鹿介と月見バーガー(秀吉と鹿介) もう、今年もそんな季節が来たんだな……
大学の講義終わりの事。
帰宅中ではあったものの小腹が空いたのを満たそうかと、駅前通りまで来た秀吉が思わず足を止めて見上げたのは、ビルに併設された巨大ディスプレイに映ったとある広告だった。
【月見バーガー、今年の新作はこちら!!】
という見出しで映し出された広告は、エビパティのバーガーや、タワーチーズバーガー等の変わり種な商品をたまに販売している、個性的なハンバーガーチェーン店の広告だった。
(もう一年経つのか…)
その広告をきっかけに、秀吉の頭の中をある思い出が駆け巡る。
ちょうど一年前、あいつとおいらは……
「ひーでよし!」
「うひゃあ!?」
思い出に浸ろうとしていた秀吉を覚醒させたのは、大学に入ってからの親友、竹中半兵衛であった。
一方、肩を叩いて普通に声をかけたつもりだった半兵衛は、秀吉の驚き様にびっくりして、それから笑った。
「ふふっ、どうしたの秀吉。やけに物思いにふけってたみたいだけど」
「え、あぁ、ちょっとさ…」
秀吉はまた看板の方を見上げ、また頭の中の記憶を掘り返す。
それは去年の今頃の事であった。
高校三年の秋、やれ進学か就職かと切磋琢磨する者、右往左往する者と学生達がとにかく慌ただしさをより一層増してくる季節である。
「あー、腹減ったー。なぁ秀吉、どっか寄ってかね?」
「ん、おいらもちょうど腹減ってたからどっか寄りたい気分だった。どこ行く?」
まったりと帰宅中だった鹿介と秀吉の二人は、本能に逆らうこと無く寄り道を決断する。
今日はどこにしようかと店探しをしてる中、鹿介はとある店に目を付けた。
「秀吉、ここにしようぜ」
鹿介が見付けた店は、某ハンバーガーチェーン店で、店先ののぼりや看板には、月見バーガー販売中とある。
「よっしゃ!じゃ、そこにしようぜ」
二人の意見は即合致し、早速その店に入る。
「やっぱり月見バーガーだよな!」
と、秀吉はエビ、リブ、ビーフの三種類の月見バーガーのうち、王道とも言えるビーフの月見バーガーのセットを注文する。
一方の鹿介が注文したのは、リブの月見バーガーのセットであった。
「長っ!?丸くねぇから月見じゃねーじゃん」
「玉子入ってるから長くても月見だよ。てか俺は秀吉はエビにいくと思ってた」
と、二人はお互いに注文した商品の話を広げながら席に着いて食べ始める。
「そういやさ」
「ん?なに?」
「鹿介、あの大学受けるってマジなのか?偏差値足りねぇって先生に言われてたろ?」
「ああそれな。受けるよ、ちょいしんどいかもだけど頑張るつもり」
二人もやはり話題の中心はお互いの進学についてであり、秀吉は鹿介の進路について心配していた。
「おいらももうちょい頭良かったらなー。でも、おいらの受けたい学科無いし…鹿介の受けたい学科ならおいらの大学にもあるし、やっぱり一緒に受けねぇ?」
「なんだ、もしかして離れるの寂しいってやつ?まぁ悪くねぇけど、どうせ行くなら上目指したいってやつでさ。そういう秀吉こそ今からでも遅くないから上目指せよ」
「いや、だから鹿介の所はおいらの受けたいやつ無いんだって」
秀吉からしてみれば、同じ大学を受けると思ってた鹿介が進路を変えてる事に、少し不満があるようで、駄々とは分かっていてもゴネてしまう。
一方、鹿介の方も親友で付き合いの長い秀吉が、自分と一緒にいたいという気持ちは十分に伝わっているものの、彼には目指したい夢がある。
秀吉とは偏差値や学科、大学の場所の事もあり、離れる事になると分かっていても、今生の別れではないし、やるならとことんまで上を目指したいのが鹿介の本音であるのだ。
「別に今生の別れって訳じゃねーんだから、そんな拗ねなくても良いだろ?秀吉」
「でもよー鹿介、おいらやっぱりあの大学は鹿介にはレベル高いと……もがっ!?」
秀吉の言葉が遮られたのは、鹿介が自分の食べてたリブバーカーをちぎって秀吉の口に放り込んだからである。
秀吉は仕方なく言葉を飲み込み、もぐもぐとバーガーを食べる事に集中する。
リブバーガーはパティがポークなので自分が食べてるビーフパティとは違い、同じくジューシーではあるもののビーフのようにガツンとくる訳ではなく、比較的優しいジューシーさである。
そこに普段の照り焼きソースでも相性はバッチリなのだが、今回の月見はソースが生姜醤油なのでこれまた新鮮な味わいである。
「………寂しいじゃんか」
もぐもぐとバーガーを食べ終えた秀吉がポツリと本音を漏らす。
「鹿介の言い分も分かるけど、おいらはやっぱり鹿介と離れたくねえよ。ガキの駄々だって事は十分分かっていても、おいらは鹿介と一緒に大学行きてぇんだよ」
正直な気持ちを打ち明ける秀吉。
でも、秀吉にはもうひとつ言いたいけど言えない本音があった。
秀吉には前世の記憶がある。
それも、戦国と呼ばれる時代、自分が後に天下統一を成し遂げ【豊臣秀吉】と名乗るその時代の記憶である。
だからこそ、秀吉は前世の鹿介との事も記憶として蘇らせていて、その彼の最期を知っている。
知っているからこそ、秀吉は密かに鹿介が行くと決めた大学の事を調べた。
そして知ってしまったのだ。
その大学には、前世の鹿介と縁が深い人物【毛利元就】が、鹿介の受けたい学科の教授である事を。
鹿介が前世の記憶を持っているかどうかはわからない。
秀吉は前世において鹿介を自分の元へ誘っても断られ、上月城の合戦において最終的に鹿介を助ける事が出来なかったことを覚えている。
最終的には元就と相打ちになって死んだ彼が、今生において無意識の内に元就への関心を持ち、近付こうとしているのではないかと。
秀吉は、不安になっていた。
別に、今生において鹿介が元就と命のやり取りをする訳でも無いのに、今の自分が鹿介と離れたら、また鹿介と会えなくなるのかもしれないと。
今、やっと彼と一緒に人生を楽しく過ごしているというのに、何だかそれに水を差されてしまった様な、複雑な感情が秀吉の中で渦巻いていたのだ。
「秀吉」
名を呼ばれて、秀吉は我に返り鹿介の方を見た。
どうやら俯いてしまっていた自分を心配していた鹿介の表情は穏やかで、ゆっくりと自分に微笑みかけた。
「嬉しいよ。そういう風に言ってもらえてさ」
「鹿介…」
優しく言葉をかける鹿介を自分はどんな表情で見ているんだろうか?
せめて、これ以上の感情は出すまいと秀吉は自分の心の中で言い聞かせる。
「でもさ、秀吉は知ってるだろ?俺はこうだと決めたらテコでも曲げねえ、とことん突き詰めて行く奴だって事をさ。それに、何度も言うけど今生の別れってやつじゃねーんだぜ?なーんでそんな泣きそうなつらしてんのさ。あ、もしかして俺の事好きなのか?秀吉」
鹿介の最後の言葉に思わず秀吉は咳込んでしまう。
「ば、馬鹿言うなって!おいらが?鹿介を?ち、ちがうから!そんなんじゃねーから!」
「あはははっ!!秀吉動揺し過ぎー!マジかと勘違いしちまうぜそれじゃあ」
諭したいのか、からかいたいのか、今日は鹿介に振り回されてるなーと秀吉は思う。
鹿介の親友として、こんな毎日がずっと続けば良いなと秀吉が思っていても、鹿介が受ける大学は県外で、秀吉の受ける予定の大学とは距離が離れている。
だからずっとは続かないのだ、こうしてのんびり過ごすことは。
「じゃあさ、約束するよ。秀吉」
「え、何だよ急に…」
鹿介の言葉に秀吉が少し訝しげな表情を浮かべるも、なお彼の言葉は止まらない。
「これからもマメに連絡は取り合うってのは変わらないにせよ、例えば…そうだな。毎年さ必ず一緒に月見バーガー食べるってのはどうだ?」
「へっ!?いや、なんで月見バーガーな訳?」
「別に口実は何だって良いんだよ。まぁ離れてたとしても、毎年一回はお互いに会う機会を作ろうぜって事!どうよ?これなら秀吉も寂しいってならないだろ?」
「あ、まぁ…別にそれなら寂しいって事は言わねえと思う…」
「だろ?だから、秀吉には俺の事応援してて欲しいなって。頼むよ、秀吉」
鹿介の勢いにつられ、秀吉も何とか返答していたが、会話の中で彼の本気を垣間見た秀吉は自らを律し、ある意味覚悟を決めた。
「わーかった!わかったよ。おいらの負け!おいらも鹿介の事応援する!だから鹿介も自分が言ったこと忘れんなよ?約束な!」
「おう!ありがとな秀吉。さすが俺の親友!俺、頑張るから」
秀吉の言葉に鹿介も笑顔を浮かべ喜んだ。
「ま、そこに落ちたら次は秀吉と同じ所受けるつもりだけどな!」
「ばっ!お前なー」
鹿介は軽く冗談を言って秀吉を笑わせる。
その冗談が、出来れば本当に起きて欲しいなと、秀吉は心の中で密かにそう思った。
「素敵な思い出だったんだね、秀吉」
秀吉の思い出話を聞いていた半兵衛は、素直に感想を述べる。
「その後はどうなったの?」
と、半兵衛に問われ秀吉は思い出話を続けた。
「あの後さ、あいつ勉強の方に集中しちまって、あっさり偏差値伸ばしてさ。すんなり希望してた大学に合格しちまって。おいらはギリギリまで粘ってここの合格もぎ取ったってのに。まぁ、連絡は取ってるけど忙しくて中々こっち来れねえみたいでさ」
「そっか…確かにそれは少し寂しくなっちゃうよね」
「いやいや、そんな事ねえよ?大学入って半兵衛に出会えたってのは、おいらにとっては嬉しい事だし、今は楽しくやってるし…って、なんか色々話聞いてもらってありがとうな。半兵衛」
「いいよそんなの。僕だって聞きたかったことだし、むしろ話してくれてありがとう、秀吉」
秀吉は話を聞いてくれた半兵衛に礼を述べ、少し伸びをして、半兵衛の方へ振り返る。
「なあ、飯まだだったらおいらと一緒に食う?半兵衛」
「そうだね、ちょうど僕もお腹空いててさ。でももう少し待ってくれるかな?」
秀吉の誘いに少し待ったをかける半兵衛に秀吉は「どうした?」と聞くと
「ちょっと友人と待ち合わせしててさ、その人とも一緒にどうかなって……たぶん秀吉もびっくりするんじゃないかな」
「ん?別においらは構わないけど、おいらがびっくりするってどういう…」
と、秀吉が半兵衛の真意を聞こうとした時、懐かしい声が遠くから聞こえた。
「おーい!半兵衛ー!」
その声の方へ秀吉が振り返ると、そこには懐かしい友の姿があった。
「あ、あれ?……えええっ!」
「悪ぃ!少し電車遅れた、待ったか?」
「いや、大丈夫だよ。秀吉の昔話聞かせてもらってたし」
驚く秀吉を前に、半兵衛とその友人……鹿介が普通に会話をしている。
「鹿介…お前なー!昨日LINEした時忙しいって…」
「よぅ秀吉!久しぶりだな!全然変わってなくて安心した」
「おい、変わってないってどういう意味だよ!てか半兵衛。お前鹿介と友達だったのか!?」
「彼とは実は同じ塾生として知り合っててね。秀吉を驚かせようと思って少し…ね」
親友との再会の驚きを隠せない秀吉は、半兵衛の言葉の真意をここで知る事となり、そして同時に鹿介が確か塾に通っていた事を思い出した。
久しぶりの親友との再会。
鹿介が半兵衛と口裏を合わせてドッキリを仕掛けてた事は、後で詳しく聞くとしてもそれよりも秀吉は、鹿介が自分との約束を忘れていなかった事に素直に嬉しい気持ちでいっぱいだった。
「よぉし、募る話は後にして、どこに行くか決めるか!」
「そんなの、一つしかねえだろ?秀吉」
「そうだね、僕もそう思うよ」
秀吉が二人にどこに行くか聞くが、実はもう行く店は決めていて、二人もそれを理解しているから秀吉の判断を促した。
「だよな!じゃあ、月見バーガー食いに行くぞ!今日はおいらの奢りだ!ついてこい二人共!」
「よ!太っ腹ー!ゴチになりまーす!」
「ありがとう、秀吉。今日は君に甘えるね」
秀吉を先頭に、三人はその店へと歩き出す。
(今日はエビのやつにするか…)
勘だけど、たぶん自分がそれを選んだら綺麗に分かれるんだろうな…と、秀吉はそう思いつつ二人に何から話そうかと、親しき友とのこれからの事を思い浮かべた。