王城/灼カバ「本当に遠慮しなくていいんだぞ」
無駄を嫌う幼馴染が、何度も同じことを尋ねるのは珍しいことだった。
井浦は気まずそうに、眼鏡の位置を直しながら続ける。
「姉貴も連れて来いってうるせーしさ」
「あはは」
王城は曖昧に笑って見せた。彼の笑顔はいつも通り穏やかだったが、返答が変わることはなかった。
「うん。また今度遊びに行くよ」
「……おう」
井浦はやはりまだ複雑そうな顔をしていたが、それ以上強くは言わなかった。表情を緩ませ、軽く手を上げる。
「じゃあ、また来年な」
「うん」
手を振りかえし、王城は踵を返した。
「ただいまー」
返事はないと分かっていても習慣は変わらない。王城は声をかけながら実家の玄関を開けた。暗く、静まり返った家――ブレーカーを上げてから中に入る。リビングのエアコンは問題なく動いたが、埃の臭いが鼻についた。毎年のことだが、まずは掃除をしなければいけない。王城は手に持った買い物袋を床に置いて、小さくため息をついた。
大掃除が終わる頃にはすでに夜も更けていた。座って休みたい気持ちをなんとか振り切って、冷蔵庫から昼に買った食材を出してキッチンに立つ。
昔はカウンター越しに、美味しそうな匂いに心を躍らせながら母を眺めていた。王城は記憶の中の母を辿る。手際よく食材を切る――もう、ずいぶんと慣れてしまった。
鍋でよく煮込んだ後、お玉で汁を掬い、味見皿に移して口をつける。
「うん」
ぺろりと唇を舐め、王城は頷いた。
「お母さんの味だ」
満足して火を止め、少し冷ましてから鍋ごと冷蔵庫に入れる。明日の朝に温め直して、お餅を入れればお雑煮の出来上がりだ。
その代わりといっては何だが、お蕎麦は簡単に済ませてしまう。茹でた麺に出来合いのつゆをかけ、買ってきた天ぷらを乗せる。テレビは紅白を流し、ようやく腰を下ろしてほっと息をついた。
テレビから聞こえてくる音は賑やかだけれど、そのぶん静けさが際立つように感じる。そんな年末の空気。どこかそわそわと落ち着かなく、不安なような、楽しみなような——年に一度の特別な日だった。
昔は対面に母が座っていた。運が良ければ隣に父がいて、母の機嫌を伺いながら、久しぶりの日本の食事だと笑っていた。
友人の言葉を思い出す。
彼の言葉はもちろん有難かったけれど、遠慮していたのではない。
この時間を大切にしたかった。
しばし惚けていたらしい。気づくと、スマートフォンの画面には、通知がいくつも並んである。見れば部活のグループに、どの番組が面白いだとか、久しぶりの実家での食事の写真とか、とりとめない会話が繰り広げられていた。特に遠方の畦道からは、こんなに積もったと真っ白な雪景色が送られていた。
王城が会話を追っている間に、みんなで初詣に行こうと誰かが言い出す。賛成の言葉やスタンプがどんどん並ぶのを見て、王城は笑いながら急いで返信を打ち込んだ。