真にまた視線を落とした。
    「ほら、見てごらん。キミが初めて大社跡の祠にお供え物を供えた日」
    「懐かしい、これうさ団子ですか?」
    「そう、このあと大社跡全部の祠にお供えするように言ったら途中でお団子をつまみ食いしてしまって、数が足りなくなったのに気づいたキミが泣き出してさ」
    「やめてくださいよ、まさかその時の写真なんて撮って…」
    「ううん、それはないよ。目の前で泣いてる子にレンズを向けるのは、流石に心が痛むから」
     言われてみれば、アルバムの中にある写真に泣き顔は一つもない。
     ああ、そうだ。この人は私が泣くと、例えそれが私の自業自得でも、いつも目の前に膝をついてゆっくりと話を聞いてくれた。心配そうに覗き込む、その綺麗な瞳が曇るのが嫌で私はあまり泣かなくなったっけ。

     そんなことを思い出している内にも、教官はアルバムの中の写真を確認するように一つ一つ触れて、眺める。けれど次第に大きくなっていく写真の中の私が今の私に追いつきかけた時、その手はぴたりと止まった。
    「大きくなったよね。よくここまで頑張ったね」
     ふと、二人で覗いていたアルバムから揃って視線を上げたせいで、優しい声色で言う教官と近距離で目が合った。
    「教官の教え方がいいからです」
    「俺はキミの努力の成果だと思うな」
     〈キミは俺の自慢の愛弟子だよ〉、目尻を下げて言われたくすぐったいその言葉に自然と口元が緩む。

     両親は私が生まれてすぐ、揃って里のための行商に遠方へと出向いてそこから連絡が途絶えたらしい。両親の人柄は里の皆が話してくれたけど、十数年も子供を放っておく人たちには思えなくて聞けば聞くほど生存は絶望的だと思ってる。
     それに、里の外を取り巻く環境や、里への脅威も目の前の人が教えてくれたから私は一人なのだとそれとなく察して、今日まで生きてきた。
     寂しいかと言われたら、両親は顔もわからない人たちだから個人への寂しさはないかもしれない。それに、里の皆から愛情たっぷりに育てられてきたのを肌でわかっているから。
     〈大社跡の竹のようにまっすぐ、すくすく育ってくれたゲコ〉とゴコク様はことさら可愛がってくれた。
     ヒノエさんに手を引かれてうさ団子を買いに行くのも、
     ハナモリさんと勾玉草のお世話をするのも、
     ハモンさんがたまにくれる砥石の欠片でした飛び石も、
     オトモ広場でアイルーやガルクに囲まれてするお昼寝も。
     フゲン様の肩車で見渡す里の景色も。
     小さな頃の記憶はどれも幸せで、カムラの里が大好きだった。それは今も変わらない。

     その中でも、よく遊んでくれる教官には幼い頃からべったり引っ付いて回っていた。
     教官も〈いつでも訪ねておいで〉なんて歓迎してくれていたせいか、気づけば教官が依頼を受けて里を留守にする時以外はここで過ごすようになって。教官からの帰還の手紙を心待ちにするようになった。
     寝物語に聞いていた狩猟の話やモンスターの話も楽しくて、ハンターをやってみたいと言った私に教官はやっぱり、タイシくんと同じようによく寝てよく食べることをまず教え、それからは厳しい中にも、楽しい訓練に夢中になって今日まで過ごしてきた。
    「いよいよキミもハンターデビューだね、ゴコク様が張り切って準備してたよ」
    「緊張します…」
    「大丈夫。俺も、里の皆もついてるよ」
    「本当に?教官はこれからも私のこと見ててくれますか?」
    「勿論だよ。まだキミは卵の中で、これから生まれる雛みたいなものだし。俺もできる限りはサポートするから」
     そう言って頭を撫でてくれた教官の手が優しくて、不安とは別に、きゅう、と鳴き声を上げる胸が痛い。

     教官は親でも血の繋がった家族でも兄妹でもない、でも誰よりも私のことを知ってる。そんな一番身近な異性、というには歳が離れているけれど。
     惹かれていると気付いたのはいつだっけ。コミツちゃんやセイハクくんくらいの年齢の頃には、如月にカカオのうさ団子をヒノエさんの後ろに隠れながら教官に渡した記憶があるから、きっともうずいぶん前だと思う。
    「この里のハンターは百竜夜行の防衛もあるから大変だろうけど、キミと一緒に里を護れるのは嬉しいな」
     そう笑った教官がアルバムを棚にしまった。背表紙の角の擦れたそれにまた胸が、きゅ、と軋む。私しかいないアルバム、繰り返し見られた跡のあるそんな物がこの部屋にあったなんて、知らなかった。 
    「実際にフィールドに出る前には、まずはおさらいもしないとね。それから持ち物の厳選に、モンスターの特徴も、そうだ。里に映写機があるからそれで…」
     指折り数えて今後の話をする教官の手に、そっと手を添えた。教官の日焼けした肌と、まだ白い私の手がはっきりと色を分けて重なっている。大きさも厚みも全然違う。男の人の手だ、と緊張しながらゆっくり握ると教官は黙ってそれを受け入れてくれた。
     この時の私は長く燻らせていた微熱と、やっと夢のハンターになれることも相まって浮かれていたんだと思う。その場の軽率な判断で、普段の教官の優しい対応に期待して、せめてこの気持ちだけでも伝えられたら…なんて、わがままを通そうとした。
    「あの…!教官…。私、ウツシ教官のことがずっと…」
    『好きなんです』と口にしようとした瞬間、教官のいつもは朗らかで柔らかい印象の瞳がスッと冷めて、周囲の空気が数度、温度を下げたような気さえした。
    「あ…」
     そのことに気づいて目もそらせず、黙った私に伸ばした手で視界を奪って教官は言う。
    「キミには、ずっと俺の愛弟子でいてほしいな」
     仕草と同じ、私の言葉を遮るようにこの人にしては淡々とした声で言われた言葉は最初、意味がわからなかった。
     でも、『ずっと』、その言葉が私を責める。まるで弟子以上の関係にはなりえないと言われているみたいで。
     そこでようやく開放された視界には微笑む教官がいた。でも、
    「だからまだ俺もキミの師でいられるよう、これから精進しないとね」
     その笑顔に合わない固く冷たい声をして、諭すような言い聞かせるような態度にそっと教官の手を離すと今度は私自ら目を伏せてしまう。
     ずっとそばにいたその人は、気持ちを伝えようとした瞬間に私との間に線を引いた。言い出す直前に遮られた言葉は行き場を無くして、私はその日から『愛弟子』の仮面をつけた。

     この気持ちを伝えてはこの人を困らせてしまう。今の関係すら私の中ではゼロになって、いつか壊れてしまう。
     それだけは確かだと思ったから。

    ー〇〇●ー  

     念願のハンターになってからは必死で里の壊滅を回避して、最近は百竜夜行も落ち着き、里も桜が満開で平穏な日々。
     世界を取り巻く環境は相変わらずだけど、休暇をとる余裕も出来た。
     そんなつかの間の休暇にすることといえばやっぱり、
    「あ、見て見て!このキノコ美味しそう!」
     私の指さした鮮やかで奇抜な笠のキノコの匂いを嗅いで、ガルクは前足で鼻を押さえた。その仕草が可愛くて笑うと不満げに鼻先を擦り付けてくる。
     大社跡まで採取に出かけると言った私達に〈たまには里でゆっくりしなよ〉と言いつつ、ヨモギちゃんが持たせてくれたきび団子の入った袋を腰で揺らしながら走ってきたアイルーも、すぐにその派手な見た目のキノコに露骨に顔を歪めた。
    「ご主人、そのキノコは明らかに怪しいニャ。相棒もそう言ってるニャ」
     〈ニャ〉とガルクに同意を求めたアイルーが立派な薬草をバッグにしまいながら言う。それにガルクも〈ワフ〉と鳴いて例のキノコに背中を向けた。こんなに沢山あって美味しそうなのに…。
    「でも見たことないし、気になるから後で教官になんのキノコか聞いてみるよ」
    「ニャ〜、ご主人は勉強熱心ニャ。あっ!ネムリ草ニャ!」
     2匹のつれないリアクションを気にせずいそいそとキノコをバッグに仕舞うと、好奇心旺盛なアイルーが走り出したのを追って一歩踏み出したときだった。
     ズシィィィィンと重く長い地響きがして、それからすぐに甲高い咆哮が木霊する。すぐに焦げ臭いような匂いも上からの風にのって降りてくると私達は顔を見合わせた。
    「モンスターかな?」
    「しかもでっかいやつニャ」
     蔦の伸びる崖の上を見上げて言う私にオトモたちも顔をあげると鼻をひくひくと動かして獣の匂いを嗅ぎ取る。
    「討伐するニャ?」
    「うーん、今日はいいかな。装備も少し不安だし依頼も受けてないしね」
    「じゃあ採集再開ニャ!」
     アイルーの号令に〈ワンッ〉と返事を返したガルクに跨って、私達は場所を変えることにした。ここにいてはいつモンスターたちの縄張り争いに巻き込まれるかわからないし。


     そして大社跡の中程、とびきり静かな岩場の一番高いところまで到達した私達は、古びた社の前で採集したものでいっぱいのポーチを降ろす。そして、肉焼き機を回すアイルーのそばでガルクと協力して敷いた敷布のうえに、持ってきていたお団子をピクニックのように広げた。
    「見晴らしがいいニャ!」
     高台からはいつものフィールドの外側、ハンターの活動区外まで見渡せた。岩と杜の広がるそこは人も通ることを禁じられたモンスターの巣。そこから大社跡に降りてくるモンスターも少なくない。けれど、そこに踏み入ってまでモンスターを狩ろうとは思わなかった。ギルドとの誓約もあるし、ハンターは侵略者ではないことをあの人から教わっているから。
    「風も気持ちいいね。ここ、教官も好きそうだなぁ」
     さっき炙ったキノコをつまみ食いしながら、高い所が大好きな恩師の顔を思い出していると、また今度は下の方から微かな地響きの音と振動が伝わってきた。
     あ、やっぱりこのキノコ美味しい。
    「なんか荒れてる…?」
    「縄張り争いにしては長いニャ」
     変だね、とすぐ下の岩場を覗き込んだ私たちが見たのはリオレイアとリオレウスの二頭がもつれ合う姿。
     そういえば、繁殖期だっけ、と思っていたらどうやら様子が違うようで機嫌の悪そうなレイアがレウスを避けている。火を吹いてまでレウスを避けるレイアが〈付き合っていられない〉とばかりに羽を広げると、空高く舞い上がった。
     それに続いたレウスにレイアが抗議のような叫びを上げて、あ、これは夫婦喧嘩だ。そう気づいた時には荒れ狂うレイアが私達のいる岩場のそばまで迫っていた。
    「隠れて、巻き込まれる!」
    「ご主人も一緒に行くニャ!」
    「武器を取ってこなくちゃ!」
     背中から降ろしたばかりの武器は私の数歩先にある。せめてあれだけは、と踏み出した一歩に背後から叫び声がする。
    「そんなのボクたちもいるしあとからなんとでもなるニャ!!ご主人!」
     アイルーの声が終わる前に走り出した私にすぐ、大きな陰がかかった。見上げるとひと目見てわかるほど激怒したレイアがこちらを見下ろしている。もう一歩踏み出せば手の届く距離に武器はあるのに。
     すぐ、その大きく羽ばたく風圧が頬を撫でた。
    「あ、」
    「キシャァァアァア!!!」
     そして目が合うと同時に彼女は八つ当たりよろしく、くるんと一回転して、その太い尻尾が私に向かって…
    「う、そ………!」
    「ご主人!?」
     大きく腕を伸ばしたアイルーと走り出したガルクの上を私の体は恐ろしい勢いで飛んでいったと後から聞いた。尻尾の毒をマトモに受けて、朦朧としかけた頭で見たのはそれはそれは綺麗な、晴天だった。

    ー◯◯◯ー

     任務が終わり、里に戻った俺が一息つく前に聞かされたのは予期せぬ出来事だった。思えばいつもより騒がしい里の様子やみんなの険しい表情になにかしら気づくべきだったのかもしれない。
    「愛弟子が行方不明、ですか?」
    「そうだ。朝から大社跡に採取に行き、高台で襲撃を受けたらしい。どうやらギルドの管轄外まで吹き飛ばされ、そこから行方が知れてない。連れていたオトモからそう報告を受けた」
    「探しに行きます」
    「ああ、そうしてくれ。ゴコク様がひどくご乱心だ。手段は選ばない、なんとしても猛き焔を連れて帰れ」
     そう、視線を集会所の入り口へとやった里長の視界の先には項垂れるゴコク様と、ゼンチ先生が寄り添う姿がある。 
    「あの子は大丈夫…。どんなに過酷なクエストもいつもピンピンして戻ってくるからね…」
    「そうニャ!あんなに丈夫な子見たことないニャ」
     ゴコク様の言葉使い同様、その顔にはお互い不安が浮かんでいた。そして里長は一つ頷いてため息をついた。
    「こんな騒動はヒノエの共鳴以来だ。里中が心配している。ウツシ、必ずあの子を見つけてこい」
     黙って頷いた俺の前でいつも通り威厳を保つ里長すら、その顔色だけは優れなかった。

    ー●〇〇ー

     それは俺がまだ、ただのウツシだった頃。
     大きな依頼もなく珍しく里に滞在が伸びた平穏な日のことだった。咲き誇る桜も風に散って川を渡っていく。その様子をぼんやりと集会所の屋根から見ていた午後。
    「お〜い、ウツシ!」
     下からの高い声に〈はいはい、〉なんて一人言いながら、定位置の屋根から降りると、テツカブラに乗って手を振るゴコク様の背中に小さな子供が引っ付いている。年の頃なら2つも来てないような、幼子だ。
    「子守を頼みたいでゲコ」
    「俺にですか?」
    「ちょっとばかり会議に出なくちゃいけないからね。なに、大人しい子ゲコ」
    「もんすたぁ…!」
     ゴコク様と話す俺の顔に視線を移して、火がついたように泣き出したその子に慌てて仮面を外す。
    「ああ、ごめんね。ほら、お兄ちゃんだよー」
     少ししゃがむようにして目線を合わせ、お面を見せながらそう言うと幼子はじぃ、と俺の顔を見た。それから〈お兄ちゃん…?〉と、訝しげに言うゴコク様の背中から身を乗り出してお面に手を伸ばす。
     案外と好奇心の旺盛な子らしい。その興味に任せて渡したお面はしばらく眺められたあと、幼子の胸に抱き込まれた。
    「がるく?」
     舌っ足らずに言って今度はもう笑っている彼女がこちらに同意を求める。
    「ジンオウガだよ。ガルクより大きな、」
     モンスターだと言うとまた泣かれそうでなんて伝えようか、そう思案していたら彼女の興味はお面の咥えた巻物に移ったようだった。
    「あっ、その口枷を外すとガブッと噛まれる…かもしれないよ?」
     有耶無耶なことを言いながらその小さな手を抑えた俺に彼女は弾けるようにお面から手を外す、かに見えた。でも実際は〈めっ!〉とお面の眉間を小さな人差し指で押してジンオウガを叱っている。何をしているのかと思っていたら、
    「イヌカイの真似か、よく似てるでゲコ」
     けらけらと笑うゴコク様とまだ真剣な表情でお面とにらめっこをする彼女の身の上はその後に聞いた。
     ハンターは一度遠方に狩りに出ると移動だけで数週間は戻れないことがある。次から次に依頼を受ければ尚の事。それがなくとも里の周辺やモンスターの動向などの偵察の仕事もある。 
     そんな風に俺が里を不在がちにしていた間に彼女は生まれ、幼くして天涯孤独になったらしい。


    「お弟子さんをとったそうで」
     通りすがり、雑貨屋の棚を覗いていたらポポの背を撫でていたカゲロウさんに声をかけられた。いつもの傘の陰がかかって、彼が気配もなく隣に並んだことを知った。歴戦のハンターらしい彼の挙動は、いつだって隙がありそうでない。
    「はい。ただ、なにせまだ小さな子なのでまずは仲良くなるところからです」
    「では福引をしていきませんか。今日の景品は『コロコロガルク』、幼子にはぴったりですよ」
    「ああ、いいですね。あの子はオトモ広場がお気に入りみたいなので」
    「ではどうぞ、まだ大当たりは出ていません」
     そう商売上手なカゲロウさんに誘われるまま、福引の取手に手をかけると後からパタパタと足音が聞こえた。そして俺の足に体当たりするようにぶつかって、抱きついてきた小さな腕が足元に見える。
    「きょーかん、あそぼ?」
     裾を引く小さな手と可愛らしい舌っ足らずな声に振り向くと、ヒノエさんお手製のフクズク人形を抱えた小さな小さな弟子だ。
    「いいよ、何して遊ぶ?鬼遊び?隠れんぼ?」
    「おままごと!きょーかんはジンオウガね。わたしはいぬかいさん」
     嬉しそうに笑う愛弟子が〈おて!〉と紅葉を差し出すのに合わせて、つい手を重ねた俺にカゲロウさんが口元を押さえて笑った。
      
    ー〇〇●ー

     一つの生きる道筋として彼女に託した知識や経験は、今となっては『人』ひとりの人生となったようで、里のハンターとして活躍する彼女の成長を見守れることは嬉しく思う。
     狩猟の最中の全てを穿くような強い瞳も、普段の気の抜けた顔も、一等、そばで見られたのだからあの時に教官として就任したことはなんの後悔もない。
     ただ、里の皆に愛される彼女の最期が人間の未開の地でモンスターに食い荒らされるようなものになったとしたら。その根本的な要因は俺があの子をハンターにしたことだろう。 
    「クナイ一つか、」
     最後にあの子がいたという高台に立つと、フィールドの背後は長く人間の活動範囲にない岩場と深林が広がっている。
     見渡す限り岩と大木まとわりつく社の後ろがちょうど、愛弟子が吹き飛ばされたという方角だろう。モンスターが群雄割拠するそこでは早く見つけないと亡骸すら残らない。あの子の武器はオトモが引きずって帰ってきていた。愛弟子の強さを信じてはいても、やはりその環境と状況から最悪の事態を想定しかねない。
    「背に腹は代えられないというけれど」
     里長は手段を選ばないと言った。正確には、選ぶな、だろう。そうでなくとも俺はそのつもりでここに向かった。
     俺にもしなにかあれば、あの子には里の皆がいる。

     そう、どこか覚悟のようなものを込めて剥ぎ取った雷狼竜のお面の口から巻物を外し、その両方を手放して高台から放る。
     深呼吸を一度して、岩から飛び降りると解かれた巻物がそばをはためく。それが地面へとつく頃。
     俺の金の四肢は大社跡の渓流に降り立ち、暗く悲鳴のような獣の鳴き声が木霊する深林の中へと駆け出していた。

    ー○●○ー

     着いてきてくれていた翔蟲でかろうじて取った受け身は岩に真正面から激突することを避けられただけで、毒でもつれる足で転がるように落ちた水面は私の体をびしょ濡れにした。
     朦朧とする頭を持ち上げて起き上がると、ケルビの鳴き声がして、突然転がり込んできた私に驚いたのか跳ねるように駆けて去っていく。ケルビがいてもさっきの滞空時間からいつもの大社跡の渓流じゃないのはわかった、匂いも緑が濃くて空気が重い気がする。
     そう冷静に状況を判断しながらも早々に体に回る毒に意識が遠のきそうだ。
    「どうしよう…」
     ポーチの中身も回復薬や罠が少し。最低限しかない。オトモもいない、もちろん武器も、クナイと暗器は持ち合わせているけど解毒剤すら持ち合わせていない今、モンスターと鉢合わせたら生きて戻れる気がしなかった。
     とにかく水を飲んで体内の毒を薄めようと、足元の透き通った水を両手ですくい上げた時だった。
     岩場の奥から聞こえたのはこちらへと向かう土の上を這う鱗の音、甲高い鳴き声、タマミツネだ。
    「隠れなきゃ…!」
     いつもなら武器を背中から抜く瞬間に翔蟲を岩場の上へと飛ばすと必死に翔け上がる。
    「うわ、っ…」
     なるべく高くに、と、焦って掴み損ねた岩の上から休んでいたはずの翔蟲が糸を伸ばしてくれた。それを必死に掴むと上へと引っ張るように飛んで私の体はやっとのことで岩の上に乗り上げる。
    「ありがとう、助かったよ」
     そう言うと翔蟲は心配そうにぐるりと私の周りを飛んで見せる。それを見て思った。ここで諦めちゃいけない、この子達をきちんと里に連れて帰らないと…。
    「帰ろう。私たちの里に」
     そして背後でのんきに水遊びをするタマミツネに見つからないよう、背を向けて静かにあたりを見回す。覚えのないその景色からも私が来た方角は見えた。見覚えのあるガルクの形をした岩らしきものが遥か遠くに見える。本当に、遠くに。
     これは私の目が霞んでいるせいじゃない。ここはきっと大社跡の奥の奥、人間の活動範囲外だ。
    「行こう、あっちに向かえばきっと帰れるよ」
     肩にとまる翔蟲たちから返事はないけれど、とにかく今は歩くしかない。途中で薬草やげどく草があることを祈りながら。

     とりあえず薬草は少し採集できた。
     やっと見つけたハチミツは凶暴そうなアオアシラが抱えていたので見なかったことにして、それでも毒で消耗している体力は少しだけ回復できた。
    「ごめんね、蜜はなかなか見つからないね」
     野生の勾玉草自体、珍しいから翔蟲たちの栄養は私のつけていた花結に付着した蜜を代用する。それも多くはないから翔蟲を使うのもいつもより控えないと。
     そう蜜を舐める蟲たちを見ながら考えていたら、進行方向から草木をかき分けるような風の音がした。慌ててそちらを見ると、緑の間から一瞬、姿を見せた風は黒くて大きい四つ脚だ。
    「ナルガクルガだ…」
     そのまま近くの茂みに体を隠して、息を殺しているとナルガクルガはぴたりと足を止めてあたりを見回した。そして空気の匂いを嗅ぐように鼻を高くしてぴくぴくとひくつかせる。
     アイルーに少し似たその顔は普段なら落ち着いて見られる。でも今は…。咄嗟に手を伸ばしたクナイを握ろうとしたら、毒で痺れた指先はクナイを取り落として…
     カサリ
     乾いた草の音と、私の心臓の音がやけに大きく聞こえる。それはナルガクルガも同じだったようで、こちらに視線を向けるとガサガサと前足をせわしなく動かしてこちらへとにじり寄ってきた。でもそんなもの待っていられるわけがない。
     急いで拾い上げたクナイとナルガクルガの頭上へと伸ばした翔蟲でその大きな体の上を飛び越えると、モンスターは仰け反るようにして私のことを視界に捉えた。
    「ごめんね、恨みはないの!」
     そして的の大きな顔面に投げつけたクナイにナルガクルガが怯んでいるうちに私はまた岩の上へと駆け上がる。つもりだった。
    「えっ、」
     突然、目の前をふわりとただようしゃぼん玉は桃色で大きい。そのしゃぼん玉に包まれた私の体はぬるついて、岩を駆け上がろうとした足はつるりと滑って地面へと尻餅をついた。
    「これは…」
     体に付着したしゃぼんの液は確かめなくてもわかる。頭の中ではすでに「今すぐ逃げて!」と何度も私が叫んでいた。それでも確かめずにいられない私が振り向くと、そこにはタマミツネとナルガクルガが私のことを見下ろしていた。

    ー○●○ー

     その日、いつもの大社跡から随分奥まった土地まで足を伸ばすと珍しいものを見たニャ。

    「ギャッ!タマミツネにナルガクルガ…ジンオウガまでいるニャ!!」
     思わずポーチを抱えて後ずさった僕の目の前には大型のモンスターが三つ巴で睨み合っているニャ。なんとか茂みに隠れて姿を隠したけれど、あんなのに絡まれたらひとたまりもないニャ。僕はハンターを小突いてアイテムを盗むので精一杯ニャンだから。
     とにかく見つからないように、そう息を殺してモンスターたちを観察していたら三つ巴かと思った相関図はタマミツネとナルガクルガをジンオウガが威嚇してるみたいニャ。
     しかもよく見れば、その金色の足元、もっと言うなら腹の下に人間が横たわって動かない…
    「獲物の取り合いニャ?さすがに2対1は分が悪いニャ…」
     思わず小声で呟くとまずタマミツネが動いたニャ。
     舞うように回転させた体から泡を飛ばして、その隙間から蛇行するようににじり寄ってジンオウガを狙う。そしてナルガクルガも素早い動きで間合いを詰めると、体を低くして今にも飛びつきそうな姿勢をとった。
     それでも微動だにしないジンオウガの眼前で泡が爆発すると直後にタマミツネはその顔面に横腹から体当たりして、ナルガクルガも尻尾を叩きつけた。
     なのに、ジンオウガは歯を見せて威嚇するような素振りは見せても太い四肢で踏ん張ったまま、そこから一歩も動かないニャ。
     まるで足元の人間を庇うように。
    「なにしてるニャ、あのジンオウガ…」
     そう思っていたのは2匹のモンスターも同じようで一旦、攻撃を止めて後ろに引いたタマミツネとナルガクルガは周囲を警戒するように見回す。
     ただ、その間にジンオウガは天を仰いでその背中の上で雷光虫が黄金に輝いた。展開された鱗に金の角が立ち上がると、あたりは金色に包まれて凄まじい雷轟が響き渡る。震える木々も、燃える草の匂いも、怯えたモンスターの鳴き声が遠くで聞こえたニャ。
     その光と音に怯んだタマミツネとナルガクルガをよそに、ジンオウガは颯爽と足元の人間をくわえると風のような速さで岩場を登っていく。
     その瞬間、一瞬見えた人間の顔や服に覚えがあった。大社跡でよく見かける、近くの里のハンターニャ。どうしてあの人がここに?しかもモンスターに負けるなんて、ありえないニャ。だってあの人の噂は野良のアイルーにまで届いている。
     それに、あの人はお腹を空かせた僕によくお団子を分けてくれた…のにニャ。


     いくらモンスターだって、服や装飾まで食べたりしないニャ。ジンオウガは下品に丸呑みするようなことはしないし。
     〈食い散らかしたあとは見ることになるかもしれないけどニャ…〉と重い足取りでジンオウガの登った岩場まで向かった僕の鼻先を碧い筋が飛んだ。
     いた。雷光虫いるところにジンオウガ有りニャ。
    「形見の一つ拾って帰るくらい、お団子のお礼ニャ!」
     そう意気込んでこっそりと覗いた洞窟は意外と浅かった。
     洞窟というよりも、岩に出来たウロのような…とは言っても巨大なそこは目と鼻の先にジンオウガが座り込んでその人を見下ろしていた。
     さっきまで天を向いていた角はぺたりと寝て、鱗も静かに輝いている。とはいえ、さすがに食事シーンを見るのは遠慮したいし、おまけで見つかった僕がデザートなんて勘弁ニャとまたこっそり背を向けた時、背後で〈クゥン…〉と情けない声がした。
    「ニャ?!」
     思わず振り向いた僕の目の前には、倒れたその人の髪や顔にその額を擦りつけるジンオウガの姿。
     まるでいつもあのハンターが連れている猟犬のようなその姿に目をまんまるにしていたら、ふと、顔を上げたジンオウガがこちらを見た。
    「…………………」
    「…………………」
     お互い黙ったまま、微動だにしない僕とその、おそらくジンオウガらしきモンスターの沈黙を破ったのは死んでいると思っていたその人のうめき声だった。
    「ぅ……」
     小さいけれど、たしかに呻いたその人の体からウロに向いて吹いた風にのって毒の匂いがする。
    「生きてるニャ?!じゃあ、まだチャンスがあるニャ!」
     思わず叫んだ僕がポーチを漁る。
    「解毒剤ならさっきぼんやりしてたハンターからひったくってたニャ!ほら、さっさと飲んで逃げるニャ!」
     両手で投げつけた解毒剤はその人の体にぶつかると地面を転がった。そしてカツン、と音を立ててジンオウガの凶暴な爪がその動きを止める。
    「え…」
     真近にあるジンオウガの視線とまた動かなくなったその人に黒い毛が真っ青になりそうニャ。でも、その爪先の解毒剤に視線を落としたジンオウガがまた〈クゥン…〉と情けなく鳴いた。そして爪先で押すようにして転がすと僕に解毒剤を返してよこす。
    「…ニャ?」
     そして、首を傾げる僕の目の前でジンオウガはその人の頬にその鼻先をくっつけた。
    「なにしてるニャ?」
     拾い上げた解毒剤を抱えて恐る恐る踏み出した足は声と同じで少し震えていたけどニャ。

     さすがにここまでくると、僕にも様子がおかしいことがわかる。さっきのモンスターからこの人をかばうような態度も、今の仕草も、このジンオウガはこの人に危害を加える気配がない…気がするニャ。
    「これ、飲ませていいニャ?」
     そう尋ねると、ジンオウガは頷くように頭を下げてみせた。
    「…変なジンオウガニャ。毒抜きしてから食べるつもりなんて言わないニャね?」
     ぶつぶつと呟く僕が解毒剤の封を爪先で切って栓を抜く。ぐったりと寝たままのハンターを転がして上を向かせると少しだけ頭を起こしてその口元にビンの口を添えた。
    「…ぅ、けほっ…」
     驚いたのか、逆流したのか、そこで少し咳き込んだその人の腹にまた額を擦りつけるジンオウガにもう僕も開き直るつもりにした。
    「ちょっと体貸してニャ、ここ。僕が飲ませるからニャ」
     そういうと素直にその人の頭のそばに寝そべるジンオウガの体にその人の体をもたれさせた。正確にはジンオウガが上からその人の首根っこを引っ張って僕が位置調整。
    「こんなおっかないモンスターとなんの共同作業ニャ…」


    「よし、時間はかかったけどなんとか飲んだニャ!」
     ビンを放ると〈ニャー!〉と両手を上げて喜ぶ僕の前で少し顔色の良くなったその人が碧緑の鱗に包まれて眠っている。その鱗はあちこち傷だらけニャ。古いのも、新しいのも入り混じって。さっきこの人をかばっていた傷も生生しく血を滲ませている。
    「この人のことどうするつもりニャ?」
    「………………」
     目の前に立つ僕を真っ直ぐ見つめるジンオウガは黙ったまま、牙竜種に喋る個体は見たことない。
    「気にしないでニャ。ジンオウガと喋ったなんて自慢話が欲しかっただけニャ」
     独り言のように言った僕の腹にジンオウガはその額を擦り付けてきた。
    「ヒッ…!」
     目の前の獣に本能的にぞわわ、と逆毛立って膨らんだ僕の毛並みにジンオウガが笑った気がした。
    「じゃ、じゃあ僕は行くニャ!」
     穏やかに眠るその人とジンオウガを残して僕はその洞窟をあとにした。もともと、僕はあの人を助けに向かったわけじゃないし、結果的には助けたかもしれないけど。
     とりあえずはこれでおあいこニャ。

    ー○○○ー

    「ん……」
     痛む頭と体に瞼を開けると、目の前には雷光虫が踊るようにふわふわと舞っていた。
     薄暗い洞窟のようなそこは苔むした岩に囲われ、見上げた天井は蔦がまとわりついて、それから、どこかでぴちょん、と水音がする。

     ぐるりと見回した視界に沢山の蒼い光があたりを飛んでいる。とても幻想的なその空間と体の痛みと、記憶にある自分に起きた出来事に、ここは天国かと思い始めたその時、自分の体が何かにもたれていることに気が付いた。

     暖かくて、硬い。おそるおそる後ろに伸ばした手に当たったのはふわふわとした毛皮だった。
     きしむ体に鞭を打って左右を見ると、金の甲殻をまとった足とその上に伏せた犬のような顔が見える。その顔の上、頭には太い金の角。そしてその体を覆う大きな碧緑の鱗に雷光虫が止まった。
    「ジンオウガ…?」
    「………………」
     私の声に薄く目を開いたジンオウガはまた目を閉じてしまう。雷光虫の淡い光を頼りに見たその顔に見覚えはなかった。頬に深い傷がある、初めて見るジンオウガだ。
     なにもかも、どうして?と疑問はあるものの、このジンオウガから敵意や殺意は感じない。それどころか、私を包むように眠る体勢はたまにある弱い静電気以外、守ってくれているようにも思えた。

     あのあと、モンスターたちから命からがら逃げ出した私は朦朧とする意識の中で必死に走った。でも動きの速いナルガクルガに前に回り込まれて、手元の翔蟲はそれを飛び越えるほどの体力は残っていなかった。
     そこからのことはあまり覚えてない。クナイを構えたところでタマミツネの衝突を受けて、そこで驚いたようなガーグァの鳴き声と、夕暮れの空に走った稲光を見た気がする。
    「…あなたが、助けてくれたんですか?」
     内心、そんなわけないかな。なんて思いながら尋ねた言葉にも返事はなくて。その代わりに少し身じろぎしたジンオウガに雷光虫が動きを変えて、その光でそばに解毒剤の瓶が転がっているのを見つけた。
     私のポーチはあの岩場の上にある。あの時、解毒剤なんて持ってこれなかったのに。
    「もしかしてこれも…?」
     瓶を掴み、まだ痛む体を引きずってジンオウガの顔の前まで近づく。まさか、モンスターがどこでこんなものを、あ、でもフィールドのアイルーやメラルーは回復薬を持ってるし。そう思い至った私がジンオウガの顔を覗き込むと彼は変わらずに顔を伏せて目を閉じていた。
    「あなたみたいなモンスターもいるんですね。昔は神様みたいなモンスターがいたって本当なんだ」
     鼻先を撫でると〈グルル…〉と喉を鳴らしたジンオウガの鼻筋におでこをくっつけて〈ありがとうございます〉とすり寄る。そしてその毛並みに指を沈めて撫でても、ジンオウガは拒まなかった。
     そこで、彼はやっとその瞳に私を映す。
    「え……痛っ…」
     こちらを見上げる瞳の奥を覗いた瞬間、頭の中でキィンと刃物が擦れ合うような高く鋭い音がした。鋭い頭痛のような痛みと一緒になぜか胸が灼けるように熱い。でもそれも一瞬で、ここは冷えるのにぽかぽかと暖かい、里にいるような心地になる。
     目の前のジンオウガはまたすぐその瞳を伏せて、金色の尻尾だけが私の体を包むように動いた。それがまるで〈まだ休んでいなさい〉と言われているようで、私は彼の蒼緑の鱗が並ぶ体を枕にするように横たわる。
    「どこか打ったのかな、…ゼンチ先生に見てもらわないと…。」
     目を閉じる直前に呟いた言葉には〈ぐる…〉とまた喉を鳴らす音がした。


     それからどのくらい時間が経ったのか、さらにどこからか増えた雷光虫が尾を引いて近くを飛んだ。
     まるで壁が発光しているのかと思うほど明るくなった洞窟に目を開けると、私が寄り添っていたジンオウガは急に顔をあげ前足で起き上がる。
     その拍子に起き上がり、そちらを見上げる私の頬に濡れた冷たい鼻先で彼は触れた。
     寝起きで間近にあるモンスターの顔に、一瞬で目が醒めた私が普段の癖で咄嗟に構えようとした武器は背中になかった。そうだ、武器もあそこに…。
    「あ、なんでも…。どうしたんですか?」
     そのまま様子を伺っていたらジンオウガはゆっくりと私の背後に回ると背中の飾りを咥えた。そしてそのまま、私の体は彼の口からぶら下がることになる。
    「えっ?!なにして、」
     体に痛みはないから本当に生地の部分だけ器用に噛まれてる。そのままぷらぷらと揺られて外に出るとまだ外は暗いのに彼は慣れた様子で岩場を跳んで、人間の気配がない深林の中を歩いた。
     途中、小型のモンスターが彼を見て逃げるのに、ここはどこだろうと戸惑う私が運ばれるまま連れて行かれたのは、


    「ご主人!ご主人が気付いたニャ!」
    「…ここは…」

     優しく揺られる衝撃に、次に目を開いて見たのはオトモの心配そうな顔だった。
     見慣れたテントの天井をバックに今にも泣きそうなオトモが抱きついてきた。私またいつの間にか気絶して…?オトモがいる、じゃあここは、

    「ご主人がいなくなって丸一日ニャ!あんまり遠くにふっ飛ばされたせいでネコタクも見つけられなくて、ボクらも里の人たちも必死に探したけど…」
    「え、じゃあどうして、私はここに?」
    「さっきこのキャンプで見つけたニャ、ご主人が自分で戻ってきたんじゃないニャ?さすがご主人ニャ!ってボクたちは…」
    「………………」
     無言で首を振る私にオトモたちは可愛らしく首を傾げた。

    ー○●○ー

     里の優秀なハンターの行方不明に駆り出されたのはその師範だけじゃない。隠密隊も特例として凧を飛ばしたでござるニャ。
     刻はもう夜半。
     隠密隊の動向を確認するためと、ことが事なのであの子の師範の様子も見てこいとのフゲン殿の命で大社跡を訪れてみれば…。
    「こんなところに置き去りとは…」
     河原で折り重なった巻物を拾い上げると、その向こうには見慣れた雷狼竜のお面。そのどちらも拾い上げて砂を払っていたら、そばでガーグァの叫び声と羽音が聞こえたでござるニャ。

     そして仄かに瞬く雷光虫を連れて現れた、いやに人間らしい仕草をする雷狼竜が一匹。
     何かを探しているのかそばを逃げ惑う好物のガーグァにも目をくれず、困り果てたようにキョロキョロとあたりを見回して。それから見事な月にも吠えずに、地面ばかり見る雷狼竜がふと顔を上げて拙者の姿に気づいたでござるニャ。
    「探しものはこれでござるかニャ?」
     そう言って投げた巻物を、くるり、一度、宙をくぐって口にくわえた雷狼竜は二本足で地面に着地する。
    「ありがとう!コガラシさん、助かったよ!」
     次いで投げたお面はその日に焼けた手で受け取ると月明かりの下、いつものハツラツとした笑顔を浮かべたでござるニャ。

    ー○○○ー

     少しの休息のあと、オトモの飛ばしたフクズクの手紙にすぐ迎えに来てくれたらしいヨモギちゃんやイオリくんに付き添われて里に戻った私を待っていたのは赤い橋に集まった里のみんなだった。

    「無事だったんだね!あたしはここで極秘の任務があるからみんなみたいには探しに行けなかったけど、すごく心配したんだよ!」
    「ニャー!そんな泥だらけになって!風呂ならさっき沸かしたニャ!湯加減も浸かってみといたから早く入るニャ!」
    「ほらほら、まずはゼンチ先生に見てもらわないと!その後はたっぷり炊いたうちの米をセイハクくんに握ってもらったからね、たんとお食べ」
    「それからゆっくりと休むんだぞ」
     駆け寄る里の人たちは途絶えず、次々に声をかけては私を取り囲む。そして人をかき分けて駆け寄ったヒノエさんがしっかりと私の体を抱きしめた。
    「よくぞ無事で!」
    「姉様共々、心配しましたよ」
    「ごめんなさい…」
     後から追ってきたミノトさんも私の頬を撫でて、その後ろでゴコク様と里長が頷き合っているのが見えた。見知った人達と一通り声を交わしてから周囲を見回した私にヒノエさんが体を離す。
    「どなたかお探しですか?」
    「あ、教官は…まだ任務に?」
     首を振ったヒノエさんが私の肩を抱いて、橋の向こうを指差す。相変わらずみんなの直接の輪には入らず、少し距離を置いてその人はいた。カゲロウさんのお店のそばでこちらを見守る教官と目があった。その瞬間、走り出した私に里のみんなは道を開けてくれる。
    「あっ、まだ走っちゃ…!」
    「大丈夫だよ、ちゃんと受け止めてくれる人がいる」
     後ろでヨモギちゃんとイオリくんが話すのを聞いて、それでもその胸に飛び込んだ私を受け止めてくれた教官は、いつぶりかもわからない、人目も気にしない私の大泣きに涙が枯れるまで付き合ってくれた。
    「おかえり、愛弟子」 
     そう、何度も背中を撫でてくれながら。

    ー○●○ー

     
    「ジンオウガが?そんなまさか」

     ゼンチ先生の診察の後、集会所の茶屋で私の話を聞いた教官は珍しく〈夢でも見たんだよ〉なんて言って相手にしてくれない。いつもは大袈裟なほどのリアクションで話に付き合ってくれるし、さっきまでは優しく帰還を喜んでくれたのに。
    「ありえないなぁ」
    「聞いたこともないよ!」
    「そもそもあそこにそんな大きなジンオウガなんてまだいたかな、あらかたキミが狩ったのに?」
     そう、不自然なほど矢継ぎ早に言われてムッとした。
    「不思議なこともあるものだな」
    「モンスターは気まぐれ気ままでゲコ。そんなこともあるかもしれんよ」
     ゴコク様と里長はまだ理解があるようで私の話に頷いてくれる。なのに教官はまだ信じていない目をしていて…。
    「ゴコク様、里長、あまり愛弟子をからかうのは…」
    「本当なんです!薬まで飲ませてくれたみたいで。薬の瓶だって、あの時これと同じものがあって…」
    「君はあのジンオウガの前足がそんな器用に見える?」
     現物は持ち帰ってないけど、あれはこの近辺でよく使われる薬瓶だった。でもそれも教官はやんわりと否定して、それに関しては確かにそうだけど。
     ただ、さっきはゴコク様や里長に教官が意見するなんて、珍しい気もする。
    「でも…じゃあ夢だったんでしょうか。」
    「そういえばご主人、あのキノコどうしたニャ?」
    「え、食べたよ。残りはポーチの中だけど…」
    「これニャ?」
     そう言ってアイルーが持っていた私のポーチから出したのは干からびたキノコ。あの鮮やかだった色がそのままくすんだような見た目に再度アイルーが嫌そうな顔をする。
    「これは…あまりいいものじゃないよ。プケプケでも食べない。なのにこれを食べたの?」
    「一本だけ…」
     そのキノコを手にとって深刻な顔をする教官に答えるとそばで見ていたアイルーが言う。
    「じゃあそれニャ!幻覚ニャよ。だからボクたちはこんな怪しいキノコやめろって言ったのにニャ」
    「でも鱗と甲殻の感触も、洞窟の匂いもあったよ?」
    「キノコが原因じゃないにしても。やっぱり、気絶してる間に悪い夢でもみたんだよ」
    「ちゃんと見ました!私の命の恩人のジンオウガはいたんです!」
    「そうだね、いたんだもんね。愛弟子はそういうところがかわいいなぁ。今日はもう家でゆっくり休みなさい」 
     流れるような宥める言葉とよしよし、なんて子供にするように頭を撫でられて更に私の機嫌は悪くなった。そんな肯定の仕方ないと思う。
     身近なはずの教官とオトモは理解してくれないけど私は見たし触ったし、助けられた。キノコでトリップしてたなんて、そんなことありえない。だってそうじゃないと私がどうやってあのキャンプまで移動したのかわからないし。
     それに、命の恩人でもある彼がいないなんて…。

    「もし本当に助けてくれたのなら…あのジンオウガに恩返ししないと…!」
    「恩返し?ガーグァでも献上するか?」
    「反物でも織るならナカゴに弟子入りするゲコ」
    「昔話なら嫁ぐ話が多いですよね。かっこよかったから、あのジンオウガさんならいいかも…」
     そのタイミングで、ひとり静かに飲んでいたはずのお茶に咳き込んだ教官をゴコク様と里長がそれはもう楽しそうに声を上げて笑った。

    ー○●○ー

     ゼンチ先生の元来の見立て通り、丈夫なあの子を大きな傷もなく深い谷間で発見してから数日。今日も里の船着き場から出ていく愛弟子を見つけた俺は、その背を追うように屋根から降りた。
     
     ゼンチ先生の太鼓判以来、〈体が鈍るといけません〉とゴコク様を説得して再び狩猟に出掛ける彼女が向かう目的と場所は決まって、
    「また大社跡にあのジンオウガを探しに行くの?」
    「あ、教官。はい、この前のお礼がまだだから…。教官、もし私がジンオウガのお嫁さんになっても、きちんと里を守れるように旦那さんと相談するので」
     そばに行って話しかけた愛弟子はまだこの前のことを怒っているのか少し不機嫌だ。そしてそれとは別に真剣な表情で言われた言葉に戸惑って、俺はつい水をさすようなことを言ってしまう。
    「あ、え?そう、そ、それは頼もしいな。でももうそのジンオウガには番がいるかもしれないよ?」
    「いません、だってそばには彼一人だったし。あんなに優しく私のことを…」
    「優しくしといて食べちゃうかもしれないじゃないか」
    「彼を悪く言わないでください!」
    「あ、ちょっと、愛弟子?!愛弟子ーー!!!」
     叫ぶと同時に俺にフクズクをけしかけた愛弟子が襲い来る爪越しに走っていくのが見えた。

    「困ったなぁ、すっかりその気だぞ。いっそ、もらってやったらどうだ」
     全く困ってなさそうな里長の声が後ろからして振り返ると、彼も愛弟子のその背中を見送っていた。
    「ハンターの活動範囲外を動くならあっちの方が都合がよかったんです。ネコタクもあの深みは入れないだろうし…不可抗力ですよ」
    「とはいえ猛き焔とは長い付き合いだ。ああ見えて言い出したら聞かないのも知ってるだろう」
     『言い出したら聞かないから』、あの子には言わないように我慢させた言葉がある俺は答えかねて目をそらした。
     それでも嬉々とした声を隠そうともしない里長はまだ襲ってくるフクズクに翻弄される俺の背を叩いて言う。
    「巣なら用意してやる、遠慮はするな」
     日当たりのいい屋敷がちょうど空いてるぞ、と茶化されている間に、俺の頭にはフクズクが爪を立てて止まった。
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