遊園地にて七転八起 朝起きたとき晴れてたからいけると思った。
数歩走るたび、ばしゃりと薄く溜まった水溜まりを踏む。その程度には大雨だ。
愛抱夢が繋いだ手を小さく数度同じ方向に動かした、そちらに曲がるつもりなのだろう。頷き道を共にすると、
「…………」
「…………」
曲がり角の先、うまいことできた大きなそれに二人の足が思い切り突っ込んだ。 びっしょりと濡れた身体、互いにかける言葉もなくしばらくその場に立ち止まる。雨は依然叩きつけるほどの本降りだが、もう全身濡れた身だ。恐れることなんてない。
握る手がわずかに震えている。
「……ぜだ」
強い雨に紛れて彼がぽつりと呟いた。
「なぜこうも上手く行かない……」
雨水でセットが崩れていくのはあれに似ている。彼に貰った花が数日かけてしおしおになるあれ。最初はただ枯れるんだなとしか思っていなかったが、最近の自分はどうにもそんな姿を放っておけなかったりする。
手をくいくいと引いてみれば愛抱夢がよろりと身を傾ける。前方へと歩き出すとふらつきながらも着いてきてくれた。今度はこちらが先導しよう。とは言え自分はここに詳しくないので雨宿りできる場所を見つけられるかは微妙だが、それでもこんな寒い場所に留まるよりずっといいと思う。
適当に歩くとアトラクションが密集するところに出た。確かこの辺りにカラフルな小屋が。
「……あった。愛抱夢、あそこ行こう」
返事が来ないが手は離されないので別にいい。
幸い小屋に先客は居なかった。彼を座らせ自分も隣に腰かける。雨がやむまではこうしていよう。
古そうな屋根の下、広がる景色にはいくつか自分達が乗った物も見える。袖を引くと愛抱夢は目を伏せたまま視線だけこちらに向けた。
「……何かな」
「見て」
アトラクションを見ても彼の表情は沈むばかりだ。あんなに「あれに乗ろう」「次はこれがいい」と自分を引きずっていったというのに。
「ほらあれ、コーヒーカップ」
「……乗ったね。他の客が具合を悪くして止まったけど」
そうだった。
「……ええと、メリーゴーランド……」
「……覚えてる、チョキで負けた」
俺もそこがいいと子供に泣きつかれていた。勝負で決めたとは聞いていたけどじゃんけんだったのか。
「……か、観覧車……」
「まさか頂上で閉じ込められるとは思わなかったよ、それも数十分」
「……長かったね……」
無事に地上に降りられて本当によかった。初めは多少ウキウキと「二人きりだね」とか言っていた彼も最終的にほぼ喋らなくなっていた。
そこへ来て土砂降り、まあ今日は。
「ついてない、というか……」
下手な慰めはトドメになってしまったようで男が背中を更に丸めて目線を下げる。
「……やはり雨は駄目だ。鬼門だ。不吉の象徴だ」
「そんなに」
「僕の完璧な計画をぶち壊すのも恥をかかせるのもいつだってこの鬱陶しい雨共だ。はあ……」
しおれきった青からこぼれ落ちた水滴が愛抱夢の膝を濡らす。下を向いたままぽつぽつと言葉が散った。
「……ここのジンクスなんだけどね。よく晴れた日。コーヒーカップ、メリーゴーランド、観覧車。全部指定の通りに乗るとうまくいくんだってさ」
「知ってる」
「─―え」
バッと愛抱夢が顔をあげる。
「告白、成功するんだよね」
昨日教えてもらったんだ。言うと彼の目が更に丸くなった。
「……解っていて乗ったの?」
「うん」
「……どんな気持ちで?」
「どんなって……」
誘おうと思っていた場所に次々連れていくものだから。
「手間が省けてよかったな……」
そんなに唇を曲げられるようなこと言ってるだろうか。
「……俺起きて一番最初に天気見たよ。晴れてて嬉しかった」
愛抱夢の唇が元に戻る。濡れた髪の間、見える顔は今日初めに会ったときの彼と同じだ。
「僕もだ。……また誘うよ。晴れた日に」
「うん。俺からも誘う。それであなたに告白する」
「……それじゃあ今言うのと変わらないんじゃない?」
「……」
「ふふ……」
笑った彼の顔、輪郭がわずかに照らされる。思わず小屋の外を見れば。
「あ」
「……おや」
雨がいつの間にか止み、空の向こうに七色の――。
「いいね。ジンクスよりずっと好みだ」
髪をかきあげた愛抱夢が真っ直ぐこちらを見て言った。
「ねえランガくん。話があるんだ、聞いてくれる?」
「いいよ。聞くから俺の話も聞いてね」
きっと二人とも同じ話をしたくて今日ここへ来たんだ。