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    桜道明寺

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    桜道明寺

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    羅小黒戦記ワンライまとめ・3

    #羅小黒戦記
    TheLegendofHei

    お題【大爽】【食事】

     一応、仙、っていうことになるんだと思う。
     とはいえ端くれの端くれの、そのまた端くれくらいの辺りだけど。
     ただ自分で言うのも何だけど、きっとどこからどう見てもそうは見えないし、特に胸を張れるほどの神通力もない。仙侠小説の登場人物みたいに空を飛んだり、呪符を貼って人でないものを操ったりするなんてこともできない。
     力も弱いし、剣なんかとてもじゃないけど持てない。というか持ったら最後、相手を斬るより先に自分が医者の世話になってしまうだろう。
     自分にできるのはただひとつ、生き物を「飛ばす」こと。文字通り、あっちからこっちへ、ぱっと瞬間移動。種も仕掛けもございません。ただし、弱い霊力のものに限る。犬とか猫とか人間とかね。妖精なんかは無理。ちょっと霊力の高い人間も、無理。その代わりと言っちゃあなんだけど、飛ばす量に制限はほぼない。街ひとつの人間をまとめて移動させることだってできる。地味なんだかすごいんだか、自分にもよく分からない。まあ、使う機会も実際にはそんなにないしね。
     最初は、自分にそんな力があるだなんて思ってもみなかった。戦乱から命からがら逃げ延びて、神様に守護された地で同じような人たちに埋もれて生きていたのに、人生って本当に分からないもんだね。とあるきっかけで能力が露見して、そこからあれよあれよと四百年。いやあ、生きた、生きた。当然のごとく親族や友人は最初の百年くらいで全員死に絶えてしまったのだけれど、流石にここまで来ると悲しいとかは、もうあんまり感じない。ただ生々流転の輪から弾き出されたっていう一抹の寂しさが、たまに浮かんでくるくらいかな。
     ああ、弾き出されたって言えば、同年代で同じ境遇の奴がもう一人いたな。あっちは押しも押されもせぬ実力者、自分が所属する組織の要の一人。一応、当時から噂は聞いていたけれど、人間離れしていることで既に有名だった。自分と違って、能力も使いこなしていたみたいだしね。それもすこぶる戦闘向きなやつを。
     未だに、あの人と肩を並べている自分が不思議に思えて仕方ない。いや、能力の話じゃなくて、人間から仙になった数少ない例って意味で。
     それほどかけ離れているにもかかわらず、実は面白いことに、自分と彼とは共通点がある。
     大食いなのだ、二人とも。
     さっきも言った通り、自分は仙だ。基本的に生きるための食事は必要ない。なんなら、空気中に漂う霊を取り込むだけで全ては事足りる。
     でも、自分も彼も、とにかくよく食べる。どちらも中肉中背、特に巨漢ってこともないし、いつも猛烈に腹を空かしているわけでもない。
     けれどひとたび食事を始めると、するするするする、面白いくらいに食べ物が胃の腑に収まっていく。ちなみに尾籠な話になるけれど、排泄はしない。食べたものは全て霊力の源となって身体をめぐる。これは妖精も同様であるらしい。
     基本的に他の仙も、飲んだり食べたりはするけれど、それはあくまでも趣味というか、気分的な楽しみの一環としてしているだけであって、自分たちみたいに三食きっちり、人間だった頃のように食べたりはしない。だから不思議がられたり面白がられたりするんだけど——なんだろうね、それについては、自分でもちょっと思うところがある。
     きっと、だけど。忘れたくないんだと思う。自分が人間だったこと。もうとっくの昔に過ぎ去った、数十年という、今と比べればほんのわずかな年月、自分が人として暮らしていた頃のことを。
     そしてそれは多分、彼も同じなんじゃないかな。
     普段は表情筋ほとんど使わないし、無駄口は叩かないし、いつも超然として近寄りがたい雰囲気もあるけど、そういう意味で、自分は何となく彼に親近感を抱いている。
     だってほら、今も。本当に何の気無しに入った料理屋のテーブルで、店員が目を丸くするほど次々に皿を積み上げる姿。傍にいる猫の妖精も年の割にはなかなかの健啖ぶりを見せてはいるけれど、彼に比べればまだまだだ。
     出された料理を次から次へと、するするするする、滑らかな箸使いで、飲むように食べる姿は、見ていて非常に気持ちがいい。
     ふと目が合ってアイコンタクト。特に交わす言葉もないけれど。
     少し離れたところにあるテーブル。椅子を引いて、席に着く。メニューを手に取り、ぱらりと開く。
     日に三度の確認作業。食事という楽しみを通して、自分がかつて人だったことを思い出す。
     カラーの写真と料理の名称が、目から入って食欲を刺激する。
     胃が準備を始めると同時に、わくわくと生の喜びが湧いてくる。

     ——さあ、今日は何を食べようか。



    お題【哪吒】【蓮の花】

     くん、と鼻をうごめかした弟子が、驚いたように私を振り仰いで言った。
    「師父、哪吒がいる!」
     唐突だったので、思わず聞き返す。
    「哪吒が?」
    「うん、哪吒の匂いしたもん」
     ……と強弁はするけれど。ここの市街地の真っ只中だ。周囲に人間はぞろぞろいるが、妖精の気配、特に強い妖精の気配は感じられない。
     哪吒の匂い。それはつまり、蓮花の匂いということだろうか。
    「小黑、それは恐らく、香水というものだ」
    「こうすい?」
    「ああ。人間がたまに身につけている匂いのする水だ。恐らくこの中に、蓮の花を模した香りを身に纏った人間がいたのだろう」
    「なあんだ」
     心底残念そうに言う弟子に苦笑しながら、哪吒に会いたい? と聞くと、うん、と頷く。
    「なら、次の会合にはお前も連れて行ってやろう。会議には同席させられないが、それ以外の時間なら話すことくらいはできるだろう」
    「いいの!? やったー!」
     目を輝かせて、飛び跳ねんばかりに喜ぶ。つくづく、自分はこの子には甘い、と思った。

         *

    「——哪吒!」
    「げっ」
     廊下の向こうから、猫耳を生やした子どもが駆けてくる。
    「久しぶり、元気だった?」
    「普通だ。お前は相変わらず元気そうだな」
     館の本部にこいつがいるってことは、間違いなくこいつの保護者の仕業だろう。そう思いつつ、周りを見回してみたけれど影も形も見えない。さっきまでの会議には出席していたから、多分文句を言われることを見越して姿をくらましたに違いない。天然そうに見えて、そういうところが意外と計算高いんだ、あいつは。
    「なんの用だ? 今日は遊ばねぇぞ、こう見えて俺も忙しいんだ」
     つっけんどんに言うと、聞いているやらいないやら、子どもは俺のすぐそばにやってくると、目を閉じてすんすんと鼻を動かしている。そしてぱっと笑顔になると「やっぱり!」と一人でうんうん頷いている。全く意味がわからない。
    「哪吒、いつもお花の匂いがしてるね。やっぱり香水つけてるの?」
    「香水? んな訳あるか。そもそも、んなもん手にしたこともねーよ」
    「じゃあ、なんでいつもいい匂いがするの?」
    「俺は蓮の化身だからな。だからちょっとはそういう匂いがするんだろ」
    「へええ」
     それって花の妖精みたいなもの? と聞かれたので、だいぶ違う、とだけ答えておいた。まあ、この身体になったいきさつを説明するのも、こいつにはまだちょっと早いだろう。ショッキングな内容が含まれているって自覚もあるしな。
    「蓮と言えば、哪吒様の霊域は、それはそれは美しいと聞いたことがありますよ」
     後ろから、渋い声が聞こえた。振り向くと、龍游の館長である潘靖が、面白いものを見つけたような顔で俺たちを見ている。
    「そうなの?」
     子どもが興味しんしんの目で訊いてくる。よ、余計なことを……!
    「ええ。数ある霊域の中でもトップクラスの美しさだとか。ですよね、哪吒様?」
     わざとなんだかなんなんだか、答えにくい方向に話を持っていかれて、ウッとなる。
    「どんなの? ちなみに、僕の霊域にはなにもないよ」
    「あー……空と、水と、……花、だ。蓮の花。そんだけ! 特に面白いもんでもねーよ」
    「へえ! それって、きっとすごくきれいなんだろうね。見てみたいなあ」
    「入れねーぞ。お前の師匠からも釘刺されてんだろ。無闇矢鱈と人の霊域に入るなって」
    「うん……」
     少し意気消沈、というか、未練たらたらな様子を見て、潘靖がにっこりする。
    「小黑。大丈夫ですよ。哪吒様はお優しいですからね。きっと写真を撮って見せてくださいます」
    「おい!」
    「私も是非この目で見たいものです。遥かなる蒼穹と、地平の彼方まで広がる蓮の群生。さぞかし美しい眺めでしょうねえ」
     にこにこと、否やを言わせない雰囲気で押してくる。そうだった。こいつは昔からこういう奴だった。特に今は好々爺然とした見た目をしているから、厄介さ加減も増している。
    「え? 哪吒様の霊域を見せていただけるんですか?」
    「わあ、私も一度拝見してみたいと思っていたんです!」
     げげ、いつの間にかギャラリーが増えている。おい冗談じゃねぇぞ!
     断ろうにも周囲の期待を込めた目が、それを許してくれそうもない。
     ——ああ、畜生!
     頭でも掻き毟りたい気分だが、覚悟を決めてビシッと指を突きつける。
    「……わーった、わーったわぁぁぁぁったよ! でも俺だけ見せるんじゃ不公平だ、見せてやる代わりに、お前らの霊域も俺に見せろよな!」
    「えー! 僕の霊域まっしろだよ!」
    「私の霊域も、特にめぼしいものはありませんねえ」
     ぶうぶう、あっちこっちから文句が飛ぶが、知ったこっちゃねえ。ただでさえ、天下一の暴れん坊の霊域が美しいだなんて、と普段からからかわれることの多いこっちの身にもなってみやがれってんだ。
    「うるっせえ、交換条件だ! 俺の霊域を見たいやつは自分の場所を撮ってくること、以上!」
     言い放って、逃げるようにその場から去る。全く、なんでこんなことに!
     そもそもはあいつを連れてきた无限のせいだ。ずんずん廊下を歩きながら、どこかで素知らぬ顔を決め込んでいるであろう无限をとっ捕まえるべく目を走らせる。
     このまま知らぬ存ぜぬで終わらせてなんかやらねーぞ。見てろよ、お前も絶対に巻き込んでやるからな!

         *

     かくて、次回の会合時には、「誰の霊域が最も美しいか写真コンテスト」が妖精会館本部で行われる運びとなった。
     後に聞くところによると、優勝はやはりぶっちぎりで哪吒の霊域だったそうだが、どういう訳か本人は、終始すこぶる苦い顔をしていたという。



    お題【老君】【紫陽花】

    「師父、お届け物です。鄭先生から」
     医館に出向いていた弟子が、手に巻物を持って帰ってきた。
    「おや、嬉しいね。新作かな」
     受け取って、するすると端から解いていくと、此処ではない、どこか遠い場所が現れた。
    「わあ……!」
     弟子が声を上げる。目の前に広がる瑞々しく美しい眺めに見とれて、その滑らかな頬が紅潮している。
     それは、深山幽谷を描いたものだった。雨のそぼ降る、墨絵の霞がかった山々を背に、こちらに向かって、鮮やかな青や赤紫の、縮緬で出来た毬のような花々が咲き乱れている。
    「きれい……こんな花があるなんて」
    「绣球花だね。これは珍しい」
    「師父は御存じなのですか?」
    「実際見たことはあまりないけどね。雨の季節に咲く、美しい花だ」
    「鄭先生は、旅の途中で見た景色だと言っていました」
    「そうかい。やはり芸術家は美しいものに出会う運命にあるのだね」
     話しながら、紙の上に広がる風景を、ひとしきり二人で眺める。
    「ちょうど時期も良い。早速、掛けさせてもらおうか」
     元の通り軸を巻いて手渡すと、はい、と心得た顔で受け取る。そして隅に立てかけてある矢筈を手に取ると、今まで掛かっていた絵を取り外して巻き取り、次いで今受け取った絵の軸紐に通して、掛け軸のために打ち込んである釘に掛け下ろした。
     そこだけ異世界に向かって開けた窓のように、美しい景色が縦長に覗く。
    「ほんとうにきれい……この世のものではないみたいですね」
     今まで掛かっていた絵を丁寧に箱に収めながら、ほう、と弟子が息を吐く。
    「気に入ったかい?」
    「ええ、とても」
    「その花はね、この時期にしか咲かないんだ。雨に耐えて咲く姿から、人生を見出す者もいると聞く」
    「そうなんですか? でも私には、降り注ぐ雨に喜んでいるようにも見えます」
     苦難を苦難と思わない。なんならそれすら身に降り注ぐ慈雨に変えてしまう。そうだった。この子は、そういう子だった。
     常に前向きで、この花のように、雨を受けて生き生きと鮮やかに咲き誇る。
    「ほんとうに、いい景色だ」
     匂い立つように咲く花々と、その傍に立つ弟子を見ながら呟く。
    「いつか、私も見てみたいです。——師父と、一緒に」
     そう言ってにっこりと笑う、その笑顔は、梅雨の晴れ間に覗く太陽のように、未来に向かって、ただ純粋な希望に輝いていた。


    「——なんです、この有様は」
     部屋に入ってきた従者が、眉を顰める。
     そんなに広くもない君閣の床の上には、普段から書物や、私の暇つぶしの道具があちらこちらに散らばっている。その間を縫うようにして色褪せたり日に焼けた古い箱が置かれていて、正に足の踏み場もなかった。
    「いや、久しぶりに見たい絵があってね。探していたんだ」
    「それなら私に申し付ければいいでしょう。貴方は一つ出したら一つ片付けるということをしないから、こういうことになるのです」
     身を折って、自分の周りの床のものを拾い上げながら、従者が文句を言う。
    「それにしても珍しいですね。何に対しても面倒くさがりの貴方がそこまでするだなんて」
    「うん。——いま、外は雨が降っている?」
     新たに箱を引き出しながら訊く。あえて目をやらずとも、従者が嫌な顔をしているのが分かった。
    「この時期は本当に……外出するだけで嫌気が差します」
     雨嫌いの愚痴を聞きながら、箱の中から出した巻物を開く。鮮やかな花の色が、墨色の雨を受けて、喜ぶように咲いている。
    「——まあ、そう悪いものでもないよ」
     きっとね、とこみ上げる思いを飲み下しながら、私はその懐かしく愛しい絵を眺めた。
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