にょた南泉くんのちょにゃ(書きかけ) 泣く子も黙る刀剣男士とはオレのこと──
顕現時にそう意気揚々と口上を述べたその刀剣男士は自分自身の違和感に気付いた途端、猫のような可愛らしい語尾で叫びだしたのでした。
柔らかな猫の毛並みを思わせる豊かな金髪、くりっとした丸い瞳の上には影が出来るほどの長いまつ毛、日焼けを知らない白い肌、ぷっくりとした愛らしい唇、グラマーを絵に描いたようなバランスの取れた肢体……。演練場で見かける男士の同位体と同じ戦装束を着込んでいる目の前の刀剣男士、もとい刀剣女士はわなわなと震えている。
「小さい上に体が……体が……女だにゃあ!!!!」
政府の見解によると日本刀の付喪神である刀剣男士は若い男性の体を模して顕現するものらしい。それはかつて刀を振るっていた主たちが男性で、合戦場はそんな彼らが命懸けで鎬を削る場所だからだ。脇差以上の個体は成人男子の如く若く健康的な肉体を得て実体化している。短刀は主に子どもや女性の護身用としての歴史があるからなのか、幼く可愛らしい見た目で顕現するものが多い。
そして、そんな彼らとまた違った形で顕現するものが一定数存在する。男性ではなく女性を模した刀剣男士だ。混乱を避けるためにここでは刀剣女士と呼ぶことにする。
刀剣男士を鍛刀し顕現させ使役するのは審神者なのだが、同じ刀を模した男士でも本丸ごとに少しずつ違いがある。髪の長さや目の色といったすぐに見分けのつく違いから、事務作業の得手不得手など一定の期間を共に過ごさないと分からないものまで多岐にわたる。食の好みもあるかもしれない。
そんな個体差のなかで一番に目につきやすいのが男女の違いだ。なぜ刀剣女士として顕現するのかはっきりとした調査結果は出ていないが、年若い少女の審神者だったり、鍛刀を実行した時にタイミングよく月のものが来ていた女性審神者だったり、初めて彼女が出来たと浮かれている男性審神者のもとに顕現しやすい傾向がある。
この本丸の審神者はほどほどに人生経験をこなした女性だが、ちょうど月のものが来ている最中だった。これが南泉一文字が女性体を持った原因だろうと本日の近侍である山姥切長義が茶菓子片手に説明してくれた。
「……なるほど、そんな事情があるのか、にゃ」
「そうそう、数は多くないけど割とよくある現象なんだよ。筋力や脚力といったステータスは男士と変わらないっていうのが政府が出した見解だ。ちなみにここの初期刀も女士だよ。今日は珍しく夜戦に出ていてね。何事もなければ朝餉までには戻ると思うよ」
色々尋ねているといいと尤もらしいことをいった後、湯呑みを手に取りずずっと一口啜ってから長義は菓子器から煎餅を一枚掴み食べ始めた。目が美味いから食べてみろと訴えている。
いや、ノリが軽すぎる。今はボリボリ音を立ててそれ食うのやめろ。こちとら、泣く子も黙る格好いい刀剣男士になるべく顕現したら、こんなに可愛らしい刀剣女士になってしまったんだぞ。少しは慰めろよ……と思うが、心が化け物になってしまってるから仕方ないと南泉は諦めた。
「この化け物斬り、ノリが軽すぎるにゃあ……」
「さすがに君以外の新刀の前ではきちんとしてるよ」
「オレにもきちんとした態度をしろよ、にゃあ!!」
審神者は顕現時に軽く挨拶をしたあと、明日の朝に他の男士たちにもあなたを紹介しましょうと行って部屋に戻って行った。腹と腰が痛いらしく薬飲んで寝るからあとは長義お願いと苦しげな顔をしていたのだ。そんな姿を見ては南泉は引き留めることができない。明日の朝といっていたが、その本人は大丈夫なのだろうか。
「政府にいた頃にも刀剣女士は政府刀として在籍してたし、活躍ぶりも男士と変わりなかったよ。その点は安心していい、ひとまずささやかな歓迎会として煎餅を食べてくれ」
「なんで煎餅だよ、美味いけどよぉ」
ボリボリボリボリと二振りが煎餅を噛み砕く音が部屋に響く。ぬるくなったのを確認して口をつけた緑茶は美味しかった。
ここに在籍する刀剣男士は五十振りくらいで、大きくもなく小さくもない本丸らしい。南泉以外の一文字一派の刀はまだいないようだ。そうだ、忘れるところだったと長義は棚にある青いファイルを抜き取り、卓袱台にどすんと取り出した。付箋やインデックスシールで整理されたそれをパラパラめくりながら、あったあったと長義はあるページを開いてみせた。
「これは本丸の大まかな見取り図、コピーしたものを渡しておこう。今いる部屋が執務室、その隣が食堂。それから……」
厨食堂兼居間、執務室と手入れ部屋や大浴場がある母屋、鍛刀や刀装を行う鍛冶場は母屋から渡り廊下を通り移動すること。その先には道場があるが遅くても夜は二十一時──以前でいう戌の刻のことだろう──には施錠するから気をつけるように。もうひとつの渡り廊下の先にあるのが男士棟、各階に簡易キッチンとバストイレもありひとり一部屋、三階建ての旅館のような造りになっている。
「それから、君の居住スペースは女士棟でこっち。俺は中に入ったことはないけど、こちらもひとり一部屋らしい。……一階の五号室が空いてるな、君の部屋はここにしよう。鍵は主の部屋にあるから、あとで取りに行こう」
そういいながら長義は書類に『女子棟一階五号室:南泉一文字』とペンを走らせている。刀掛けや寝具類は一通り揃っているから心配いらないよと、今度は煎餅ではなく最中を食べながら長義は説明してくれた。どうやら朝から事務仕事で疲労が溜まり、脳が甘いものを欲しているらしい。
「お前も大変なんだにゃ……。まぁ、説明終わったら今日の仕事は終わりなんだろ?」
「何言ってるの、この後遠征に行ってる部隊が帰ってくるからその対応があるんだよ。報告書の作成を提出してもらって確認して判子押したり、食事の用意したり、本丸内の施錠確認してやっと終わりだよ」
まぁ、今日中に終わらせたかった書類は作り終わったから主はもう寝かせたけどね。長義はファイルを棚に戻しながら執務室に乾いた笑いを響かせた。
「マジか、近侍って大変なんだな。てか、その報告書? ってやつ、明日でもいいんじゃないかにゃあ」
「……はぁ?」
のほほんとした南泉の声に返ってきたのは地を這うような低い低い声だった。
「俺がこの本丸に来た頃はそうだったんだよ。でもそれで明日出すから、明後日には……で提出せずに放置する奴が一定数いるからね。政府から突然の監査があったりする時に、データだけじゃなくて紙でも記録を残しておかないと駄目なんだ。それで以前引っかかった事があってね、だから当日中に提出確認することにしたんだよ」
個包装の甘納豆に手を伸ばして封を切ったと思ったら、口に直接放り込んだ。普段から周囲の目を気にする刀からは考えられない行動だった。
「本丸の運営ってやつも大変なんだな……。どうせもう寝るだけだし、今夜はお前に付き合ってやるよ、にゃ」
それは実態を持って初めて会った五百年以上もの付き合いのある腐れ縁への、軽い社交辞令だった。もう寝るだけだし、今夜は彼の働きを間近で見てこの本丸での仕事を目の当たりにするもの悪くないと思ってのことだ。どうせ遅かれ早かれ自分も同じことをしないといけないのだから、といった気持ちが大きかった。