幸福と言う名のあなたただ一つ歳を重ね、家族から連絡が入る日。
私にとって一月六日はただそれだけの日だった。確かに幼少期は家族に祝って貰うことが喜ばしかったし、今か今かと待ち遠しい気持ちになったこともある。しかしそんな気持ちにはもう何年もなっていない。医者になり、社会に出て、そして兄の腹の中を見たあの日から。
この世はイカれている。
それを知って、受け入れられなくて、気が付いたらいつの間にか、もしかしたらもう少し、もっと前のいつかから。
それからこの日は、家族から連絡が入る日、それだけとなった。
それだけのはずだった。
ピロン。ピロン。ピロン。ピロン。
「真経津も叶もしつけーな」
先程から鳴り止まない携帯の画面を覗き込む男は、私の肩を抱いて頭を寄せる。多少狭苦しいが、不快ではない。
「既読を付けながらも返事をしていないからじゃないか。私の嫉妬深い恋人が、返事をするなとしつこいからな」
「別にもう返事しても文句言わねーよ。さっきはお前がセックス中に携帯見ようとしたからだろ」
「だからと言ってよくも私の腰を使い物にならなくしてくれたな。素晴らしいプレゼントに感謝の涙が止まらないぞ」
「悪かったって! そんな嫌味ばっか言うんじゃねえよ!」
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜる手の勢いは頭を大きく左右に揺らすから、これは流石に不快でわき腹に肘を入れる。
「ぐ、ぉ⁉」
妙な声を上げて脇を抑える獅子神はふるふると小刻みに震えていて、それを横目に画面を見る。まだ中身は見ていないが、真経津も黎明も、どちらの内容も予想がつく。予想がつくから、まだ、見たくない。なんて、らしくもないことを考えるのは、隣の男のせいか。
結局、それを見ることなく画面を切って机の上に伏せて置く。
「……なんだよ、見ねーのか?」
ようやく落ち着いた獅子神は怪訝そうなマヌケ顔でこちらを見て、次いで目元に暖かい感触。
「それ見ねーなら、こっちだけ見てろ」
生意気にもこちらを射貫くようなその視線に己のそれを結び合わせる。
今日はただ歳を一つ重ねるだけの日だったはずなのに。鳴りやまない携帯。私だけを見つめる恋人の存在。数年前の私には、想像もできなかった状況だ。これも、幸福と、呼ぶのだろうか。
じわりと昂る感情のまま、膝に跨る。正面から向き合いながら腰に回る手に身体を任せて、僅かに首を傾げて見せる。
「あなたが私を釘付けにできるなら、いくらでも」
「……上等」
そうして笑った獅子神は、息ごと飲み込むように唇を奪ったあと、今日この日を祝う言葉を囁いた。胸の奥から湧き上がるそれに敢えて名前を付けるとすれば、それは、きっと――。