永劫別離「アスアド、ま〜た連休溜め込んでるでしょ? 科学院の上役達が取れって言ってたよ〜?」
「科学院内の宿舎での休息は取っている」
「あそこベッドないじゃん! しかも思考を仕事から遊びに変えるだけだし! それに僕が連れて帰らないと家にも帰らないんだしさ〜」
「なら、テュシアが毎日俺を連れて帰ればいいだろう」
「んも〜♡ かわいいこと言ってぇ♡ 僕だって研究がなかったらそうしてるって分かってて言うのずるくない?」
「何がだ? ム……?」
「あ、そうだ、ね、ね、スメール行きなよ、気分転換にさ! お兄さんにも会えるかもしんないし!」
永劫別離
あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。テュシアはやたらと連休を勧めて、スメールに行けと騒いでいた。スメール、と聞くと、アスアドは面識もない兄を思い出す。そして四年後と約束を交わした、名も知らぬ女を。
その話をした時、テュシアは兄に会うべきだと、約束が果たされずとも向かうべきだと、熱弁を振るっていた。確かに今を逃せばいつ連休が取れるかも分からないことを考えれば、今がその時なのかもしれない。ちょうどイースティングハウスの実験は直に山場を迎える。他の研究は隅へと追いやられ、不正が蔓延り、腐り切った科学院。そこから離れ、フォンテーヌではなく他国で休暇を過ごしても良いかもしれない。
そしてテュシアの言う通り、兄に会ってみよう。アスアドは一目でもいいから兄に会ってみたかった。家族がいた事実を、この目で確かめたかった。
「そうだな……そうしよう。テュシアは行かないのか?」
「僕まだ仕事残っててさぁ〜、だからたまにはアスアドが聞かせてよ! 旅の思い出!」
それが、過ちだった。長期休暇申請を出し、それが無事に通って荷造りを始めて、出発は明日の休暇二日目でいいかと思った矢先。
「フォンテーヌ科学院が爆発事故を起こしたって!」
その報を聞いた時、嘘だと思いたかった。今朝も普段と変わらない挨拶や会話をして、科学院に向かうテュシアを見送ったのに。
アスアドは呼吸が浅くなる感じがして、どうにか科学院へと向かおうとした。人混みを掻き分けて、カーレス線の乗り場へ向かえば巡水船は運行停止中。ならば歩いて向かおうと乗り場を離れようとした時。
「待ちなさいアスアドくん」
「……………ユースフ、さん」
「ひどい顔色をしてるわ……科学院に行く前に少し休んだ方がいいわね」
知人夫婦にそう言われて、アスアドは少し休むことにした。二人はアスアドより落ち着いていて、情報をだいぶ集めているようだった。曰く、爆発の規模はかなり甚大なこと。そして、恐らく生存者は極めて少ないだろうこと。
「焦る気持ちは分かるわ、大切な人がいたらなおさらよ」
「……僕もきっと、君の立場だったら同じように慌てていたと思う。だが今は焦っても仕方ない、君に必要なのは休息じゃないかな」
夫妻に買ったばかりらしいココアを差し出されて、大人しく受け取る。一口飲むと、ほんのり優しい甘さが広がって、焦っていた心が少しだけ落ち着く。
「……ありがとう、ございます」
「構わないよ。それじゃあ、そろそろ行こうか。君も早く向かいたいんだろう?」
「……はい!」
長い長い時間を掛けて、三人は歩いた。道中で制御不能となったクロックワークマシナリーを破壊しつつ、爆心地近くの宿舎に着いた時、どくりと心臓がいやに脈打つ感覚がした。嫌な予感がしていた。崩壊した宿舎に、最愛がいるような気がして仕方なくて。夫妻が手伝ってくれたおかげで、何人もの亡骸を運び出して安置して、やがて人手が増えてきて、安置される遺体の数が増えていく。きっと科学院だったはずの場所は、今どこもかしこもそうなのだろう。そうして夜明けを迎えようとした頃。
とても見覚えのあるペンダントと、四肢のない、一部だけになった最愛が瓦礫の下に埋まっていた。
そこからの記憶はあまりない。ただひたすらに最愛を喪った空虚さがこの身を襲い、夫妻や周囲の人間たちの労る声が遠く聞こえる程度で。
「……どうして、俺を置いて逝くんだ、テュシア」
──俺を、置いて逝かないんじゃなかったのか。