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    20210713 雨でもうひとつ ディアは関係ない ゆるい雰囲気

    ##明るい
    ##全年齢

    特等席一名様ご案内予定(持ち込み可) 信条のようなものでなるべく車に荷物は置かないことにしている。一つ一つ準備しなくていい状況というのは時として油断に繋がりかねないのと、単純に物が多いと管理が面倒だからだ。
     それに何より、見苦しくない。
     美的感覚の優れた主人に余計な物でごたついた車内など見せるわけにはいかない。置くのは必要最低限主人の目に入っても問題ないもののみ、他は全てこの手で持ち歩く。決意と共に作り上げた車内は主人から一言殺風景と形容された。こんなこともある。
     それでもなお車内のあちこちに存在する空きスペース、なかでも随一の高立地を誇る助手席下のグローブボックスは、最近その半分ほどをある物で埋めた。持ち歩くことでもなくおそらく今後も車内でしか使われないだろうから丁度いいと判断したからだ。
     主人の要望により加わったそれの使用率は上々、今も彼の目元に当てられている。彼等が向く先は遥か遠い歩道、器械を使わなければ見えない距離。
    「……」
     数分無言で微動だにしないさまからは圧倒的な集中力を感じるが疲労が蓄積している状態での行動としては少々気遣わしく、数度替わることを提案しているものの全て「断る」の一言で一蹴された。見つけるのも俺だと当たり前の顔で言われれば、こちらとしても言えることは何もない。
     適当に眺めていたフロントガラスに一粒、水滴が垂れる。続けてもう一粒、更に続けて。みるみる間隔が縮まれば水滴の群れは一瞬で本降りとなった。
    「雨……」
     一度、目から器械を離した主人がぽつりと呟く。
    「彼は傘を持っているだろうか」
     少年ならば、以前傘を使用している映像や折り畳み傘を携帯する姿を確認したが今朝の準備までは解らない。使えないと睨まれる覚悟でありのまま話せば主人は「そうか」とあっさり流し窓の外を眺め出した。どうやら自分を責めるどころではないらしい。
    「濡れていなければいいが」
     その目にはまだ現れない少年ばかりが映っている。吐息に混じるのは不安。らしくもない、通り雨に濡れさすどころか雨をしのぐ住処さえときには顔色一つ変えず奪う主人から出たとは思えない心からの情は懐かしくもあった。
     外からはしとしとと静かに響く雨音、内ではそれに一切負けない短音。そわそわと片足でシートを叩く主人は余程少年のことが心配とみえる。横の傘をいつでも使えるように立て掛け、歩道から目を逸らさない。
     いっそ迎えに、と小さく溢れた独り言らしきそれを「行かれるなら用意します」と掬えば、主人はしばらく逡巡したのち頭を振った。
    「……いや」
    「よろしいのですか……失礼しました」
     出過ぎた真似だった。無言の重圧に間違いを悟る。
    「待ち伏せは偶然らしくない」
     目元が器械で隠れ表情が解りづらいとはいえ主人が真剣に言っていることは伝わってくるが、しかしそもそもとしてこの様に移動ルートで張り込み発見何食わぬ顔で接近というのは――通常待ち伏せと呼ぶのではないだろうか。
    「何とでも呼べ。彼が気づかないうちは偶然だ。偶然の出会いを繰り返せば次第に意識が変わり、やがて彼も気づく」
    「偶然でないことに」
    「違う。愛だ、愛」
     都合が良すぎる。らしくない情の次はらしくない計画か。少年相手の主人だが、慎重丁寧そして大胆に動き心身を手に入れようとする――そこまでは普段と何ら変わりない。ただこれに加え、時折ひどくちぐはぐな行動と言動をとることがある。その一つがこの偶然を装った待ち伏せで、初めてもう二月以上経過しているが依然「やめ」の命令は来そうにない。ヘリからの登場や往来での連れ去りよりかはずっと準備が楽なのでこちらとしては有り難いが主人からすればどうなのだろう。手応えは端から見た様子では無さそうに思えるが。
     主人の肩がぴくりと震えた。こちらの心の声が聞こえたわけではないらしい。ただの鳴る板だった床が足の動き方で盛大なステージに変わる。
     目線に合わせドアを開き、飛び出す主人にいってらっしゃいませと頭を下げ、はたと違和感を覚えた。
     後部座席には残された器械と少しの荷物。そして――傘が。
    「!?」
     大量の雨水でぼやけたフロントガラスの向こう、早足で遠ざかっていく主人はやはり傘をさしていない。雨もあいまってすぐに消えてしまったが確かに背中が濡れていた。
     何か考えがあってのことだと解ってはいる、しかしこれは。
     急ぎ傘を持ち後を追う。どれだけ遠くを捉えていたのか。なかなか追い付けない主人達に焦り走れば、ようやく見つけることができた。良かったと胸を撫で下ろせたのも束の間、気付いた瞬間脇道に必死で逃げ込んだ。来るべきではなかった。
     塀越しに再度確認した二人は十メートルほど先から近づいてくる。こちらを認識している様子はない。先程自分に主人の姿が視認できなくなったように向こうも気づかなかったらしい。そうであれ。
     少年は相変わらず無表情で横に並ぶ主人もただ微笑んでいるだけだが――自分には解る、あれは大層機嫌の良い時にしか見せない笑みだ。左手なんかが解りやすい。わずかだがゆらゆらと喜びに揺れている。変わって右側は大人しいのは、少年への気遣いだろう。主人の右手が持つ少年の傘が揺れれば間違いなく両者の肩に水が落ちる。いくら二人が身を寄せているとはいえとても間に合っていない、成人男性の平均身長を上回る体格二つは小さな傘ひとつに収めるのはあまりにも。
     そう、傘が小さい。折り畳みだろうが明らかに小さすぎる。おそらく小柄な女性用、少年一人でも厳しかろうそれに主人まで入るとなれば必然二人の距離は殆ど無いに等しかった、もっとも主人の狙いはそれだったのだろうが。
     濡れてはいないかと心配しつつこれは有りらしい。二人で濡れるなら良い判定なのだろうか。解らないが――しかし。
    「ほら濡れてしまうよ。もっと寄って、もっと」
    「歩きづらくない?」
    「僕はいいから、ね」
     楽しそうなので良し。最近は特に代わり映えも発展もない単調な予定が多く参っていた主人だが、これでしばらく潤いのない日々を耐え凌げるだろう。それに自分も、もう少年に宛てる予定だった世界中の情熱的なバラードを繋ぎ合わせたかのような愛の歌を聞かされることもない。ああ良かった――。
    「……」
    「何見て……あ、スネーク」
     うっかり主人と目が合ってしまったうえ少年にも気づかれたようだ。まずい予感がする、主に帰宅後など。
    「こんにちは」
    「……こんにちは」
     声をかけられた以上返さないわけにも行かない。せめて"それ"にだけは気づいてくれるなと願ったが、
    「その傘……」
     流石の少年でも見逃せなかったらしい。
    「ああ。今差す」
     即座に広げたのも良くなかった。バサリと主張する傘に少年が目を開く。「大きい」今後の展開が完全に読めてしまい殴られたかのように頭が痛んだ。
     頼む、言わないでくれ。
    「そっちの方が大きいから……」
    「いや、悪いがそれはできない」
    「……どうして?」
     食い気味の否定には当然の疑問。何も考えていないだろう瞳からは逃げられずうまい言い訳なども考え付きそうにない。無言で突っ立つこちらへ自分が何かしたと誤解したらしく少年の表情に困惑が目立ち始めた、違うとも言えず汗をかく。毎秒加速する焦りについ主人を見ると、あからさまに溜め息を吐かれたがその手が少年の肩に。
    「ランガくん。少しいいかな」
     数分経ち二人は戻ってきたが、どうしたことだろう。少年が涙ぐんでいた。ちらりとこちらに目を向けては肩を震わせる。一体何を聞かされたのか。
    「スネークごめん……傘は一人で使って……大丈夫だから……」
    「あ、ああ」
     小さな傘へとふらふら戻って行った背の雨粒を払いつつ、主人はこちらに向けわずかに唇のみを動かした。何かしらの叱責だろうそれに見合う厳しい表情は、しかし瞬時に溶ける。力の抜けた少年がおそらく無意識に、主人へと身を預けたのだ。すかさず回された肩の手にも反応せず「行こっか……」か細く鳴く少年とこちらを交互に見た主人はもう一度唇を動かした。目だけで感謝を返す。変わらず言葉自体は解らないがおそらく何かしらの、今度は褒め言葉だろう。
     雨の中歩きだす二人の背は、偶然が作った産物であると知っていてもなお仲睦まじそうに見える。
     ほっと一息つい――てはいけない。全力で走り出す。
    「?」
    「……慌ただしい奴」
     横を抜けたことは申し訳ないが、自分は彼らより先に目的地へ、施錠された車へと辿り着かなければならなかった。エスコートを邪魔するようなことがあれば今度の今度こそ叱責は免れない。
     見てくれはともかく主人のため息をきらし奔走できることを素直に喜びと感じる。
     結局のところ、彼がただ望むもののみに囲まれている――車内だろうが傘の中だろうが、自分の理想はそれなのだ。残念ながらこの手は殺風景な部屋しか生み出せないが心配はない、望むものがあれば主人は必ずそれを手に入れるだろうから。ならば自分がすべきは、掃除のみ。戻ったらまず片付けからだ。余計な物を無くし出来得る限りきれいな、主人と彼の大事な物の為の特等席を作らなくては。
     清潔な部屋は運を招くと言う、是非招いてほしい――更なる偶然を。
     重なった偶然が必然となる。偶然だらけの今日に、そして二人の関係性の発展に、少しだけ期待してしまうのは悪いことではないはずだ。
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