わかるわかるわかる。機嫌が良いか悪いか、その理由が何かまで、大体わかる。決して表情に出やすい訳ではないのに尾形の顔と態度で何となく察しがついてしまうのだ。
「おい」
背中に押し付けられた顔。こちらの腰にやんわりと巻き付けてくる腕。それからあからさまにぐりぐりと、擦り付けてくる奴の股間。
多分あまり機嫌は良くない。だから一発やりたい。けれども完全な欲情までには至っていないからどうにか興奮できないかと材料を探している。そんなところだろう。
呆れと憐れみが混ざった曖昧な感情を抱き、宇佐美は宥めるように尾形の腕を数回叩いた。
「おい。やめろ」
「……んだよ」
「何だよはこっちの台詞だ百之助」
言いたいことは山ほどあったがそれすら面倒くさい。
この甘ったれのことはわかると言いながらも、そのスイッチみたいなものはよくわかっていない。何を考えているのかわからないときも多い。大抵そういうときは何も考えていないのだろうが、そうやって振り回されるのも腹が立つ。
何度叩いても離れない腕にも段々苛立ちが募り始める。いよいよ投げ飛ばしてやろうかと思った瞬間、鬱陶しい拘束が外れた。
「何、もう」
「……」
「はン!どうせ、あれだろ、また勇作殿に『兄様、兄様』言われながら追いかけられて嫌になって逃げてきたんだろ」
振り返って即座に、一息に言い放った。宇佐美を静かにじっと見つめている尾形は何も言わず眉も動かさないがそれはつまり図星ということなんだろう。微かに目が動く。大きな黒目がぴくりと揺れたのを見逃さなかった。
「何か言えよ。いいか?僕だってな、暇じゃないんだ」
「宇佐美」
この機に鬱憤でも晴らしてやろうかと思ったのに呼吸の隙を狙って名を呼ばれた。割とはっきりとした声で視線も逸らされていない。
少し予想外な様子に思わずこちらが言葉を飲み込めばやや間を置いて彼の口が再び開く。
「……ケツ貸せよ」
「最悪!お前、もっと可愛げとか無いの!?」
簡潔でわかりやすいがこれほど感じの悪い誘い方も早々ないだろう。しかし、わかる。これが奴なりの甘え方なのだ。
大袈裟にわざとらしく唾を吐く動作を見せれば尾形は満足気に鼻を鳴らした。