繰り返し 目が覚める。
泣いていることに気づいてまばたきをする。
耳に流れる涙の原因に心当たりがない。怖い夢でも見たのだろうか。
と、アラームが鳴った。
「お、すげぇじゃん」
タイジュに話そう、と思った。
ふと、昨日の朝もアラームが鳴る直前に目が覚めたな、と思い出す。体内時計の正確さに思わず笑ってしまう。
「だからオレの体内時計はすげぇってこと」
笑うハナビに、タイジュは、え? と言う顔をした。
「昨日、寝坊したって言ってませんでした?」
「え?」
「ギリギリ寮を出る時間には間に合ったけど、って言ってました」
そうだっけ、と記憶を辿る。そう言えばそんな事もあったような、と頭を掻いて笑った。
「まだ寝ぼけてるんですか?」
タイジュは笑って言った。
学校を終え、寮に帰る。
隣をタイジュが歩く。いつもの風景。
階段を降りながら話をしていると、タイジュが笑った拍子に足を滑らせ、一瞬で十段ほど下のコンクリートに転がった。
ハナビは慌てて駆け下り、名前を呼ぶ。
返事がない。たぶん揺すったりしてはダメだと体に触れずに名前を呼び続ける。
「タイジュ、タイジュ!」
ふ、と瞼を開き、覗き込んだハナビの顔を見た。
「あれ、……ハナビくん?」
「ああ……心臓止まるかと思ったぜ……」
むくりと起き上がり、頭を触ると、
「たんこぶになってます」
と恥ずかしそうに言った。そして、
「大丈夫です」
と言うとにこっと笑った。
寮に帰った後もハナビは心配で仕方がなかった。タイジュの部屋をノックして声をかけるとドアが開いた。
「タイジュ、頭、診てもらった方が良いぜ」
そう言うハナビに、タイジュは、
「なんのことですか?」
と言う。
「何って、階段から落ちたろ」
「階段……?」
サッと青ざめたハナビはタイジュの腕を掴むと医務室へと向かった。
「大丈夫、頭を打った衝撃でほんの少しだけ記憶が抜けただけみたいよ。でもちょっと心配だから、明日またしっかり診せてちょうだい」
ハナビは力強く頷くと、困った顔のタイジュを見つめた。
目が覚めた。
また泣いている。なんだよ、と少し苛立ちながら腕で拭う。はぁ、とため息を吐いたところでアラームが鳴った。
やっぱり体内時計、正確じゃねぇか、と笑ってしまう。
「だからオレの体内時計はすげぇってこと」
笑うハナビに、タイジュは、え? と言う顔をした。
「昨日、寝坊したって言ってませんでした?」
「え?」
「ギリギリ寮を出る時間には間に合ったけど、って言ってました」
そうだっけ、と記憶を辿る。そう言えばそんな事もあったような、と頭を掻いて笑った。
「まだ寝ぼけてるんですか?」
タイジュは笑って言った。
ハナビは、あれ? と思った。なんか今の、デジャブみたいだな、と不思議な気分になった。
学校からの帰り道、隣で歩くタイジュが階段から足を踏み外した。あ、と思った瞬間、まただ、と思う。
タイジュの名前を呼びながら、頭の片隅で、何か同じことがまた起こっている、と思った。
呼びかけに応じたタイジュに安堵し、寮に帰る。
「ミドリさんに診てもらった方が良いんじゃねぇか?」
と言うハナビに、
「なんでですか?」
と答えるタイジュ。
まただ。デジャブだ。
「……階段から落ちたろ」
「階段……?」
ああ、くそ。何がまたなんだよ。分かんねぇけどこの既視感はなんだ。
タイジュを医務室へと連れて行く。
「大丈夫、頭を打った衝撃でほんの少しだけ記憶が抜けただけみたいよ。でもちょっと心配だから、明日またしっかり診せてちょうだい」
ハナビは、はい、と言うとタイジュを見た。タイジュは困った顔をしていた。
目が覚める。泣いている。まただ。また、同じだ。
——何が?
アラームが鳴り、自分の起きるタイミングの良さに驚いた。
「タイジュ」
「おはようございます」
もう驚かない。恐らく昨日は今日なんだろうな、と思う。これから何が起こるのか、その記憶がないのが救いだと思った。
繰り返している。
同じ日を繰り返しているのだ。
たぶん、夢ではない。
何か意味があって起こっているとなんだろうと思う。
そして起こる事象を変えることは出来ない。そんなことをしたら未来が変わってしまう。
——未来?
今日を繰り返す意味。
今日、未来の自分がここへ来たいと思った何かが起こる日なのだろうか。
まるで分からない。
起こることは変わらないのに、何故この日を選んだのだろう。
「ハナビくん?」
ぼーっとしていたオレを、笑顔のタイジュが覗き込む。
——ああ、もしかして。
僅かな希望を見出す。
——そうなのか?
と、未来の自分に尋ねる。
出来事は変わらないけれど、変わるものもある。
「タイジュ」
立ち止まったオレに合わせてタイジュも立ち止まる。
「はい」
さっきの笑顔のまま、オレを真正面から見つめるタイジュを、やっぱり、と心が決まった。
目が覚める。
泣いている。
机に突っ伏して寝ていたようで、体が痛い。
涙を拭いながら枕にしていた分厚いノートをパラパラと開く。もう何度も読み返した。だんだんと字が乱れ、最後の方は何を書いてあるのか分からない文字もある。
もう、このノートを完全に閉じなければ、とハナビは思った。
いつから書き始めたんだろうと思い、最初のページに戻る。
表紙との間に手紙が挟まっていた。
見覚えのない手紙。
おかしい、今まで気が付かなかったのか、と手に取り開く。
ハナビくんへ、から始まる手紙。
オレ宛なのにここに挟んであるのはおかしいだろ、と笑ってしまう。だが、読み進めるとハナビの目は見開かれ、そして今まで気付かなかった訳が分かった。
あの日のオレは、タイジュに想いを伝えられたんだな。
だから今、こんなに気持ちが軽い。
ずっと一緒に居た事は変わらないけれど、気持ちが通じ合っていたんだと分かった。
だから、友達同士だったらしないだろうスキンシップも受け入れてくれたし、返してくれた。だから、ちょっと際どいセリフも頬を染めて頷いてくれてたんだ。
そういうことはしなかったけど、ちゃんと分かってくれてたんだな、と記憶が蘇る。
良かった。
記憶があるうちはちゃんと分かっててくれたんだ。
記憶が曖昧になってからも、きっとどこかで分かっててくれたんだろうと思いたい。
「タイジュ」
もう居ないその人の名前を呼ぶ。
大好きな人。
かけがえのない人。
「大好きです」
ハナビは手紙の最後の言葉を繰り返した。