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    yowailobster

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    20220711 資料集黄色の初期で精神が乱れました
    一人称私の運命希求男ありがとう 最高が二人に好きな子も最高 この世は最高!!!

    ##明るい
    ##全年齢

    遭遇既知の生命体X スケート!それは最高のエンターテイメント!熱狂の中を縦横無尽に駆け巡るプレーヤー達に宿った可能性はまさしく無限!
    「待って、ランガくん」
    「待たない。もういやだ。愛抱夢なんて、愛抱夢なんて――」
     なので、そう!
    「どこか俺の居ないところに行けばいい――!」
     全然こういうことも現実になるのである!!!!
     

    「……ふ。流石スケート。そして流石――」
    「愛抱夢?」
     まさしく己の名を呼ぶ声に顔を向ける。
     天使が居た。
    「何してるの、そんなとこで」
     日射しをものともしない涼やかな顔で何を訊くかと思えば。彼だってあの叫びの後どこからともなく落ちてきた雷に打たれこの見慣れない通りへ移動したのだろうに。でなければこんなにも早く自分を見付けられる筈が無い。
    「何も。強いていうなら君を待っていた」
     植え込みから立ち上がり葉を払い落とす。この茂り具合からするに昼夜どころか季節まで変わっているようだ。
    「俺?」
    「ああ。君が迎えに来てくれるのをね、ランガくん……」
     これはどうしたことか。距離を詰めても天使の表情は変わらない。いつもならそろそろ後退を始められてもおかしくないのだが。もしやこれは反省の証。『ひどいことを言ってごめんなさい。許してくれる?』そんな副音声が聞こえないこともないこともないことも――。
     無防備な片手をとってみる。ぴくりと反応こそしたものの拒絶は無し。握る。無し。更に深く。両手。
    「……?」
     実に自然体のまばたきである。ああ、まさかついにこの日が。
    「ランガくん……っ」
    「っわ」
    「ようやく素直になってくれたんだね。夢のようだ」
    「何のはなし、いっ!?」
    「もしや本当に夢……?いやだとしても構わない。今こそ永久に覚めない夢を君と見よう……!」
     力の限り抱き締めればくたりとランガは動かなくなった。同意とみて良いだろう。
     首もとへ顔を埋める。鼻腔に抜ける華やかな香り。
    「香水とは珍しい。悪くないよ。君に似合っている」
     好みならば今度本物を贈ろうか。そうだな。贈るなら赤だが持たせるなら白が良い。いつかただひとりの色に染まるための純白。それこそ彼に相応しく、またそうあってほしい在り方そのものだ。清らかな我が対。
    「うつくしい、私のイブ――」
    「…………ん?」
     なんだろうか、今の首をかしげるような声は。
     
     車窓から見かけたのは夜明け前別れたここに居る筈のない天使の姿だった。夜まで時間厳守の予定はなし、近くに人通りの少ない路地あり。ならばやることはひとつ。
     しきりに周囲を見回しながらふらふら進む後ろ姿、然り気無く車体を横につけさせたものの。
    「……む」
     天使はこちらの気配に気づいたようにサッと脇道へ逃げ込んでしまった。いつもなら車内に引きずり込まれてから「あ、こんにちは」と気づくところを。珍しい。
     仕方ないので迎えに行こう。仕方ない仕方ない。
    「ラ・ン・ガ・くーん……追いかけっこもいいけど僕は君と話がしたいなあ……」
    「……っ、……!」
     残念。そちらは行き止まりだ。彼も知っている筈なのにどうしてわざわざ向かうのか。それは当然。
    「僕に捕まりたいからだよね♡」
     いつの間に駆け引きなんか出来るようになっていたのだろう。ご褒美をあげなくてはいけないかもしれない。もしくは捕まえたらご褒美があるのかも。どちらだろうと心躍る。
    「さて、と……」
     そうする他なく行き止まりでこちらを待っていた彼。
     その目に微妙な違和感を覚えた。
     怯えた色は、悲しいが見慣れていない訳ではない。しかしそれはビーフなどで少々気分が乗りすぎた際の話であり少なくとも今のような軽い挨拶で真っ青な顔をされるのは大変心外だ。らしくない、とも思う。怯え、震えながらも懸命にこちらを見据える子供はやはり彼。我が天使に違いないのだが。
    「……ランガくん?」
     思わず疑問系になってしまった呼び掛けにはっとランガが目を開く。「やっぱり」と呟くと――ふむ。やや青ざめたままで警戒心も感じるが、表情はいっそうらしいそれに切り替わった。
    「俺をそう呼ぶあなたは、愛抱夢?」
    「おかしなことを訊くね。僕以外に僕が居るかい?」
    「……よかった。その言い方、絶対愛抱夢だ」
     若干納得し難い発言と共にランガはこちらへ歩み寄ってくる。やはりいまいち雰囲気がおかしい。おかしいが、しかし。
    「愛抱夢。頼みたいことがある」
     降参だ。いくら違和感があろうとこの瞳にノーを突きつけることなど自分には出来ない。
    「いいよ。条件付きでなら引き受けよう」
    「条件?」
    「なに。ちょっとした事だよ。抱き締めさせてくれる?」
    「…………わ、わかった」
     それに、これはなかなか新鮮で面白いし。
     
     何だかおかしいような、しくないような。
    「愛抱夢?」
    「ああ。私は君のアダムだよ、イブ」
     いつも通りに思えるけど全く人が変わっているような気もする変な愛抱夢は抱きしめてきてから一切腕の力を弛めてくれない。おかげでそろそろ背骨が限界だ。
    「愛抱夢、痛い」
     言えば「可哀想に」と手で背をさすられる。けど背骨に掛かる力は変わらないまま。
    「……痛いから腕を緩めてほしい」
    「すまないが出来ない。ランガくん、どうか痛みを恐れないで。それが愛。私達を繋ぐ、運命の……」
     なぜだろう。いつにもまして話が通じるようで通じない。最初から会話をするつもりがないような、一方的に話すのが当たり前になっているような感じ。会った頃を思い出す。
    「もう少しだけ喜びに浸らせてくれないか。そしたらすぐ君と帰る用意をはじめるから」
    「俺と……?」
     スネークはどうしたんだろう。そういえば車も見えない、と思ったら近付いてくるアレがそうか。
    「愛抱夢。車来てるよ」
     この感じだと、おそらく愛抱夢はしばらくこちらを放さない。今は誰も居ないけど一応ここは普通の道路だ。自分まで乗り込むとなるともっと人目につかないような場所へ移動してからの方が良いだろう。
     袖を引っ張り「行こう」囁くと糸が切れたように愛抱夢が笑うのをやめた。仮面の奥で暗い瞳がちかりと明滅する。
    「ランガくん」
    「?うん」
    「君は私のランガくん?」
    「うん?」
    「……成程。そういうことだったか」
     腕が緩んだかと思えば、少し楽になった背中を押されてずるずる裏道へ連れられていく。それでは車が一度Uターンしなければならなくなるけど、いいのかとは訊けなかった。
    「幸福な夢も覚めてしまえば寂しいものだね。現の君はこのように私へ身を委ねなどしない。そんな君を愛しているのだけど……それでも残念と思わずにはいられないな」
     言いながら愛抱夢は仮面を外した。ほんのりカーブした目元。目尻にうっすらかかる影。こんなのだったっけ。自信がない。
     ランガくん、と呼ぶ声は同じに思えた。
    「私のランガくんはどうして私をすべて受け入れられないのだろう。きっとそれがもっとも美しいかたちなのに」
    「さあ。難しい話はわからない」
    「難しいかな」
    「あなたの言葉は大体ちょっと難しいかも」
     言った途端にしゅん、と落ち込まれてしまった。慌てて言葉を足す。
    「よかったら教えてほしい。わかりたいとは思ってるから」
    「わかるよう話せば聞いてくれる?」
     頷くと愛抱夢はぱあっと笑って微笑んだ。気のせいだろうか。いつもより表情が明快だ。
    「君がそう言うなら頑張ってみるよ」
    「うん。頑張って。応援する」
    「ありがとう。それじゃあ遠慮なく」
     気付けば首筋を通り耳たぶに愛抱夢の指先が触れていた。ずい、と寄せられる顔につい息を飲む。こうして見ると微笑んでいるわりに瞳に光が足りていないような。
    「『君』で試していいんだろう?」
     結局愛抱夢かどうかわからなかったな。後で訊けたら訊こう。
    「……こら君、そこで諦めるんじゃない」
    「えっ」
     背後から聞こえたのは前から聞こえていたのと全く同じ声。
     続けてもうひとつ声が、これは誰だ。聞き覚えがあるような無いような。
    「愛抱夢!」
    「……ランガくん」
     誰かが走ってくる。背が押さえられているから振り返って確認できない。
    「来てくれたのか、私のために」
    「……まあ」
    「私が心配でたまらなかったと」
    「違う。あなたは俺が居なくても戻ってこられる。でも原因は俺だから迎えに来た」
    「何であろうと嬉しいよ」
    「……なら、いいけど」
     練習の一環で撮影した映像を見たときも思っていたけど、自分の声って他から出ていると変な感じだ。
    「帰ろう。愛抱夢」
     声に合わせて愛抱夢が歩きだす。
     がっしりこちらを抱えたまま。
    「……愛抱夢」
    「そうそう。聞いておくれランガくん。途中でもう一人ランガくんを見付けたんだ。良い子だよ、君と同じくらい」
    「良かったね。でもわかってると思うけど連れて行けないから。手を離してそこ置いて」
    「何故?折角出会えたのに……彼を連れていけないなら君が居ない間私は心の空白を何で埋めればいいんだい……?」
    「俺以外で埋めればいい」
    「君を知り生まれた空白だ。君以外では埋まらない」
    「……やっぱりこうなった。悪いけど愛抱夢、よろしく」
     自分そのままの声に「構わないよ」応えたのはさっき一回だけ聞いた声だった。
    「ランガくん?どうしてそちらの私の元に?……ああなるほど、いいとも」
     背から腕が離れ、くるりと体が反転したかと思うと無理矢理に進ませられる。
    「どうぞ」
    「どうも」
     二つ声が響くなか、すれ違った人は鏡を見ているかのようだった。けど目の前で自分を待っている彼と、先程まで一緒に居た人は。
    「……お帰り。大丈夫かい、ランガくん……ランガくん……?……君達、僕の彼の様子がどうもおかしいんだが」
    「えっ、あ、愛抱夢!?」
    「何かなランガくん。私はここに居るよ。君のそばでいつも君を想っている」
    「あー……ちょっと待って今聞き出す」
    「急いで。彼に何かあったら君達と言えど……ん?ランガくん?今何か僕に言いかけた?」
    「……ぜ」
    「ぜ?」
    「全然違う……!!」
     
     よくわからないことを言ってくったりしてしまったあちらの自分を車に乗せたあちらの愛抱夢はついでに自分達も狭い車内に詰め込んだ。「居なくなるまで見張らせてもらう」だそうだ。信用されてないのは残念だけど帰る支度が整うまでどこかで時間を潰したかったので場所の提供は普通にたすかる。しかも一戸建ての丸ごと一部屋。広々しているしベッドもあるし。これはいいと思い切りくつろいでいると扉が鳴った。先程ふらっと出て行った愛抱夢が戻ってきたのだろうか。
    「……入ってもいいかい」
     惜しい。愛抱夢違いだ。
    「いいよ。こっちのがごめん」
     言えばぴたりと貼りついた笑顔がほんの僅か歪んだ。思わず素直な気持ちが口から飛び出す。
    「わかりやすいな、あなた」
    「君の僕よりも?」
     言い方は気になるけど、まあそういうことになるだろう。
    「顔も言葉もあの人に比べたらすごくわかりやすい。今みたいな意地悪とかあの人は絶対言わないし」
     ストレスが溜まりすぎると通話越しにはらはら泣き出したりはするけど基本すこぶる穏やかだ。負の感情を出すなら哀一択。この人はどちらかというと怒っぽいな。勘だ。
    「まあ愛抱夢だってそっちの俺にはそんなこと言わないだろうけど」
    「その理屈だと向こうに残してきた彼が心配なんだが」
    「話してるの?」
    「いや。眠っている。僕といえば、彼の横に座ってひたすら寝顔を見つめていた」
    「それなら大丈夫だと思う」
     おとなしく寝ているところを近くで見られるのが嬉しいのだろう。自分は気配で起きてしまうから。
     しかしそう言ったところでこの愛抱夢が疑わしげに首を傾げるのもわかる。持ち帰りかけたのはまずかった。愛抱夢謝らないし。ここに来てから何度か促してみたけど駄目そうだった。微笑みながらの「返したのに?」も「謝ったらくれるかな?」もこの愛抱夢には絶対聞かせられない。
    「もしものときはどうにかするから安心して。愛抱夢は俺のこと好きだから頑張って話せば聞いてくれる」
    「ずいぶん愛されている自覚があるようだ」
    「俺達はそういうものってだけだよ」
     うまく笑えただろうか。軽口に軽口で返しているだけ、そんな重くない調子で話せていたらいいんだけど。
    「そっちと違って俺達には記憶とか過程とかぼんやりとしか無くて、はっきりしてるのは愛抱夢が俺をどう思ってるのかくらい」
     背景も始まりもなく、「いる」と気付いたころには終わりの予定地も消え去っていた。
     生まれた彼は既にこちらのことを知っていた。
     わたしのイブ。
     彼を知らないこちらからすると理解しがたい呼び名を幸せみたいな顔をして口に出すからぞっとするのと同じくらいとても苦しくなった。不自由さにあてられたのだと思う。
     自分なんて比ではない。
     あの人にはそれくらいしかなかったのだ。
     己を己で居させてくれるものに愛抱夢は執心している。何一つ根拠なんてなくて、そのうえ幸福な未来も確約されていない、まやかしの想いに。
     気付けば膝をたてていた。ぎゅっと抱えて顔をうずめる。
    「愛抱夢がこっちに来たのは俺が言ったからなんだ」
     共感と一応同情してしまったから悪寒に悩まされつつ長いこと付き合っていたのだけど、とうとうたえられなくなってつい言ってしまった。願ってしまった。自分の居ない世界、別の自分の居る世界へ行ってくれ。そしてどうかそちらで想いを叶えてくれと。
     別の自分が居るなら別の愛抱夢も居るというところまで考えが至らないくらい視界が狭まっていたことは大分反省している。けれどそれほどに魅力的だったのだ。あんな不毛な気持ちをあの人が抱かなくてよくなる世界。そんな楽で、すごく優しい想像は。
    「見てみたかったな、愛抱夢が幸せにしてる姿」
    「……君を見ていると向こうの僕も大概幸せ者に思えるけどね」
    「今何か言った?」
    「いいや、何も。君達はどこまでもそうなんだなと思っただけだよ。ただ、」
     ひとつ愛抱夢はため息をついて、
    「君は彼より夢見がちらしい」
     想定外の言葉に戸惑うこちらへずいと顔を近づけた。逃げようとしてから今の一瞬で逃げられないようにされていたことに気付く。
     なすすべなく顔にかけられる吐息。つい背を震わすこちらを愛抱夢が軽く笑う。
    「意地が悪いと思うかい?」
    「っ、思う」
    「だろうね。ちなみに僕は僕のランガくんにも同じようにしている」
    「……え」
    「そして彼はいまいち僕の愛をまだ理解しきれていないので『他の人にはやらないほうが』と優しく諭してくる。儘ならないね」
     信じられない。これをされてそんなふうに言えるのも、言われているのに変わらないのも。だってこの世界なら二人は。
    「わかるだろう。ランガくん。君が思うような全てがうまく運ぶ世界なんて何処にも無いんだよ」
     つつかれた鼻がじわりと熱くなっていく。
    「だからそんなに囚われないで。僕は不自由に見えるだろうけど、実際不自由なのかもしれないけど、だからこそ自由な君に心惹かれてやまないのさ」
     力を抜くようにほんのり幼い笑みを浮かべた愛抱夢の背後。いつの間にか扉が開いていた。
    「彼をいじめている?」
    「まさか」
    「そう。ならいい。ランガくん。そろそろ帰れそうだ。開けた場所へ行きたい」
    「案内させよう」
    「礼を言う」
    「俺からも言わせて。色々ありがとう、愛抱夢」
    「お礼なんていいからさっさと行ってくれ。彼が起きる前に厄介ごとは片付けておきたいんだ。ほら帰った帰った」
    「ランガくんも?」
    「当たり前だろう。僕のランガくんは一人だよ。スペアは要らない」
     ふうん、とつぶやいた愛抱夢は別れの挨拶もろくにせず挙動不審気味のスネークについていった。追う前に振り返り、「愛抱夢」こっそりささやく。
    「他は本当。最後のだけ嘘だ」
     こっちの自分、相手がわかりやすくていいなあ。
     
     落とされたのは人気のない山奥だった。ここなら何を起こしても誰に見られることもないだろう。
    「ランガくん」
    「なに」
    「君が好きだよ」
     知っている。はじめからずっと、そのように望まれたこの人は変わらない。
    「……そうではなくてね」
    「愛抱夢?」
     近付く指先に少しずつ冷えていく全身と逃げたいと叫ぶ心全部。どちらにも謝り倒して、抑え込んで、そのときを待った。
     腕に抱かれるもう一人の自分を見たせいだ。
     その手にくるまれる感覚を知りたくなってしまった。
    「君に会ったとき。もう私の生涯にこれ以上嬉しいことは起きないだろうと悟った。この為だけに生きてきた、君と出会ったことで今までの全てが報われたと思ったんだよ。おかしいね。今までもこれからも私には無かったのに」
     視界の真ん中から少しずれたところにおさめた横顔がくすりと笑う。
    「それすらも決められていたことだと君は言うかもしれない。けれどランガくん。君に会えた運命こそ“私”であると誰に決められること無く信じた私を、抱いた気持ちに恋と名付けたこの私を私は信じたい。……駄目だろうか」
     そんな顔で、そんな声で、こんなに温かい手を繋がせたうえで訊かないでほしい。
    「いいんじゃない。あなたの好きにすれば……」
     きゅっと細くなった目から顔を逸らしても逃げきれなかった。避ける暇もなく抱きしめられて。
    「ありがとう。君ならそう言ってくれると思っていた」
     相変わらず不快感がすごいし今はこんなことしてる場合じゃない。わかってる。けど、いつもみたいに跳ね除けられない。
     変われないのに。終わっているのに。自分は何をしているのだろう。
    「そろそろかな。準備を」
    「わかった。……あのさ愛抱夢、さっきは」
    「いいよ。けど次からは思い詰める前に言葉にして欲しい。私は君をわかりたいと思っているし君にわかってほしいと思っている。それを覚えておいて」
    「……うん」
     元の世界に戻るのが少しだけ怖い。また同じようにすごせるだろうか。すごせないとして、どうしよう、もしこの人を――。
    「ところでランガくん。和装と洋装だと君はどちらが好み?」
    「……このみ?」
    「私は君が望むならどちらでも……と言いたいところだが、さっき君には白が似合うと思ったんだ。だから洋装を選んでくれると嬉しいな」
     特にこだわりもないのでじゃあ洋装でと答えれば愛抱夢は満面の笑みで頷き、流れるようにこちらを抱えた。地面につかない両足から得体のしれない寒気がのぼる。
    「愛抱夢、待って、おろして……せめて説明して!」
    「私に聞いたのだけど、こういうときは式を開くべきだそうだ。失敗に終わっても結果として仲は深まるのだとか。物は試しと言う。ひとまずやってみよう」
    「何の話?って、うわっ」
    「帰還地点をどこにするかの話さ。それ……!」
     戻り始める世界、アラートと風切り音が混じり鳴り響くなか「そうだ」と楽しげな声が聞こえた。
    「これもまた運命だ。彼らにも見届けてもらおう」
     どんな顔をされるか考えるとお願いだから不可能であって欲しい。しかし愛抱夢は今現在スケートボードに乗っており、機嫌が良いからか一人荷物を抱えているにも関わらずその滑りは絶好調で、こういう時彼はかなり有言実行の人であって。
     そしてあの二人にはたいへん申し訳ない話なのだけど。スケートの可能性は――無限なのだ。
    「後日呼びたてるのは迷惑だろうしね、今呼んでこのまま連れて行けば……うん。良いだろう。それじゃあ――」
     騒がしくなる予感に目を閉じる。
     愛抱夢が願い終わるまであと数秒。現実はすぐそこだ。
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