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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    俳優さんは、お弁当屋のバイトの子と新しい約束をする。
    雰囲気で読み流してください。
    なんか、🎈くんの気持ちがぐちゃーっとしてる。

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です!×17(類side)

    「お疲れ様です、神代さんっ!」
    「お疲れ様です」
    「神代さん、今度良ければ一緒に出掛けたりとか…」
    「すみません、スケジュールは全てマネージャーに任せているんです」

    撮影の休憩時間になると、周りから一斉に声がかかる。慣れたもので、同時に話しかけられても誰に何を言われたのか聞き取れるようになった。仕事では結構重宝している。聞き取れなかった事にして、流すこともあるけれど。作り笑顔で当たり障りのない返答を返していれば、スタジオの扉が開いた。

    「皆お疲れ様。隣の部屋に夕食を用意してもらったから、皆でどうかな」

    スタジオに戻ってきた監督の言葉に、わっ、とスタッフや役者の人達が盛り上がる。確か隣には休憩スペースがあったはずだ。監督に促されて、次々にスタジオを出ていく人達を何となく眺めてから、僕もドアをくぐった。この後もまだ撮影が続くので有難い。と言っても、仕事先で用意されるお弁当は食べられないものが多くて苦手なのだけどね。いつも通り、食べられないものは残して、寧々に食べてもらおうかな。
    前の人に続いて休憩スペースに入ると、お弁当を手渡す寧々を見つけた。スタジオに来ないと思ったら、ここで手伝いをしていたらしい。こういう事を率先してやるタイプではなかったと思うのだけれど、珍しいこともあるね。

    「お疲れ様、寧々」
    「お疲れ、類」
    「珍しいね、寧々が手伝いなんて」
    「まぁね。はい、類の分」
    「ありがとう」

    ビニールの袋に入れられたお弁当を受け取ってお礼を言うと、寧々は次の人の分を用意し始めた。とりあえず、寧々が終わるのを待とうかな。そう思いながら、ふとお弁当の袋の中を覗き込んで、目を瞬いた。見覚えのある入れ物は良くあるお弁当屋さんの容器だ。使い捨てのもの。それに一緒に入っているお箸の入れ物は、見覚えのあるものだった。『和んだほぃ』、なんて不思議な名前は、全国を探しても一店舗しかないはず…。

    「ぇ、…寧々、これ……」

    まだお弁当を配っている寧々の方へ顔を向けると、どこか勝ち誇った様な顔をされた。僕が驚いているのを見れて、満足しているらしい。もう一度袋の中を覗き込んでみる。いつもはバラ売りしか買わないから、頼んだことの無いメニューも入っていた。そんな容器の上の方に、付箋が一枚貼ってある。不安定なところで書いたのか一部がぐにゃっと歪んでしまっているけれど、とても丁寧な字が一言。

    『お仕事お疲れ様です』

    大きな字が、普段から元気な声で挨拶をしてくれる彼のようだ。まだ誰の字か分からないのに、これが彼の言葉なのが何となくわかる。脳裏に浮かぶ笑顔に、熱くなる額を手で抑えた。

    (もしかして、撮影している時にいたのかな…)

    集中していて周りを見られていなかったのが悔しい。彼がいたなら、少しでも話がしたかった。ドラマの感想であんなに長い文をくれたのだから、実際に見た感想も聞きたかったな。どんな表情をしていたのだろう。どんな風に感じたのだろう。どう、思ったのだろう。もし、ほんの少しでも、彼が意識してくれるなら…。
    そこまで考えていた所で、休憩室の人達の会話が耳に入ってきた。

    「これ凄く美味しいっ…!」
    「どこのお店? これならまた食べたい!」
    「やっぱり監督、良いお店知ってますね」
    「今度他のスタッフにも教えてやろう」

    あちらこちらで、『美味しい』という声が上がる。それを聞きながら、なんだか少し誇らしい気持ちになってしまう。それはそうだ。ここの料理はどれも美味しいからね。広告やポスターなんかの宣伝もほとんどなく、少し駅から離れてしまった通りにあるせいで、名が知れ渡っていないだけだ。それでも、時間によっては人が多く来店する人気のお店である。前に僕が軽い気持ちでSNSにあげてしまったから、一時的に人が増えた事はあった。その後リピーターになってくれたお客さんがいたと言う話も聞いている。それくらい、このお店のお弁当は美味しい。

    (…なにせ、僕が通うくらいだからね)

    全くあの店を知らない人達に、この味が伝わった。それが自分の事のように少し嬉しくなってしまう。けれど、天馬くんの料理はもっと美味しいんだ。彼の料理は、優しい味がするからね。それは、他の人には知られたくないかな。

    「……なに変な顔してんのよ」
    「おや、もう終わったのかい?」
    「まぁね。さっさと食べないと、時間なくなるわよ」

    寧々にそう言われて、控え室の隅にある席へ座った。寧々と二人で並んで座り、お弁当を袋から取り出す。見覚えのあるおかずもいくつか入っていた。ご飯はお稲荷さんのようだ。何種類ものお稲荷さんが並んでいて、なんとも可愛らしい。

    「いいね、女性でも食べやすそうだ」
    「宝箱だからね」
    「なんだい、それは…?」
    「なんでもない」

    ぱちん、と寧々が手を合わせて食べ始めるのを見て、僕も手を合わせる。今日はお店に行かなかったから、食べれないと諦めていたのにね。
    春巻きを一つ摘んで口に入れる。少し野菜の味がする気がしたけれど、しっかり他の味もついているので、そこまで気にならない。パリパリの皮が噛む度に良い音をさせる。皮の食感に、挽肉や筍なんかの食感が混ざって、とても楽しい。野菜の味は気付かないフリで胃の中へ押し込んで、今度は稲荷寿司を一つ食べた。じわ、と甘じょっぱいタレが染み込んだ酢飯の味が良い。唐揚げや、この前食べたポテトサラダなんかも入っていて、つい頬が緩んでしまう。

    「彼が来ていたなら、教えてほしかったかな」
    「なにそれ、会いたくなかったんでしょ。だから黙っていてあげたのに」
    「僕が悪かったよ」
    「これに懲りたら、躊躇してないでもっとアプローチでもかければいいでしょ」

    ふん、とそっぽ向いてしまった寧々に肩を落とす。本当に、寧々は僕をよく知っているようだ。
    彼にあんなことを言われて、勘違いしてしまいそうになった。彼が、僕を意識してくれているのだと。あのキスシーンを見て、誤解をしてくれたのかもしれない、と。あのシーンに動揺して、感想も送れない程悩んでくれたのではないか、と。あの時、早口に言葉を紡ぐ天馬くんが、嫉妬してくれたのではないかと、思ってしまった。だからこそ、揶揄う様なことを言ってしまって、予想していなかった彼からの返答につい手が出てしまった。逃げるわけでもなく、僕を見返す彼の顔が可愛くて、愛おしくて、衝動のまま奪ってしまえたら、と。

    「…………どうしよう、寧々…」

    はぁ、と深く息を吐いて、熱い顔を隠すように手の甲を当てる。ちら、と見えた蓋に貼られる付箋の字に、心臓がきゅぅ、と苦しくなった。
    分かってはいた。誤魔化していただけだ。こんなにも手遅れになっているとは思わなかった。最初は元気な男の子。舞台映えしそうで、きっと、演出の仕方によっては輝くだろうと思っていた。本当にそれだけ。
    文化祭で、彼が誰よりも輝いて見えて、僕の目に狂いはなかったと思った。意識させたいと思っていたし、ゆっくり距離を縮めていければとも思っていた。僕の方が大人なのだから、余裕を持って、彼を甘やかしていこうと。

    「後戻り出来ない所まできたかもしれない…」
    「今更でしょ。あんたが連絡先教えた時点で、手放す気なんかなかったじゃん」
    「最初は本当に、仲良くなるだけのつもりだったんだよ…」

    歳下の、それも男の子だ。友達くらいになれればいいと。彼に好きな人がいるならすぐに諦めるくらいのつもりでいたし、彼に意識してほしいとは思っていたけれど、ここまで僕が彼に惹かれていたなんてね。
    ぱちん、と寧々が手を合わせて、空っぽのお弁当箱を片付け始めた。それを横目に、僕も残り少ないお弁当を口の中に放り込む。

    「とにかく、ここまで来たなら、さっさと落としてみせなさいよ」
    「……………やけに協力的だけど、何かあるのかい?」
    「別に。傍から見たら、お互いにから回ってるのがよく分かっちゃっただけ」
    「…? 何か言ったかい?」
    「なんでもない」

    ふい、と顔を背けた寧々が何か言っていた気がしたけれど、なんだったのだろうか。食べ終わったお弁当の容器を袋へ入れて、首を傾ぐ。これ以上は教えてくれないかな。ざわざわと休憩室の話し声も多くなってきた。そろそろ、後半の撮影が再開されるだろうね。お礼を伝えるのは、撮影の後になってしまうかな。
    ぼんやりとそんなことを考えていれば、スタッフの一人がこちらに近寄ってくる。

    「草薙さん、お弁当の手配、ありがとうございました」
    「いえ。たまたま馴染みの店が引き受けてくれたので」

    成程。ここを選んだのは寧々だったんだね。ここなら僕も食べられるし、有難いかな。寧々とスタッフの会話を黙って聞きながら、スマホを開く。今回のお弁当、写真を撮るのを忘れてしまったな。ぺり、と付箋を外して、スマホの裏に貼り付ける。これは、まだ捨てたくないかな。

    「とても美味しかったです。良ければお店の電話番号とか、オススメとか教えて貰えませんか?」
    「すみません、普段は配達を請け負っていない所なんです。今回は常連として、特別に引き受けてくれたみたいで」
    「そうですか。それは残念だ」

    寧々の仕事モードの受け答えを聞いて、思わず顔を上げる。このお店、配達は受け付けてなかったのか。それなのに引き受けてくれたのは、僕が通っていたから? それとも、寧々が通っているのか? そんな話聞いてないけど。愛想笑いで対応する寧々を見ながら、首を傾ぐ。普段配達をしていないお店が、わざわざこの量を配達してくれるなんて、相当すごいことなのでは…?

    (僕のマネージャーは、本当に有能だなぁ…)

    心の中で今夜お店と交渉を取り付けてくれた寧々に、そっと感謝した。

    ―――
    (司side)

    「司くん、今日はありがとー!」
    「いや、オレの方こそ、連れて行ってもらえて良かった」
    「司くんの特別のお客さん、とってもとってもきらきらーってしてたね!」
    「あぁ、とても、かっこいい人なんだ」

    ぶんぶんと手を振るえむに、つい口元が緩む。お店の片付けも終わり、後は帰宅だけだ。店の外で軽く話をしてから、えむに『おやすみ』を告げて家へ向かう。曲がり角に差しかかるまで、ずっと後ろからえむが手を振って見送ってくれるのが分かって、なんだかおかしかった。
    神代さんは、もうお弁当を食べただろうか。神代さんが食べるのだと知っていれば、野菜の少ないお弁当を用意してもらったのだが、大丈夫だっただろうか。こんな時間でも、まだ仕事なのだろうな。俳優の仕事は大変だと聞くが、そうなのだろうな。スタジオの空気が、ピリッとしていた。真剣に役に入る神代さんはかっこよくて、すごかった。普段は画面越しだからだろうか、実際の演技はやはり迫力が違う。

    (……もっと、見ていたかったな…)

    もっと近くで、もっと長く、神代さんの演技を見ていたかった。表情の変わり方とか、声の出し方、抑揚の付け方、指先から足までの動かし方も、カメラへの見せ方も、神代さんがどう思ってしているのか、知りたい。一番近くで、それを見ていたい。オレは役者に向いていると言ってくれた神代さんの期待に応えたい。

    「…進路も、考えねばな……」

    演劇に力を入れている大学か、専門学校に行くか。もう三年生だからな、進路は決めていなければならんだろう。幾つか絞ってはいるが、まだはっきりと決まってはいない。
    ぼんやり歩いて家まで帰り、夕飯の後にお風呂も済ました。あと数日で四月になり、三年生となる。三年生になったら、きっとバイトも徐々に減らさなければならないだろうな。神代さんに会う機会も、減るだろうか。

    「………週に一回でも足りないのに、もっと、会えなくなるのか…」

    小さく息を吐いて、ベッドに寝転がる。
    スタジオで神代さんを見たからだろう。昼間までの、どんな顔で会えばいいのか悩んでいたのが嘘のように、もう声が聞きたくなっている。あの優しい顔で、『天馬くん』と呼んでくれる神代さんを、思い浮かべてしまう。ここ数日は忙しいのか、神代さんから連絡も来ていない。いつか、こんな風に、連絡すら取れなくなってしまったら、どうすればいい…。
    ぽふ、と枕に顔を埋めて、目を閉じる。浮かぶのは、あの夜助けに来てくれた時の神代さんの顔で…。

    「のわっ…?!」

    唐突に鳴り出したスマホの音に、ビクッと肩が跳ねる。そばに置いてあったスマホを手に取ると、画面には『神代さん』と名前が表示されていた。音は止まらず、いまだに手の中で鳴り続けている。着信を知らせる画面には、赤と緑のボタンが表示されていて、オレが押すのを待っているようだ。慌ててベッドの上に正座で座り直して、深呼吸を三回ほどする。心臓はドキドキと煩くて、顔は熱い。
    声が聞きたいと思っていた神代さんからの電話だ。緊張しない方がおかしい。震える指で緑色のボタンをゆっくりタップすると、軽快な音が止まった。

    「…も、もしもし……」

    耳にそっと当てて、小さな声で話しかけると、機械越しに優しい声が聞こえてくる。

    『こんばんは、天馬くん』
    「こ、こんばんは、神代さんっ…!」
    『夜分遅くにすまないね。寝るところだったかい?』
    「いえっ…、全然大丈夫ですっ!」

    相変わらず落ち着いた声で話しかけてくれる。オレばかりがこんなにも緊張しているのが恥ずかしい。だが、声が聞けて、とても嬉しいんだ。きゅぅ、と苦しい程ドキドキする胸を手でおさえて、そっと深く息を吸う。なんだか落ち着かなくて、身体がそわそわしてしまう。なんの用事だろうか。神代さんから連絡が来る時は、良くお出かけのお誘いをしてくれたりするからな。もしかして、また…。

    『お礼が直接言いたくてね。今日、スタジオまで来てくれたみたいで、ありがとう』
    「あ、こちらこそっ、…その、神代さんが撮影してる姿が見られて、嬉しかったですっ!」

    優しい声でお礼を言われて、思わずオレも頭を下げる。オレの方こそ、神代さんの仕事をしている姿が見られて良かった。スタジオの雰囲気とか、どんな風に撮影しているかとか、色々勉強出来たからな。オレが、あの人の隣に並ぶ時、こんな感じの場所で、一緒に撮影するのか、と、そう思ったら少しわくわくした。
    思った事をそのまま言ったのがおかしかったのか、神代さんが、くすっと笑ったのが聞こえてくる。

    『ふふ、嬉しい事を言ってくれるね。まるで僕に会いに来てくれたみたいだ』
    「へ…?! あ、いや、その、…そう、じゃなくてっ…!」
    『大丈夫、分かっているよ。天馬くんの事だから、スタジオの雰囲気が見れて、勉強になったとか、そういう意味なんじゃないかい?』
    「…そ、その通りです……」

    ぶわわっ、と顔が熱くなって、頬を手でおさえる。神代さんは、なんでもお見通しのようだ。まだくすくすと笑われている気がして、恥ずかしい。何故、神代さんの前だとこんなにも緊張してしまうのだろうか。むにむにと手持ち無沙汰な手で頬を軽くつねって、唇を引き結ぶ。発言には少し注意せねばならんな。

    『連絡が出来なかったのだけど、今日は撮影が忙しくて、お店には行けなかったんだ』
    「神代さんはお仕事お忙しいですからね、仕方ないですよ」
    『だから、今日、お店のお弁当が食べられて良かった。天馬くんからのメッセージのお陰で、やる気も出たしね』
    「ひぇッ…?! ぁ、そ、…ぅ、ですか…」

    なんか、今日の神代さん、いつもとちょっと違う気がする…。心臓が煩くて、手にじわりと汗が滲んだ。頭の中に、神代さんの声が反響しているみたいだ。なんか、“特別”って言われたような気がして、慌てて頭を振る。そんな事、あるわけが無い。

    『出来れば、撮影の差し入れは毎回あのお店のお弁当がいいな』
    「そこまで気に入って頂けて、良かったです」
    『欲を言えば、天馬くんの料理が一番食べたいけどね』
    「っ、…か、からかわないでくださいっ…!」

    ぼふっ、と一気に顔が熱くなって、目の前がくるくるする。神代さんの一言一言にこんなにも振り回されて、自分が情けない。さらっと言われてしまうから、本気にしてしまいそうになる。そう言ってもらえたのが嬉しくてドキドキして、けれど、そんなことあるわけがないって必死にそれを奥へ押し込もうと試みる。神代さんは優しいから、お世辞を言ってくれているだけだ。オレの手料理より、お店のお弁当の方がずっと美味しい。
    運動したわけでもないのに、なんだか呼吸が苦しい気がして、もう一度深く息を吸い込んだ。ドキドキし過ぎて、おかしくなりそうだ。

    『おや、僕は至って真面目だけどな』
    「んぇ…?!」
    『君が作ってくれるなら、なんだって残さず食べ切れる自信があるしね』

    はく、はく、と口を開閉させても言葉が出てこない。さっきよりも、神代さんの声が真剣なものに聞こえてしまって、勘違いしそうになる。そういうのは、婚約者さんとかに言うものだ。オレみたいな、最近知り合ったような行きつけの店のバイトに言う言葉じゃないだろう。そんな風に言われたら、誰だって勘違いしてしまう。

    「お、煽てても、野菜を抜いたりしませんよッ…!?」
    『ふふ、もしかして、作ってくれるのかい?』
    「そういう話をしているわけではないっ!!」
    『あはは、天馬くんは可愛いね』

    機械の向こうで、神代さんが楽しそうに笑う声が聞こえてくる。なんだか子ども扱いされているみたいで、すごく恥ずかしい。というか、こんな風に話す人だっただろうか。もっと、大人っぽくて、カッコイイ人だというイメージしかないのだが…。
    一度スマホを離して、深く深呼吸をする。熱くて仕方ない。神代さんにとって、オレは幼い弟のようなものなのだろうか。少しだけ、納得がいかない。

    (…だが、…こんなふざけたような会話をしてもらえると、神代さんと前より距離が近くなったような気がするな…)

    恋愛対象として、というよりも、可愛い弟や、歳下の後輩みたいなものなのだろうが…。それでも、やはり嬉しいと思ってしまう。複雑だ。むぅ、と眉を顰めて、スマホを握り直した。
    煩い心臓は手で押さえて、大きく息を吸う。

    「……本当に、食べてくれますか…?」

    勇気を出して問いかけると、神代さんの笑う声が止まった。

    ―――
    (類side)

    『……本当に、食べてくれますか…?』

    そろそろ謝ろうかと思っていた矢先に、さっきまでとは違った声音で問いかけられた。冗談なんかじゃない、緊張の混じった震え声に、思わず息を飲む。
    撮影はこの後も続く。休憩時間を見つけてかけた電話。彼からのメッセージを見て、どうしても声が聞きたくなってしまった。通話が始まってから、ずっと緊張している様子の天馬くんを、楽にしてあげようとしただけだった。気付いたら、そんな彼と話すのが楽しくなってしまって、ついからかってしまった。焦ると、敬語がはずれる所が可愛らしくて、ちょっとした意地悪が止められなくなって…。
    なのに、緊張が解けるどころか、一層真剣な声でそんなことを言われてしまった。

    「………天馬くんの料理なら、毎日でも食べたいね」
    『…でしたら、作りましょうか…?』
    「……いいのかい?」

    いつもより少し小さな声の天馬くんに、問い返す。彼の料理は好きだ。けれど、彼の負担になるから冗談のつもりだった。ここで、本当なら断るべきなのだろう。適当に理由をつけて、無かったことにするべきだ。分かっている。分かっているけれど、ここで彼に“お願い”したら…。

    『…期待に添えるかは分かりませんが……』
    「僕としては、とても嬉しいけれど…」
    『じゃぁ、作りますっ…!』

    機械越しに聞こえた彼の声音が、ほんの少し高くなったのが分かって、つい、口元が緩んでしまう。きっと、今彼は安心したような優しい笑みを浮かべているのだろうね。伝わってくる彼の優しさとやる気に、今更『なかったことに』なんてしたくない。
    スマホを反対の手に持ち替えて、後ろの壁に頭を預けた。ひんやりとした壁の温度が気持ちいい。緩む口元に手の甲を当てて隠し、出来るだけ声を低くすることを意識しながら、「それじゃぁ、お願いしようかな」と返事を返した。彼に、僕が浮かれているなんて、気付かれてはいないだろうか。

    「そうだね、毎週月曜日、というのはどうかな?」
    『月曜日、ですか…?』
    「毎日は大変だからね。もちろん、君の都合に合わせるよ」
    『…分かりました。次の月曜日から、作ります』

    はっきりとそう言い切られて、つい小さく吹き出してしまう。彼は、こういう所が面白い。電話に出てすぐの緊張した震え声はどこへ行ったのか。まるで別人のように今はまっすぐ僕へ返してくれる。スマホの向こうで、『何を作ろうか…』と考え始めてしまっていて、その独り言すら聞いていて面白い。本気で、作ってくれる気のようだ。

    (差し入れなんて、他人から受け取った事もないのにね…)

    小さい頃からこの業界にいて、色んな人から差し入れを渡された。小さい頃は受け取って、当時のマネージャーが捨てていたのを覚えている。中学生になったばかりの頃、かなり変わった差し入れを渡されてからは、全て断るようになった。手作りの料理やお菓子なんて、絶対に受け取らないと決めていたはずなんだけどな。よく考えたら、初めて天馬くんが作ってくれた料理やお弁当も、普通に食べていた。彼が作ったというメニューは、見つけると毎回買ってしまっていた。今回のことだって、僕から言い出したことだ。今更かもしれないけれど、こうも簡単に、人の意識というのは変わるものなのだね。

    「無理を言ってすまないね」
    『いえ、神代さん、普段ちゃんとした食事を摂らないって、寧々さんが言ってましたので…』
    「かっこ悪い所ばかり聞かれてしまっているなぁ…」

    天馬くんの言葉に、苦笑する。寧々はなんでも話してしまうから困りものだ。今日来た時に、話したのだろうか。ちら、と時計を見ると、そろそろ休憩の終わる時間だ。もう少し話していたいな。何か話題はないだろうか。出来ることなら、彼の楽しそうな声も聞きたいけれど…。
    ぼんやり考えながらスマホに耳を傾ける。僕がぼやいた言葉を聞いた彼は、何故か黙ってしまった。深く息を吐くような音が聞こえて、首を傾げると、『あの、…』と天馬くんの方から話しかけられる。

    『か、神代さんは、いつも、…かっこいい、です…』
    「………………ぇ…」
    『こ、声聞けて嬉しかったですっ!…ぉ、お休みなさいっ!』

    耳がキィン、とする程大きな声が早口にそれだけ告げ、ぷつんと呆気なく通話が切られてしまった。訳がわからず呆然としたまま、『ツー、ツー、…』という回線の音を聞く。頭の中は真っ白で、瞬きすら忘れていた。
    今、僕は誰と話をしていたのか。いつものファンの一人? 同じ撮影の役者仲間? 違う。ちょっと変わった、行きつけのお店の元気なバイトの子だ。料理が上手で、優しくて明るく笑顔の可愛らしい、頑張り屋の子。

    「……………………え…」

    もう、回線の音すら聞こえなくなったスマホを側に置いて、両腕で顔を覆う。じわぁ、と耳まで熱い気がするけれど、熱でも出たのだろうか。耳鳴りが漸く治まってきて、脳内にさっきの彼の言葉が浮かんでくる。今まで同じような言葉は何度も言われてきた。言われてきたのに、そのどれとも違って聞こえた気がする。
    耳が痛くなるほど、彼の声が元気過ぎたからだろうか。

    「もぅこれは、…勘違い、とかじゃないよね…?」

    あんなにも熱の篭った『かっこいい』があるのか。同性に向けるのに、そんなに緊張する事があるだろうか。それに、『声が聞けて嬉しかった』なんて、期待してしまう。僕だって、『彼の声が聞きたくて』電話したんだ。それは、彼を『愛おしい』と思ってしまっているからで…。彼の言葉は、本当に友人のそれだというのか。ここまであからさまな態度をとられては、『勘違い』と思い込む方が難しいんじゃないか。

    「…何面白い顔してんの」
    「……………寧々、僕は夢でも見てるのかな…」
    「どうでもいいけど、さっさと撮影に戻らないと怒られるよ」
    「……分かっているよ…」

    目の前に仁王立ちになって見下ろしてくる寧々を見て、心の中で手を合わせる。なんだかんだ寧々のお陰で進展出来ている気がするから、これからはもっと感謝しよう。
    立ち上がって、控え室を出る。長い廊下を歩きながら、頭の中に浮かぶのは、さっきの天馬くんの言葉ばかりだ。今度会った時、彼はどんな顔をしてくれるだろうか。

    「おっと、…」

    トン、と肩がぶつかってしまい、慌てて端に避ける。ぶつかった彼は、軽く会釈をして僕とは反対の方へまた進んでいった。見覚えのある顔に、思わず目を瞬く。彼の傍にいた一人が、ちら、と僕を見て顔をすぐに逸らしてしまう。夕焼け色の髪の彼にも、見覚えがあった。
    高校生だろう四人組の後ろ姿を目で何となく追っていれば、寧々が僕の服の袖を引く。

    「早く行くよ、類」
    「…うん」

    時間が無いからだろう、引かれるまま早足に廊下を進む。彼らの事は、後で聞けばいいかな。気持ちは切りかえて、スタジオの扉を開けた。
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写の方が多い。
    ※突然始まり、突然終わります。

    びっくりするほど変なとこで終わってます。なんか急に書き始めたので、一時休憩も兼ねて投げる。続くか分からないけど、やる気があれば一話分だけは書き切りたい( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    6221

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
    6142

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