君相応しき白き旗 花弁が舞う。白い薔薇、よく見れば造花だとわかるだろう。だがわずかに入った刺繍糸がライトに照らされれば、それは本物を撒くよりも派手なパフォーマンスになる。
歓声が迎えた。当然立つのはセンターポジションだ。
我先にと観客が押し寄せる。己を欲する声に囲まれ充足感に胸が熱くなった。
歓声に応えつつ視線を巡らす。最強のスケーターへとアピールする群れの中、不思議と人が少ない場所は簡単に発見できた。そして目当ての存在も。
ゆっくりと歩き出す。まとわりつく観客を払いのけるような真似はしない。サービスは当然だ、一流なのだから。
滑り以外に魅せるものがあるかよと笑う人間もいるが自分はそうは思わない。堂々と威光を見せつけあまねくプレイヤーの意識向上に一役買うのもカリスマの宿命だ。美しい所作と内面、そしてスケート。すべてが合わさった自分だからこそ人々は魅せられる。
一方で気になるのが、運命の片割れ、愛しい少年はそういった矜持に全く興味がないらしい。今も一人ぽつんと立っている。あの表情ではまだ自分が近づいてきていることに気づけていないだろう。
場所取りができなかったのか、友人とはぐれたのか。彼と自分の関係を考慮すれば、他人を押し退け、真っ先に駆け寄ってきても誰も文句はないだろうに。
今だって少年を問題なく視認できるのは彼の周囲を人が避けているからだ。対面を邪魔しないよう気を遣われている。それほどに認められている自覚が彼にはどうも足りていない。
共に滑れば簡単にわかるが、ランガは子供だ。誘惑に弱く俯瞰で物事を見ない。その無垢さは愛おしいが、アダムの横に並ぶ者としてはそれだけでは足りない。
徐々に彼の元へ進路を変える。人の波に押されようやく気づいたらしく、呼応するように向こうからも数歩詰めてきた。
距離にして一mほど、彼の顔が更に鮮明になる。あの日から変わらず彫刻のように隙のない造形。彼と自分が並ぶ姿は絵画のようだろう。後で映像を確認しなければ。
唇が薄く開き「愛抱夢」こちらの名前を呼ぶ。平坦な声だが先ほどと同じかそれ以上に体温が上がる自分がいた。
「やあ」
わずかに身を屈める。
「僕に会いたかった?」
即座に彼が頭部を強く縦に振った。続けて大きく揺らされた毛先がふわりと広がる。無機質な蛍光灯の光の下にあろうとその髪はまばゆさを失わない。むしろ常よりやや白みがかりきらきらと光る糸が重力に負け次々戻っていくさまはまさに雪の妖精。
一秒にも満たない時間が通りすぎた。残る数本が鼻梁をはらりと落ちていくのを追えば、すぐ上の目と視線が合う。髪にも負けないほどの輝きを放つターコイズが狙いを定めた。
「早くあなたと滑りたい」
くらりと脳が揺れた。まいったな、と心の中で呟く。
あっけなく心臓を射抜かれてしまった。無自覚に傲慢な子供はこれだから。
「僕も同じだ」
かすかにもらした溜め息がランガにも気づかれることなく夜の空気と混じりあい消えていく。