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    三浦常春

    カクヨム在中の物書き。三度の飯より書くことと寝ることが好き。たまに絵も描くよ。
    Twitter→@tsune_yeah

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    三浦常春

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    ぼそぼそ書いていた番外の一部(下書き)です。
    現在18000文字で全体の3分の1くらいしか書き終わっておらず、最後には何文字になるか……(震え)

    『竜の瞳の行く末は』、第1章に登場した老婆プランダ・ベッカーに焦点を当てた作品です。

    誤字脱字があったら、こっそりでも堂々とでも教えていただけると助かります( ;∀;)

    #ファンタジー
    fantasy
    #オリジナル
    original
    #一次創作
    Original Creation
    #進捗
    progress

    砂漠の魔女が生まれるまで(『竜の瞳の行く末は』外伝) ある晴れた日のこと、シュティーア王国王都の一角に怒声が響き渡った。
    「泥棒ー!」
     賑わいを切り裂く野太い怒号と、それから逃げるように人混みをかき分ける浪人が一人。腕にはひしゃげた皮の袋が握られていた。浪人の足取りはどことなく頼りない様子であったが、速さといえばさながらハヤブサのよう。怒号を引き離して中央街から離れようとした。
     ちょうどその時である。
     青みがかった髪を揺らし、女が群衆を追い抜く。膝丈の外套(コート)を翻し、皮帯(ベルト)に差していた杖を引き出して、素早く詠唱した。
    「……『水の精霊よ、我に力を――!』」
     杖の先に水が集まる。言葉に応え、形を変えた魔力が泥棒の足へと絡みついた。どしゃりと無様にも倒れ伏す泥棒は、はっとして足を振るが、魔術が解けることはなく。薄汚れた革靴を、貧相な下履きをずしりと重くしていた。
     そこへ近づく足音。魔術を放った少女は腰を屈めると、泥棒の手から皮の袋――パンが入った袋を取り上げた。
    「火で焼かなかっただけ感謝なさい」
     名をプランダ・ベッカー。のちに大魔術士と呼ばれる少女である。
     未だ水に捕らわれたまま、泥棒は年端もいかぬ少女を睨みつける。プランダはといえばフンと鼻を鳴らして、背後の足音を迎えた。
    「はあ、はあっ……、助かったよ、プランダちゃん……」
    「気にしないで、おばさま。たまたま通りかかっただけよ」
     追いついてきたのは、ふっくらと頬を膨らませた女性だ。彼女は確か脇道にある小さなパン屋の店主だったはず――プランダは記憶を探りながら、盗まれたものを返した。
     盗まれた個数、きっちり五個。きっと寝蔵に戻ってからゆっくりと食べるつもりだったのだろう。逃げながら口に放り込めば多少は腹も膨れただろうに。欲が浅いのか、それとも思慮深いのか。
    「全く……よりによってパンを盗むなんて。もっと高額なもの、他にあるだろうに」
     品物のありさまを見た店主も呆れ気味だ。
     無事品物は返ってきたとはいえ、盗みは盗みだ。浮浪人に抵抗の意志がないことを認めると、プランダはひらりとスカートを返した。
    「おばさま、少し待っていてくれるかしら。衛兵を呼んでくるわ」
     たその時、ぐいとスカートの裾が引かれた。浮浪人がプランダを引き留めていたのだ。
    「す、すまねぇ、見逃してくれ……幼い子供がいるんだ……」
    「なら全うに働きなさい。何のために国があると思っているのよ」
    「すまねぇ、すまねぇ……」
     ただただ平謝りを繰り返す男。何事かと立ち止まる人が増えてきた時、ふと店主が溜息を吐いた。
    「あんた、行きなさい」
    「おばさま!」
    「もうこんなことするんじゃないよ。……それと、本気で働き口を探すなら、うちの門を叩きな」
     こちらを見上げる浮浪者の目に、微かな光が宿る。プランダは知らず知らずのうちに眉を顰めていた。
     店主の願い通りに〈水の魔術〉を解いてやる。すると浮浪者は何度も何度も感謝と謝辞を繰り返しながら去って行った。彼の手には何もない。
    「ごめんね、プランダちゃん。せっかく捕まえてくれたのに」
     物言わぬプランダを見かねてか、眉尻を下げた店主が声を掛けてくる。プランダは首を振って、
    「……いいえ。おばさまが、これでいいのなら」
     何よりも被害がないのが一番である。微笑んで返すと、店主も安堵したように破顔した。
    「そういえばプランダちゃん、仕事場には行かなくてもいいのかい?」
    「あっ」
     王都の中央にそびえる時計塔を見上げる。二本の針は十一を刺そうとしていた。始業の時間はとうの昔に過ぎているというのに、こんなところで油を売っているわけにはいかない。
    「もうこんな時間! 始業に遅れそうだったの。ありがとう、おばさま」
     神使歴一三〇二年、春。プランダ・ベッカー、十八歳の出来事である。

       ■   ■

     衛兵の苦笑を横目に、そうっと仕事場への扉を開ける。ここはシュティーア王国所属魔術研究室。王宮所属の魔術士、その一部が在籍する。この場所では既存の魔術はもちろんのこと、新たな魔術の開発を行う。
     この場所にはプランダの他に十人ほどの魔術士が在籍しているが、今は不在のようだ。これ幸いと部屋へ踏み込もうとしたその時――。
    「おやプランダ、今日も来ないのかと思いましたよ」
     思わず跳ね上がる。背後から聞こえてきたのは落ち着いた声だった。ギギギと油の切れた荷馬車のような音と共に振り返ると、見慣れた顔がある。片眼鏡を掛けた優男――イザーク・フォン・ブランケンハイム。プランダの同僚にあたる男だ。
    「い、イザーク……」
    「こんにちは、プランダ。随分と遅い出勤でしたね」
    「し、仕方ないじゃない。だって昨日は――」
    「遅くまで論文を読んでいた? それとも翻訳?」
     淡々と先回りをしながら、イザークは研究室の扉を開け放つ。ツンと漂う薬草の香りはすっかり嗅ぎ慣れたものだ。何なら実家でも嗅いでいる。
    「ええ、そうよ。お察しの通り論文を読んでいたのよ。文句ある?」
    「学生気分もほどほどにしてくださいと言いたいところですが……あなたを見ていると、こっちが悪いように感じてきますね」
     遅刻ギリギリに研究所に飛び込んだことはプランダの落ち度だ。しかしそこまで言われる筋合いはないと憤ると、イザークは乾いた笑みを漏らした。
    「ともあれ、向上心があることはよいことです。そのまま励んでください」
    「先輩風を吹かせないでもらえるかしら、優等生さん。あなたの方が先に研究室に出入りしていたとはいえ今は同僚。上も下もないわ」
     イザークはプランダの幼馴染でありながら、一足先に研究所に勧誘されていた。
     国随一の教育機関である国営の魔術学院を卒業し、その後はそのまま王宮の研究所へと収容された。魔術士として理想的な人生を、順風満帆に歩む彼。
     対するプランダはといえば、ひどく泥臭い人生であった。魔術士界は未だに性差別が激しい。様々な研究と題材を受け入れているはずの学院ですら、前時代的な価値観を振りかざしている。それを完膚なきまで叩き折るには、己の力を見せつけるしかなかった。家系という土台がありこそすれ、努力は評価して然るべきだと自負している。
     努力の量もその結果も、決してイザークには劣らない。そう胸に強く思っているにも関わらず、プランダにはただ一つ、どうしても勝てないものがあった。
    「同僚でいたいなら、ぜひとも同僚として恥じない行動を心掛けてほしいですね」
    それが、口論である。
    「ふん。行動一つで上下が決まるなんて、魔術士界も大したことないのね。実力主義という噂は、いったいどこから生まれたのかしら?」
    「行動も実力のうち。虚勢を張ってもいずれバレるでしょう、それと一緒です。……というか、実力でのし上がって来たあなたがそれを言ってはいけないのでは?」
    「あっ」
     イザークはじっとりと、もの申したげにプランダを見つめていたが、やがてこほん、と一つ咳払いをした。
    「そういえばプランダ、あなた宛てに荷物が届いていますよ」
    「荷物?」
     イザークの指差す方向、そこには研究室員共用の机がある。うず高く書類や本が積まれたそこにちょこんと、不似合な小包が置いてあった。達筆に描かれた宛名は確かにプランダを示している。
    「ツィンクス魔術特育校より――ああ、ようやく届いたのね!」
    「何ですか、それ」
    「資料。写生を頼んでいたのよ。信じられる、たった三十ページの写字だけで一か月と九日も掛かったのよ!?」
     封を開けて、束ねられた紙を取り出す。片面に字を宿す紙が三十枚。
    「あの国は最近忙しいですから。それよりも、何の資料を取り寄せたのですか」
    「魔力の結晶化」
     プランダはイザークに体当たりをして、椅子を奪い取る。二人の重みを一身に受けた椅子は悲鳴を上げた。
    「魔力の結晶化技術が進めば、人間界でも強力な魔術が使えるはずだわ。だって魔力を溜めておけるんだもの。それに生活だって便利になるわ。たとえば一瞬で火がつく竃(かまど)とかね」
    「……ふむ、確かにそんな技術があれば鍛冶や給仕も捗るでしょうね」
    「もちろんお風呂もよ」
    「利便性に富んだ研究であることには同意しますが、一点。強力な魔術など、今の時代に必要ないでしょう。過剰武装です。勢力均衡が乱れます」
     シュティーア王国の属するヴェルトラオム島には、合計六つの大小様々な国が存在する。長年に渡って争いを続けてきた六か国が平和を築いているのは、まぎれもなく先代の戦果であり、同時に、勢力の均衡ゆえであった。平穏を掻き乱す恐れのある品、それが『魔力の結晶化』という技術だった。
    「技術を復活させた暁には独占をしない。場合によっては私が直々に教鞭を執る。――これで解決にならないかしら」
     要は技術を、そして技術を持つ魔術士を抱き込ませなければよいのだ。昨今における人間界では竜や火薬を用いた兵器が一般化しているとはいえ、魔術師が沽券を落としたわけではない。まだまだプランダを始めとした魔術士には価値がある。
     家に囚われたイザークとは違い、プランダは自由だ。両親が国軍に所属し、自身もいずれそうなるのだと言い聞かされても、己の足を保ち続ける。彼女には、王宮から放り出されても生活する自信があった。
    「……あなたはここには向きませんよ、プランダ」
     不意にイザークが呟く。肩をぴったりとくっつけて、窮屈そうに痩躯を折り曲げた彼は、片眼鏡の奥で静かに笑った。
    「こんな狭い部屋は、あなたに窮屈で仕方ない。外へ飛び出て、思うがままに学び教えるべきです」
    「私を誰だと思っているの。プランダ・ベッカー、ヴィッケルン魔術学院を主席で卒業した女よ。それをこんなちんけな部屋で終わらせるつもりはないわ」
    「ええ、それがいいでしょう」
    「でもね――」
     自信はある。しかしそれだけでは生きていけない。
    「実績が必要なの。認めてもらうために、認められることをしなくちゃならない。分かる、イザーク。私には『ちんけな部屋』が手放せないのよ」
     世界最高峰と名高い学園、ヴィッケルン魔術学園。その主席を取ってもなお足りない。人の心は動かせない。成人して早二年。人生の新人から中堅へと成長しつつあるプランダでも、それは理解していた。
     魔術士は王族や貴族とは違って実力主義だ。一般の家庭から最上の魔術士が生まれることもあれば、代々続く魔術士の家系から出来損ないが生まれることもある。血では紡ぎ得ない神秘。なればこそ、己が何をすべきか。
    「まずは〈結晶化の魔術〉を蘇らせる。幸いにも氷や硬化の特性を持つ魔術が残っているわ。決して無理ではないはずよ」
     言い切るプランダは届いたばかりの資料を広げる。『中世界の魔力』――たしかそんな題名だったはずだ。神族が人間界を観察し考察を記した書物の中に、かつて繁栄を極めた魔術に関する言及がある。
     人間界の文字で記されていないため翻訳必須の読解になるが、生憎のところ翻訳作業には慣れている。神界の言語と似た系統の言語も習得済みだ。語彙さえどうにかできれば、決して無理な話ではない。
     いざ翻訳と意気込むプランダであったが、ふと視線を感じた。横のイザークがじいっと見つめていたのだ。昼近い陽を浴びた片眼鏡がきらりと光る。物静かな瞳は果たして何を思っているのか。数年来の友人ではあるが、この時ばかりはプランダも得体が知れなかった。

    (中略)

     粛然たる雰囲気の中、玉座の間の扉が開かれる。数多の兵士の壁に囲まれた赤絨毯を踏み荒らすのは十にも満たない絢爛の靴だ。
     魔族。極めて過酷な環境と混沌の中に根を張る種族。人間族とは異なる尖った耳に獣を思わせるツノ。
     重苦しい空気が辺りを包み込み、プランダは面を上げることすらできなかった。
    「よくぞ参られました、エリオット王」
     シュティーア王国国王、レオナルト。権威の髭の奥から発せられる声は、さながら戦場に響く戦笛のごとく。それに応えるのは、まだ青い声だった。
    (あれが魔界の王、エリオット・バーンスタイン? ただの優男じゃない)
     魔界の大国、ビヨルグ大帝国を治めるただ一人の男。黒髪にハチミツ色の瞳、服は白を基調とした細やかな作り。魔族の象徴であるツノを飾る宝石は、小ぶりながらも輝いて見えた。
     玉座から降りて来たレオナルト陛下が、魔族王と強い握手を交わす。人間族と魔族、深い霧の壁に隔たれた二種族による歴史的瞬間であった。
    「長旅でお疲れでしょう。部屋を用意してあります、どうぞ休まれてください」
    「お気遣いはありがたいのですが、我が国の食糧事情は一刻を争います。先に視察の方を」
    「そうですか。ええ、もちろん。今すぐにでも出立しましょう」
     陛下は部下へ出立の指示を出し、一方のエリオット王も、傍に控えていた銀髪の男へと声を掛ける。銀髪の男は近衛兵隊の隊長、それから赤髪の女が王妃殿下。三人の後ろに続く数人が近衛兵。何てことはない、人間界とほとんど変わらない配置だ。
     それを最も離れた位置で眺めていたプランダは、こっそりと隣のイザークへ訪ねる。
    「食料事情って……どういうこと?」
    「プランダは何も知らないのですね」
     曰く、魔界は天候に恵まれず、長く雪が降り続いているのだという。陽の目を見ることができるのは、たった二ヶ月 。それが毎年のように続くというのだから、農作物はおろかきっと牧畜も厳しいだろう。そのような環境で、はたしてどのように生きてきたというのか。
    「あらあら、みなさん小さいのね」
     思わず息を飲む。声を掛けてきたのは魔界の王が妻、ロヴィーナ王妃殿下であった。一般の人間を『小さい』と愛でて喜ぶに相応しく、その背丈はプランダの一・五倍はある。人間族の大男をも超えるだろう。呆気に取られるプランダの前で、研究室の面々が最敬礼を取る。プランダも慌てて拳と拳を突き合わせた。
     厳格を極める雰囲気の中で、感情を押し殺す父の声が響く。
    「我々はシュティーア王国所属魔術研究室……人間界へ御滞在の三日間、僭越ながら王妃殿下の護衛を務めさせていただきます」
    「あらあら、そんなに畏まらないでくださいな。ロヴィーナと、みなさんそう及びください」
     真っ赤な髪と揃いの訪問着を揺らして、女性は笑う。
    「みなさんが魔術研究室の構成員ですか。話は伺っておりますわ。これから数日の間、世話を掛けますね」
    「勿体なきお言葉」
    「では早速、研究室を見せていただいてもよろしくて?」
    「もちろんでございます。今すぐにでも案内できますが、本当に休息は取らなくてもよろしいのですか?」
     室長に連れられてロヴィーナ王妃が進み始める。行き慣れた通路を見慣れぬ巨女が歩く景色は、どうにも不自然に見えた。カビ臭い部屋に高貴な人が踏み入れた例など、きっと片手で数えられるほどだろう。そのうちの一つが他国、しかも魔界の王妃だというのだから、過去の賢者が知れば腰を抜かすかもしれない。
    「まあ、小さくて可愛らしいお部屋ね! 普段はここで研究をしていらっしゃるの?」
     まさか案内するとは思わず、本やら紙やらの散らかった部屋を、研究員たちが慌てて片づけていく。
    部屋を最も占領し、最も汚していたプランダは、内心舌を出しながら茶の用意を始めた。
    「ここではどんな研究をしていらっしゃるの?」
    「基礎から応用まで、本当に様々でございます。最近では――そうですね、そこのプランダが」
    「私!?」
     ぎょっとして振り向くと、そこにはニコニコと、悪意の欠片もなさそうな笑顔を向ける父がいた。
    「あの子は古代魔術の研究をしておりまして、
    「まあ、古代の? きっと夫と話が合うわ。ねえ、ぜひわたくしにも教えてくださらない?」
    「え、えと……」
     どう答えたらよいか、おどおどと父を窺う。しかし他でもない提案者が助けてくれるはずがなく、それどころか会談の席を整える始末だ。
    「後はやります。席に着いて」
    「ちょっ……!」
     唯一の救いであった茶器を奪われ、イザークを睨みつける。肩を竦めた彼はプランダの背を押すと、さっさと湯を注ぐ作業に戻った。

    (中略)

     はと面を上げる。王妃の反応を気にしてではない、窓の外からを揺るがす咆哮が聞こえてきたのだ。
    「竜だ」
    「竜?」
     首を傾げる王妃。
     窓の外を窺うと、眼下に広がる訓練場でちょうど竜が暴れている最中だった。深緑の鱗にコウモリと似た翼。シュティーア王国軍において馬以上の戦力を誇る生物だ。いくら広々とした訓練場とはいえ、竜の巨体が暴れ狂えば怪我人が出る。
     背に乗せた鞍(くら)にヒトの姿はなく、どうやら指揮下から離れてしまったらしい。力強い羽ばたきと砂埃とともに舞い上がる巨竜。窓をガタガタと揺らして
    「あらあら、大変!」
    「下がって!」
     風を纏い、強く欄干を蹴る。既に上空高くまで舞い上がった竜はひどく興奮しているようで、プランダの姿を捉えるなり、一つ吠えた。威嚇――のようにも見えたが、よく見れば表情が柔らかい。どうやら遊びに誘っているようだ。
     じりじりと距離を詰めようとすれば、竜はいっそう嬉しそうに目を細めてプランダの周りを巡った。舞い上がる風がプランダの姿勢を崩す。
    「っ、大人しくしなさい! あなた、訓練を抜け出してきたんでしょう。戻るわよ」
     竜はしばし抵抗を続けていたが、やがてプランダの説得を受け入れたようで、大人しく手綱を握らせてくれた。
     手綱を引き、ゆっくりと地上へと降り立つ。足の裏が地面へと触れた途端、どっと疲労が襲ってくる。長時間飛び過ぎた。
    「あー、すんません。そいつ、かなりのじゃじゃ馬で」
     そう声を掛けてきたのは、竜の持ち主であるらしい少年だ。茶色の髪を後ろで一つに括(くく)り、見上げる目は小生意気な三白眼。まだ兵士にすらなっていないのか、皮の鎧すら纏っていない。
     プランダから手綱を受け取ると、今度はじろじろとプランダを眺め始めた。
     山奥でもあるまいし、魔術士など特別でも何でもないだろう。睨み返すと、少年はぴくりと眉を動かして「あっ」と声を洩らした。
    「アンタ確か、遅刻常習犯だろ? 先輩と話してんの、見たぜ。研究室に入ってるのはお堅い連中ばかりだと思ってたけど、アンタみたいなのもいる――」
    「まーたお前か、クソガキ!」
     鋭いげんこつと共に割り込む、獣人の男。名を、確かブリッツ・ルットマン。竜騎兵隊の訓練を担うネコ族だ。
    「ブリッツ教官」
    「ああ、お嬢。うちのが悪いな、助かったよ。ほら、お前も謝るんだよ、ユリウス!」
     ぐいぐいと、『ユリウス』と呼ばれた子供の頭を押し込む教官。
    「何があったんです、竜を放すなんて」
    「いやぁ、こっちもいろいろあってな……」
     ちらりと、男は背後を窺う。よく見ればそこには、話題の渦中にあった魔族の王の姿があった。いったいどのような流れで汗臭い訓練場を案内したのかと、流石のプランダも呆れ返るところだが、王妃の言動を思い返して少し同情してしまった。大方、無理を言われたのかもしれないな、と。

    (中略)

     魔族による一度目の訪問から、早くも三年の月日が経った。あれから魔族は少人数ながらもたびたびシュティーア王国を訪れ、何やら企んでいるようではあったが、今のところ実害は出ていない。
     そして去り際に王妃から貰った大型本も解読できぬまま、とうとう件の彼女は姿を現さなくなった。重い病気を患っただとか懐妊しただとか、そんな噂が風に乗って流れてくる。
    「ユリウス・ルットマン! アンタってヤツはまーた隊服を乱して! ちゃんと着ないとブリッツ教官にも迷惑が掛かるって何度言ったら分かるの!?」
    「あーあー、うるせぇなァ。アンタもいい加減に遅刻癖を治せって」
    「そっ、それは関係ないでしょ!?」
     今日はユリウス改めユリウス・ルットマンの初出勤日だ。成人を迎え、竜騎士隊――いや、竜騎士兵団の新兵として名を連ねることを許された。
     どれだけの期間、彼が竜騎士兵団の見習いとして出入りしていたのかは定かではないが、きっと今日を心待ちにしていたことだろう。何となく弟分の夢が叶うような心地であった。そうとはおくびにも出さず、ただただユリウスの尻を叩く。
    「行くよ、ユリウス」
    「ハッ、オレの方がセンパイなんだから敬語で喋れよ」
    「あ?」
    「睨むなよ、カワイイ冗談だろ……」
     揃いの隊服を纏って門をくぐる。
     今日はユリウスの初出頭日だ。同時に、プランダ率いる『竜騎魔術士隊』発足の日でもあった。

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     青みがかった髪を揺らし、女が群衆を追い抜く。膝丈の外套(コート)を翻し、皮帯(ベルト)に差していた杖を引き出して、素早く詠唱した。
    「……『水の精霊よ、我に力を――!』」
     杖の先に水が集まる。言葉に応え、形を変えた魔力が泥棒の足へと絡みついた。どしゃりと無様にも倒れ伏す泥棒は、はっとして足を振るが、魔術が解けることはなく。薄汚れた革靴を、貧相な下履きをずしりと重くしていた。
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