初めてのココイヌ(仮)二人きりの秘密の場所、「アジト」と呼んだ廃墟。
たくさんの人が入れ替わり立ち代り訪れて、誰もが彼に尊敬の念を抱いた。
憧れた男が笑って立っていたその場所も今はヒビ割れて乾いた灰色のコンクリートがあるだけ。
雑然とした必要の無くなった物たちとホコリっぽい匂いに囲まれた小さな二人だけの世界。
傷だらけの体で転がりこんだ日も、追われて手を取り合って走って逃げ込んだ日も、下らない言い合いをして顔を見たくないと思った日もいつでも二人はこの場所に居た。
誰にも教えない、二人だけの秘密基地だった。
そこで交した他愛ない言葉たちも、過ごした時間も誰も知らない二人だけの。
「んっ…」
「イヌピー、口開けて」
触れ合う唇と上がる息。
最初は辿々しく重ねられるだけのその行為はいつしかそれだけじゃ物足りたくなる。
きっかけは何だったかなんて覚えてない。
そこに確かな言葉だってあったわけでもない。
一と青宗の距離感は普段から近く、境目が解らなくなるのは時間の問題だった。
その危ういバランスの上をどちら側にも踏み込み過ぎないように渡り歩くのには不安定過ぎて、気付けばよりかかり、寄り掛かられる。
意味なんて無くても良い。ただそうしたかったから、二人は唇を寄せ合った。
いつしかそれが二人きりになると当たり前の行為になり、その内体に触れ合うようになった。
熱くなる体とふやける程触れ合う唇に頭がぼやけていく。
純粋な欲だけに染まった空間は思考を鈍らせる。
「なぁ、イヌピーにもっと触りたいんだけど…」
幾ら同意でこういう事をしていたとしても、この先に進むには流石にこのままなぁなぁとは行かない。
だが触り合ってくちづけるだけではそろそろもの足りない。
それを伝えようと言葉にしたものの、普段からあまり物事を深く考えていなそうな幼馴染に告げるのは少しだけ気まずかった。
「触る…?」
一の言葉にとろんと落とした瞳を瞬かせて、考える素振りを見せる。
長い睫毛が頬に影を落とし、眠たげな視線が歳に似つかわしくない色気を放っていた。
ガキみたいな言動と行動が多い癖に、時折彼はそういう大人びた表情をする。
「セックスしてぇの?」
もう少し違った言い回しをしてくれれば良いのに、と思ったのはこれが初めてでは無い。
だがこれが青宗という男であり、彼らしさでもある。
思った事はそのまんま口に出す癖に、本当に知りたい事は胸の内に秘めたまま。
それは一にも言えた事だ。
「…そこまではわかんねーけど、触りたい。つーか、多分そしたら最後までしたくなるわ…」
自分をで言っておいて自分の性欲を抑制出来るか自信が無いと唸った。
そんな一の傾いた体を抱き留めてぽんぽんと背中をなでてやりながら、肩に顎を載せて来るのを撫でた。
ココは自分とセックスしたいと思ってんだな、とそう思うと青宗は目の前の幼馴染を可愛いなと思った。
「良いよ」
だからあまり深く考える事も無くそう返事をした。
一がそうしたいと言えば青宗は大体の事を良いよ、といつも簡単に答えた。
「良いよって…って、いいの!?」
マジで?と体を離して肩を掴んで伺ってくる一に自分から言った癖に何だと思う。
青宗に取ったら何でセックスぐらいでこんな反応をするのか解らなかった。
解らなかったが、一が望むのであれば断る理由も無い。
だから、もう一度良いよ、と答えた。
色々話し合った結果、アジトでするのは流石に無理だから後日ホテルに行く事にしようと約束をした。
ココとホテル初めてだな、と少し嬉しそうにする青宗を単純に可愛い奴だなと一は思った。
その時は少し舞い上がっててあまり深くその言葉を考えられなかった。
それから数日後の週末。
一と青宗は所謂ラブホ街という場所に足を運んだ。
どこが良い?と聞かれ、別に一だってそういう場所に来たことが無いわけでもないのにはっきりと答えられなかった。
何となく、他の青宗以外の人間と来た事があるのを匂わせるのは気まずい。
そんな一の心境などどこ吹く風で青宗はじゃあ、適当に決める、と何の躊躇いもなく歩き出した。
まるで普段と変わらない様子に、コイツ本当に今から何しに行くのか解ってるのかと疑わしい気持ちでその背中を見つめた。
青宗の事だ、ホテルに入った途端腹が減ったとか眠いとか言ってそのまま何事も無かったみたいに終わる可能性もある。
それはそれでちょっと虚しい。そうならないようにその時は無理にでもそういう雰囲気に持ち込むしか無いな、と思う。
「行かねえの?それとも気が変わった?」
振り向いた青宗が投げ掛けた言葉に首を振って、追いつくように足を早めた。
どうやら青宗は何をしに行くか解っているらしい。
その癖普段と態度が変わらなすぎてこちらのペースが狂いそうだな、と頭を掻いた。