この傷はみずから大きな左手の薬指に収まるシンプルな銀色が眩しかった。
隠したり見せびらかしたり、そんなことは一切しないのだろう。ペットボトルを片手に同僚らと会話をする張遼は普段と変わらない表情でそこにいた。
つい数週間前はまだ緊張をまとっていたのにすっかり落ち着いた様子である。相変わらず上手くいかない人物はいるらしいが動揺や困惑は見えない。案外、器用だ。不器用そうに見えて何でもそつなくこなし輪を乱すことなく上手くやっている。
羨ましいと、郭嘉は思った。己の方が口先も立ち回りも上手だろうが不思議と彼を目で追ってしまう。彼の立派な体躯のせいか、あるいは偽ったり謀ったりする必要のない生き様だからだろうか。
立ち並ぶ自動販売機を目指せば必然的に彼に近付く羽目になる。避けたい訳ではない、寧ろ本当はもっと張遼のことをよく知りたかった。
「郭嘉殿」
「やぁ。お疲れ様」
「お疲れ様です」
自然と目が合った。タイミングが良かったのか、張遼はそっと同僚たちの輪から抜けて郭嘉に近付いてくる。
「先日はありがとうございました。郭嘉殿のサポートのおかげでどうにか済んだと聞いております」
「うん、そう?気にしないで」
微笑んで言葉を返す。流れるように口から零れたものの、張遼の話す「先日」というのが今ひとつ分からなかった。遊んでいるように見えて日々細かい手助けを多く請け負っているせいでどの日の何がそれに当たるのか、分からない。
かと言って空気を壊したり彼の感謝の気持ちを無下にしたりする訳にもいかないから郭嘉は適当な言葉で合わせておいた。それから他愛のない会話を少し交わして自動販売機のボタンを押す。
水が良かった。薬を飲む都合もあるし味のないものの方が好みだ。けれども何となく、一体それが何のアピールになるのか分からないが郭嘉は迷うふりを見せてからミルクティーを選ぶ。
「甘いものがお好きですか」
取り出し口から現れた小さいサイズのペットボトルを目にした張遼が意外そうな声をあげる。予想通り興味を示してもらえたようで郭嘉の心の内は随分と気持ち良かった。緩む口元は隠さずに同意を返して向き合う。
「結構好き、かな」
柔らかい表情筋を持つ自分と異なり張遼の顔は然程気持ちを出さない。元々顔つきがきつく見られがちなのか、ポーカーフェイスとまではいかないが落ち着いているときの方が多かった。
そんな彼の目が僅かに揺れたように見えた。
「ふふ、本当はね、甘くない方が好みだよ。今日は少し疲れているから」
「そうでしたか……お疲れ様です」
揶揄うつもりはない。郭嘉の軽口にどういう態度を示すか気になっただけだ。小さく笑って見せれば張遼もまた若干照れた様子で笑っていた。
つい、視線が彼の左手へ移ってしまう。一筋の銀色があるかどうかでその人のステータスが変わるというのも不思議な話だ。皆がその理由を知っていて常識化しているのも面白い。恐らく自分は本来の意味では一生付けないであろうその指輪が、酷く眩しかった。