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    hiisekine_amcr

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    暁理の2人が任務で過去に行ったら突如離れ離れになってしまったので暁さんが理人さんを取り戻そうとするお話の続き。今回は瀧川くんのみの登場です。

    ##暁理

    9 仕立て屋と火消し 糸切り鋏のかしゃんという音が、静かな部屋に響く。繕い終えた着物を手早くたたみ、着物の山にそっと乗せた。
     積み重ねられた着物を両手で掬うように大切に持ち上げ、暖簾をくぐる。薄暗い室内には色とりどりの反物が陳列されており、燭台の灯りに照らされている。そこはこの町で一番の仕立て屋であり、瀧川が職人見習いとして身を置いている店でもある。
     この時代における瀧川は、普段は大人しい仕立て屋見習い、有事の際には火消し、しかしその実の姿はTPAの調査員という、非常に多忙な日々を過ごしている。瀧川自身その生活に不満はないが、今日はどうにも眠気が勝ってしまい、簡単な繕い程度しか任せてもらえなかった。
    (結局、ゆうべはいくら待っても暁さんもノヴァも帰ってこなかったもんなあ)
     ふぁ、とあくびを噛み殺した瀧川は、気持ちを切り替えて店の中を見渡し、目的の人物を発見した。今の時間は既に店じまいをしているため客はいないはずなのだが、どうやらこの店の主は、店棚で誰かと話し込んでいるようだ。
    「おやじさん。頼まれてた着物の繕い、終わりました」
     瀧川がそういうと、店主はああ、と頷いた。店主が話している相手は、この町で最も腕利きと評判のかんざし職人だ。仕立て屋の店主とは昔から仲が良く、たまにこうして店に遊びに来る。そのため、瀧川にとっても顔馴染みであった。
    「シマさん、来てたんですね。お茶でも出しましょうか」
    「ああ、タツか。ありがとう」
     タツとは、瀧川がこの時代で使用している偽名である。
     瀧川が二人の分のお茶の準備をしていると、シマと呼ばれた男性は再び店主に話しかけた。
    「それで、本当なのかい?この店にあのチャオが来たっていうのは」
    「えっ?」
     盗み聞きするつもりはなかったのだが、瀧川は思わず声を上げてしまった。まずい、と口を抑えるが、シマも店主も気にしていない様子だ。
    (この店って、うちに?そんな、全然気が付かなかった)
    「ああ、多分な。付き人がチャオ様って呼んでいたし、何よりあの金払いの良さだ。多分そうだと踏んだんだが。お前の方もそうなんだろう」
     尋ねられたシマは、まあねえ、と声を漏らす。
    「ここで一番の宝石をかんざしにして欲しいってさ。ただ、知っての通りうちは宝石なんてものを使わないだろう?いや、ヨソの国にあるのは知ってるけどね。だから、その宝石の手配をしてくれるなら受けるとは言ったよ。そう言ったら帰っていった」
    「ふうん。そっちは女への贈り物かい」
    「そっちは、ってことは、お前さんところは違うのかい?」
    「女なものかい。六尺もの丈の着物を誂えてくれって注文なんだ」
    「そりゃ女じゃ無いね。かなりの大男だ」
     六尺というと、自分よりも高身長か、と瀧川は脳内変換した。確かに、そんな背丈の女性はこの時代のこの国にはそういない。少なくとも見たことがない。
    「チャオ本人も大男だったし、自分用だと思うけど」
    「大男ね。……そこなんだよ、おかしいのは」
     店主の言葉に、シマは突然疑問を投げかけた。
    「おれは昔、幼い頃のチャオに会ったことがあるけどね、どうしてもあの子があれになるとは思えないのさ」
    「そうなのかい?」
    「ああ。あの時のチャオは背も低くて、ずんぐりしていて、気も利かなくて内気で無愛想で……とにかく、当主の器には到底及ばないような子だった」
    「へえ?」
    「だから、ご両親が亡くなったらこの家もしまいだなと思っていたんだが…」
     だんだんと二人の声が小さくなる。瀧川は聞き漏らすまいと、手の動きを止めて二人の話に集中する。
    「ご夫妻が亡くなってからそろそろ四年だっけ?……とうてい、没落したようには見えないけどねえ」
    「そうなんだよ。だから、あの坊ちゃんも引きこもってるうちに成長したのかと思ってたけど……おれが思うに、あれは別人だね。こっそり養子でも迎えていたのかもしれないよ」
    「ほお、そいつは……タツ!」
     店主の声に、こっそりと聞き耳を立てていた瀧川は「はい!?」と声を上げた。驚きすぎて、少し声が裏返ってしまった。
    「もう湯が沸いてるだろう、何をしてるんだい」
     店主の言う通りで、火にかけていた湯は既に沸騰してぽこぽこと音をたてていた。
    「ああっ本当だ……あはは、すみません……」
     まったく、と呆れる店主は、さほど怒った様子ではない。シマも「疲れてるのかい?」と気遣ってくれる。
    「火消しの仕事で夜の見回りもしてるんだろ?あまり無理しなさんなよ」
    「ははは……ありがとうございます」
     瀧川は苦笑しながら小ぶりのやかんを火から下ろした。少し冷ましてから注いだ方が良いだろうと考えながら、やかんを少し揺らす。じゅじゅ、と微かに湯が蒸発する音が聞こえる。
     気を取り直した店主は、再びシマと話し始めた。
    「つまりなんだいシマよ。おまえ、今いるチャオは、別人が成り代わっているとでも?」
     シマは店主の疑わし気な視線にも動じず、「もしあれが本当にチャオを名乗るとするならね」と吐き捨てた。単に、チャオという名の別人かもしれないし、と続けるが、チャオという名前自体非常に珍しい。さすがにその線も薄いだろう。
    (しかし、チャオは地元の中でも有力な商人、という話は聞いていたけど……そんな話は初めて聞いたな)
     瀧川は、少し冷めたやかんの湯を急須に注ぎながら、シマたちの話を反芻していた。
     幼い頃と比べて容姿や振る舞いが激変したというのは、さほど不思議なことではない。人間、訓練によってはいくらでも変わることができるし、数年もあれば見た目が大きく変わることもままあることだ。しかし、両親が亡くなるまでずっと引きこもっていた愚鈍なボンクラが、果たしていきなりそこまでの才覚を発揮できるものだろうか。
    (まさかとは思うが、本当に別人がチャオに成り代わっている?)
     普段人前に出ないのも、そういう理由なのだとしたら納得もいく。しかし。
    (だとしたら……元のチャオは一体どうなって……)
     そう考え出すと、どこか触れてはいけないような、嫌な感覚が瀧川の背を走った。
    (四年前の両親の死……。それが、何か関係しているような気がする)
     瀧川は、その時のことをよく知らない。瀧川がこの時代に赴任してきてから、まだ二年程度なのだ。だから、もっとよく調べる必要がある。
    (タイムジャッカーが関わっているかもしれないし、そうで無くても、ライゼさん奪還の手がかりになるかもしれない)
     瀧川はそう考えながら、淹れた茶を手に店主たちへ近づき、それを差し出した。店主は「渋すぎる」と顔を顰めたが、シマは気にせずそれを口にした。
    「あの、シマさん、その、チャオのご両親って……」
     瀧川がそう切り出すと、シマはなんでもない事のように口を開いた。
    「ん?ああ、タツは知らないか。四年前にチャオの家に強盗が入ってね、チャオ夫妻と、たくさんの使用人たちが亡くなったのさ」
    「えっ!そんなの、大事件じゃないですか」
    「そうだよ?だから当時は大変だったんだ。あんだけ大きい家だから、影響力も大きかったからね。でも、息子が生き残ってて、後処理とか、その後の立て直しなんかもしたから、町にはさほど影響はなかった。おれ達からしたら、何よりの救いだったね」
     なあ?とシマに尋ねられた店主は、仏頂面でフン、と息を吐いた。
    「別に、この町を支えてるのはあの家だけじゃねえ。確かに金は持ってるだろうが、正直怪しいったらねえ。タツ。お前もあんまりあの家に近づくんじゃねえぞ。昨日だって強盗が入ったって話だったし、面倒ごとはごめんだからな」
     店主は仏頂面で茶を啜りながらそう言った。瀧川は苦笑いしながら、遠慮がちに口を開いた。
    「でも、そのチャオが、うちに服を依頼し……」
     その時だった。
    「タツ!仕事だ!着替えて表へ出ろ!」
     火消しの装束を着た男が、仕立て屋の中へ飛び込んできた。表では、他の火消したちが走っているのが見える。どうやら、どこかで火事があったらしい。カンカン、と鐘が鳴る音も聞こえてくる。
    「は、はい!」
     もう少しチャオに関する話を聞きたかったが、それはまたの機会にするしかない。
     瀧川は、店の奥に引っ込むと、急いで火消しの装束を身に纏った。
    「おやじさん!シマさん!行ってきます!」
    「ああ、行っておいで」
    「気をつけてな」
     二人に見送られながら、瀧川は慌ただしく仕立て屋の外へ飛び出した。
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