眠れる竜と満月になり損ねた魔女プロセカ人魚パロ
【眠れる竜と満月になり損ねた魔女】
プロローグ
これはとある出来損ないの物語だ。
僕は自分が異質だと気付いていた。
黒々とした筋肉出てきた脚はほかの人魚とは異なる上に、やはり目立つ。
手のように使いこなすことの出来るこれは便利で一度に他の作業ができる。
何もかも器用にこなす僕は間違いなく天才と呼ばれる部類だった。
当然異質である者は、平凡なるものとは馴染むことはできない。
言われるまでもなく孤立していたし、媚びる気も、群れる気もさらさらなかった。
親も兄弟もみな物心つく頃にはもう既に存在していなかったため、強いて言うなら僕の住処を隠れ蓑にしている色とりどりの小魚達が唯一の暇つぶしの対象であった。
僕の周りを小魚達が踊る様は好きだったが、それではあまりに刺激がたりない。
目の前を揺蕩う糸のようなあの細い、毒を撒く海月の繊細な触手ですら僕の好奇心を満たすことは無い。
代わり映えのない毎日はつまらなくてまるで新鮮味がない。
例えばこの海の世界を一変させるようなそんな何かがおこってくれたなら、そう思いながら生きてきた。
罰当たりな自覚はある。
しかし内なる好奇心には勝てない。
仄暗い海の底は僕には狭すぎる。
物心着く前からそう思っていた。
興味引かれるものはすぐに無くなった。
狭すぎて自分よりも優れたものはどこにもいない。
こんな海の底は退屈で溢れかえっていた。
それが僕が陸に上がろうと思うきっかけであった。
しかし陸に上がろうものなら我々のような人魚は呼吸もままならないだけではなく、移動することも叶わない。
もちろん人に会えば生命を狙われるだろう。
それだけではなく同種族たちの身も危険に晒しかねない。
人間とは欲深い生き物だ。
目の前に可能性があるならそれを探し求めるだけの欲がある。
まるで僕のように。
長い歴史の中で、人間たちによる人魚狩りが行われていた過去から学び人魚は人目に姿を表すことはない。
人間にとって人魚はそれだけ異質であり、未知のものであり恐怖対象や見世物だ。
挙句の果てには生物ですらない。
食料や材料といった命とは別のなにかとしてしか見られない。
到底共存することの出来ない存在である。
それでもやめられなかった。
陸にある未知がどれほど魅力的でらこの海の底がどれほど退屈なものか、秤にかけるまでもない。
未だかつて無いこの高揚感をかつての偉大なる海の魔女も、希望を抱いた愚かな姫も抱いていたのだろうか。
伝説の代物でしか無かったそれを僕はかき集めたありとあらゆる知識を詰め込み、数十年という月日を費やし作り出すことに成功した。
それが『人間に擬態できる薬』であることは言うまでもない。
それは人魚の国では作っては行けないとされていたある種の禁忌のひとつであった。
遠い昔にその薬で泡となった人魚姫を惜しむものたちがいたからだ。
だからあくまで擬態にすぎない。
人間になれる薬ではない理由は他にもあったが、それでも十分だった。
月のない新月の夜、暗闇に包まれた海はどこまでも静寂で、浅瀬では静かな波が音を奏でている。
岩場に座り、僕は高笑いした。
作るだけで重罪だ。
成功するとも限らない。
けれどもしこの薬がたとえ失敗していたとしても僕は構わない。
偉大なる海の魔女の作った薬と同じように泡となるか、悶え苦しみ死にゆくのか、はたまた全く想定していなかった何かが起こるのか。
そこに待つ死すらも僕には興味深い。
だから僕はそんな代物をなんの躊躇いもなく飲み干した。
喉を焼くような甘い液体が滑り落ちる。
幾度となく失敗してきたそれらとは違い、やがて脚が光だした。
光を放つそれは瞬く間に人の足と同じ形を模した。
『あぁ、素晴らしい!』
僕は思わずそう叫んだ。
叫ばずにはいられなかったからだ。
黒々とした蛸脚は人間と遜色のない白い二本の足となり、呼吸も苦しくない。
視力は少し下がったようにも思えたが陸ではそこまでの視力を必要としないのか、鮮明にうつる。
何もかもが初めての経験だった。
海の温度がこんなにも冷たいと感じたことは無かった。
陸の風は暖かく、初めてあがった陸の砂の感触を僕は今でも鮮明に思い出せる。
何より二本しかない脚が新鮮でならない。
浮力がなくても体が信じられないほどに軽いのだ。
『人間はなんて不便なんだろうか、これでどうやって歩くのだろう』
一人笑いながら、立つこともままならずただ浜辺に寝転ぶだけの数分はまさしくこれまでの研究の成果だ。
『あぁ、何もかもが夢みたいだ。』
僕はついに成し遂げた。
偉大なる海の魔女もきっとこんな誇らしさを抱いていたのだろう。
僕もなれるだろうか。
それでも僕は独りだった。
この禁忌を共有するものは何も無い。
空に浮かぶ月ですらその身を隠す新月の夜。
僕は確かに『孤独』を理解した。
気にしたことは今までなかった。
ずっとひとりであったことに違和感すらなかったからだ。
そしてそれは、確かな原動力となる。
ならば僕はこれでいい。
僕は元に戻った八本の脚を見つめた。
このたった数分の出来事が僕を奮い立たせる。
人になりたいわけではなかった。
陸は素晴らしいだろう。
知識を求める者はきっと僕だけではない。
ならば時間がいる。
もっと長く人に擬態でき、人と関わる時間をこの薬を改良することで得られればそれはどんなに素敵なことだろう。
たくさんの人魚が見たことも無い文化に触れることが出来れば、きっとこの退屈な海も陸の知識で栄え退屈ではなくなるかもしれない。
ならば僕がすべきはただ一つ。
自ら地上に夢を追うのではない。
海の底で人魚を手招く魔女と同じように、僕も一時の夢を与えればいい。
そうしてこの薬を求めるものが現れれば、いつかは僕のこの空白を埋めるものが現れるかもしれない、と。
蛸脚の人魚は偉大なる海の魔女に成かわる夢を抱いた。
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Ⅰ
それから何十年と月日が流れても人魚の国は平凡な日々を送っていた。
退屈な世界は退屈しか産まない。
陸から落ちたであろうキラキラと光る宝石ももう見飽きた。
僕の世界は今日も変わり映えしなかった。
薬はいつの間にか数え切れないほど出来上がり、今日も日の目を見ない。
かつては周りを泳いでいた小魚達も、いつしか消えて居なくなった。
『あぁ、暇で暇で仕方がないよ……』
虚無が全てを覆い隠すような闇の中僕はただ今日も薬を求めるものを待ち望んでいた。
だが、待てど暮らせど僕の世界に変化はない。
お客が来たかと思えばただの隠れ場所を求めたものだったり、そもそも意思疎通がかなわなかったり。
人魚の客などきやしない。
最後に見たのはタツノオトシゴくらいだ。
泳ぐことがとても遅い彼らがこんなところに珍しいとは思ったが、それまで。
今日も今日とてなんの興味もそそられない日々が平和という名を引っ提げて僕をすっかりと蝕んでいた。
そんな時だ。
輝かしい金の髪が視界に飛び込んできた。
淡いグラデーションの髪がこの仄暗い海の底ではお目にかかれない満月のようだ。
海月達をまるで纏うようにしている美しい人魚は僕を見つけるなり目を見開いた。
金色の大きな瞳
胸に飾られた宝石に白を基調とした身なりの良い格好にイエローとブルーの布で出来た装飾が周りにいる海月の触手と同じように波打ち、揺らめいている。
そもそも人魚に服がいるかと言われたら答えは明白だった。
基本的に布でできたものは全て水の中では邪魔以外の何物でもない。
身分を表すためだけに宛てがわれた魔力の込められた布だからこそ、価値があり、身に纏うことも出来る。
僕のような何も持たない人魚では服は物珍しいものの一つだった。
自分が身につけているものはどこからやってきたかも知らないアクセサリーくらいだ。
服の装飾には王家の紋章が入っている。
黄色い尾びれすらほかの人魚たちとは比べ物にならないほど美しいと感じた。
傷すらない整った鱗がきらりと僅かな光源の光を反射させている。
僕は言葉を失った。
美しいものに出会ったことなどいくらでもあった。
けれど、それらは大抵僕の興味を引くことすらなかった。
美しいものは美しいものの退屈さがある。
けれどこの時僕は確かにこの男をもっと見たいと、そう思ってしまった。
彼は本来、こんな場所に来ては行けない人だ。
場互いにも程がある。
中性的で整った顔立ちの彼は正しくこの国の王
子であったからだ。
あとから少し遅れてやってきたのは彼の妹君達。
つまりはこの国の姫様方である。
『たのもー!!!』
王子のその淡い容器から想像もつかない大きくて少し低い声が僕の狭苦しい住処に響き渡る。
砂糖のように崩れてしまいそうな柔らかい声を出しそうなのに、それすら興味深く思えてじっと観察をしていると闇に潜む僕の姿を捉えたのか、彼は暗い僕の住処の中に踏み入った。
近くで見れば見るほど彼は息を飲むほど美しかった。
ついに見つけた。
姫など目もくれず、僕は王子の手を握った。
振りほどかれるかと思ったが、王子は存外心広いのか護衛のように張り付いていた海月達を僕から遠ざけ、お前に用があるのだと話しかけてきた。
『いやぁ、いらっしゃい!』
住処の明かりをつける。
魔法でつくランプがこの部屋を照らすのはもう随分となかった。
それだけ来客が居なかったのだ。
あぁ、素晴らしい。
僕はこの時どんな顔をしていただろう。
『僕の家に誰かが来るなんて何十年ぶりかなぁ!』
このお客人は何を求めるだろう。
あぁ、そんなの決まっている。
だってこのときを待ち望んでいたのだ。
『聞けば、人間の足が欲しいんだってね?』
ここに人が来るなんてそれしか理由が見つからないのだから。
素晴らしいじゃないか!
僕は衝動のままに王子を抱きしめそうになったのをぐっとこらえ、薬を保管している棚から小瓶を渡す。
『それじゃぁ、この薬をぐぐいっと飲むといいよ♪』
渡した紫の小瓶を王子は躊躇いもなく蓋を開け、口に運んだ。
『むぐ…むぐ…思ったよりまずくはないな』
味の品質まで拘った覚えはなかったが王子は存外悪くないと飲み干す。
姫様がたにも小瓶を渡すと、王子は俺が成功するまで待て、と姫達を諭した。
なかなか用心深いようだ。
しばらくすると王子の鰭はあの日の僕と同じように尾鰭が光出した。
それはあまりに幻想的で美しいひかりだ。
やがてその光は強くなり、泡を纏う。
だがこれはあくまで足を変えるだけの薬だった。
人間と同じように陸を歩くにはもうひとつ呼吸のできる薬を飲ませなければならないが、ここははずれの海峡に挟まれた海の底。
陸からも遠ければ、今人間の体に成り代わってしまってはとてもじゃないが海面まで息が続かない。
それを説明する前に飲んでしまう王子も王子だが、止めない僕はもっといけない。
だからあらかじめ海の中でのみ使えるこの瓶を手渡した。
あぁ、なんて愚かで美しいのだろう。
『あー!尾びれがピカピカ光ってるよー!!』
『ほ、本当に人間の足が生えるの?!』
姫様達も固唾を飲む。
光と泡が彼を包み、ついに彼の尾は二つに分かれた。
『うぁー!!!足は生えたが、鱗だらけじゃないかー!!』
美しい黄色は人間と遜色の無い肌に変わり白い。
一つだけ、その白に黄色い鱗が生えていることを除けば、王子の足はきちんとご要望通りだった。
『は、半魚人…?』
美しい浅瀬の海のようなライトグリーンの髪をした姫様がただきょとんとし、呟く。
普段から僕ら人魚は半魚人じゃない??と思ったが、姫様相手にそんなことを言うの不味いかもしれない。
王子は2人からその薬を無言で回収した。
珊瑚のような髪色の姫はガッカリしたように『ええ〜!!!なんでお兄様ぁ!』と王子に対し抗議の声を上げていた。
常識があれば当然である。
それを受け取り、今度は赤の小瓶を棚から取り出す
なるほど、僕はタコで鱗がない。
だから鱗を消す必要があるのだということを失念していた。
そしてこの薬はそれに限りなく近いものだ。
『おや、こっちの薬じゃダメだったみたいだね?』
ならばと渡したのは鱗のない魚類にする薬。
既に人に擬態する薬を元に作られただけに今、これで鱗だけが消えるはず。
理論上な完璧だったが、そのまま伝えては面白くない。
それに試したことがないのも本当であるので、飲み合わせたことの無い薬で何が起こるともしれないが僕はそっと王子の手に握らせる。
『それじゃあこっちの…いや、これは体がタコみたいにぐにゃぐにゃになる薬だったかな?』
無脊椎動物になるかもといえば、王子はほんの少しだけ躊躇ったが姫様方の期待の眼差しから逃れることは出来ないと悟ったのか一思いに飲み干す。
その様子を姫達はより期待で満ちた目で見守っている。
『あぁ、この薬もあげよう!』
そして肝心なのはこの薬だ。
陸で呼吸をできるようにする薬である。
王子は既に足が人間に擬態しているため、この擬態が解ける前に上に上がればこれを飲む事で陸でも呼吸ができるようになる。
これは水にさえ入らなければ一日に1本で事足りるが、擬態薬自体はそうはいかない。
今は飲んではいけないよと王子にいえば、王子は素直に薬を巾着袋に入れた。
陸に上がって一刻に一本擬態薬をと沢山渡したので、王子の上品な巾着袋は既にパンパンに膨れ上がっている。
沢山渡した物とは瓶のラベルか違うので分かるだろうとさして説明はしなかった。
そしてもうひとつ緑の小瓶を姫に手渡す。
もしもの時の変わり種の薬だ。
『すごく大変なことになったら飲むといいよ。』
この薬は正直僕にですら何になるか分からない。
飲んだものが望む姿になる、もしくはそれを叶えるための姿になる。
僕はなりたいものも、自分の望む姿も興味がなくて三本だけ作り棚の奥にしまい込んでいた。
『普段はあまりおすすめはしないけどね。』
ニタリと笑えば、姫様方はほんの少し怖がった。
『お前の薬本当に大丈夫なんだろうな?!』
王子の声と僕の笑い声だけが僕の住処に高らかに響き渡った。
薬が効いてきたのか、鱗もすっかり取れた王子はもう人間にしか見えない。
あの美しい鰭などがなくなってしまったことは少し惜しいと感じたが王子の瞳は驚きに満ちていた。
『おおお、本当に人間のようだ…』
王子はまだ実感がわかないのか、ぺたぺたと自分に生えた白い足に触れる。
皮膚の触り心地も、何もかも違うだろう。
姫様方にも同じ薬をひと揃えずつ渡す。
浅瀬で飲むことをおすすめするよと教えると2人とも素直に返事をした。
『ふふ、僕の薬、信じて貰えたかい?』
王子はとても嬉しそうに僕に答えた。
『あぁ、疑って悪かった!ありがとう!』
それを見ていた姫様方も嬉しそうだ。
『すごーい!!お兄様ほんとに人間みたい!ねぇねぇタコさん!タコさんも一緒に陸に行こうよ!私えむっていうの!よろしくね!』
珊瑚のような髪色の姫様はどうやらえむというらしい。
末っ子によくあるような性格の少女をもう1人の姫様が窘める。
『えむ、私以外にも巻き込む気?ダメだよ』
えむ姫様はそれでも食い下がってきたが王子にもいい加減にしないかと窘められ、静かになった。
『悪いけれど僕はここでいいのさ』
と告げると、分かりやすくえむ姫様と、王子は眉を顰めた。
『ねぇ、タコさん。タコさんにとって、陸は怖いところなの…?』
えむ姫様は不安に思ったのだろう。
声が震えていた。
無理もない。
薬をくれた怪しい男は自分たちと陸に上がることを良しとせず、ここに留まると言いはったのだ。
あんなにも期待に満ちていた3人の瞳はすっかり落ち着いている。
得体の知れない世界はいつだって期待と不安とで表裏一体だ。
そこでは不安は物語のスパイスでしかない。
踏み出して初めて物語の頁は捲られ、主人公しだいで喜劇にも悲劇にもなる。
僕はその不安の要素である。
これはいわば演出だ。
けれど登場人物の表情がかげて欲しい訳では無い。
それがもったいないと感じる程に僕は求め願っていた。
彼らはこれから偉大なる冒険の第一歩を踏み出す主人公、言わば勇者だ。
彼らが陸に感化されればやがてこの海の、この国の世界を一変させるだろう。
それこそが僕のみたい世界だ。
僕の撒いた種が僕の預かり知らぬところで世界の常識を覆す様が僕が望んだショータイムのような夢だ。
言わば彼らは演者なのだ。
その勇者から冒険の前から笑顔が消えるのはナンセンスというものにほかならないのだ。
『いいや。……確かに陸は素晴らしいところだった。』
どんなにそこに悲劇が隠れていようと、僕が演出するからには物語は喜劇でなくては。
『楽しんできてくれたまえ。』
そう呟けば、再び三人の瞳は輝いた。
あぁ、たまらない!
そうさ!君たちが主役だ。
最高の物語を綴っておくれ。
この退屈を覆すくらいの物語を。
その輝きに満ちた目をさらに輝かせておくれ。
『うむ!世話になったな。無事に帰ってこれたらお前に土産を渡そうではないか!希望はあるか?』
この僕が最高の演出をしてみせる。
『王子様方からお礼を受け取るなんて恐れ多いよ。』
持ち前のポーカーフェイスで心中を悟られないように受け答えをしていたが、好奇心を隠しきれている自信がない。
こんなに高揚した気分は久しぶりだった。
信じられないほど鼓動は早くなった。
それこそ初めて陸に上がったあの日以来かもしれないと自分でも驚きを隠せない。
土産なんかよりも素晴らしいものを今、僕は得たばかりだ。
『わっ!なんでバレてるの〜?!』
えむ姫様は驚いたような口ぶりで問い掛けてくる。
王子に至ってはそもそも隠す気が無さそうだ。
『僕もこんななりだけれど、一応この国の者だからね。』
とはいえ、ここは辺境。
姫様方の名前までは僕も知らなかった。
だがこの国では名前があること自体がそもそも身分の高い王族や、その眷属たちばかりだ。
深海に佇むだけの僕らとは同じ人魚とて、とてもじゃないが格が違う。
纏うオーラすらも神域に近いものがあるだろう。
無理もない。
人魚の国の王は海の神の子孫とされているらしいが、僕にとってはそれすらも遠い噂で聞いたことがある程度。
そもそもこの場所に人魚は寄り付かず、情報源がないのだから仕方がない。
『確かに、蛸の人魚は珍しいと思うけど…まさかそれでこんなに海狭に…?』
彼らに比べたらいくら装飾品を身につけたところで釣り合わない。という意味を込めてこんななりだと行ったのだが、どうやら伝わっていないらしい。
蛸の人魚は珍しいと言う姫様に王子も頷いている。
確かにほかの蛸の人魚にはあったことは無い。
珍しいと言われるまで考えたことすらなかった。
『いいや、ここが生まれ育った場所だからに過ぎないよ。暗くてちょうどいいのさ。蛸は視力が良すぎて堪らない、僕は君たちのように珊瑚礁のような鮮やかな場所や眩い陸は似合いそうにないし丁度いいというものだろう?』
暗に一緒に陸に行くことはしないよ、と告げると3人は分かりやすく眉を顰めた。
僕にとって、さほど陸は珍しくない。
けれど彼らは初めてで、その光景を見るのは多分楽しいだろう。
それを見るのはきっと僕だってた欲しいはずだ。
けれど僕が憧れ、夢見たのは魔女にほかならない。
魔女は姫の恋路を邪魔したり、観察はしても一緒に楽しく街を歩いたりはしないだろう。
いつだって魔女は高みの見物をするのだから。
『僕のことは気にせず楽しんできておいで。あぁ、そうだ、渡した薬は必ず1時間に1本飲むこと。知ってはいると思うけど、街中で人魚にでも戻ってしまえば我々の命はないと思っておいた方がいい。』
『わかった……ありがとう。』
『ありがとうタコさん!』
『忠告痛み入る。』
姫様方も今度は素直に聞きいれ、王子もそれに頷く。
『無事に帰ってきた暁にはお前を城へ招待しようと思っていたのだが……迷惑だろうか?』
さぁ行った行ったと背を押せば、王子だけが急に振り向き僕の手を握った。
案外力強いその手に僕は息を呑む。
彼の手は僕の手よりずっと暖かい。
あまりの出来事に僕は言葉につまり、顔を上げた。
その瞳に吸い込まれるような感覚にゾクリとした。
恐怖に似たそれは決して恐怖ではない。
『ふふ、せっかくだけれど、お城は遠慮しておくよ。』
脈打つ鼓動にそれが淡い期待だと気付く。
脳はもう沸騰しそうだ。
渾身の演技だったと僕は思った。
『そうか、なら……なにか……』
それでも王子は引かなかった。
そんな王子に身も心も惹かれてしまっている自分が恐ろしかった。
なんて大胆な人だろう。
こんなにも堂々と、鮮やかに。
彼はただ手を握っただけだというのに。
たったそれだけで彼はいとも簡単に僕の心を奪ってしまった。
『……そこまで言うなら僕にとあるものを持ってきてくれないかい?』
そこに恐怖がないとすれば、この震えはただの底抜けの好奇心だ。
『あるもの…?』
目の前の彼が輝いて仕方ない。
『何、簡単さ。』
魔女に願いを託した人魚姫もこんな感情を王子に抱いたのだろうか。
狂おしいほどに眩しくて、求めてしまう。
離れた手を名残惜しく感じて、焦がれたような、熱が肺のあたり満たす。
『……____』
僕の要望を聞いた王子は任せてくれと姫様方を連れて暗い住処を後にした。
こっそりと岩場に隠れて僕は久々に海面から顔を出し、王子たちが街へとゆく後ろ姿を見守った。
あの時断らなければ、王子の横で歩いていたかもしれないと思うとすこしもったいないきもしてしまった。
僕にとって陸は珍しくもなんともない。
けれど彼と歩く陸なら、きっとそれこそかの愚かな姫と同じように泡になっても良いと思うのかもしれない。
3人にバレてしまわぬように早々にその場から立ち去る。
海面からだいぶ離れて、よく知る暗さになった。
住処に戻ると、消し忘れていたランプに目がいった。
ランプの灯りはまだ着いているのに、3人がいないというだけでとても暗く感じる。
次はいつになるだろう。
いずれまた会える。
僕の意識は王子のことでいっぱいだ。
まるで全てを奪われてしまったかのようにで、落ち着かない。
生まれてからずっと住み続けているこの住処ですらそうなのだ。
きっと世界は一変して見えるだろう。
海峡の魔女はきっと孤独だった。
悪巧みを考えるヴィランといても、彼女は孤独だった。
すべてを羨み、得るべきだったと主張し、その実手にした物はきっと彼女が抱える孤独には遠く及ばなかった。
だから姫に夢や希望を与え、それを手ずから奪おうとし、野望を遂げるべく国家を揺るがした。
全ては姫を使った計算に過ぎなかった。
一時でも王となった魔女は何を思っただろう。
僕は思う。
僕はずっと魔女になれると思っていた。
何を決め手に魔女と言うのかすら知らないが、真似事をしていくうちにひとつの結論をたどり着いた。
僕には野望がない。
暗い海に佇むだけの僕は、自分が思うよりも無欲だった。
僕は王になりたいわけでも、何を恨むわけでも、周りが羨ましくもなかった。
僕はずっと孤独を理解した気でいた。
けれどただ異質だっただけだ。
だからこそ、忌み嫌われた哀れな魔女が眩しかった。
それがどんなに理不尽でも、やり方が間違っていようと諦めず覆す姿勢が好ましかった。
復讐に燃えていた彼女の心は内なる炎で熱を帯びていただろう。
それがたとえ負の炎であろうと、宿った熱の根本はきっと一緒だ。
恋をして海をとび出てしまった姫の心のように。
愚かな姫様と偉大なる魔女様は、決して別な生き物ではなかった。
ただ生きてきた環境が遥かに違っただけだ。
『僕も、魔女の側だと思っていたいたのけれど……ね』
僕はそっとランプの灯りを消した。
真っ暗になった部屋で、ただ目を瞑った。
揺らめく炎はもう僕の胸で焦がれていたからだ。
𓂃◌𓈒𓐍𓂃 𓈒𓏸◌𓈒 𓂂𓏸𓂃◌𓈒𓐍 𓈒𓏸𓂃 𓈒𓏸◌
頑張って続かせます!
亀なので、待ってもらえたら嬉しいです。
(全部纏まったらpixivへ。)
設定はこれを上げたのでフォロワーさんだけに見えるようにします〜!
ネタバレダメやでって人はこっちの続きだけ見てください。