秘密の痕跡　会うなり耳に手をあてるのでどうかしたかと尋ねれば手のひらでぐりぐり耳を押しながらランガは言った。
「なにか変」
「何かとは？」
「愛抱夢の声だけ大きく聞こえる」
　ふむ、と片耳に手をあて自身の声を聞いてみたが特別大きいとは思わなかった。周囲の連中も似たような様子。どうやらランガ一人だけが違和感を覚えているらしい。ただそうだとしてなんだ自分の勘違いかとすぐにはならないのがこの少年の長所であり短所である。
「……愛抱夢ってそんなに声大きかったっけ？」
「こんなものだと思うけど。基本的に皆へ聞かせるつもりで話しているから他のと話した後だと多少大きく聞こえるかもしれないね」
「そういうのじゃない気がする。愛抱夢の声はもっと小さくて、少しぼそっとしてた、ような……」
　首を傾げるランガの目に叩き落としたフォローは映っていないだろう。小さくぼそっと。そう声を形容されたのは初めてだ。他人のものと混ぜられているなら少々切ない。忘れる程会っていなかった訳でも無いじゃないか、数日前だって――。
「……ああ、分かった。ランガくん。君は何も勘違いしていない。ただこの話はここで終わりにしておこう」
　頬がゆるむのを押さえ込んで手を伸ばす。そして囁き声を残す耳からそっと手を離させた。