Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    ナンナル

    @nannru122

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 💜 💛 🌸
    POIPOI 146

    ナンナル

    ☆quiet follow

    ファンタジア。プロローグ
    🎈☆色強めのお話になります。

    ム幻のセカイでヨ想もできないギ曲をトモに。プロローグ※注意※

    類司要素強めのお話です。
    こちらはプロローグのまとめになります。
    続きは書くかもしれないし、書かないかもしれない。
    何でも大丈夫な方のみ、どうぞ。

    ーーー

    「こんな場所があったのか…」

    たまたま一人でセカイに来て、ぶらぶらと歩いているうちに、見慣れない場所に出た。花が沢山咲いた花壇の並ぶ、広場のようなところだ。噴水が向こうの方に見えて、どこか落ち着く空間だった。
    そんな広場の中を進んでいけば、花壇の側にキラキラと太陽の光を反射させるものを見つけた。

    「…鏡……?」

    大きな姿見が、何故か花壇の側に立てられている。花壇と色合いもよくあっているので、もしかして元々こういう設計なのだろうか。どこでも自分の身だしなみを確認できるというのは、素晴らしいな。
    うんうん、と一人頷いて、鏡の前に立つ。手入れがされているのか、とても綺麗だ。キラキラと輝く鏡にずいっと顔を近付けると、自分の顔が大きく映る。問題も全くない。
    鏡の前で、ニッ、と笑顔を作る。どんな時も常に笑顔が大事だ。この後カイト達と合流する予定になっているし、今のうちに身だしなみをよく確認しておこう。
    くるくる、と鏡の前で回って変なところがないかと確認をする。と、鏡が強く光った気がした。

    「……なんだ…?」

    不思議に思ってもう一度顔を近付けるも、何もおかしなところは無い。首を傾げて、もう一度鏡を確認しようとしたところで、後ろから声をかけられた。
    「司くーん」とオレを呼ぶ声に、顔を上げる。いつの間にか、時間が経っていたようだ。慌てて声のする方へ足を向ければ、来た道の先にカイトとミクの姿が見えた。

    (………また今度、見にきてみるか…)

    何となく気になったが、その日はそのままショーの練習をして家に帰った。
    充実した練習で、鏡の事はすっかり忘れて。

    ―――

    『ごめんね、司』
    『大丈夫だ! オレはお兄ちゃんだからな、一人でお留守番出来るぞ!』
    『本当にごめんね』

    慌ただしく着替えを用意して家を出ていく両親の背中を見送って、家の鍵を閉めた。シン、と静まり返った家の中は、いつもより広く感じる。

    『大丈夫。咲希の方が辛いのだからな! オレはお兄ちゃんなんだ』

    そう自分に言い聞かせるように大きな声で言ってから、リビングの方へ向かう。ソファーに座ってテレビをつけると、いつも楽しみにしていた番組がやっていた。それを前のめりになって観るだけで、時間はどんどん進んでいく。

    『大丈夫』

    もう一度そう呟いて、手近にあったクッションを抱き締めた。
    テレビの音が、だんだんと小さくなっていく気がする。電気は点いているのに、部屋の中が暗く感じて、クッションに顔を埋めた。

    『大丈夫』

    何度も何度も心の中でそう呟いて、自分に言い聞かせる。大丈夫。寂しくなんかない。一人は慣れてる。大丈夫。
    大丈夫。

    『……大丈夫』

    泣きそうな自分の声に、急に不安になってくる。
    大丈夫。そう言い聞かせているのに、全然大丈夫にならなくて、胸の奥がギュッと苦しくなる。
    出かけた『大丈夫』を飲み込んで、口をつぐんだ。シン、と静まり返った室内は、オレ以外に誰もいない。
    それならば、少しくらいは許されるだろうか。

    『…寂しい……』

    たった一言零した本音が、空気に溶けて消えていく。
    呆気ないその想いに、堰を切ったように次から次に言葉が零れた。

    『一人は、嫌だ…』

    お留守番は苦手だ。オレも一緒にいたい。一人で置いていかないで。

    『……今日は…オレが、…』

    たった一度でいいから、“今日だけは司が優先だ”と、選んで欲しい。オレを、見てほしい。そばに居てほしい。

    『…一番、になりたい……』

    誰に言うでもない、誰にも届かない、誰にも知られたくない、そんな本音。

    誰でもいい。

    誰でもいいから。

    オレが“一番”だと言って。

    ―――

    「……ん…、ゆ、め…?」

    ゆっくりと意識が浮上して、目を覚ます。
    なんだか、懐かしい夢を見た気がするが、なんのゆめだったか。
    んー、と首を傾げると、部屋の扉がノックされた。「お兄ちゃん」と呼ぶ咲希の声に、慌てて返事を返す。

    「学校遅れちゃうよー?」
    「む…? のわぁああっ?! もうこんな時間ではないかぁああ!!」
    「アタシ先に行くけど、お兄ちゃんも遅刻しないようにねー!」
    「あぁ!」

    咲希に行ってらっしゃいとだけ挨拶をし、慌ててベッドから跳ね起きた。パジャマを脱ぎ制服を着て部屋を飛び出し、洗面所へ駆け込む。

    そうして、慌ただしい一日が始まった。

    ―――

    「進路…?」
    「うん。司くんはもう決めたのかい?」
    「……いや、まだ…」

    決まっていない。
    高校三年生にもなれば、自然な質問だった。共にショーキャストをする、我がワンダーランズ×ショウタイムの演出家である類は、ノートを広げて「そうだよね」と呟く。その言葉に、視線が少し下へ下がった。
    オレと類は今年高校三年生になった。そろそろ一学期が終わり、夏休みを迎える。そうなれば、本格的に受験を考えねばマズイ。日々ショーの事で手一杯で、全然考えていなかったわけだが、この様子だと、類は考えていたのだろうか。
    開かれた類のノートには、演出の案が沢山書き込まれている。

    「練習で忙しいから、気付いたら卒業してしまっていそうだね」
    「…そうかもしれんな」
    「司くんは、どこか考えているところがあるかい?」
    「いや、…正直、全く進路のことを考えていなかったんだ」

    君らしいね、と笑う類に、言葉を飲み込む。
    本当に毎日が忙しかった。放課後は練習をして、休みの日に公演して、修行と称して色々な劇団に行かせてもらっているし、毎日充実している。オレとしては、この日常が当たり前になりつつあり、ずっと、このままでいたいとさえ思ってしまっている。

    (…スターになるために、もっと学んで、成長もしたい。その為にも、進路を考えるのはとても大事な事だ)

    分かってはいるが、残念ながら今はそこまで気持ちが向いていなかった。早めに決めてしまいたい気もするが、真剣に悩みたいとも思う。
    新しい台本を取り出して、ぱらぱらと捲る。類はペンを取りだして、ノートに書き込み始めた。それを ちら、と見て、自然と「類は…」と口から音がこぼれた。

    「ん?」
    「類は、…もう、決めたのか…?」
    「考え中だよ。これからもショーに関わりたいから、より多くのことを学べる所へ行きたいとは思うけれど、学びたいことが多くてね」
    「……そう、か…」

    類らしい答えだった。
    しっかりしているやつだ。きっとその内、『決まったよ』とあっさり報告するのだろうな。なんの前触れもなく、オレに相談もせず…。
    いつもの顔で笑う類を想像して、何故か胸の奥がざわりとした。それに首を傾げると、不思議そうにオレを見る類が、「司くん?」とオレの名を呼ぶ。

    「どうかしたのかい?」
    「…あぁ、いや。なんでもない」
    「そう…?」

    へらりと笑って見せて、台本へ視線を落とす。胸の奥のざわざわとした感覚が、消えない。それがなんだか落ち着かず、いくら読んでも文字が頭に入ってこない。
    全く集中出来ていない事に溜息を一つ吐いて、席を立った。

    「おや、どこかへ行くのかい?」
    「飲み物を買ってこようかと思ってな」
    「行ってらっしゃい」
    「あぁ」

    財布をポケットに入れ、手を振る類に手を振り返して教室を出た。
    今朝から、なんだか変な感じがする。覚えていないが、何かの夢を見て寝坊して、この胸の奥のもやもやが気になって落ち着かない。
    先程より増した胸のもやもやに、顔を顰める。なんなんだ、これは。

    「………落ち着かない…」

    ぐっ、と拳を握りしめて、立ち止まる。
    休み時間で、そこらから人の声がやたらと聞こえてくる。いつもなら気にならないその声が、今日はやけに大きく聞こえた。落ち着かない。耳を塞いでしまいたい衝動に駆られて、頭を手で押さえる。
    体調が悪いわけではない。熱は無いし、喉や体の痛みもない。ただ、落ち着かないのだ。

    「……」

    ふらふらと少し進んで、壁に寄り掛る。階段の踊り場で立ち止まっていては、変に思われるだろう。早く移動しなければならんのに、足が重い。
    はぁ、ともう一度溜息を吐けば、「司くん」と声がかけられた。ハッ、と顔を上げると、階段の上から類が降りてくる。

    「大丈夫かい?」
    「…あぁ、すまん、…すこし、気分が悪くてな…」
    「それなら、保健室で休むといいよ」
    「………そう、だな…」

    そこまででは無いのだが、ここまで集中出来ていないと類に更に心配をかけてしまうだろう。それは申し訳ない。それなら保健室で少し休ませてもらおう。放課後には練習もあるのだから。次の授業まで少し寝れば良くなるだろう。
    隣まで来てくれた類に手を借りて、残りの階段を降りる。たったそれだけで、ほんの少し気分が楽になった気がした。

    「司くんが体調を崩すなんて、珍しいね」
    「…体調管理には気を付けていたのだがな…」
    「今朝もいつもより来るのが遅かったよね。昨夜は眠れなかったのかい?」
    「いや、いつも通り寝たのだが……」

    問いかけられて、いつものように返事を返していたが、そこで言葉が一度途切れた。
    ぼんやりと頭の中に、幼い頃の自分が浮かんだ。アルバムの写真とか、鏡に映る自分ではなく、どこか泣きそうな顔をする子どもの自分が。

    「………夢を、見ていたような…」
    「夢…?」
    「……」

    そういえば、そんな様な夢だった気もしなくは無い。ハッキリとは思い出せないが、昔の自分の夢だったと思う。…多分。
    んー、と首を傾げて思い出そうとするも、全く思い出せん。楽しい夢ではなかったと思う。なんというか、もっと、忘れようとしていたもののような…。

    「司くん…?」
    「え…、あ、すまん、類…!」

    類に名前を呼ばれて、ハッと我に返る。あまりに集中して考え過ぎていたようだ。
    心配そうに顔を覗き込む類に慌てて謝れば、前髪を軽く避けて額に類の掌が当てられた。

    「大丈夫かい? 顔色が悪いようだけど…」
    「ぁ…いや、大丈夫だ……」
    「今日の練習は、やめておくかい…?」
    「それは嫌だっ!!」

    自分でも驚くほど大きな声が出たと思う。
    目を丸くさせてオレを見る類に、やってしまった、と咄嗟に思った。額に触れる類の手をそっと払って、無理やり笑顔を作る。「大丈夫だ」と、もう一度言えば、なんだか胸の奥が ずん、と重たくなった気がした。

    「少し休めば良くなるから、気にするな」
    「……そう…」
    「すまないが、授業のノートだけ取っておいてくれ」
    「うん、分かった」

    廊下の先の方に見えてきた保健室にホッとして、類から手を離す。もう大丈夫、と伝えれば、類は何かを言い淀んでから、「分かった」と言ってくれた。心配そうにオレを見る類にこれ以上心配をかけたくない。できるだけいつも通りを装って保健室に入った。扉を閉めて室内を確認するも、誰もいない。もしかしたら、どこかへ行っているのだろうか。

    「……ソファーでいいか…」

    熱もないのにベッドを借りるのは気が引けた。
    大きなソファーに座って、背もたれに寄りかかる。それだけでも随分と気持ちが楽だった。目を瞑って、ゆっくり息を吐く。
    この胸のざわざわとするような感覚は、なんなのだろうか。

    「…あぁ、台本を類の机に置き忘れてきたな」

    きっと預かっていてくれるだろう。後で御礼を言わねばならんな。
    ぼんやりとそんな事を考えながら、額に手で触れる。オレより少し冷たくて、一回りほど大きな手の感触を思い出す。不思議と、胸の奥が温かくなったように感じて、ホッと息を吐いた。
    もやもやが、ほんの少し薄れた気がする。

    「…………なんなんだ、これは…」

    痛みとも違う、嬉しいのとも、悔しいのとも違う。まるで、指先からゆっくりと冷たくなっていくようなそんな感覚が、落ち着かない。
    「大丈夫」と一言声に出して、頭の中に残る考えを振り払う。
    大丈夫。少し休めば、元に戻る。

    「……大丈夫…」

    空気に溶けて消えていく自分のその言葉に、胸の奥がまたざわりとした。

    ―――

    「…ん……」

    心地好い様なふわふわとした感覚に、そっと目を開ける。
    ぼんやりとした視界に、藤色の髪が映って「るい…?」と思いつく名前を呼んだ。今は何時だろうか。うとうととする意識は、中々覚醒しない。はっきりとは見えないが、目の前にいるのだろう類が、笑った気がした。

    「もう少し、眠っているといいよ」

    優しい声だった。いつもより、優しい類の声。それに何故だか安心してしまい、視界が暗くなっていく。
    頭を撫でられているのだろう。少し擽ったいが、悪くない。むしろ、心地良い。温かくて、落ち着く。
    このまま、こうしていたいと思う程。

    「…おやすみ、司くん」
    「ん…」
    「もう少ししたら、迎えに来るね」

    額に触れた柔らかい感触はなんだったのか。
    意識がまたゆっくりと遠のく感覚に身を委ねれば、砂糖菓子のような声音で類がオレの名を呼んだ気がした。

    「大好きだよ」

    ―――

    「…さ、くん」
    「………んぅ…」
    「司くん…、大丈夫かい…?」
    「……………る、い…?」

    体が揺すられて、そこで意識がゆっくりと浮上してきた。
    目の前で心配そうな顔をする類に、目を手で擦りながら「大丈夫だ」と返す。かなりすっきりしたようだ。胸の奥のざわざわとしたような感覚はもうない。そればかりか、どこか温かい感じがした。

    「すまんな、今は何限目だ?」
    「もう放課後だよ。本当に大丈夫かい? 何度も声をかけたけれど、全然起きないから…」
    「なっ…?! もう放課後なのか?!」
    「寧々には先にえむくんと合流してもらっているよ」

    類の言葉に慌てて時計を見れば、確かにもう授業の終了している時間だった。
    ガバッと勢いよく起き上がれば、類に肩を掴まれた。ぐっ、と体がソファーの背もたれに押し付けられ、目を瞬く。

    「まだ大丈夫だから、ゆっくり準備しよう」
    「いや、もう平気だ。だから……」
    「無理は良くないよ。君は座長なのだから、元気に僕らを引っ張ってくれないとね」
    「……」

    ぽすん、と隣に座る類に、言葉を飲み込む。
    それだけ、心配をかけてしまったのだろう。だが、体の不調は今はすっきりしているんだ。少し寝て、落ち着いたようで…。
    そこでふと、途中で一度類に声をかけられた時のことを思い出した。

    「…すまんな、類。一度起こしに来てくれたのに…」
    「なんのことだい?」
    「ぇ…」

    不思議そうに首を傾ぐ類に、今度はオレが目を瞬いた。
    確かに、一度類が起こしに来てくれたはずだ。頭を撫でててくれた時の感触も、覚えている。だが、言われて見れば、ぼーっとしていて記憶が曖昧な気さえする。
    もしや、また夢を見ていたのだろうか。

    「………すまん。…なんでもないんだ…」
    「…そう」

    類自身が覚えていないのなら、夢だったのだろう。きっとそうだ。
    うん、と一つ頷いて、ソファーを立ち上がる。「まだ休んだ方がいいんじゃないかい?」と気を遣ってくれる類に一言感謝だけを伝え、グッ、と両腕をのばす。
    ソファーで眠ると、体が痛いな。今日はしっかりストレッチをしなければ。

    「二人を待たせているし、急いで行くぞ、類!」
    「…そうだね」

    諦めたように一つ息を吐いて、類が立ち上がる。先程までの心配そうな表情が、どこか安心したような表情に変わっているように見えた。類が持ってきてくれていた鞄を掴んで、保健室の扉に手をかける。心配してメッセージを送ってくれていた えむと寧々に『今から行く』と返事を打ち込んで、類と共に駆け出した。

    ―――

    「司、…司!」
    「っ……な、なんだ、寧々?」
    「なんだ、じゃない。さっきからぼーっとしてるけど、まだ体調が悪いの?」
    「……いや、そうではないんだが…」

    目を瞬くと、目の前で寧々が隠しもせずに溜息を吐いた。どうやら、何度か呼んでくれていたようだ。考え事をしていたわけではないが、気付けなかった。個人練習中とはいえ、気を抜いてはならんな。
    ぱちん、と頬を両手で挟むように叩き気合いを入れれば、寧々の手が額に触れる。

    「熱はなさそうだけど、気をつけなさいよね」
    「あぁ。心配してくれて ありがとう、寧々」
    「……別に」

    ふい、と顔を背ける寧々に、胸の奥が温かくなる。
    素直ではないが、寧々なりに心配してくれているのだろう。初めの頃と比べると、とても大きな成長だ。
    うんうん、と一人頷けば、寧々が勢い良く立ち上がった。

    「っ〜〜、わたし、飲み物買ってくるから!」
    「そうか! 気を付けて行ってくるのだぞ!」
    「司の分も買ってくるから、ちゃんと水分取ってよね! 最近暑くなってきたんだから!!」
    「……良いのか? 感謝するぞ、寧々!」

    せっかくの申入れに笑顔でお礼を伝えた。ほんの少し赤くなった顔で逃げるように駆け出す寧々に「後でお金を渡すからな!」とだけ叫んだが、しっかり聞こえただろうか。聞こえていなくても、帰ってきた寧々に渡せばいいだろう。
    寧々の気遣いを嬉しく思いながらもう一度読みかけの台本へ目を向ければ、のしっ、と後ろから体重がかかった。

    「のわっ…?!」
    「司くん、一緒に読み合わせしよー!」
    「っ、えむっ! 急に飛び付くのはやめないか! 危ないだろう?!」
    「およ? ねぇねぇ、司くん。寧々ちゃんは? 一緒じゃないの?」
    「人の話を聞けっ!!」

    相変わらずのえむに頭を手で押さえる。オレがもう少し非力であったなら、押し潰されている所だ。全く。
    はぁ、と一つ息を吐いて、辺りをきょろきょろと見回す えむに、「飲み物を買いに行ってくれている」とだけ返した。オレが寧々と一緒にいる所を見て、走ってきたのだろう。オレの言葉を聞いた えむは、「そうなんだ!」とその表情を笑顔に変えた。
    当たり前のように えむがオレに隣に座り、ぐっ、と肩に寄りかかってくる。「えへへ〜」と何やら楽しそうな えむに一つ小さく息を吐いた。

    「暑くないのか?」
    「ぜーんぜんっ! さっきネネロボちゃんに涼しくしてもらったんだ〜、だから、今のあたしはひやひや〜ぴぴぴぴーんっ! だよ!」
    「全くわからん」

    にこにこと楽しそうな えむに肩を落とし、そのまま体の重心だけしっかりと保つ。
    そういえば、類が少し前にネネロボに冷却装置を搭載したとかなんとか言っていたな。確かに、えむの手は少しひんやりしているように感じる。ほんの少しではあるが。

    (…まぁ、これくらいなら好きにさせておこう…)

    ご機嫌な えむの笑顔を見ていると、注意する気も薄れてしまう。えむのくっつき癖は今更だろう。これくらいなら許容範囲だ。先程のように危なくもないしな。
    ふんふんふーん、と鼻歌まで歌い出すほどご機嫌な えむに、つい口元が緩む。この前公演したショーの曲だな、とぼんやり考えながら目を瞑れば、観客の声が聞こえてくるような気さえした。

    (……悪くない)

    もう少しだけなら、このままでもいいかもしれない。そんな風に思って、オレもえむにほんの少し寄りかかった。

    この後、飲み物を買って戻ってきた寧々に、じとっとした目で見られたのだが、何故なのだろうか。

    ―――

    (類side)

    「司くんが…?」

    問い返せば、三宅くんがこくんと頷いた。

    「うん。さっきそこの階段で見かけたんだけど、一緒にいた人が神代くんに似てたから、てっきり二人がまた一緒にいると思って…」
    「……僕は演出案をまとめていたから、この教室を出てはいないけど…」
    「それなら、見間違えかな…?」

    変な事言ってごめんね、と手を振る三宅くんに手を振り返して、机に向き直る。
    司くんは、少し前に御手洗だと席を立ったはずだ。まだ教室には戻ってきていないし、声をかけられた記憶もない。それなら、三宅くんの言う通り彼の見間違いだろう。僕の髪色は珍しいと思うのだけど、それでも見間違えたのなら、三宅くんは相当疲れているのではないかな。

    (……そういえば、司くんは誰とどこへ行ったのだろう…?)

    彼の方から聞きたいことがあると声をかけられ、話す前に御手洗へ行ってくると席を立ったはずだ。すぐ戻るとも言っていたと思うのだけれど、御手洗にしては時間もかかっている。という事は、三宅くんの言う通り誰かと移動したのだろう。
    もしかしたら、青柳くんだろうか。彼は司くんと仲も良いし、背も高い。髪色も、僕とは違うけれど、中々目を引く色をしているし。

    (青柳くんの事は、司くんもとても気にかけているみたいだからね。きっとまた相談に乗っているのかもしれないな)

    二人は幼い頃から交流があると聞いた。司くんが彼の相談に乗り、尊敬されているというのも知っている。司くんは面倒見も良いので後輩に優しいし、青柳くんの事は特によく見ていると思う。
    それが羨ましいと思うのは、僕にとって司くんが大切な仲間だからなのだろうね。

    「…ぁ……」

    教室内に大きく鳴り出したチャイムの音に、ペンを止める。顔を上げて時計を見れば、もう次の授業が始まる時刻だ。ざわざわと騒がしくなった教室に、少し慌てた様子の司くんがもどってくる。それを見て、なんとなく安心してしまった。
    一人でもどってきた司くんは、真っ直ぐ自分の席に座る。手で頬を押え、何やら唸っているようにも見えた。何気なくその様子を見ていれば、彼がパッとその顔を上げる。自然と目が合ってしまって、なんだか気恥ずかしくなってしまった。見ていたことに対して、何か言われるだろうか。
    へら、と笑って誤魔化そうとすれば、彼は何を思ったのか、ムッとその顔を顰めた。

    (………怒っている…?)

    明らかに僕に対して向けられているだろうその顔に、首を傾ぐ。心なしか顔が赤い気もするけれど、彼が教室を出ている間に何があったのだろうか。顔を顰められる理由が思いつかない。どちらかと言えば、声をかけておきながら全然戻ってこなかった司くんに非があると思うとだけど。

    (…授業の後で聞いて見ようかな)

    とりあえず、怒ってはいない事を伝えるために笑って見せれば、何故か慌てたように顔を逸らされてしまった。

    ―――
    (寧々side)

    「寧々っ!!」
    「ちょ、…声が大きいんだけど…」

    ガッ、と扉が壊れそうな程勢い良く扉を開けて二年の教室に飛び込んできた司に思わず逃げ腰になる。声が大きいから皆司に注目しちゃうし、そうなれば、必然的に私の方にも視線が集まる。あんまり目立ちたくないのに、なんで来たのよ。来るならもっと静かに来て。

    「えむがここに来ていないかっ?!」
    「は…、えむ…?」
    「先程廊下で見かけたのだが見失ってしまってな。てっきりここにいると思ったのだが…」

    きょろきょろと教室の中を見回す司に溜息が零れる。
    えむならここに来ると思って、態々休み時間にここまで走ってきたの? えむに会いに? わたしに用があったわけじゃなくて? 意味がわかんない。
    ちら、と時計を確認してから、もう一度溜息を吐いた。まだ午前の授業があと一限残っている。

    「えむなら自分の学校があるんだから、こんな時間にうちに来るはずないでしょ」
    「む……、そう言われれば、確かにそうだな」
    「ほんと、しっかりしてよ」
    「すまん、どうやら見間違えていたようだ」

    眉を下げて誤魔化し笑いをする司に顔を顰める。
    どこか抜けているけど、やる時はやる奴だって知ってる。優しいのも、困った時に頼りになるのも。普段は煩くて変なやつだけど。でも、それも今はそこまで悪くないとも思ってる。

    (……良い奴だから、困るんだけど…)

    脳裏に一瞬浮かんだ幼馴染の顔に、もう一度溜息を吐く。最初から土俵に立つつもりなんてない。一緒に夢を追いかける今が楽しいから、それで十分満足もしてる。
    だから、それでいい。

    「それより、もう授業はじまるけど、良いの?」
    「そ、そうだった!! すまん、寧々! また後でだ!」
    「はいはい」

    頑張れー、と心の中で一言応援して、鞄を開く。バタバタと駆け出す司の足音だけを聞いて、もう一度息を吐いた。
    なんでちょっと負けた気になってるのよ。

    「……馬鹿」

    ―――
    (えむside)

    「およ? 司くーん!」
    「のわぁあっ?! え、えむっ?!」
    「司くん、一人で何してるのー?」
    「は…? いや、今寧々と……む…?」

    ベンチの端っこに座って一人で台本を読んでいた司くんが、あたしの声に驚いておっきな声を出す。そんな司くんがきょろきょろと周りを見て誰かを探しているけど、あたしが来た時には誰もいなかったから、今も司くんとあたし以外誰もいない。寧々ちゃんなら、類くんとネネロボちゃんの動作確認をするって言ってたけど…。
    不思議そうに目を丸くさせる司くんが、あたしの目の前で首をぐぐー、って傾けてる。それがなんだか面白くて、あたしも真似して首を傾けた。

    「今さっきまで一緒に台詞の読み合せをしていたはずなのだが……」
    「司くん一人だったよ?」
    「……んー…??」

    まだむむむーってする司くんのお顔が、やっぱり面白い。思い出そうと真剣で、そんな司くんを見てると、自然とお口が緩んじゃう。司くんのお顔、好きだなぁ。

    「それなら司くん、あたしと一緒に読み合わせしよー!」
    「あぁ、いいぞ!」
    「それなら、寧々ちゃんの台詞もあたしが読むね!」
    「おぉ! それでは、類の台詞はこのオレが完璧に演じようではないか!」

    どん、と胸を張る司くんに拍手をすれば、司くんがとっても嬉しそうにしてくれる。胸の奥が温かくて、ふにゃふにゃ ふわふわふわ〜ってなっちゃう。

    「…えへへ、あたし、司くんの事だーいすきっ!」
    「オレもだ。えむは大切な仲間だからな!」

    嘘のない、キラキラのお日様みたいな笑顔。あたしが大好きな司くんのお顔。もっと、この笑顔が見ていたい。
    だから、今はこのままがいい。

    「うんっ!」

    ―――
    (司side)

    「確かこの辺りだったはずだか…」

    セカイにある遊園地をどんどん奥へ進んでいけば、見覚えのある道が見えてくる。さらに奥へ進むと、花壇が見えてきた。それに安堵して、ほんの少し足を早める。
    相変わらず綺麗な花を咲かせる花壇は、丁寧に手入れがされているようだ。今日も水をあげたばかりなのだろう。花弁が濡れていて、心なしか花たちも嬉しそうだ。
    指先で軽く花に触れれば、ふわりと風が吹いた。揺れる花弁から水が垂れて、きらきらと輝い見える。それに目を細めれば、「司くん」と後ろから名を呼ばれた。

    「む、…類ではないか!」
    「珍しいね、君がこんな奥にくるなんて」
    「もしや、この花壇の手入れをしていたのはお前か?」
    「うん。せっかく綺麗な場所があったからね」

    隣に立つ類が、オレの方へ手を差し出してくる。あまりに自然に差し出されたその手を取りかけて、躊躇った。数日前の類の言葉を思い返し、唇を引き結ぶ。
    オレのそんな様子を見て不思議そうにするわけでもなく、至って笑顔だ。本当に、優しくオレを待つかのようなそんな類の表情に、詰めていた息を吐いた。
    そろ、とその手に指をかければ、パッと手を掴まれて一気に引かれる。

    「良ければそこの椅子に座って少し話さないかい?」
    「…………構わんが…」
    「ありがとう」

    手を引かれるまま二人掛けのベンチに向かい、腰を下ろす。隣に座った類は、嬉しそうに花壇を見つめた。掴まれた手がそのままなのが気になってしまって、そわそわする。
    数日前から、類の様子がおかしい。おかしいというか、違うのだ。“オレへの接し方”が。
    顔を上げられず じっ、と地面を見つめていれば、「司くん」と名前を呼ばれた。その、どこか熱を含むような声音に、びくっ、と肩が跳ね上がる。

    「この場所は気に入ってくれたかい?」
    「あ、あぁ、そうだな…! 綺麗で落ち着くと思うぞ!」
    「ふふ、それは良かった。君の為に手入れをしていたから、気に入ってもらえたのなら報われるよ」
    「っ……、お前はまた、そういう事を…」

    くすくすと笑う類に、つい顔をムッとさせてしまう。
    またこれだ。ここ数日類と二人きりになるとすぐこれなんだ。やたらと手を繋いできたり、ぴったりと隣に並んできては笑いかけてくるし、この、甘ったるいような声で話しかけてくるのも落ち着かない。まるで、人を誘い込む悪魔の囁きのようだ。類にぴったりだな??

    (って、そうではないっ…!!)

    ぶんぶんと首を左右に振って、逸れてしまった考えを振り払う。
    オレが言いたいのはそういう事では無い。何故類が“オレに対して”そういう事をしてくるか、ということだ。確かに類も大切な仲間ではあるが、仲間としての距離感ではないだろう。どちらかと言うと、男女のそれというか…。

    「司くん…?」
    「っ、だから、…そんなに顔を近づけるんじゃないっ!!」
    「嫌かい? …あぁ、もしかして、流石の君でもドキドキしてくれているのかな?」
    「そ、そういう話ではないだろうっ…!!」

    嬉しそうに間近で微笑まれて、胸の奥がギュゥっ、と強く掴まれたような感覚に陥る。こいつ、もしやこういう事を色んな人にしているのではないだろうな?! 女性にそんな事をしているとは思いたくないが、間違っても絶対するんじゃないぞ?! 変な誤解を生むっ! オレだから、類の変な悪戯だと割り切れるというのに。
    ぐぐーっと類の肩を押して引き剥がせば、にこにこと気にもしていない類がオレの手を引いた。

    「この前の返事を聞かせてほしいのだけど、考えてくれたかい?」
    「いや、返事もなにも……」
    「もしかして、信じてくれていないのかい? それなら、もう一度言わせてもらおうかな」
    「っ…」

    掴まれた手が類の両手で包まれて、伝わる熱に息を飲んだ。
    目が伏せられて、手の甲にそっと口付けられる。まるでショーの練習かと思う程に、真剣に。そうして上げられたその顔が、真っ直ぐオレに向けられる。
    じっ、と見つめてくる月のような瞳に、ほんの少し体が後ろに傾く。

    「好きだよ、司くん。僕と付き合ってくれないかい?」
    「…だ、から……、そういう、冗談は…」
    「うーん、これでも信じてくれないのかい?」
    「信じるとかではなく…いきなりそんな事を言われても…」

    もごもごと、口篭ってしまう。
    二日前、類と二人きりになった際に告白された。休み時間にいきなり手を引かれ、今のように距離を近付けてきて『好きだよ』と言ってのけたのだ。もう意味がわからん。雰囲気が変だとは思ったが、『オレも好きだ!』とはぐらかすように返せば、困ったように笑われてしまった。
    少し考えてほしい、なんて言って一人でさっさと教室に戻ってしまった類を思い出す。オレを放って素知らぬ顔で授業を受ける類をあの日は恨んだが、その後は特に変わった様子もなかった。オレに告白したことすら忘れたようにいつも通り振る舞うものだから、オレばかり振り回されている感じがして、忘れようとしていたのだが…。
    どうやらオレの記憶違いではなかったようだ。

    「駄目かい? 絶対に一人にはしないし、誰よりも君を一番に優先すると約束するから」
    「重いっ…! この前から変だぞ、急にそんな事を言い出して……!」
    「急ではないよ。ずっと司くんが好きだったんだ。少しずつ僕を好きになってくれればいいから、ね?」
    「っ〜〜…、この話はもうおしまいだっ! オレは先に向こうに帰るからな!」

    バッ、と類の手を振り解いて、ポケットからスマホを取り出す。再生されている曲を止めようとすれば、類の手がオレの腕に触れた。
    泣きそうな顔に、一瞬手が止まる。けれど、これ以上このまま類と一緒にいるのは駄目だと、停止ボタンをタップした。ふわっと光に包まれて体が浮くような感覚を覚える。消える瞬間、泣きそうだったその顔が、にこ、と笑顔に変わった。

    「またね、司くん」

    いつもより低い声音に、何故か背筋がゾクッ、と震えた気がした。

    ―――
    (類side)

    「…寧々と、司くん?」

    窓の外を何となく見た時に、見慣れた髪色の二人が一緒にいるのが見えた。
    ここ数日、何故か司くんに避けられている。司くんに声をかけると、『急いでいる』とか『先生に呼ばれているんだ』と、適当な理由で走って逃げてしまう。何かをしたつもりは無いのだけど、何故避けられているのだろうか。避けられるようなことをしたかな…?
    楽しそうに窓の下で寧々と話す司くんの顔を見ながら、自然と溜息がこぼれた。以前は僕の前でもあんな風に話してくれたのだけど…。

    「………ぇ…」

    声は聞こえないけれど、なんとなく二人の様子を見ていれば、いきなり寧々が司くんの腕を掴んだ。そうして、彼女にしては大胆にも司くんに抱き着いたのだ。思わず驚きの声が口をついて、呆気としてしまう。瞬きをしてもその光景は変わらない。わたわたと狼狽える司くんは、きっと『何をしているんだ?!』と言っているかもしれない。『離してくれ』とも言っているかもしれない。
    もしくは、照れているのだろうか。

    (……寧々と司くんが仲良くなったのは知っているけれど、そういう関係だなんて知らなかったな…)

    二人が付き合っているなんて、聞いたことは無い。けれど、あの寧々があんな事をするという事は、そういうことなのだと思う。もしくは、寧々が頑張って司くんにアプローチをかけているのか。どちらでもいい。僕にとっては、幼馴染の成長は嬉しいものだ。
    嬉しい、はずなのに…。

    「…釈然としないな……」

    寧々が誰かへ好意を抱くのは、好ましい変化だ。それが司くんなら尚更に。彼は優しい。他人からの好意を無下にはしないだろう。断られるにしても、一度しっかりと受け止めて、傷付けないように返してくれるはずだ。司くんが相手なら、僕も安心して見守れる。と、思うのに…。
    ちくちくとした僅かな痛みに眉を顰めた。胸に手を当てて軽く摩ってみても、痛みが引くことはない。

    「………この感覚は、なんなのだろう…」

    赤い顔で困った様に眉を顰める司くんから、視線が逸らせない。寧々に、なんて言っているのだろう。なんの話しをしているのだろう。この数日僕の事を避けるのは、寧々と仲良くなったからだろうか。
    それとも、もっと他に理由があるのかな。

    (……僕も、そこに混ざってはいけないのかな…)

    はぁ、と一つ溜息を吐いて、窓から一歩後ろへ後退った。このままでは、ずっと見続けてしまうかもしれない。司くんにも寧々にも、見られたくないものはあるだろうからね。二人の関係については、いつか僕に話をしてくれれば良いな。
    後ろ髪を引かれる思いで教室の方へ足を向ける。もどってきた司くんに、『どこへ行っていたんだい?』と声をかけるくらいは許してほしい。まぁ、また避けられてしまうかもしれないけれど…。

    「あ、類…!」
    「……ぇ…」
    「もう、探したんだけど。実はクラスの子が類にお願いがあるって……」

    司くんにどう声をかけようかと考えながら廊下を歩いていれば、聞き慣れた声で後ろから呼び止められた。驚いて振り返れば、先程まで司くんと一緒にいたはずの寧々がそこにいた。息を切らした様子はないけれど、どこか疲れたような顔をしている。
    そんな寧々が僕の目の前で立ち止まり、ポケットからスマホを取りだした。指で画面を操作する彼女に、思わず窓の方へ視線が向く。

    「…寧々、なんでここに……?」
    「なんでって、類を探しに……」
    「けれど今、司くんと一緒にいたんじゃ…」
    「………司…?」

    不思議そうに首を傾ぐ寧々に、言葉を飲み込む。
    もしかして、見間違えたのだろうか。疲れて、木々の色と寧々の髪の色を。いや、でも…。
    パッ、と窓際に寄り、先程司くんがいた方へ顔を向ける。けれど、そこにはもう誰もいなかった。寧々は勿論、司くんの姿も。
    本当に、ただの見間違いだったのかもしれない。

    「……類、どうかしたの?」
    「…あぁ、うん。なんでもないよ」
    「………それなら、いいけど…」

    不思議そうに首を傾げる寧々に、頷いて返した。納得はしていないのだろう 不服そうな顔で、けれど寧々はそれ以上何も聞かないでくれた。
    ちら、ともう一度窓の外を見て、誰もいないことを確認する。

    (…本当に、見間違いだったのだろうか…)

    なんとなく胸の中に残った違和感を一度奥にしまい、寧々の話を聞くために彼女に向き直った。

    ―――
    (司side)

    「類のやつ、この前からなんなんだっ…!」

    むすぅ、としたまま廊下をずんずんと進む。
    急に告白してきたかと思えば、いつも通り何事も無かったかのように接してくる。こちらは何度も類の告白を思い返しては悩んでいるというのに。振り回されていると分かるからこそ納得がいかない。オレばかりが類の事を考えさせられていて、不公平だ。

    「それに、二人きりになる時の類と普段の類の雰囲気が全く違って、落ち着かんっ…!!」

    隙あらば人の手を取って顔を近付けてくる類は、甘やかす様な声音でオレに話しかけてくる。まるで女性を口説く時のような、そういう話し方だ。それがどれだけ心臓に悪いか。
    対して、告白の翌日の朝に会った類は全く違った。どこか眠たげな表情と、ゆるっとした声で、『司くん』とオレを呼んだのだ。両手に持っていたのは見たことの無い機械だった。どうせ徹夜で作ったのだろう。それを今日、どこかのタイミングにオレで試すつもりなんだ。聞いてほしそうにオレの反応を待っていたのがその証拠だろう。
    そんな類に、腹が立った。あの告白のせいでオレがどれだけ悩まされたことか。それなのに、当の本人はあの告白が夢だったのではと思うほどあっけらかんとしていたのだ。オレが悩んだ時間を返してくれ。

    「全くっ…! オレは真剣に類の想いに向き合おうとしていたというのにっ…!」

    ハッキリと『付き合えない』と断ることが出来なかった。
    類に好きだと言われた時、“嫌だ”と思う事が出来なかったんだ。友達なのに、とか、男同士で、という嫌悪感もなかった。
    ただ、類がオレを好きだと言ってくれたその気持ちは、嬉しかったんだ。だからこそ、一人になってから真剣に悩んでいた。類と付き合うべきなのかどうかと。類の想いを、受け止められるのかと。オレは類の事をどう想っているのかと。

    (………多分、好きなのだろうな…、オレも…)

    類が。
    類からの告白は嫌ではなかった。本当に、嬉しかったんだ。断りきれなかったのも、悩んだのも、類が好きだからなのだと思う。だから、あの告白の返事をするつもりでもいたのだが…。
    当の本人がケロッとしているのを見て、悩んだことが気恥ずかしくなってつい腹を立ててしまった。類は、オレが気まづくならないように配慮してくれたのかもしれないというのに。
    それで今類を避けている訳だが…。

    「はぁ…、やはりオレから声をかけるか…」

    避けてしまったことに、罪悪感がある。類とこのままでいたくないという気持ちも。それならば、オレの方から類を呼び出して、オレも類が好きだと返せばいい。
    よし、と脳内イメージもまとまってきた所で、拳を強く握って気合を入れる。授業が始まるまでに類に“後で話がある”と告げればいい。そうすれば、話をしないわけにはいかないからな。まずはオレ自身の退路を塞いで…。

    「つっかさくーんっ!」
    「のわぁあああ?!」
    「こんな所でなにしてるの?」

    類のことを考えていたからか、突然後ろから声をかけられて驚きのあまり大きな声が出てしまった。バサバサと近くの木から鳥が飛び立つ音が聞こえた。
    バクバクバクバクと心臓が有り得ないほど早く鼓動していて、体が固まる。オレの後ろに飛び乗ってきた えむは、不思議そうに首を傾げながらにこにことしていた。

    「突然飛びかかるのはやめんかっ!!」
    「えー」
    「“えー”ではないっ!!」

    降りろ! と言えば、えむが渋々オレの背中から降りていく。危うく二人で倒れるところだった。鍛えたオレの体幹に感謝してほしい。
    はぁ、と一つ息を吐けば、えむがいつも通りの明るい声で「ところで、何をしてたの?」ともう一度問いかけてくる。こほん、と一つ咳払いをしてから、えむの方へ向き直った。

    「類を探そうと思っていたところだ」
    「類くん?」
    「あぁ、類に伝えねばならん事があってな」

    告白の返事をする、とはさすがに言えないが、類を探していることくらいは言えるだろう。なにより、ここで類の告白に対する返事を考えていた、とも言えまい。悩み事を、と言えば、優しいえむは『あたしになんでも相談してほしい!』と言うだろうしな。
    簡潔に、かつ、それとなく説明をすれば、えむが首を少し横へ傾けた。

    「…んー、類くんなら、ここに来る途中にいたよ?」
    「本当か?!」
    「うん! あっちだよー!」
    「おぉ、感謝するぞ、えむ!」

    あっち、と指をさされたのは校舎の方だ。にこにこと歩き始めたえむに感謝を伝えて、その後ろを着いていく。予鈴のチャイムが鳴るまではまだ少しだけ時間がある。なんとしても、授業が始まる前に類に一言約束を取り付けねば!

    ―――
    (類side)

    「類」
    「おや、寧々。どうしたんだい?」

    三年生の教室に寧々が来るのは、珍しい。キョロキョロと教室の中を見る寧々は、誰かを探しているようだった。そんな彼女の様子に、このあと来るだろう質問をなんとなく察してしまう。

    「司は?」
    「あぁ、授業が終わると同時にどこかへ行ってしまって、まだ帰ってきてないんだ」
    「……そう…」

    どこか寂しそうな顔をする寧々に、無理やり笑顔を作る。
    あの日の光景を見てから、なんとなく気まづく感じてしまっているのを悟られたくない。ショーの練習は大丈夫なのだけど、寧々と二人きりというのは身構えてしまうようだ。何年もお隣さんだというのに、今更顔を合わせるのが気まづいなんておかしいね。
    司くんともぎこちないままで、どうしていいか分からないし。

    「…実は、さっきクラスの子が、わたしに似た人を見たって言ってて」
    「………寧々に?」

    こくん、と頷く寧々に、一瞬この前の二人が浮かんだ。寧々と司くんが一緒にいると思っていたけれど、瞬間移動のように離れた距離に現れた寧々を見て、見間違いだと思ったあの日のことを。
    もしかして、本当に寧々に似た生徒がいるのだろうか。

    「なんか、桃色の髪の他校生と、あと司も一緒だったらしいんだけど…」
    「……ぇ…」
    「他校生って、どう考えても えむだよね? でも、わたしは今日えむとも司とも会ってないし…」
    「…」

    あと数分で次の授業が始まる時間だ。司くんなら、授業に遅れずに帰ってくると思うのだけど、嫌な胸騒ぎがする。
    ポケットに入れていたスマホを取り出して、えむくんにメッセージを打ち込んだ。『今、どこにいるんだい?』というメッセージに、すぐ既読がつく。

    「それで、そのクラスの子がドッペルゲンガーじゃないかって」
    「……そういえば、僕も少し前に友人に似たようなことを言われたね」
    「類も?」
    「うん」

    三宅くんが、僕に似た人と一緒にいる司くんを見たと言っていたのを思い出した。あの時彼は、『見間違いだったのかも』と言っていたけれど、もし本当に見ていたとしたら…?
    ぽこん、とスマホに えむくんからの返信が返ってくる。その画面を開いて、スマホを寧々の方へ向けた。

    「寧々、司くんを探そう」
    「…っ、……うん…!」

    『学校だよ』の文字を見た寧々が、強く頷き返してくれる。ガタッ、と大きな音を鳴らして席を立ち、僕らは急いで教室を飛び出した。
    杞憂であればいい。本当にただの見間違いで、僕達によく似た人と司くんが会っていただけならなんの問題もない。
    人が少なくなった廊下を走り抜けて、階段を駆け下りる。途中ですれ違った先生に呼び止められたけれど、今立ち止まる訳にはいかなかった。

    「寧々、司くんを見たのはどこか聞いたのかい?」
    「ううん、でも、私の教室の近くだと思う…!」
    「それなら、こっちか」

    ダンッ、と四段飛ばして階段を飛び降りて廊下に出る。二年の教室の横を走っているからか、教室の中から驚くような声が聞こえてくる。ちら、と教室の中も確認したけれど、やっぱり司くんの姿は見えない。
    そのまま一気に駆け抜ければ、後ろから息を切らした寧々が震える声で「る、るい、っ、ま、…て……」と僕を呼んだ。それに気付いて一度立ち止まると、ぜぇぜぇと肩で息をする寧々が廊下の途中で足を止めた。

    「…ご、ごめ……、でも、…っ、…も、…むり…」
    「……僕の方こそ、無理をさせてすまないね」

    寧々の側に駆け寄って、背中をそっと擦る。ごほ、ごほ、と咳き込む寧々にこれ以上無理はさせられない。それなら、一度寧々にはここで待っていてもらって、僕だけでも…。
    きょろ、きょろ、と辺りを見回しながらそんな風に考えていれば、廊下の先に誰かがいるのが見えた。

    「司くんっ!」

    陽の光をきらきらと反射させる金色の髪が、曲がり角へ消えていく。司くんの隣に並ぶ、彼より小さな少女の姿は、確かに えむくんに似ていた。えむくんに確認をとっていなければ、僕も間違えたかもしれない。
    僕の声が聞こえなかったのか、彼に気付いてもらえないまま僕の視界から司くんの姿が隠れてしまった。
    今走れば間に合うかもしれない。けれど、僕一人で追いかけるわけにも…。そう悩む僕の背を、寧々が思いっきり叩いた。

    「行ってっ!」
    「…寧々……」
    「早くっ…! わたしも追いかけるから!」
    「……先に行くね」

    寧々が頷くのを見てから、強く地面を蹴る。少し距離はあるけれど、歩いているなら追いつけるはずだ。曲がり角を曲がってれば、階段がある。下の階か、それとも上か。軽く身を乗り出して下の階を確認するも、司くんの姿はない。それなら、と上の階へ続く階段を一気に駆け上がった。一つ階を上がれば、微かに話し声が更に上の階から聞こえてくる。その声を頼りにもう一つ上の階に駆け上がった。
    授業が始まってしまったのか、すれ違う生徒がいない。ここまで来ると、空き教室や補習をする時の教室しかないはずだ。それか屋上だけれど、一体どこへ行くつもりなのか。

    (まさか、彼と一緒に飛び下りるつもりだなんて、趣味の悪い冗談は止めてくれっ…!)

    最上階に辿り着いて、息を整える。どうやら、行先は屋上では無いようだ。廊下の先から聞こえる足音に安堵して、廊下の方へ出た。左右へ分かれる廊下を右、左と確認すれば、廊下の中腹に寧々が立っているのが見える。

    「………まさか、本当にドッペルゲンガー、なんてことは無いよね?」

    思わず乾いた笑いがこぼれた。
    息一つ乱さず立つ寧々は、にこ、と舞台で見る時のような笑顔を浮かべる。見覚えのある衣装を纏った彼女は、小さな棒を口に咥えた。ふぅ、と彼女が息を吐くと、それに合わせてふわふわとした球体が膨らみ宙を舞う。
    すい、と彼女が指を振れば、風でも吹いたようにその球体が動き出した。僕の方へ近付いたそれが、ふわふわと天井に集まっていく。

    「……ぱぁん」

    たった一言。こちらに声が届かない程小さい一言をこぼした彼女は、くす、と笑う。同時に、天井に集まっていた球体が弾けた。
    ドォンッ、と大きな音を立てて破裂した球体の衝撃で、天井が少し崩れてぱらぱらと落ちてくる。立ち上がる白煙に視界が奪われ、足音が遠ざかっていくのだけがわかった。

    「っ、…やられた…!」

    床は天井の欠片で歩きづらい上に煙で前が上手く見えない。腕で煙を掻き分けながら何とか前に踏み出せば、天井の欠片で転びかけた。それをなんとか持ち堪えて煙の中を抜ける。けほ、けほ、と咳き込みながら廊下を見渡すも、司くんどころか寧々によく似た少女すら見当たらない。

    「司くんっ! どこだい?! 司くん!」

    手当り次第に教室の扉を開けていけば、一番奥の空き教室から微かに「類…!」と僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
    急いでその空き教室へ向かい、扉を勢いよく開ける。
    その教室の奥に、大きな姿見が飾られていた。人が二人映れるほど大きな鏡の左右にいるのは、確かに えむくんと寧々だ。似ているというより、本人かと思うほどそっくりで、思わず凝視してしまう。そんな二人の間で、鏡から伸びている腕によって今にも引きずり込まれそうになっている司くんがいた。

    「司くんっ!」
    「っ、…類、た、すけ……」
    「司くん?! 司くんっ!!」

    反射的に地面を蹴って、司くんに向かって手を伸ばした。そこまで広くはない教室のはずなのに、自分の足が極端に遅くなったかのように中々距離が縮まらない。目一杯腕を伸ばすも、彼の顔が闇に飲まれ声がそこで途切れた。水面に水滴が落ちた時のように波紋を作って、司くんの体が鏡に沈んでいく。最後まで助けを求めるように伸ばされたその手を掴むことも出来ず、彼の体は完全に鏡に飲まれてしまった。それでも、彼を助けたくて鏡へ手を伸ばす。
    けれど、がくん、と足が急に動かなくなり、その場でドサッ、と体が床へ落ちた。振り返れば、僕の制服の裾を床へ縫い止めるかのように突き刺さるナイフが見えて、息を飲む。
    ばっ、と鏡の方を向けば、ひらひらと手を振る えむくんそっくりの少女が「ばいばーい」と一言残して鏡の中へ消えていった。

    「……っ、司くんっ…!」

    急いでナイフを抜き、鏡に駆け寄る。ぺたぺたと触ってみたけれど、もう波紋が浮かぶこともなければ、手が飲み込まれることもなかった。もう、青い顔をする僕を映すだけの、“ただの鏡”だ。
    ぐっ、と握り締めた手で鏡を殴るも、ヒビすら入らない。ずるずるとその場にしゃがみ込み、もう一度拳を振り上げる。「くそっ…!」と苛立ちに似た感情と共に言葉が口をつき、振り上げた拳が床に打ち付けられる。

    「…何故、司くんがっ……」

    とぷん、と鏡の中へ消えてしまった彼の姿が何度も頭の中に浮かんでは消え、体がズシンと重たくなっていく。
    『助けて』と、言っていたはずだ。あそこで転びさえしなければ、間に合ったかもしれない。いや、もっと早くここに来られれば。違う、最初から彼の側を離れなければ、こんな事にもならなかったはずだ。
    彼の友人で、クラスメイトで、誰よりも僕は司くんと一緒にいられる機会はあったはずなのに。

    「……っ…」

    どうすれば良かった、なんていくつも浮かぶ。そんなものよりもまずは、彼を助ける方法を考えるべきだろう。
    まず、あの寧々とえむくんは誰だったのだろうか。見た目の違いが分からないほど二人に瓜二つだった。それに、何故司くんが連れて行かれたのか。皆が噂するような“ドッペルゲンガー”なら、自分達を襲うはずだ。それこそ、司くんではなく寧々やえむくんを。けれど、寧々の話を聞く限りだと、彼女は噂に聞いただけでそっくりな自分を見たわけではない。一番気になるのは、この鏡がどこに繋がっているのか、ということだけど…。
    と、そこまで考えた所でポケットにしまっていたスマホが鳴りだした。聞き慣れた電子音に急いでスマホを取れば液晶画面に“寧々”の名前が映し出される。

    「…もしもし」
    『あ、類…! 今どこ?! 司には追いついたの?!』
    「……今いるのは、使われていない空き教室だよ」

    心配する寧々の声に、出来るだけ落ち着いた声で返す。寧々はきっと、とても心配するのだろうね。それなら、僕だけでも冷静でいないといけない。冷静でいるように見せなければならない。
    僕の言葉を待ってくれる寧々に、口を開く。けれど、言葉が上手く出てこなくて、一度閉じた。ゆっくりと息を吸い、いつも通りを意識して口をもう再度開く。

    「…、……司くんは、……連れて、いかれたよ…」

    自分の口から吐き出した言葉が、予想以上に僕にのしかかった。

    ―――

    「…つまり、わたしとえむのそっくりさんがいて、その人たちが、司を鏡の中に入れたってこと…?」
    「そうだね」
    「それって、どうやって助け出せばいいのよ」

    寧々と合流し、理由をつけて学校を早退した。その足で、前もって連絡しておいたえむくんと落ち合った。三人で一度、ここ最近の様子と、学校で聞いたクラスメイトの話、それから僕が見た光景について話をした所だ。真剣に聞いてくれる えむくんは、時折驚いたような声を上げたり、前のめりになったり腕を振ったりと、反応をしてくれる。そんないつもの彼女らしい姿に、僕も寧々も少し安心してしまった。

    「可能性があるとしたら、セカイだと思う。司くんのセカイは司くんの想いで出来ているし、不思議な事も多いからね」
    「…でも、司の想いのセカイなのに司が連れて行かれるって変じゃない…?」
    「そうだね。だから一度行って、カイトさん達に相談してみようと思うんだ。少しでも手がかりを貰えるかもしれないからね」

    スマホを取り出して、音楽アプリを起動する。僕の言葉に頷いてくれる寧々の隣で、えむくんはとても不思議そうな顔をしていた。そんな彼女が、口を尖らせて首を大きく横へ傾ける。

    「司くん、この前の練習の時、“寧々ちゃんと一緒にいた”って言ってたんだけど、その時、近くに寧々ちゃんがいなかったんだ」
    「…なにそれ、怖いんだけど……」
    「……学校限定で現れるわけではなさそうだね。話をまとめると、司くんの周りにしか出てこないみたいだし」
    「それって、本当に司だけが目的だったってこと?」

    こくん、と頷けば、えむくんが寂しそうに眉を下げた。二人に見えるようにスマホを持ち、何度も再生した曲の再生ボタンをタップする。パッ、と周りが光りだし、体が浮遊感に包まれた。
    次に目を開ければ、そこは明るく楽しい遊園地の中だった。何度も見た、楽しそうな遊園地だ。花が歌い、ぬいぐるみ達がそこら中で自由に過ごしている。
    なんの変化もない遊園地を見回せば、少し離れたところから「あーっ!」という大きな声が聞こえてきた。

    「みんな、来てたんだー!」
    「ミク、こんにちは」

    ぴょんぴょんと楽しそうに跳ねるミクくんに、えむくんと寧々が挨拶をする。そんな二人に、彼女はとても楽しそうににこにこと話しかけていた。彼女の様子も、至っていつも通りの様だ。
    周りの様子をもう一度見てみるけれど、やはり変わった様子は無い。楽しそうなその雰囲気に、首を傾げる。

    (このセカイは司くんの想いで出来たセカイだ。彼に何かあれば、多少なりとも変化があると思ったのだけど…)

    変化がないという事は、司くんの気持ちに変化が無いということなのだろうか? 学校で起こった事を思い返してみても、彼はあの時“恐怖”を抱いていたと思うのだけれど…。
    んー、と腕を組んで考えてみるけれど、このセカイのことは分からないことばかりで、考えがまとまらない。

    「類くん、どうしたのー?」
    「あぁ、実は、司くんが居なくなってしまってね…」
    「えー! 司くんがー?!」

    僕の言葉に飛び跳ねる程驚くミクくんは、大きな瞳を丸くさせた。ぴょこぴょこと彼女の髪が跳ねて見える。相変わらず司くんやえむくんに負けず劣らずなリアクションだ。むむむぅーっと顔を顰めて両手の人差し指を側頭部に当てる彼女は、分かりやすく何かを考えてくれているようだ。
    数十秒そんな風に右へ左へと体を傾けて悩んでいた彼女の表情が、悩み顔から不思議そうな顔に変わっていく。

    「んー…でもでも、司くん、このセカイにいるよ?」
    「ぇ…」
    「っ…司が、ここにいるの…?!」
    「なんとなくだけど、このセカイの中に司くんがいる気がするんだ〜」

    今度は人差し指を顎に当てて、ミクくんが小首を傾げた。そんなミクくんの言葉に、寧々とえむくんが前のめりになって顔を近付ける。二人とも、司くんの事が心配なようだ。かく言う僕も、ミクくんの言葉にほんの少し安心してしまった。手がかりがほしいと藁にもすがる思いでここに来たけれど、どうやら正解だったようだ。

    「どこにいるか、分かるかい?」
    「んー…、場所までは分かんないけど、向こうの方にいる気がするよ」
    「……向こう…」

    そう言ってミクくんが指を差したのは、遊園地の中だった。乗り物は沢山あるけれど、遊園地は常に賑やかでゆっくりと隠れる場所もない。何故こんなに人目につきやすい所なのだろうか。
    明るい音楽が鳴り見るからに楽しそうな遊園地の乗り物を見渡して、ミクくんが指を差した方へ僕も指をさす。

    「あの観覧車の辺りかい?」
    「う〜ん…、そのもっと奥の方だと思うなぁ…」
    「…観覧車の更に奥か。それなら、この遊園地から出てしまいそうだけど…」
    「う〜〜ん…、もやもやもや〜ってしてて、よくわかんないけど、色んな想いが集まってる気がする…」

    うーん、と頭を抱えるミクくんに、三人で顔を見合わせる。「色んな想いかぁ…」と呟いた えむくんは、その場でくるっと回って体を観覧車の方へ向けた。行き先さえ決まればいい。今は僕らの座長がいないから、三人で決めればいい。司くんがいるかもしれないという可能性があるなら、全部探して見つければいい。
    ぐっ、と両手を握り締めて気合を入れる寧々に、つい目を細めて見つめてしまう。“誰かのために”と寧々が強く決意をしてくれるのは、嬉しい。幼馴染のかっこいい成長に胸の中が温かくなるのを感じながら、僕もゆっくりと息を吸い込む。

    「それじゃぁ、行こうか」
    「うん…!」
    「司くん捜索隊、しゅっぱーつっ!!」

    えむくんの元気な掛け声で、僕らは一斉に走り出した。

    ―――
    (寧々side)

    「うーん…、ミクちゃんの言ってたの、こっちの方かな?」
    「ていうか、どこまで奥にいけばいいの?」
    「ミクくんの情報だけでは、手がかりが少ないねぇ」

    ノリでなんとなく走り出してきちゃったけど、実際“向こうの方”なんて曖昧な情報だけで辿り着けるはずがなかった。
    観覧車の下に着いた時は、もう少し!って感じがしたけど、そんなことは全然なかったし。えむが態々道の端にある草木を掻き分けて覗き込んでくれている。でも、そう都合よくそんな所に司がいる訳もない。類も最初の勢いは無いし、こんなんで本当に見つけられるのかな。

    「やっぱり、一度戻ってカイトさん達にも聞いた方がいいんじゃない?」
    「…そうだね。だけど、ミクくんの言った方向に偶然知らない道も見つけたし、もう少し先に行ってみてもいいと思うんだ」
    「……確かに、いかにも隠しルートみたいな道だったけど…」

    この道は、遊園地の端から伸びていた。分かりやすくなっていたわけではなく、ちゃんと見ないと見つけられないように、道を草木が隠して見えづらくされてた。たまたま えむが見つけてくれたけど、こんなあからさまに怪しい道を見つけたら、進まないなんて選択肢は無い。
    そう思って歩き進めて、結構時間が経った気がする。わたしが体力ないだけかもしれないけど、結構歩いたはずなのに、アトラクションも無ければベンチとか街灯とかも何も無い。本当にただの道なんだよね。これ、本当に意味があるのかな…。

    「…およ?」
    「どうかしたかい? えむくん」
    「あっちにお花さんが沢山咲いてる所があるよー!」

    ぶんぶんと両手を振って前を指さすえむに、バッ、と顔を上げる。まさか本当に隠しルート的なやつだった? 類と顔を見合せて、えむの言った方向へ走り出す。道がだんだんと広くなっていって、その先に開けた広場みたいなところが見えてきた。
    ふわっ、と花の匂いがした。いくつも並んだ花壇に、花が綺麗に咲いている。えむが大はしゃぎで走り待っていて、類もわたしの隣ですごく興味深そうにその光景を見てる。

    「……こんな場所があったんだね」
    「ふふ、これも司くんの想いの一つなのかな」
    「お花さんがいーっぱいだよ〜!」
    「…でも、ここじゃないみたいだね」

    沢山の花壇は綺麗だけど、司の姿は見えない。
    怪しい道だから何かあると思ったんだけど、あったのはこの綺麗な景色だけみたいだ。なんでこんな綺麗所が遊園地から離れた場所にあるのかは気になるけど、今は司を探す方が先だよね。
    隣にいる類は、また何か考え始めてる。いつもの類らしくない、どこか焦っている感じは、見ていて気持ちがいい物じゃない。

    (………類、司の事がすごく心配なんだろうな…)

    わたしだって、負けてないと思う。司の事は心配だし、早く助けたい。出来ることがあるなら、わたしも頑張るつもり。でも、きっと類はわたしよりずっとずっと司の事を思ってるはず。負けてないと思ってるつもりだけど、実際、勝てないなって、思っちゃってる自分もいる。
    気持ちごと息をゆっくりと吐き出して、手をぎゅっと握り締める。司のために、わたしも考えなきゃ。

    「寧々ちゃーん! 類くーん! こっちにとってもおっきな鏡があるよー!」
    「……鏡…?」

    花壇の並ぶ広場の奥の方で、えむがぶんぶんと手を振ってる。類と一度顔を見合せてから、二人でえむの方へ駆け寄った。
    花壇と花壇の間に、確かに大きな姿見が置かれてる。目の前に立って足元から頭まで鏡に映っているのを見ると、普通の鏡にしか見えない。縁が少し豪華に作られてるけど、これも司の想いから出来たもの、なのかな…?
    ひょいっ、と鏡に顔を覗かせた えむが、自分のほっぺたを両手で引っ張った。鏡にえむの変な顔が映って、それに思わず笑っちゃう。くすくすと笑えば、えむは更に面白い顔を披露してくれた。
    こんな時でも笑顔な えむは、本当にすごいと思う。

    「ふふ、…もう、えむ、真面目に考えないと」
    「だって、類くんも寧々ちゃんも、ずーっと難しいお顔してるから」
    「ありがとう、えむ。わたし達の事も心配してくれて」

    いつも通りのえむに、ほんの少しだけ気持ちが軽くなる。司の事は心配だけど、焦ってばかりいても仕方が無いし、少し落ち着かないと。
    黙ったまま鏡をじっと見つめる類に視線を向ければ、類は鏡の縁に触れて真剣な顔をしてる。そうして、何かに気付いたのか、その顔が上げられた。
    ぺた、と類の手が鏡に触れる。そしたら、鏡に波紋が広がって、類の手が鏡に沈んだ。

    「…え、えぇええええええ?!」
    「ちょっと類っ!? なに?! どうなってんの?!」
    「類くんのおててが鏡に食べられちゃってるよぉ〜っ!」

    全然焦らない類の手が、どんどん鏡に飲み込まれていく。わたしも えむも状況が分からなくて、無意識に類の腕を掴んだ。これはなに?! なんでこんなことになってんの?!
    でも当の本人はケロッとしていて、「そういう事か」と落ち着いて呟いてる。もっと焦りなさいよ。

    「もしかしたら、ここに入れば司くんを助けに行けるかもしれない」
    「嘘でしょ?! この中に入るって、どこに行くかも分かんないのにっ…!!?」
    「司くんは学校で鏡の中に入れられていた。その司くんが創ったセカイに鏡があって、僕らが入れるのなら、会えると思うんだ」
    「それなら、一度家に帰って準備してからでも遅くないでしょ?! 何があるか分からないのに…!」

    司が居なくなってすぐここに来ちゃったのに、何の準備もなしに乗り込むなんて無謀すぎる。それに、わたし達三人でどうにかなるかも分からないのに。
    えむはおろおろしていて、わたしと類、どちらに味方していいか分からないみたい。三人で力を合わせれば、今ならまだ類の腕も抜けるかもしれない。そしたら、一度準備を整えてから乗り込む方がいい。

    「けれど、次にこのセカイに来た時に鏡が無くなってしまっていたら、もう司くんを助けられなくなってしまうかもしれないんだ」
    「でも、まだ司の所に繋がっているかも分からないのに…」
    「そうだね。だから、まずは僕だけで行ってみるよ。二人はここで待っていてくれるかい?」
    「…なに、言って……」

    優しく笑う類の言葉に、ぞわりと背が粟立つ。
    今ここで類を一人にしたら、駄目な気がする。きっと類は、司の為に無茶をするから。わたし達がそばにいないと、駄目だ。でも、この中に入って、本当に大丈夫なの…?
    ちら、とえむの方を見れば、えむは視線を下げて少し考えてから、ぱっとその顔を上げた。「あたしも行く!」といつものような明るい声で言ったえむに、息を飲む。

    「あたしも司くんを助けたいから、類くんが行くなら、あたしも行くよ!」
    「……、…ありがとう、えむくん」

    一瞬躊躇って、けれど、類はえむの言葉に頷いた。どこか安心したように眉を下げた類の顔を見て、胸が痛くなる。わたしは、結局一番の臆病者だ。司の為に頑張るって言いながら、逃げたいって、思っちゃった。類もえむも、きっとすごく怖いはずなのに。
    ぐ、と唇を噛んで類の腕を強く抱き締める。驚く類とえむに、震えそうな声を声量で誤魔化すために大きく息を吸う。

    「わたしも行く!」
    「…寧々……」
    「ここまで一緒だったんだから、わたしだけ置いていかないでよっ!」
    「……うん」
    「えへへ、三人でぜーったいに司くんを見つけようね!」

    えむの言葉に強く頷いて、類の背中にしっかり抱き着く。そのわたしの後ろにえむがぴったりとくっついた。一度振り返った類がそれを確認してから、「それじゃぁ、行くよ」と合図をくれる。ぐっ、と前に踏み込んだ類に合わせて、体が前に進んだ。
    重い水の中に落ちたように、耳に膜が張ったみたいに音が消えた。呼吸が苦しいということはなかったけど、体が落ちていくような浮遊感と、視界が真っ暗に塗り潰されたような感覚に、恐怖を覚える。
    次に目を覚ました時、わたしの視界に映ったのは、幼馴染の背中だった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💜💛💜💛💜💛💜💛💜💛💜💋💛💜💜💛💜💛💜💴💜💛💖❤👏💘💖❤👏💖😍👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator