大きな手が、優しく髪を撫でる。クリスはすっかり慣れてしまったその感覚に身を任せ、目を閉じた。
恋人という関係になってから、雨彦はよくクリスの髪を手入れするようになった。
ドライヤーをして、髪を梳いて、クリスがおすすめされるままに購入したヘアケア用品たちで仕上げる。本人ですら少し面倒だと感じるそれらを、一つ一つ丁寧に進めていく雨彦は楽しそうだ。
大事なものに触れるような、雨彦の繊細な手つきは心地が良い。
手入れがすっかり終わっても、雨彦は戯れるようにクリスの髪を撫で続けた。指通りの良くなった髪を指で梳き、整えるように撫でつける。直接肌に触れられるほど明確ではない感覚が、少しくすぐったい。
「雨彦は髪がお好きなのですか?」
「お前さんの髪が、だな」
尋ねればそう返されて、少し鼓動が早くなる。手入れと称したこの行為は、とっくに恋人同士の触れ合いの一部なのだ。
「雨彦」
「うん?」
くるりと後ろを振り返って、雨彦と向き合う体勢になる。そのままクリスは、お返しだというように雨彦の髪に手を伸ばした。
風呂上がりの雨彦の、セットされていない髪は柔らかい。慈しむように、梳くように優しく撫でる。自分がいつもそうされているように。
「古論」
「なるほど……こういった感覚なのですね」
好奇心からの行動だったが、触れる側というのもなかなか悪くない気分だ。いつもとは違う柔らかい手触りを楽しみながら指を運ぶと、自然と笑みが浮かぶ。
一方立場が逆転した雨彦は、驚いたようにぱちぱちと目を瞬かせていた。
「雨彦」
「……なんだい?」
「少し、照れていますか?」
雨彦の頬がほんのりと色づいているのを見ると、愛おしいという感情が湧き上がってくる。
「お前さんには敵わないな」
クリスの言葉に曖昧に答えて笑いながら、再び雨彦は手を伸ばしてきた。髪を触れる雨彦の表情はひどく優しくて、いつもこんな表情をしていたのだろうかと思うと、きゅっと胸が締め付けられる。
「雨彦、あの」
「ああ」
焦らすような触れ合いも、そろそろ限界が近い。クリスがみなまで言う前に雨彦も頷いて、一束掬われた髪にそっと口づけが落ちた。
雨彦によって丁寧に整えられたこの髪は、きっとこの後、雨彦本人によって乱されてしまうのだろう。
先程までとは違う、熱の宿った雨彦の瞳が近づいてくるのを、クリスは目を閉じて受け入れた。