かたんかたん、という音と共に、外の景色が流れていく。
「見てください雨彦、海ですよ!」
「ああ、この辺りはしばらく海沿いを走るみたいだな」
隣の席で嬉しそうな声を上げるクリスを見て、雨彦はつられるように微笑んだ。
久しぶりにとることができた連休に、少し遠くへ泊まりに行こうと電車に乗り込むこと一時間半。都会を抜けた電車は、今は海沿いを走っている。
下調べの時点でそれを知っていた雨彦は、クリスを窓側の席へ座らせた。雨彦が想定した通り、海が見えるようになってから、クリスは窓の外に釘付けだ。
快晴の空の下、日の光にきらきらと輝く水面が、窓の外に広がっている。その光景に、雨彦は晴れてくれてよかったと内心で安堵した。
「この辺りは黒潮の影響で、回遊性の魚が多いのですよ。ジンベエザメやマッコウクジラなどの大型の生物もよく見られます」
「へえ、この辺りにもいるものなんだな」
初めて聞く情報に意外そうに相槌を打つと、どこか得意げな顔をしたクリスが、より専門的な解説を始める。
目の前に続く海を映して、きらきらと輝く瞳。楽しそうに海を語る、その美しい横顔。
共に窓の外の景色を見ているように見せかけて、雨彦の視線がずっとクリスの方を向いていることになど、本人は気づいていないだろう。
むしろその方が都合がいい、と考えながら、雨彦は楽しげな恋人をじっと見守る。
少し経って、一通りの解説を終えたクリスは、突然はっとしたような顔で雨彦の方を見た。
「すみません、私が窓側を譲っていただいてしまって。景色を見るのであれば、交代しましょうか?」
「いや、俺はこのままで大丈夫だ」
ずっと窓側を見ていたものだから、景色が見たいのだと勘違いしたのだろう。腰を浮かせようとするクリスを、雨彦はやんわりと制止する。
「俺にとっては、こっちの方が特等席なのさ」
「そう、ですか……?」
雨彦の言葉が意味するところは、さすがに通じなかったらしい。少し不思議そうな顔をしたクリスは、雨彦がそう言うならばと再び窓の外へ意識を向ける。
美しい景色と、楽しげな恋人の姿。そのどちらも眺めていられるこの席は、雨彦だけの特等席だ。
目的地まではあと三十分。再び海の話を始めたクリスの声に耳を傾けながら、雨彦は目の前の恋人の姿をじっと目に焼き付けた。