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    桜道明寺

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    桜道明寺

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    Twitterまとめ・2

    遊戯【君閣に来たばかりの諦聴と老君の話】

     お前は煙管を嗜むかい、と尋ねられた。
     主のところに身を寄せて、まだ間もない頃だ。
    「いえ」
    「試したことは?」
    「ありません」
    「呑んでみるかい」
     子どもの短い指で、長いそれをくるりと器用に回してみせる。立ち上る紫煙が、ゆるやかな半円を描いて端から空に溶けていく。
    「結構です」
     向けられた吸口を一瞥して首を振る。主は、そう、と頷いて、再び半円を描き、細くくびれた金属を唇で挟んで、深く肩を上下させた。目を閉じ、心底旨そうに煙を吐き出してから、諦聴、と私の名を呼ぶ。
    「はい」
    「お前の楽しみはなんだい」
    「——さあ。特にありませんが」
    「そりゃつまらない」
     煙管を指先で弄びながら、軽く目を瞠ってこちらを見る。
    「明王のところではなにを?」
    「ご存知のことと思いますが」
    「表面的にはね」
    「それで充分ではないのですか」
    「退屈なんだよ、私はね。なのに従者にまで面白みがないなんて、たまらない」
    「そう言われましても」
     流石に少し困った風を感じとったのだろう。主は、ふふ、と微笑うと、空いている方の指先で、なにかを引き寄せるしぐさをした。私と主の中間にある空中に、人工的な造形をした箱型のものがふわふわと漂ってくる。
    「……これは?」
    「ビデオゲームというものだ。やってみるといい」
    「しかし」
    「私ひとりでは、つまらないと言っているのだよ。煙管も、本も、ひとりで楽しむものだけれど、これは相手がいた方が面白かったりするからね」
    「それは御命令ですか?」
     生真面目に返せば、思わず、と言った体で主が吹き出す。
    「そんなに大げさなものじゃない。ただ私が面白いと思うものを、お前にもそう思って欲しいだけだ」
     まずはそこから始めてみないか、と、仕えてまだ日の浅い主は、深い藍の瞳を緩ませて言った。
     子どもの目の奥に、老成した笑みが浮かんだ。



    時流【懐かしい感情にひとり微笑む无限の話】

     時代が変われば価値観も変わる。
     それに伴って服装が変わることにも、もう慣れたつもりだ。
     だがしかし。
    「……窮屈なものだな」
     首元を締め付けるネクタイを寛げながら独りごちる。
     どこぞの王族主賓の晩餐会。この国の、主席執行人として要人の護衛に駆り出されたのは良いけれど、TPOとやらで正装させられたのには閉口した。遠い昔、まだ仙籍を得る前、皇帝の傍に仕えていた時でさえ、ここまで窮屈な格好をしたことがなかった。当代は何事にも西洋風、過日を識る者にはいささか過ごしにくい。
     上から下まで特別に仕立てたものであるから、肘や膝の稼働にさほど支障はない。けれども、細かく採寸して体表に添うようにあつらえた服には、金属を出し入れする余裕が無い。護衛であるから、いざと言う時の銃器の類は最小限携行することはできるが、私は銃を好まない。矢と同様、弾道を能力で操ることは可能だが、取り出して引き金を引く、その僅かなラグが致命的な瞬間を分ける。幸い、晩餐会場には金属が溢れている。貴人の装飾具を使うのは流石に止められているが、それをなしにしても、銀の食器であるとか、マイクスタンドであるとか、武器として使用するぶんには事欠かない。こうしてみると、西洋風も一概に悪いことばかりではない。
     幸い、滞りなく式は進み、和やかな空気のうちに晩餐会はお開きとなった。全ての貴人の退出を見届けて、私は控室へ戻る。独りになって、ようやく開放された安堵に息を吐きながら、やれやれと服の釦を外す。やはり式典とは窮屈なものだ。何百年経とうと好きにはなれないが、それでも私は、慣れない服をひとつひとつ脱ぐとともに、微笑む口許を抑えきれなかった。
     視線の先のテーブルに載った、折り詰めの重箱。特別手当と称されたこれを広げた時の、あの子の瞳の輝きは、一体いかほどのものだろう。
     椅子に脱いだ服をかけ、普段の衣を身に着けながら、早く家に帰りたい、と思う。
     一刻も早く、あの笑顔に会いたい。
     こみ上げる温かな気持ちを噛み締めながら、私は最後の一枚にすっと袖を通した。



    贖罪【夢の中で過去に手を伸ばす老君の話】

     風花が宙に舞う。
    「師父!」
     呼びかけられて、はっと目を開けば、そこには、肩車をされた君が、喜色を浮かべて振り向いていた。
    「見てください、きれいです!」
     そう言って、紅葉のような掌を上へ向かって差し伸ばす。その示された先には紅梅が、白一色の景色のなか、硬い蕾をほころばせるようにして、枝先にぽつぽつと花をつけていた。
     ああ、夢を見ている、と思った。
     手を伸ばせば、触れられるほどのところに君が居る。幼い頬を歓喜に染め、生きて、自分を取り巻く世界に向けて笑いかけている。
     懐かしさに、胸の奥がぎゅっと痛んだ。夢だと識っているだけに、なおのこと愛しい。過ぎ去りし日々、私達はこうして幾度も笑い合った。風の鳴る音、笑い声、小さな耳が寒風に赤らんでいる。さくりと雪を踏む感覚すら留めておきたかった。流れ去る時の彼方で、このように思う日が来るなどと、千年を生きた当時でさえ、分かってなどいなかった。人の世は移り変わり、流れるものを留める術はない。知っていたのに、識りはしなかった。君が教えてくれたのだ。私が識り得なかった知識を、感情を、君が初めて私に教えてくれたのだ。
    「どうしたのですか、師父?」
     君が首を傾げる。こんな場面はなかった。——ああ、これはやはり夢だ。
    「いま、行きますよ」
     言って、君の髪に向かって手を伸ばす。この手が、きっと届くことはないだろう。
     それでも、それが夢でも、君の面影が、こうして目の前にあるのなら。
     私は手を伸ばし続けよう。何度でも。それが、失われた過去に対する自己満足な贖罪なのだとしても。
     掌がつくる影の下で、君が微笑う。
     夢の感覚が、遠く浅くなりかけていた。



    毒【別れの予感に爪痕を残そうとする諦聴の話】※CPあり諦玄

    「待て、がっつくな」
     性急に胸元を寛げようとする指先を言葉で制すれば、首筋でちっと舌が鳴った。
    「ここまで来てか? それとも恐れをなしたか」
    「馬鹿を言うな。性急が過ぎるというだけだ」
    「そうは言うが」
     腕を張って、真上から眸を合わせながら熱い声で言う。
    「眼の前に馳走があるのに、我慢せにゃならん道理がどこにある」
     熱が伝わるほど近くでぎらつく眼差しは、正しく肉食獣のそれで、僅かに背が粟立つ。
    「逃れるつもりなどない。……もとより、そのつもりで来たのだからな」
    「なら何故」
    「お前——私に隠していることはないか」
    「お前に?」
     僅かに眼が細められる。とぼけているのか、訝しんでいるのか、その違いは俄には判らない。
     ここ幾日は、特に胸騒ぎが酷かった。特に何があったという訳ではない。けれど、こいつの身に纏う雰囲気が、ある時期を堺に一変したのには気づいていた。一人で考え込む時間が増え、視線は現世を捉えてはいない。まるで、私の知らない世界を見据えているような、不穏な未来に向かって歩んでいるような心許なさを感じる瞬間が日一日と増えていった。
     私には、こいつの考えていることは分からない。けれども、今現在、こいつを現世に留めている錨が、その役目を成していないという予感はしていた。そうなれば、糸の切れた凧のように、いつか目の前から消えてしまう、そんな気がしていた。けれども、私程度ではその錨にはなれまい。いや、誰もがなり得ない——あの老君ですら。
    「玄离」
     欲望に急かされる熱を押し留めて、怪訝そうに理性を守る眸が私を見返す。
    「勘違いするな。私は意味もなくお前とこうする訳じゃない」
     は、と嘲笑するような笑みが鼻先に浮かぶ。
    「もとより、意味なんてあるのかよ」
     そうだな。お前ならそう言うだろうと思っていた。喰いたい時に喰い、寝たい時に寝る。そういう生き方をしてきた奴だからこそ、なおさら。
     だからこそ撒くのだ。いつか効いてくると信じて、お前の中に、私と言う名の遅効性の毒を。
     何も、その場で燃え上がるだけが火ではない。
     言うなれば、私は燠だ。
     じくじくと、時間をかけてお前の内側を灼いてやる。
    「気づいた時には、手遅れになっていなければいいがな」
     酷薄な笑みを浮かべたまま、軽く身を起こして唇を重ねる。
     解き放たれた獣が艶めかしい手つきで、私の下腹部を捉えた。
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