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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    お弁当屋のバイトさんは、褒められ慣れて無いので俳優さんの言葉にたじたじである。

    めちゃくちゃ無心で書いてた。文がごちゃっとしてたらすみません。最近書けなくて、更新前より低ペースです。気持ちが乗りやすいのから書くので、ゆるーっとお待ち頂けますと…:(´◦ω◦`):

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト禁止です!× 14(司side)

    「た、ただいま…」
    「お邪魔します」

    ゆっくりと扉の閉まる音がして、ぴっ、と背筋が伸びる。鍵がカチャ、と音を鳴らすと、もう心臓は限界だった。靴が中々脱げなくて、頭の中はパニック状態だ。やっと脱げた靴を脇に揃えて、客人用のスリッパを出す。顔を上げると、優しく笑って待ってくれている神代さんと目が合った。

    「…ど、どうぞっ…!」
    「ありがとう、天馬くん」
    「か、神代さん、夕飯は食べましたか?!」
    「それが、まだなんだ。天馬くんは、食べたのかい?」
    「お、オレもまだなので、良ければ、神代さんも一緒にどうですか?!」

    少し早口になってしまった。何度も家に呼んだことはあるが、まさかいきなりお泊まりになるとは思わなかったんだ。いや、お願いしたのはオレなのだが、それでも、忙しい神代さんがオレの為に来てくれたのが信じられん。さっきも、助けに来てくれた。飛び降りろと言われた時は驚いたが、しっかり抱き留めてくれて…。
    そこまで思い返して、ぶわわっ、と顔が熱くなる。流石人気俳優神代類だ。あれくらいでは動揺もしなければ、慣れているのだろうな。何事もないかのようにオレの体を支えて車まで連れて行ってくれた。オレは、あの近い距離にこんなにもドキドキしてしまったのだが…。
    やはり、オレはあまり意識されてもいないのだろうな。

    「今日はバイト先から残り物を沢山貰ったので、それで良ければ…」
    「構わないよ。ありがとう、天馬くん」
    「すぐ準備しますので、座って待っていてくださいっ!」

    ソファーへ案内して、えむから貰った袋をキッチンへ運ぶ。袋から取り出すと、色々なおかずが出てきた。唐揚げやマカロニサラダ、卵焼き、回鍋肉、ミニハンバーグ、南瓜の煮物や生姜焼きなんかもある。少しづつ詰めてくれたらしいそれらをお皿に並べて乗せていく。軽くラップをして電子レンジに入れ、加熱のスタートボタンを押した。炊飯器には、朝家を出る前にセットしたお米がしっかり炊き上がっている。小鍋にお水を注いで、火にかけた。

    「今日は神代さんがいるから、野菜を使わない味噌汁にしよう」

    冷蔵庫を開けて、中を確認すると、絹ごし豆腐が入っている。乾燥わかめもあるし、油揚げも入っている。これなら、神代さんも食べられるだろうか。ピッ、と豆腐のパッケージを開けて、中身を軽くすすいで水を切る。包丁でさいの目に切ってから、お湯の沸いた小鍋へ入れた。次に油揚げはお湯で油を切ってから細く切っていく。わかめと一緒にお湯へ入れて、顆粒出汁を入れる。時間が遅いので、あまりゆっくりは作れないからな。お味噌を溶いて、火を止める。お客様用のお茶碗とお椀を取り出して、ご飯をよそった。

    「神代さん、お待たせしました」
    「急にお邪魔したのに、すまないね」
    「こちらからお願いしましたので。といっても、殆どバイト先のおかずですが…」
    「ありがとう、天馬くん」

    温めたおかずやご飯をお盆に乗せてテーブルへ運ぶと、神代さんがふわ、と笑う。割り箸を手渡して、コップに温かいお茶を注いでそっと置く。向かい側に座って、手を合わせた。「いただきます」と挨拶をして、自分の箸を持つ。

    「ここの卵焼き、好きなんだ」
    「綺麗に巻いてあって、それでいてふわふわな食感が良いですよね」

    神代さんの、目を伏せて食べる表情がとても綺麗だ。まるでグルメ番組を間近で見ているような光景に、つい視線がいってしまう。前に進めた卵焼きを気に入ってもらえたのはとても嬉しいな。オレも卵焼きを一口口に入れて、感想を返す。と、神代さんの月色の瞳がオレの方へ向けられて、ふわ、と優しく微笑まれた。

    「うん。でも、僕は天馬くんが前に作ってくれたものの方が好きだけどね」
    「…そ、それは、ありがとう、ございます…」

    ぶわわっ、と顔が熱くなって、思わず下を向く。目が合ったドキドキだけでなく、面と向かって褒められたのが嬉しくて、胸が一気にきゅぅ、と締め付けられるみたいに苦しくなった。手の甲で口元を覆ってなんとか心臓を落ち着かせようとするも、やり方が全く分からん。煩いくらい鳴る心臓の鼓動が、神代さんに聞こえてしまいそうだ。

    「天馬くんのハンバーグも、また食べたいな」
    「く、口に合ったようで、良かったですっ…!」
    「君が前に作ってくれたお弁当もとても美味しかったよ。天馬くんは料理が得意なんだね」
    「得意、というより、慣れただけなんです…」

    褒めてくれる神代さんの言葉に赤くなる顔を軽く手で煽って、お椀を手に持つ。ずず、とまだ少し熱い味噌汁に口をつけて、ほぅ、と息を吐いた。喉を通って熱いものが体の中を通っていく感覚に、ほんの少し気持ちが落ち着いていく。こんな風に神代さんに料理を褒めてもらえるとは思っていなかったから、変に緊張してしまうな。優しい顔で料理を食べながら話しかけてくれる神代さんをちらりと見てから、箸を手に取る。
    料理は食べるのも作るのも昔から好きだ。母さんの料理は今でも目標だし、それなりにレシピを研究する事もある。だが、ここまで料理をするようになったのは、たまたまだった。

    「妹は入院することも多く、両親は帰りが遅くなるのが多かったので、自然と一人で留守番をしている内に料理を練習するようになって…」
    「……天馬くんは、偉いね」
    「今日みたいに、仕事で両親が帰ってこない日も多いので、作る機会が多いんです」

    小学生の頃からなんとなく始めた料理も、今ではそれなりに作れるものが増えた。だからだろう、料理が一層楽しくなったんだ。たまに自分の弁当も作るし、夕飯を作ることもある。バイト先で、えむのお兄さん達のメニュー開発に参加させてもらうこともある。あの店の料理で、気に入ったものはレシピを教えてもらったりもしているから、それなりに自信もある。
    南瓜の煮物を口に入れると、甘い味が口に広がった。この優しい味が好きだ。南瓜の甘い味と、ねっとりした食感、それから醤油のあまじょっぱい味付けが良い。自然と緩む口を軽く手で隠すと、神代さんがくすっと笑った。

    「天馬くんは、本当に美味しそうに食べるね」
    「む…」
    「君が料理を美味しく食べられる人だから、君の料理も美味しいのだろうね」
    「…そ、うですかね……?」

    ぱちん、と手を合わせて「ご馳走様」をする神代さんが、ふわりと笑う。いつの間にか食べ終わってしまったようだ。あと少し残ったご飯を箸で掬うと、神代さんがお茶を手に取った。「ゆっくりでいいよ」と言われては、頷くしかない。一口ひとくちを気持ち早めに咀嚼すると、神代さんが楽しそうにオレを見てくる。

    「僕は家事をしようとしても上手く出来なくてね」
    「え」
    「料理もだよ。レシピは見てるのに、味が違ったりべちゃっとしたり、焦がしたこともあるね。中々上手く作れないから、出来合いのものを買うことの方が多いかな」
    「…神代さんでも、苦手な事があるんですね」

    思わず口からそんな感想が出てしまった。
    顔が良くてスタイルもいい。身長も高身長で、声だって綺麗な声をしている。子どもの頃から雑誌やCMにも出ていて、今じゃ知らない人がいないんじゃないかと言うくらい有名な俳優さんだ。映画の主演にだってまた決まったと聞いた。そんな神代さんが、家事が苦手だなんて、なんだか親近感が湧いてしまう。つい緩みそうになる口元を必死に引き結んでいると、神代さんがくす、と笑った。

    「苦手なものなんて、沢山あるよ。天馬くんも、寧々から聞いたんだよね?僕が野菜嫌いだって」
    「うっ…、それは……」
    「子どもっぽいだろう? 君に知られてしまったのは少し恥ずかしいけれど、いつも気を遣ってくれているのが分かって、嬉しかったからね」
    「……誰だって、苦手なものはありますよ…」

    眉を下げて笑う神代さんは、少しだけ子どものように見えた。確かに、初めて聞いた時は驚いたな。野菜の入ったメニューは頼まない様にしているのも、その時気付いた。だから、あまり野菜の味がしない料理を選んで進めていたのもバレていたらしい。今日の味噌汁も、野菜入れなかった。きっと、神代さんはその事も気づいているのだろうな。最後の一口を飲み込んで、手を合わせて「ご馳走様」と呟く。お茶を一口飲むと、神代さんがふわりと笑った。

    「野菜は苦手だけど、君の料理なら、なんだって食べたいと思ったよ」

    パッと顔を上げると、優しく笑う神代さんがコップを机に置いた。からかってるわけでも、冗談でもなさそうな雰囲気に、ごくん、と喉が鳴る。つまり、オレが作るなら、野菜も食べるって事だろうか…?苦手なものなのに、オレなら、良いと、言ってくれた?

    「コンビニとかのおにぎりや楽屋に運ばれるお弁当なんかじゃなく、君の料理が食べたいって、いつも思い出していたからね」
    「…っ……」
    「それくらい、君の料理は僕にとって特別なんだよ」
    「……あ、りがとう、ございます…」

    さっき収まったはずのドキドキが、また煩くなる。沸騰してしまいそうなほど熱い顔が、上げられない。俯いたまま腕で顔を隠すと、神代さんがくすくすと笑う声が聞こえた。がたっ、と椅子が音を鳴らす。慌てて立ち上がって食器を持ち、キッチンに逃げ込んだ。頭がもうぐちゃぐちゃだ。

    「………し、んで、しまいそうだっ…」

    ドキドキし過ぎて、苦しい。神代さんの言葉の一つひとつが耳の奥から離れていかない。何度も何度も頭の中で再生されて、壊れてしまいそうだ。じわ、と視界が滲むのは、嬉し過ぎるからだろうか。ぐしっ、と袖で拭って、神代さんがいるリビングに顔を出す。

    「か、片付けをしてしまうので、お風呂に入ってくださいっ!」
    「それなら、手伝うけれど…」
    「ちょっと脳が追いつかないので処理が終わるまで一人にさせてください」
    「うん、そっか…、ごめんね?」

    多分意味がわかってないだろう神代さんは、何故か首を傾げて謝ってくれた。神代さんは悪くない。オレが今の現状に追いつけてないだけだ。風呂の場所を早口に説明して、脱衣所に押し込む。シャンプーとかは好きに使ってください、と伝えて、またキッチンに逃げ込んだ。ジャバジャバと食器を洗いながら、延々とさっきの事を思い浮かべる。

    「神代さんの、特別って、なんだっ…?!」

    たかが料理を何回か食べてもらっただけなのに、あそこまで気に入られてしまうなんて思ってもみなかった。こんな、こんな風に言われたのは初めてだ。それに、あの言い方では、オレの事をいつも思い出してくれてるみたいな…。

    「ないないないないないっ…!」

    ぼふっ、と顔がまた熱くなって、思いっきり頭を左右に振る。自惚れるな。お世辞だろう。神代さんは数々のドラマや映画に出ている人気俳優なんだ。他意なんかないはずだ。神代さんの頭が良いから、ちょっとしたお世辞が物凄く豪華な褒め言葉に聞こえてしまうだけだ、そうに違いない。決してオレの料理が特別好きとか、オレの事を少しは意識してくれているとか、そういうことでは無いはずだ。

    「そ、そうだっ!それに、神代さんには婚約者の人が……」

    ぴた、とそこで手が止まる。そういえば、前から気になっていたが、指輪を見ただろうか…?神代さんの名前を知ったばかりの頃は、薬指に確かに指輪をしていたが、最近、それが思い出せない。さっきお茶を飲んでいた神代さんは、着けていただろうか。
    きゅ、と蛇口の水を止めて、手をタオルで拭く。まぁ、オレが気付かなかっただけかもしれんからな。それに、指輪をしてなくても、神代さんに想い人はいるだろう。

    「…そんな事より、寝る場所の準備をせねばな!」

    流石に神代さんをソファーに寝かせるなんて出来ないからな。両親も咲希も、明日の朝帰ってくることは無いと思うが、一応オレの部屋で寝てもらった方がいいだろう。
    神代さんが出る前に、準備せねば。慌てて部屋への階段を駆け上がった。

    ―――
    (類side)

    「…………やり過ぎた、かな…」

    ぷくぷく、とお湯に口をつけて軽く息を吐く。天馬くんの反応が可愛らしくて、つい色々言いすぎてしまった。褒める度に赤くなるのがあまりにも可愛らしかったのだから仕方ない。彼とまた食事が出来たから、余計に気が緩んでいたのかもしれないね。

    「……本当に、彼の食べる顔が、好きだなぁ…」

    へにゃりと表情が崩れる様が本当に可愛らしい。美味しい、と表情全てで表現する彼を見ていると、僕も食べようと思えるからね。彼に言ったのは全て本音だ。食事をとる時は、いつも天馬くんを思い出してしまう。彼の手料理が毎日食べられたら良いと思うほど、彼の料理の味を覚えてしまっている。今度ダメ元でお願いしてみようか…、なんて。

    「…天馬くんが高校を卒業したら、多少手を出しても許されるだろうか」

    はぁ、と息を吐いて、湯船から出た。あまりゆっくりしていたら、天馬くんが入れないからね。シャワーで軽く体を流して、浴室を出る。予め用意してくれたバスタオルで体を拭いて、持ってきた着替えを着る。カチャ、とドアを開けると、パタパタとこちらへ駆け寄って来る足音が聞こえた。

    「大丈夫でしたか?」
    「うん。お湯、ありがとう」
    「いえ、あ、えと、次、オレ、入るので、神代さんは、リビングで待っていて下さい…」
    「ふふ、疲れているだろうから、ゆっくりしていていいからね」
    「は、はい…」

    俯いたまま視線が合わない天馬くんが、僕の隣を通り抜ける。ぱたん、と扉が閉められて、少し残念に思ってしまった。いやいや、相手はまだ高校生なのに、何を考えているんだ、僕は。
    ぺたぺたと足音を鳴らしてリビングへ向かうと、暖房の暖かい温度に包まれた。ソファーに腰かけて、さっき着ていた着替えを荷物に押し込む。さて、彼が出るまで何をしていようか。

    「……おや」

    ふと顔を上げて見てみると、棚にDVDがずらりと並んでいた。なんとなくそれを見ると、映画やドラマのタイトルが並んでいる。天馬くんは映画鑑賞も趣味だと言っていたね。有名どころが並んだ棚を見つめて、ついふふ、と笑ってしまう。僕も好きなタイトルが並んでいる。天馬くんの事だから、きっとどれもころころ表情を変えて身を乗り出すように魅入っているのだろうね。僕のドラマにあれだけの感想メールを送ってくれるくらいだから、なんとなく想像が出来てしまう。遊園地でのショーも楽しんでくれていたし、役者になりたいとも言っていた。

    「明日が休みだったら、彼と語りたかったね」

    好きな映画について。本も読むのだろうか。海外版にもいい作品は沢山あるから、それにも興味があるのか知りたいね。それに、役者志望なら、演技についてまた僕が持っている知識を彼に伝えてあげたい。彼が更に良い演技をしてくれるなら、それが見たい。なんなら、今度撮影に彼を呼んで、実際に見てもらうのもいい勉強になるんじゃないかな。まぁ、彼のことだから、遠慮されてしまう気もするけれど。

    「神代さん、お待たせしました」
    「あぁ、随分早かったね」
    「いえ、お言葉に甘えて、ゆっくり入りました」

    そろ、とドアから顔を覗かせた天馬くんに笑顔を向ける。どうやら考え事をしている内に、大分たっていたようだ。時刻も十一時になろうとしている。

    「えっと、とりあえず、オレの部屋で一緒に寝る、で、良いでしょうか?」
    「…ん?」
    「ちょっと狭いかもしれないんですが、すみません」

    階段の方を指差す天馬くんの言葉に、思わず首を傾げてしまう。今、なんて言ったかな。天馬くんの部屋で、一緒に寝る?一緒に、って、どういうことだろうか。湯上りのせいか白い肌が赤くなっている天馬くんが、俯いたまま階段の方へゆっくり歩いていく。しっとりとした金色の髪が艶めかしくて、思わず喉が音を鳴らした。

    「あ、僕はこのソファーでも十分だよ」
    「お客さんをソファーでは寝かせられません」
    「だ、だけど、さすがに…」

    階段の所で立ち止まって僕を待つ天馬くんは、じっと僕を見ている。さっきまであんなに可愛い反応をしていたのに、こういう所は照れたりしないのだろうか。それとも、そういうお誘いだなんてことはないよね…?ないね。うん。天馬くんだし。

    (…いくら男同士とはいえ、さすがに無防備過ぎないかな…?)

    さっきまで知らない男性に追われていたのだから、少しは警戒して欲しい。いや、信頼してくれるのは本当に嬉しいけど。そうではない。僕にだって、下心はあるんだから。動かない僕に焦れたのか、ととと、とこちらに近寄ってきた天馬くんが、僕の服の裾を軽く摘んで、引いた。ちら、と視線を上げた彼が、困った様に眉を下げる。

    「一応掃除したので、そこまで部屋は汚くないですよ」
    「そこじゃなくてさぁ…」
    「リビングだと、家族がもし帰ってきた時、驚かせてしまうので…」
    「……ぅ、…」

    さすがにそれを言われては頷くしかない。確かに、家に帰ってきて知らない男がリビングで寝ていたら驚かせてしまうね。天馬くんに案内されるまま階段に足をかける。ゆっくり近付く二階に、頭を手でおさえた。
    急に泊まりに来たのは僕だけど、ここまでは考えていなかった。てっきりソファーだと思っていたから、まさか、天馬くんの部屋に案内されるなんて予想出来なかったんだ。寧々の『狼にならないでよ』って言葉が今更追い打ちの様に心を抉ってくる。

    「神代さん、背が高いから、布団が小さいかもしれないんですけど…」
    「………構わないよ」
    「お泊まりとか、あまりしたことがないので、なんだか落ち着かないですね」

    恥ずかしそうに笑う天馬くんに、唇を噛む。そんな可愛い事を今言わないでほしい。何その顔。なんでそんな嬉しそうなんだろうか。いや、さっきの話からすると、小さい頃からお留守番とかも多かったみたいだし、一人の時間ばかりだったのかもしれない。両親にあまり甘えられてないのだろうか。他人とはいえ、大人に甘えられるのが嬉しいのかもしれない。純粋に慕ってくれているだけだと思うけど、相手が悪過ぎる。

    (………こういう時って、円周率を思い出せばいいのかな。それとも、素数…?化学式?)

    到着してしまった二階のフロアを少し進んで、部屋の扉に天馬くんが手をかける。とうとう訪れた運命の時に、頭の中で必死に邪念を振り払う方法を思い浮かべた。大丈夫、一緒に寝るだけ。隣で、一緒に寝るだけ。手は絶対出さないし、天馬くんの安眠は保証するから。カチャ、と音を鳴らして開いた部屋の中に天馬くんが先に入る。綺麗に整理整頓がされた部屋には、ベットが一つと敷布団が敷かれていた。

    「お客さん用の布団がこれしかなくて…。あ、この前偶然洗濯したばかりなので、埃っぽくはないはずです!」
    「……あ、うん。ありがとう、天馬くん」
    「どうしても足が出てしまうようでしたら、毛布をもう一枚持ってきますね」
    「多分大丈夫だよ」

    僕の言葉に安心したようにへにゃりと笑う天馬くんに、笑顔を貼り付けて返す。心臓が今までにないほど大きな音を鳴らしていた。さっきまで熱かった体が急激に冷えていくのが分かる。そっと後ろへ回した手をグッと握り込んで、内心大きく息を吐き出した。

    (…天馬くんは、天馬くんだったぁ〜……)

    そわそわと落ち着きなさそうにベットに腰かけた天馬くんを見ながら、肩を落とす。一緒に寝るって、本当に『一緒に寝る』だけだった。お客さん用の布団が用意されてるのがなんとも天馬くんらしい。うん、さすが真面目な彼である。勝手に添い寝を予想していた僕が馬鹿みたいだ。一人でテンパっていて、ちょっと恥ずかしい。用意してもらった布団に潜り込んで、枕に顔を押し付けた。知らない洗剤の匂いを吸い込んで、熱い顔を冷やす。
    ごめん、寧々。僕はこんな純粋な子に邪な事を考えていたよ。

    「すみません、神代さん、疲れてますよねっ!今電気消しますねっ!」
    「……ううん、大丈夫、ありがとう」

    ぱちん、と電気が消えて真っ暗になる。モゾモゾと天馬くんが布団に入る音が聞こえて、息を止めた。ダメだ、早く寝てしまおう。変な事を考える前に、寝てしまおう。目を瞑って、布団を肩までかぶる。サイズは少し小さいけれど、背中を丸めれば十分だ。頭の中で円周率を思い出しかけたところで、小さな声で名前を呼ばれた。

    「あの、今日は、ありがとうございました」
    「気にしないでおくれ。君が無事で良かったよ」
    「…オレ、どうしていいか分からなくて、咄嗟に神代さんの顔が浮かんで、電話、かけてしまって…」

    天馬くんの言葉に、思わず息を飲んだ。小さくなっていく声は、彼がうとうととしているのだと分かる。けれど、それよりもなんだかすごいことを言われた気がする。

    「あの時、電話がかえってきて、すごい、…あんしん、して…」
    「………それって…」
    「かみしろさん、が、…きて、くれて…うれ、し……」

    シン、と静まり返った室内に、ド、ド、ド、と大きく鳴る心音だけが響く。途切れるように聞こえなくなった言葉の続きと、代わりに聞こえる小さな寝息に深く息を吐いた。さっきよりも顔が熱くて仕方がない。こんな風に言い逃げされるなんて思わなかった。いや、今日は彼も疲れたはずだ。追いかけられて、隠れている時もずっと緊張していたはずだし、布団に入って気が抜けたのだろう。すぐ寝てしまうのも仕方ない。仕方ないけれど、ズルいなぁ。
    本当に怖いと思った時に、家族でも友人でもなく、真っ先に僕に助けてほしいと思った、なんて、嬉しくないはずがない。彼の中で、僕がそれだけ頼られていると言うことだ。それは、少なからず彼の中で僕はそれなりに大きく存在しているということだろう。

    「……期待、してしまうじゃないか…」

    今夜は寝られないかもしれない、と、察するのに時間はかからなかった。

    ―――
    (司side)

    「お兄ちゃーんっ、始まるよー!」
    「あぁ、今行くっ!」

    咲希に呼ばれて急いでソファーへ向かう。隣に座ると、テレビ画面には見慣れたCMが流れていた。それをぼんやりと見ながら、スマホを握り締める。
    神代さんが泊まったあの夜の事は、両親にも話した。少し前から手紙が来ていたこと、バイト先の帰りに誰かに後をつけられていたこと、あの日、廃ビルに逃げ込んだことも。その時、知り合いに連絡をして助けてもらったというのも話した。両親からは、もっと早く相談してほしかったと言われてしまった。心配をかけてしまったのはオレなので、甘んじて説教を受けた。それから、助けてくれた知り合いについて聞かれたが、神代さんの名前を出すわけにいかなかったので、バイト先の先輩という事にした。さすがに、俳優の神代類に助けを求めたなんて、言えるわけが無いからな。

    「いよいよ最終回だねっ!ドキドキしてきたぁ」
    「咲希はずっと楽しみにしていたからな」
    「もぅ、お兄ちゃんだって、ずっと楽しみにしてたじゃん!」
    「そうだな」

    あの翌日、オレが起きた時には神代さんはすでに起きていた。朝からキラキラした顔で『おはよう』と挨拶をされて、声が裏返ったのは恥ずかしかった。朝ご飯は簡単に作って神代さんと食べて、その後すぐ寧々さんが迎えに来た。だから、朝はあまり会話は出来なかった。何故か神代さんと目が合わなかったのも気になる。もしや、オレはいびきが煩かったのだろうか…。けれど、怒っている様子は無かったし、お礼もちゃんと最後にもう一回伝えられた。暫く忙しくなる、と神代さんからその夜メールも来た。今日も来れないと連絡が来ていたし、閉店まで神代さんの姿はなかった。バイト先に次来るのは、いつになるだろうか。その時は、もう一度お礼を言わねばな。

    「あ、始まったよ、お兄ちゃん!」
    「む…」

    聞きなれた主題歌の後に、ヒロインの女優さんが出てくる。最終回はヒロインが誘拐されて、探偵役の神代さんが謎を解きながら助け出す話だ。さっきまで考えていた事が全部消えて、ドラマに意識が集中する。神代さんの声や、表情、動き方に、目が奪われる。本当に、神代さんはすごい。気付くと咲希と一緒に身を乗り出して集中していたようで、途中で母さんに注意された。時間が進むのが早くて、CMが入る度に二人で詰めていた息を深く吐いては続きにドキドキした。この時間が、今日で終わってしまうのは寂しいと思うのに、エンディングまで早く観たくて仕方ない様な、そわそわと気持ちの落ち着かない感じが楽しい。

    「…っ……」

    咲希と二人で強く手を握りこんで魅入ってしまう。物語はとうとう終盤。ヒロインが助け出されて、探偵に感謝するところまで来た。この時、ヒロインは遠回しに探偵へ想いを告げ、探偵が意味ありげな言葉を残して物語が終わるのだ。ヒロインが探偵と想いを通じ合わせるのかは、読者の想像にお任せとなる。小説で見た展開に、息を飲む。誤魔化すように笑うヒロインと、そんなヒロインへ優しく笑いかける神代さんが画面に映る。綺麗な金色の瞳が細められて、手が伸ばされて…。

    「………え…」

    画面の隅にヒロインの後ろ姿が映って、時が止まったかのように背景がスローモーションに変わる。画面が切り替わって、二人の男女が横から映し出された。女性の頬に優しく掌を添えて、重なる二人の顔に、ドクン、と心臓が跳ねる。
    ドラマや映画で何度も見たことがある、女性にとって胸がときめくようなシチュエーションと展開に、背を冷たいものが伝い落ちた。

    「わわわっ、二人、キスしちゃったっ…!」

    咲希が隣で顔を赤くしている。エンディングロールが流れ出して、二人の影が遠のいていく。ドクン、ドクン、ドクン、と心臓が嫌な音を鳴らし、唇を引き結ぶ。
    小説とは違う結末。それはそうだ、ドラマは小説とは違う。脚本家のシナリオで内容は変わってしまう。これはこれで、いい結末だ。分かっている。分かっているのに、脳裏にさっきのシーンが張り付いているかのように消えない。

    (………神代さんが、女性と、…キス、してた…)

    頭が真っ白になって、その日は神代さんに感想メールは送れなかった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏💖💖💖💖💖💖💖💖👏👏👏💖💖💖👏👏💖😭😭💖😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😍❤❤❤😭😭👏👏👏👏❤❤😭🙏💕😭👏💕😭💞💖💙😭🙏👏👏
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写の方が多い。
    ※突然始まり、突然終わります。

    びっくりするほど変なとこで終わってます。なんか急に書き始めたので、一時休憩も兼ねて投げる。続くか分からないけど、やる気があれば一話分だけは書き切りたい( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    6221

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
    6142

    recommended works