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    20220804 とりあえず外堀は埋めておく男
    勝手にする練習と再確認

    ##微妙
    ##全年齢

    運命公認楽園行き 飛ぶときがサイコーなら地面に落ちるときだってサイコーだ。
     清々しい気分でボードを掴む。走って向かうのは出入り口近く。いつコースから戻ってきてたのか、滑っている間も何度か目の合った相棒には放課後散々練習に付き合ってもらった。できたぞとありがとなくらい言っておきたい。
    「おーい、ランガー」
     ここらへんに居た筈なのに全然見当たらない。どこ行ったと辺りを見回していると背中側から唐突に名前を呼ばれた。それはもう小さな声だった。聞きなれていなければ絶対拾えなかったと思う。
    「おっ居た居た、ってお前何でそんなところ」
    「しー、しーっ、静かに……」
     ランガの姿は想定より少し外れたところ。今日は一応開催予定無しのビーフコース、その人気のない入り口にあった。機材のそばに座り込んでこっちに来てと手を動かしている。
    「気づかれるから」
    「……あー……うん……」
     ひそひそ言ってくる様子からしてここにいることを知られたくないらしい。だからもう気づかれてるっぽいぞとは教えないけど、感じないもんなのかな。視線とか。自分に近付こうとして止められてるやつがちらほらいるのとか。まあ本人には気付けないものもあるのかもしれない。ましてこのぼんやり具合じゃあ。
    「それで?どうしたんだランガ」
     聞くなりランガは目を大きく開いて、それからこくこくと首を素早く縦に振った。
    「もっと呼んで」
    「呼ぶって……名前を?」
    「うん」
    「なんで?」
    「いいからお願い。でないと俺」
     苦いものでも食べてるみたいな顔で「忘れそう」とうめく。忘れるって。まさか。聞くか迷った瞬間どたばた足音が聞こえてランガの顔が一層曇った。「きた」の“た”が近付いてきた知らない奴らの呼び掛けに押し流される。続けてやってきた連中にランガと一緒に集られながらこれか、と把握して顔をしかめた。
     うるさい声が口々呼ぶのはランガであってランガではない名前。もっと言うならランガ本人は一度も自称してないしそのつもりもない、ただ今のSではそれはランガを指すという複雑なような単に愛情押し付けられてひたすらランガが迷惑被ってるだけのような、ともかく厄介な代物だ。そんなものにイブイブと一気に襲いかかられてランガは早くもぼーっと遠くを見はじめている。そういえばさっき離れていた時も誰かに囲まれてたっけ。こいつらだったのか。逃げてたのもわかる、忘れるまではいかなくともこれは結構キツイ。一方的に何か要求されるのも認めたわけじゃない名前で呼ばれるのもだし、あとこれはランガは思ってないかもしれないけど、こいつらが誰のファンで誰の姿見たさに特に応援してもいないランガへ無茶なこと言ってるのか考えるとものすごく気分が悪い。
    「アイツなんでこんな時ばっか居ないんだよ」
    「アイツ……?ああ、愛抱夢」
     偶然だと思い直すまで、呼ばれたから現れたのだと本気で信じていた。それくらいのタイミングの良さで空を落ちステージに立った男が空気を読んだらしいファンの開けた道を進み悠々やってくる。
     あ、と小さく声をあげたランガの背後には誰かの手。
     急に押された体が数歩前。愛抱夢の方へ。
     わあっと爆発する歓声の中心でそいつらに応える一人と流されるままの一人。悪い意味で力の抜ける光景を掻き分けて応えている方を呼んだ。仮面を越えて刺さってくる冷たい視線は無視。気にしてたらきりがない。
    「こいつら全員お前のファンな。迷惑行為やめろってちゃんと言っとけ。お前の言葉なら聞くだろ」
     もう少し舌打ちの音がでかかったらたぶん血管切れてた。
    「んだよ、別に間違ったこと言ってないだろうが」
    「それはどうかな。僕は今自分のファンも管理出来ない奴のように言われた気がしたんだけど。その調子で僕の悪口ばかり言ってたから非難されたんじゃない?自業自得だよね」
    「全部ちがう。そもそも迷惑かけられたのは俺じゃなくてラ」
    「わかった。場合によっては今すぐにでも止めさせる。で、彼らは一体何を?」
     早すぎる手のひら返しにも何も感じない。こうなると思ってた。高いところ好きで煙と同じってよりか煙そのもの、とらえどころのない男の信用できる部分が二つ。ひとつ、したいことは必ずする。
    「言うけどあんま大事にするなよ。出禁とか。ランガが気づいたら責任感じるだろうから」
    「善処しよう。保証は出来ないが」
    「そこは出来てくれ」
     ふたつ。ランガのことはこいつなりに大切に思ってるらしい。
     だから今回も良い感じにまとまると思っていたんだけども。一通り説明を聞いた愛抱夢はなんと言った。言いやがった。真顔で。
     止めさせなくて良いのでは、と。
    「やり方はともかく皆が彼をそう呼ぶこと自体には何の問題もないよね。実際ランガくんは僕のイブなんだし」
    「ちが」
    「ランガくんは正真正銘僕の運命のイブなんだし」
     割り込み念押し野郎は横にランガをがっしり抱えたまま。ランガが馴染めない名前に困っている様子も絶対見えてる筈で、そのうえでそっちを選んでいるならやっぱりこいつのことは生まれ変わっても好きになれそうにない。
    「自覚が芽生えるならむしろ歓迎、というわけで君達。もっと彼を呼んであげて!」
    「あ、こら!」
     一人で止められる人数なんてたかがしれてた。たちまち始まったイブコールにランガの目の中でぐるぐると渦巻きが生まれる。
    「俺、俺は……」
    「良いよスノー、そのままそのまま!身も心も僕のイブになろう!」
    「俺が……愛抱夢の、イブ……?」
    「待て待て待て!落ち着けランガ!愛抱夢お前もこんなやり方でランガを手に入れて素直に喜べるのか?」
    「喜べる」
     即答に言葉を失えば、やれやれとばかりに愛抱夢が頭を振った。
    「君みたいなお子様にはわからないだろうけど結ばれるきっかけ自体に大した意味は無いんだよ。その後愛を失わないこと、彼の気持ちを僕へ向けさせ続けることの方が余程重要だ。きっかけはあくまできっかけ。変にこだわっていないでチャンスは掴まないと。少しは理解できたかな?」
    「まあ一応……って、だとしてもこれをチャンス扱いするのはおかしいだろ」
    「……ふん、流石に流されないか……ねえスノー。どうすればいいと思う?君のお友達が僕らの愛を認めようとしないんだ」
    「さりげなくお前の愛にそいつを巻き込むな!」
     棒立ちのランガをひとしきりぐりぐりすると「そうだ」と愛抱夢はわざとらしく溌剌と声をあげた。
    「ビーフで決めよう。スノーと僕、勝った方が選ぶ権利を得る」
    「ああ!?そもそもランガの名前なんだから権利ならランガに」
    「皆も僕らにそうして欲しいよね!」
     反論が歓声と雑多な声にかき消されて、コールが止んで意識が戻ったらしいランガがはっと顔を起こす。
    「……あれ……俺……」
     大声で呼びかけるために息を吸ったそのとき、愛抱夢がランガの体を掴み二人の距離をぐっと詰めた。ランガの耳元に寄せた顔が浮かべる笑みは自分の勝ちを確信したそれで。
    「ランガくん」
    「愛抱夢?これどういう」
    「今から僕とビーフする?」
     声になる筈だったものが口から力なく漏れていく。笑う男と向き合う横顔にぼんやりの欠片もないのを見て改めてもう止められないことを悟った。
    「する」
     諦めるしかない。愛抱夢がそういう奴なようにランガもまたあっち側だ。それがどんな思惑からなり立っていて、どういう結果を生むとしても。したいと思ったことはする。必ず。
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