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    20211129 いいにくのひ③ 贅の肉
    幸せになったあとの人達

    ##明るい
    ##全年齢

    心はとうに贅沢暮らし 背後から音もなく腹へ巻き付いた腕がそのまま軽く力を込めてくるのを愛之介はただ放置していた。
     出会った当初であれば両手をあげて喜んでいただろうスキンシップだが日常となった今ではそうされたところで心がやわく温まるだけだ。加えて愛之介はランガのこの行動の意図をひょんなことから知ってしまっている。何も考えず嬉しがることなど出来ない。
     ぎゅうぎゅう締め付けていた腕の力が緩むと、今度はランガの手がそろそろと愛之介の腹部を服の上から擦りだした。臍周りから脇腹までをくまなく這いまわった末に立てた指で数度つついてようやく手は離れ、代わって愛之介の背中に溜息が掛かる。思わず愛之介は眉を寄せた。相も変わらず失礼なリアクションだ。しかし咎める気にもならず愛之介はただランガの溜息を背で受け止める。
     初めてランガに同じようにされその後とある提案をされた時愛之介は心底驚きそして愉悦を覚えた。共に生きるようになってもそれから何年経とうともうっすらとしか見えてこなかったランガの愛が実に分かりやすい形で愛之介へ示されたのだ。当然受け入れるべきだったがしかし、残念ながらランガの提案内容と愛之介の美意識は全くもって相いれなかった。
     溜息の合間、愛之介へ聞かせる気もないだろう声量でランガがこぼす。
    「増えない……」
     増えてたまるかと言いかけた口を強引に噤み愛之介は目を閉じた。若い頃ならいざしらず、今の代謝の落ちた愛之介の身体に一たび贅肉が付いたなら落とすには一体どれだけの苦労が必要になるのやら。周囲からレッテルを貼られるのも苦痛だが何より愛之介自身が自己管理の出来ない己というものに耐えられない。提案したのが他ならないランガだとしても聞き入れる気にはなれなかった。
     一方で愛之介の心はひどく揺らいでいる。十年あまり過ごしたなかでランガが愛之介の容姿に何かしら言ってきたことなど一度たりとも無かった。なので愛之介は、恋人は他人の見目に興味が無く当然自分にも、更に言えば恋人の好む自分の姿なども存在しないものと認識していた。
     だからこそ好きな服を纏い気楽に居られた訳だが、己がどうあろうと気にしないランガへどこか寂しさを覚えていたのもまた事実だ。
     来る筈の無かった願いを叶えたいと思う気持ちは決して嘘ではない。方法さえ違ったなら今すぐにでも。そう、方法さえ違ったなら。
     言い訳がましい心中へ呆れつつ愛之介は背の体温を感じていた。
     これに触れられるなら、選ばれるなら何でもすると意気込んでいた頃が懐かしい。より愛されるか否かなど、まったく随分と贅沢な悩みを得るようになったものだ。
     自ら求めなくて良い程の幸福に浸っていた愛之介の背がふいに涼しくなる。
    「……よし」
     離れる瞬間一言ランガが呟いた。足早にキッチンへと向かう背中を慌てて愛之介は追う。その耳には先程触れたランガの声、以前突如大盛り料理を作り続けた時とよく似たやる気に満ちた不穏な響きがしっかりと残っていた。
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