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    ナンナル

    @nannru122

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    POIPOI 77

    ナンナル

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    お弁当屋のバイトの子は、俳優さんに助けを求める。
    ※モブ→⭐️表記が多大に含まれます。(健全の範囲内です、多分)
    今回、助けを求めて終わった…:( •ᾥ•):
    本当は解決してその後の展開を半分くらい書く予定だったのに、何故かここで1万字になってしまった…。
    次で終わらせる。いつも隠れんぼだから、今回は鬼ごっこにしました。だるまさんが転んだ、からの、鬼ごっこ。楽しかった。

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です!× 12(司side)

    「また、手紙…」

    自室の机の上に置かれた手紙を見て、小さく溜息を吐く。殆ど毎日届く手紙は、毎回宛名が書いていない。消印もない。見慣れない字で書かれた愛を囁くような言葉と、写真が入っている手紙。初めて見た写真はバイト先の写真だった。道路を挟んだ向かいから撮ったような写真。次はお店の傍で撮った写真。その次は硝子越しにカウンターにいるオレが写っていた。その次は見慣れた帰り道だった。オレがお店を出てすぐの写真。横断歩道を渡る前の後ろ姿とか、渡ったあとの姿とか、少しずつ写真を撮る場所がオレの家に近付いていく。それが毎回一枚ずつ手紙に入っていた。

    (……気持ち悪い…)

    まだ開封もしていない封筒を両手で持って、眉を顰める。見ない方が良い。見たくない。見たくないが、見ないで捨てるのは怖かった。もしかしたら、友人たちがこっそりやったドッキリじゃないだろうか。タチの悪い悪戯の種明かしを、そろそろしてくれるかもしれん。そうであってほしい。
    ピリ、と封筒の封を剥がしていく。中から出てきたのは、やっぱり一枚の便箋と写真だった。中を開くと、ここ最近で見慣れてしまった少し読みづらい文字。

    『昨日も楽しかったね』

    ぞわ、と背が粟立つ。思わず手に力が入って、手紙がくしゃりと歪んだ。入っていた写真はとうとうオレの家が映っている。しっかりと昨日の服装の自分がそこにいるのを見て、手紙と写真を封筒に押し込んだ。
    こんな事がずっと続いている。帰り道は気をつけて帰っているのに、いつ撮られているんだ? 昨日だって、ほとんど駆け足で帰ってきたし、家に入る前に何度も周りを見た。なのに、なんでこの写真が撮られるのだろうか。気味が悪くて、封筒はゴミ箱に押し込んだ。大分溜まって来てしまったゴミ箱の中身をゴミ袋に全て突っ込む。明日は水曜日だ。朝学校へ行く前にごみ捨て場に捨ててきてしまおう。

    「……神代さんに相談したら、助けてくれるだろうか…」

    小さく零れた我儘を、頭を振って消す。忙しい神代さんを巻き込むわけにはいかない。ただ、神代さんは職業柄こういう事の経験がありそうだから、解決策とかを知ってるかもしれない、とか、そう思っただけだ。一人の帰り道が心細いから、前みたいに家まで一緒に、とか、そんな子どものような我儘を思っては駄目だろ。流石に、えむを巻き込む訳にはいかないし、妹の咲希なんてもってのほかだ。両親だって仕事がある。高校生の、それも男のオレが、一人で対処出来なくてどうするんだ。

    「明日は、少し回り道して帰ってこよう」

    ゴミ袋の口を縛って、夕飯を食べるために一階へ降りた。

    ―――

    「司くん、お疲れ様〜!」
    「えむも、お疲れ様!」

    閉店作業も終え、えむに挨拶を返して店を出た。いつもよりほんの少し早く店を出れた。外は真っ暗だが、気持ちはソワソワとしている。今日は、神代さんのドラマの日だ。それに、今日も夕方、神代さんに会えた。年が明けてからお店も落ち着いてきたため、神代さんがお店に来てくれるようになった。毎週というわけではないが、水曜日がまたオレの特別な日に変わっていく。それが嬉しいのだろうな。胸の奥がぎゅっとする様な感覚に、つい口元が緩む。

    「…楽しみにしている、とも、言われてしまったからな」

    マフラーで口元をそっと隠す。毎週ドラマを見たあとに神代さんへ長文の感想メールを送ってしまっている。流石に毎週それは迷惑かもしれないと思ったが、この間、神代さんが読むのを楽しみにしていると言ってくれたのだ。それが嬉しくて、つい、毎週欠かさず送ってしまっていた。
    神代さんの演技はすごい。いつもの優しい雰囲気が、ドラマだと全くの別人になるんだ。凛とした声が耳に残って、終わった後もずっと心臓がドキドキする様な、そんな感覚になる。その気持ちのままメッセージを打つから、毎回長文になってしまうのだが…。

    「……ドラマも、今日を入れてあと二回なのが寂しいが、次の撮影もあると言っていたからな」

    最終回が近くなってきて、ドラマも終盤だ。早く続きが気になる反面、もっと神代さんの演技を見ていたいとも思ってしまう。それに、神代さんは色んな撮影があって忙しいと聞いている。CMや雑誌の撮影や、新しいドラマの話も出ているとか。次のドラマも、見れるなら見たい。咲希に聞けば、なにか情報があるだろうか。後で聞いてみよう。そわそわと浮き足立つ気持ちに、小さく笑みを零して、早足に家へ向かう。

    「…む……?」

    ふと、後ろを振り返った。真っ暗な道に人影はない。なのに、なんだか背がゾワッとしてしまい、慌てて家の方へ駆け出した。街灯で点々と照らされた道をひたすら走って、曲がり角をそのまま曲がる。漸く見えてきた家に、ホッと一つ息を吐いた。少し足を緩めて、ちら、と後ろを振り返る。やはり、誰もいない。それに少しばかり安堵して、足を止めた。走り過ぎて、少し肺が苦しい。ズキズキと痛む胸を手で押えてゆっくりと呼吸をする。そのままあと少しで着く家に向かって足を進めた。と同時に、じゃり、と砂が滑るような音が後ろから聞こえた気がした。ビクッ、と肩が揺れて、思わず駆け出す。すぐに辿り着いた家の鍵を手間取りながらも開けて、ドアノブをひねった。家の中に入る時に振り返ったが、人影の様なものは見えない。

    (……気のせい、だよな…?)

    モヤモヤとはするものの、それ以上は考えたくなくて、首を振る。キィ、と鈍い音を鳴らしてドアがゆっくりと閉まっていく。何事も無かった。その事に安堵していたオレは確かに聞いてしまった。カシャ、というシャッターの音が、扉が閉まる直前に鳴ったのを。パタン、と閉まった扉の鍵を反射的に閉めて、その場にしゃがみ込む。心臓はバクバクと嫌な音をしている。走ったのとは違う、嫌な鳴り方。

    「………なんなんだ、…」

    明らかに気のせいや偶然では片付けられない。悪戯にしたって、度が過ぎている。かといって、誰かに相談するのも躊躇う様な内容のため、どうしていいか分からない。家族に言っても、心配をかけるだけだろう。警察はこういうことにまともに取り合ってくれないと聞くし…。
    とりあえず、部屋に行こう。ゆっくりと立ち上がって、靴を脱ぐ。リビングの方へ行くと、咲希がソファーに座っていた。相変わらずいい笑顔で、「おかえり、お兄ちゃん!」と笑ってくれる。

    「ただいま」
    「もうすぐドラマが始まるよ!」
    「そうだな、すぐに荷物を置いてくるからな!」
    「うん!」

    そんな些細なやり取りだけで、少し気持ちが落ち着く。階段を上がって、自分の部屋へ向かった。荷物を机の傍に置くと、やはり、白い封筒が置かれている。自然と、唇を引き結んで、眉を顰めた。あまり見たくはないが、見ずに捨てて何かあった時が怖い。

    「………」

    手に取ると、何か固いものが指に触れた。一箇所だけほんの少し膨らんだ封筒。びっ、と封を開けると、やはり折りたたまれた便箋が入っている。それを取り出して開くと、写真が挟まれていて、文面には少しよれた文字。たった一言の文字に、思わず息を飲む。

    『捨てるなんて酷いじゃないか』

    挟まっていた写真には、今朝捨てたゴミ袋の中身が写っていた。ここ最近送られてきていた手紙を捨てたゴミ袋の写真。吐き気に似た感覚が押し寄せて、手で口を覆う。そのまま便箋をゴミ箱に捨てると、机の上に残ったままの封筒が目に入った。それもゴミ箱の方へ捨てようとして、ころん、と何かが机の上に転がり落ちる。

    「…っ……」

    捨てたはずの指輪に背がゾワッと粟立った。あのゴミ袋の中から、拾ったのだろうか。それを、贈り返された? 封筒と一緒に指輪もゴミ箱へ捨てて、その場に踞る。
    なんなんだろうか。夜道をついてきて写真を撮ったり、毎日毎日手紙を送ってきたり、人のゴミ袋を漁ったり、意味がわからない。相手が誰かも分からないのが気持ち悪い。知り合いだったとしても、こんな事をされたら、今後付き合っていくかどうかも考え直すだろう。

    「………やはり、相談、してみるか…」

    来週、神代さんがもしお店に来たら、聞いてみようか。俳優さんもストーカーとか多いと聞くし、何か解決策があるかもしれんからな。迷惑かもしれないが、神代さんなら、聞いてくれる気がする…。
    メッセージで聞けばいいのかもしれないが、忙しい中心配をかけるのも嫌だ。会った時に、直接聞いた方が良いだろう。今のところ、手紙が届いたり写真を撮られるくらいだからな。男のオレが襲われることもないだろう。

    「お兄ちゃーんっ!始まるよー?」
    「あ、…すまない、今行くっ!」

    咲希に呼ばれて、慌てて下へ降りる。今日は、いつも通り感想メールだけ送らせてもらおう。大丈夫、その内向こうも飽きるだろうからな。

    ―――

    「…む……」

    スマホの画面の通知欄を見て、手を止めた。妹からのメッセージだ。それを見て、ほんの少し眉を下げる。それに気付いたえむが、首を傾げた。

    「どうかしたの?」
    「…いや、咲希が、今夜は友達の家に泊まると連絡が入ってな」
    「えー!お泊まり会!わくわくー、ズババー、ゴゴー!だね!」
    「全くわからんな」

    えむが楽しそうな事だけは伝わってくるが、言いたいことはよくわからん。苦笑して、スマホに目を戻す。一歌達とお泊まり会をするから、今日は帰らない。そんなメッセージをもう一度読んで、小さく溜息を吐く。今夜は両親も遅くなると言っていた。仕事が忙しいらしい。両親が遅くなることはよくあるが、今日は咲希も帰らない。バイトはいつも通りあるので、放課後はそのままバイト先に行くが、きっと一番先に家に着くのはオレだろう。両親の仕事がどれくらい遅くなるか分からんが、家に一人か。

    (………まぁ、家の中に入られることは無いから、平気だろう…)

    留守番が出来ない子どもでもないのだ。今日だって手紙が届いてるかもしれないくらいで、大丈夫だろう。咲希に了解の返信を返して、スマホの画面を消す。楽しそうに家族の話をするえむの方へ顔を向けて、相槌を返した。節分にバレンタインと二月は行事が多いので、新メニューを開発しようと、えむのお兄さん達も忙しいらしい。今度試食してほしいと言われ、二つ返事で返した。
    その後の授業はいつも通り終わって、オレは習い事へ向かうえむを見送ってバイト先へ向かった。今日は木曜日だから、神代さんは来ない。いつも通り、少し女性客が多い店内で、元気な挨拶を心がけて接客を行った。今日のオススメは竜田揚げである。一人ひとりにお決まりの言葉を返しながら、レジを打つ。習い事が終わったえむと合流して、夜の忙しい時間も何とか乗り越えた。すっかり暗くなった外をなんとなく眺めながら、片付けも手早く終わらせる。

    「今日も疲れたね〜」
    「えむは習い事もあったからな」
    「うぅ、…司くん、お外真っ暗だから気をつけてね」
    「そうだな」

    エプロンを脱いで、ロッカーの中のハンガーにかける。鞄を持ってスマホを見ると、メッセージの通知が届いていた。母さんからのようで、ロックを外してメッセージアプリを開く。ぽこん、と表示されたメッセージを見て、目を瞬いた。

    「………」
    「司くん?」
    「あ、いや、なんでもない…」

    オレが黙ったからだろう、えむが顔を覗き込んできた。それに笑って返して、スマホをポケットに押し込む。なんとなく、胸がざわざわとした。
    母さん達は、交通機関の影響で帰れなくなった。今日は泊まり込んで、明日の夜帰るそうだ。たまにあることなので、そんなに驚くほどのことでは無い。ないが、咲希も今日は帰らないと言っていたから、久しぶりに家に一人きりとなってしまった。高校二年生なのだから、今更一人が寂しいという歳でもない。だが、変に心臓が煩い気がするのは、何故だろうか。

    「そうだ!お兄ちゃんが、お店の残り物持って帰らないかって」
    「それは有難いな」
    「じゃあ、今詰めてくるねー!」

    ぱたぱたと店内の方へ向かうえむの背を見送って、オレもゆっくり追いかける。ここでバイトをしている利点だな。えむが楽しそうにパックに詰めてくれるのを見ながら、スマホのメッセージアプリを起動した。上の方に表示される名前に、タップして画面を開く。昨日した会話が表示されて、キーボードをいくつかタップする。

    『お時間ありますか?』

    そう打ち込んだところで、送信ボタンには触れず、全て消した。
    忙しいと、知っている。新しい撮影があるから、仕事が増えたのだと、言っていた。水曜日は、夕方から時間を貰っているのだと、前に聞いたことある。マネージャーである彼女から、時間を開けてもらわないといけない程、神代さんは忙しい。そんなの、当たり前だ。神代さんの名前を聞かない日は無いくらい有名な人なのだから。

    「……やはり、今度で良いか…」

    スマホの画面をもう一度消して、ポケットにしまいなおす。えむが沢山詰めてくれた残り物のおかずを受け取って、礼を伝えた。えむのお兄さんたちにも挨拶をして、忘れ物がないかも確認したあと、裏口からお店を出る。
    月が綺麗だった。星が多く見えて、ひんやりとした風が頬を撫でる。ふる、と身体が外気の冷たさで震えて、マフラーで口元を隠した。ガサ、と袋が音をたてる。急いで帰ろう。少し早足になりながら、家までの道を真っ直ぐ進む。
    いつもと同じ道を歩きながら、少しだけ、気持ちが落ち着かなかった。なんでかはよく分からないが、変に心臓が煩かった。一人で留守番なんて、良くあることだ。咲希は身体が弱く、よく入院もしていた。両親が付きっきりでいることだってある。仕事も忙しい人達だった。今更、一人で家に居ることに不安などない。無いはずなのに、何故か胸の奥がざわざわとする。

    (…早く帰らねば)

    曲がり角を曲がって、また真っ直ぐ進む。街灯の灯りの下へ来ると、自分の影がハッキリとする。すれ違う人が全然いない道をひたすら歩いていると、袋が足にぶつかって、ガサッと大きく音を鳴らした。それだけで、ビクッ、と小さく肩が跳ねる。緊張しているのだろうか。自分らしくもない。ポケットからスマホを取り出して、画面をつけた。明るくパッと映ったロック画面を解除して、ふと顔を上げた。カーブミラーに、オレが映っている。街灯の灯りが後ろの方で少し映っているのと、人の影がオレの後ろと前に長く伸びている。スマホの明かりで顔が少し照らされたオレと目が合って、顔をスマホへ向けた。
    ゾワッ、と背が粟立って、歩くスピードが早くなる。ギュッ、とスマホを握り締めて、震える手でカメラ機能を開く。インカメラに切り替えて、そっと肩越しに後ろを映すと、少し離れた所に黒い影が映った。服が暗めの服なのだろう、ぼんやりと肌の色が明るく映っているのがまた不気味だった。

    (…いつから、いたんだ……?)

    慌ててカメラ機能を閉じて、駆け足になる。もしかしたら、普通に行き先が同じ通行人かもしれない。なのに、何故か心臓がバクバクと大きな音をたてて、怖くなった。ここから家まではそんなに離れていない。なら、逃げ込めばいい。次の角を曲がれば、すぐに着く。強く地面を蹴って、走り出した。近付く曲がり角。あと3m。あと2m。心の中で数えて、曲がり角で身体を横へ向けた。

    「わっ…」

    ドンッ、と身体が誰かとぶつかって、反動で後ろによろけた。バランスが保てず身体が後ろへ傾く。片足が地面を離れた瞬間、伸ばしかけた腕が掴まれた。グッと引き起こされて、転ぶことなく体勢が立て直される。顔を上げると、目の前にスーツを着た男性が立っていた。心配そうにオレを見るその人が、「大丈夫かい?」と問いかけてくる。

    「す、すみませんっ…!」
    「怪我がなくてよかったよ」

    ジンジンと痛む鼻先を手でおさえて、慌てて頭を下げる。走っていたせいで、向かいから曲がってきた人とぶつかってしまった。申し訳なさにもう一度謝ると、男性は優しく笑ってくれる。「夜道は暗いから、気をつけた方がいいよ」という言葉に、小さく頷いた。ちら、と後ろを振り返ると、誰もいなかった。どうやら、追いかけてきていたわけでは無さそうだ。ホッと胸を撫で下ろして、目の前の男性に向き直る。スーツを着たその人は、片手でメガネの縁を軽く押し上げた。

    「…ぁ」

    その仕草で、はたと気付く。落ち着いて見てみると、見覚えのある人だった。えむと話をしていた、最近毎日の様にバイト先に来てくれるお客さんだ。

    「あの、いつもご来店ありがとうございます」
    「…覚えていてくれたんだね」
    「殆ど毎日来てくださるので…」

    今日も夕方に来てくれていたはずだ。端っこで少し悩んでから、いつものようにお弁当を一つ買って帰って行った人。神代さんが中々来れなくなった、文化祭の後から来てくれるようになったお客さんだ。いつもと同じスーツを着たその人が、嬉しそうに笑う。

    「オレの不注意ですみません。助けて頂いて、ありがとうございました」
    「…急いでいた様だけど、大丈夫?暗いし、送って行こうか?」
    「え、あ、大丈夫です!すぐそこなんで…」
    「僕の家も同じ方向だから、送るよ」

    行こう、と手を引かれて、思わず頷いてしまった。くるりと踵を返して歩き始める男性の少し後ろを歩きながら、首を傾ぐ。落ち着いた雰囲気のその人は、真っ直ぐ歩いて行く。その後ろ姿を見ながら、ふと、男性の手元へ目を向ける。何も持っていなかった。どうやら、お弁当は一度家へ帰って置いてきているらしい。なら、何故スーツなのだろうか。これからまた仕事に行くのか? なら、送って貰うのはやはり迷惑なんじゃ…。向かっていた方向も、逆方向だったはずなのに。

    (……あれ…?)

    一切後ろを振り返らない男性は、黙ったまま歩き続けている。周りを見る様子もない。黙々と進む男性に、ほんの少しの違和感を覚えた。グッ、と腕を引こうとしたが、しっかり掴まれていて、中々離してもらえない。

    「あの、…オレの家、通り過ぎましたっ…!」

    そう、少し大きな声で言ってみた。実際には、まだ先だ。見えてはきているが、あと四件ほど先の家が、自宅である。ドクン、ドクン、と心臓の音が大きくなっていくのを感じながら、じっと男性の方を見ていると、歩みを止めずに男性が顔だけ振り返る。

    「何言っているのかな。君の家はもう少し先じゃないか」

    くす、と笑う声に、ゾワゾワッと背が粟立つ。喉がヒュ、と乾いた音を鳴らして、慌てて足を止めた。自然と男性の足も止まる。首を傾げる男性に、何とか笑顔を貼り付けて返す。
    足が、カタカタと震えた。頭の中で警笛が鳴り続けている。何故、ずっと手を掴んだままなのだろうか。何故、行き先が違うのに送ってくれるなんて言い出したのか。何故、スーツのままこんな時間まで外にいるのか。何故、オレの家の場所を知っているのか。その疑問の答えが、頭の中に浮かんでは消えて、浮かんでは消えてを繰り返す。そうでなければいいという気持ちと、それしか有り得ないだろうという確信が、ごちゃ混ぜになっていた。

    「……あ、の、…オレ、寄りたい、ところがあって…」
    「なら、ついて行くよ。一人は危ないからね」
    「いえ、一人で平気です。今、父さんも、ここに来てくれるので…」

    視線だけで周りを見るも、家が並ぶ道に交番やお店のような逃げ込める場所はなかった。それとなく腕に力を入れて、手を振り解こうとするも、全然上手くいかない。冷や汗が背筋を伝い落ちて、震える足に力を入れた。今、崩れ落ちる訳にはいかない。引きつった笑顔で返すオレの方へ、男性がにこりと笑って、顔を寄せてくる。街灯の灯りが逆光になり、影が差した男性の顔は、笑顔なのに酷く不気味だった。大人の男性特有の少し低い声が、楽しそうにオレへ発せられる。

    「何言ってるの。今日、君の家族は誰もいないはずだろう?」

    さらりと事も無げに言われた言葉に、思わず息を飲んだ。じり、と後退ると、男性もこちらに近寄ってくる。震える腕が引き寄せられて、冷たいスーツに顔が触れた。

    「あぁ、僕の家に来るのもいいね。同棲するのは、君が高校を卒業してからの方がいいと思ったけれど、予行練習しておこうか」

    腕は掴まれたまま、反対の手で腰を撫でられて、ゾワッと鳥肌が立つ。嫌な予想が当たってしまった。視界が揺れて、頭が上手く働かない。震える手には力が入らなくて、押しやることも出来ない。カタカタと震える足が、じゃり、と地面を滑る。どうすればいい。どう逃げればいい。必死に考えるのに、答えが全く浮かんでこない。スマホをギュッと握り締めると、微かにエンジン音がした。

    「わっ…」

    男性の後ろの方から、スピードを落とさずに車がオレたちの横を走り抜ける。オレを庇うように避けた男性が一瞬よろけたのを見て、咄嗟にスマホのライトを男性の顔に向けて付けた。街灯から離れたこの場所は暗いため、ライトの強い光に目が眩んだらしい。手がパッと離された隙に、迷わず方向転換して駆け出す。

    「…っ、は、…はぁ……」

    ライトを消して、ロック画面を解除した。メッセージアプリを開いて、見慣れた名前をタップする。通話ボタンに触れると、画面が呼び出し画面に変わった。スピーカーのボタンを押すと、コール音が鳴り響く。

    「……は、……っ、…」

    曲がり角をあっちへこっちへ適当に曲がって、全力で駆ける。ここがどこかなんて分からない。分からないが、とにかく今は撒くことしか考えられなかった。時間のせいか、すれ違う人にすら出会わない。人通りの多い道はどっちだった?
    呼び出し音はずっと鳴り続けているのに、出ない。仕方なく切って、大きく腕を振った。とりあえず、どこかに隠れて、もう一度連絡してみよう。誰でもいい、誰かに連絡して、助けてもらおう。
    もう一度見えた曲がり角を曲がると、見慣れない空き地に出てしまった。古びた建物が一つあるだけの、開けた場所。

    「ど、どこか、…隠れられる場所ッ…」

    丁度いい隠れ場所が無い。けれど、後ろの方でオレの名を呼ぶ声が聞こえてきた。このままだと、追いつかれる。一か八かで、古びた建物に駆け寄った。幸い入口は開いていて、入れそうだ。エントランスを抜けて、階段を駆け上がる。反対側の方へ走って向かうと、行き止まりだった。

    「…出入口が、…っ、…一つ、なのか……」

    走ったせいで苦しい呼吸を整えながら、踵を返す。階段の方へ向かい階段を降りかけて、足を止める。階下から、声が聞こえた。

    「天馬くん、隠れんぼしてないで、出ておいで」

    どうやらここまで追いつかれてしまったようだ。慌てて階段を駆け上がって、上の階を目指す。3階、4階、と階を上がると、足がだんだんもつれてきた。このまま上まで行ったとして、どうやって逃げればいいのだろうか。声は大分遠くなったようだが、こちらに向かって来ているようだった。ここで立ち止まっていても見つかってしまう。もう一つ上の階へ足を向けたところで、スマホが軽快な音を発した。着信を知らせる音に、慌ててマナーモードへ切り替える。が、音が響いたらしい。

    「あぁ、そっちにいるのかな」

    そう問いかけてくる声がして、慌てて階段を駆け上がる。画面へ目を向けると、『神代さん』と名前が表示されていて、慌てて通話に応じた。カン、カン、カン、と階段を登りながら、スマホを耳に当てる。心臓はフル稼働しているせいかすごく苦しい。

    『もしもし、天馬くんかい?』

    一拍置いて聞こえた声に、じわ、と涙が滲んだ。
    6階まで来た所で、フロアの方へ出る。通路を進んで、傍の物陰に隠れてから、呼吸をほんの少し整えた。

    「神代さんっ、助けてくださいっ!」

    藁にもすがる思いで、電話口にそう伝えると、小さく戸惑う声が聞こえた気がした。同時に、一つ下の階でガシャンッ!と硝子の割れるような音が響く。どうやら、あの男は下の階にいるらしい。カタカタと震える足を引き寄せて、スマホを必死に耳に当てる。身を小さく丸めると、通話口から、神代さんに優しく名前を呼ばれた。

    『天馬くん、今どこにいるんだい?』
    「…わ、わか、りません…、家の、ちかくを、夢中で走ってて…」
    『なら、君の家の近くなのかな。近くにお店とかないのかい?』
    「……た、建物の中で…、古い建物なのか、人が住んでいる感じじゃ、無さそうです…」

    神代さんの声に、少しずつ気持ちが落ち着いてきて、周りが見えてきた。古びた建物は、どこもかしこもひび割れている。表札には何も書かれていないので、空き部屋なのかもしれない。階下から、オレを探す声が聞こえて来て、更に身体を縮こめる。

    『何があったのか、教えてくれるかい?』
    「………バイト先から帰る時に、常連のお客さんに、手を掴まれて…」
    『そう。目印になる建物とか、何かあるならなんでもいいから教えて』
    「…今、6階の通路にいて、まだ階段があるので、もう少し高い建物だと思います。あと、少し開けた場所にある、古い建物で……」

    一つひとつ思い出せることを伝える。こんな情報では分かりにくいかもしれないが、もっと分かりやすい情報は伝えられそうにない。ここがどこなのか、自分でも分からないのだ。本当に、無我夢中で走って逃げてしまったからな。色々伝えたあと、神代さんは電話の向こうで誰かと話をしているようだった。もしかしたら、まだ仕事中なんじゃないか。それに気付いて、「神代さんっ」と少し大きめに声を出して呼ぶと、機械越しに『大丈夫』と返ってくる。

    『少し時間がかかってしまうかもしれないけど、そこで待っていてくれるかい?』
    「…ぇ、…あ…」
    『必ず行くから』

    ハッキリとそう言われて、思わず頷いていた。ぼろ、と溜まっていた涙が頬を伝って、震える声で小さく返事を返す。ぐす、と鼻を鳴らすと、安心させるように、優しい声で名前を呼ばれた。『大丈夫』ともう一度言われた言葉に、胸の内がじわ、と温かくなる。

    『通話はこのまま繋いでおこうか。何かあったら、教えて』
    「…はい」
    『それから、今何か持ってるかい?』
    「………お店の残り物と、鞄なら…」

    鞄の中にあるのは、財布とか教科書や筆箱、後は体操着だ。明日は体育が変更になったので、今日持ち帰ってきた。それを伝えると、神代さんは『そう』と小さく呟いた。

    『天馬くん、今から僕が言う指示をよく聞いてね』

    そう言った神代さんの声は、少し楽しそうだった。
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。やつを一話分だけ書き切りました。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写有り(性的な事は特になし)
    ※突然始まり、突然終わります。

    この後モブに迫られ🎈君が助けに来るハピエンで終わると思う( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    9361

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
    14289

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    3iiRo27

    DONEritk版深夜の60分一発勝負
    第二十三回 お題:「お隣さん」「嘘」
    司視点 片想い
    途中で視点が変わります
    カチャカチャと音を立てながら、手早く混ぜていく。

    カップに入れる生地の量は、綺麗に均等に。

    オーブンの余熱も忘れずに。


    オーブンから取り出した出来立てのそれに、思わず笑みが溢れた。






    「…今日の練習は終わり!お疲れ様でした!」
    「「「お疲れ様でしたー」」


    終わりの挨拶を済まし、帰るかと思った時、渡していないそれのことを思い出した。


    「…ああ、そうだ!今日もお隣さんからお裾分けを頂いたんだ!持ってくるな」

    「わーい!今日は何のお菓子だろー?」
    「段々と上達してきてるもんね。私も楽しみ」
    「そうだね」

    3人の声を尻目に鞄に急ぎ、綺麗にラッピングされたそれを取り出す。



    「今日は抹茶とホワイトチョコのマフィンだそうだ!この前の改善点をしっかり見直したと言っていたぞ」
    「ありがとー!お隣さんにもよろしくね!」
    「私からも、よろしく」
    「僕からもお願いするよ。…それにしても、今回のも美味しそうだねえ」

    ドキ、と高鳴る胸を3人に見えないように抑える。
    幸い、それに同調したえむによって見られはしなかったようだ。よかった。




    ……お隣さんからの貰い物と称して、 1883

    2Lamb_77

    MOURNING※死ネタるつ※
    従者or錬金術師×王様みたいなかんじ
    謎時空

    俺の語彙力で伝わるとは思えないので補足をさせていただくと、
    「王様つかは不治の病に侵され危篤状態。呼吸マスクを付けなんとかつないでいる状態での、恋人の類と最後の逢瀬であった。
    もう満足に呼吸器が働かない体で呼吸マスクを外すということは死を意味する。そんな中でつかはるいに終わらせてもらうことを選ぶ」
    みたいな話
    「本当に、よろしいのですか?」
     いつになく深刻な声色で重々しくオレに尋ねる類。類の両手に収められたオレの手が強く包み込まれる。
    「もちろん、だ……。おまえ、に、なら」
    「ふふっ、恋人冥利に尽きます……」
     耳元で響く声は笑っている。霞み揺れる視界では、類の顔を詳細に捉えることができないが、長い間聞き続けてきた声だ。類の心の機微に気づけないオレではない。
    「僕がこんなことしたとばれたら、冬弥くんたちに怒られてしまうかもしれませんね」
     口調はいつも通りなのに、心なしか指が震えているような感触がする。酷なお願いであることは重々承知していた。でもやはり、このままいつ目覚めるかわからない状態で眠り続けるより、ほかの誰でもない、類の手で眠りたかった。
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