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    乙麻呂

    @otomaro777

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    乙麻呂

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    リクエスト頂いた【海に行く風情】です。
    学生AU(高三)、健全です。慕情がはしゃいでます。
    リクエストありがとうございました。

    波打つ夏きっかけは、大した事では無かった。
    高校最後の夏、どこかへ出掛けたい。
    でも、金が無い。

    そうだ海に行こう!

    慕情はそんな提案を「安易だ」と笑う事も無く、同意してくれた。
    むしろ乗り気ですらあった。

    しかし、まさか海が初めてだとは思わなかったのだ。




    夏休みだけあり、海水浴場には既に人が集まっていた。
    プールならば、ぬるま湯のような水に芋洗い状態になっていただろう。
    しかし、海の広さは娯楽で集まった人間程度、容易く収めてしまう。
    まだ午前中の、朝と呼んでも構わない時間である事も関係しているだろう。
    昼過ぎには、流石に人でごった返す事が予想された。
    潮の香りと波の寄せては返す音に、風信は気分が高揚するのを感じた。
    風信とて、海水浴など小学生以来である。たまに電車や車から見る事はあるが、実際に近くで見る海に新鮮な感動を覚えた。
    しかし、それも同伴者程では無い。
    慕情は今まで見た事が無いくらいに目をキラキラとさせていた。
    「これが…海か」
    万感の思いを込めて慕情が呟いた。風信としては「海だな」と面白みも無い相槌を打つしか無い。
    「あー…………足元気を付けろよ?」
    風信はとりあえず注意を促すが、慕情は既に白い砂浜へと足を踏み入れていた。
    「うわっ、なんだこの砂滑るぞ!?」
    驚きながらも、声が弾んでいる。
    (なんだコイツ、犬か?)
    可愛いな、なんてうっかり見入ってしまい、風信は慌てて慕情を追いかけた。
    「ってちょっと待て!!海に入る前に準備するぞ!!」
    「準備?脱ぐだけだろう?」
    大袈裟な、と慕情が眉を寄せる。
    二人とも、Tシャツと短パンの下には既に水着を履いているので、着替えなど数秒で済む。
    風信は釘を刺すように言った。
    「謝憐に言われただろう」
    慕情はハッとした顔で鞄から赤いボトルを取り出した。


    「慕情」
    今朝寮を出る際、謝憐にやけに真面目な顔で呼び止められた。
    「これを渡して置かなければならない」
    そう言って差し出されたプラスチックの容器に、慕情は目を瞬く。
    「これは……………日焼け止め?」
    謝憐は重々しく頷いた。
    「いいか、海を甘く見たらいけない。これを、海に入る前には必ず全身にたっぷり塗るんだ。海から上がった後も、こまめに塗り直すようにな」
    「そんな事を言う為にわざわざ?」
    まだ、殆どの寮生は寝ている時間である。謝憐自身、まだ寝巻きのままであった。
    慕情は驚きと呆れを滲ませるが、謝憐は真面目な表情のままだ。
    「いいか、海の日差しを侮ってはいけない。君は、太陽の申し子のような風信とは違うんだから」
    確かに、風信は生まれてこの方、日焼けを気にしたことなど無い。
    小麦色の肌は、日焼けしてこの色を増す事はあっても、不都合を感じるような要素は何一つ無いのだ。
    それはそうなんだが。
    「いくら俺でも、生まれた時から日焼けしていたわけじゃ無いぞ」
    風信は呟くが、勿論二人は聞いていない。
    慕情は日焼け止めと謝憐の顔を見比べ、ハァと嘆息した。
    「分かった。ありがとう」


    慕情は羽織っていたパーカーとTシャツ、ズボンを脱いで水着姿になると、手の平に白い液体を出した。
    顔に丁寧に塗り広げ、首元、それから手足と順番に塗っていく。
    「おい、ちょっと背中に塗って……………」
    流石に背中は自分では届かないので振り返れば、何故か風信がこちらを凝視して固まっていた。
    心なしか顔が赤い気がする。
    「…………おい?どうした?暑さにやられたのか?」
    怪訝に問いかけると、風信はハッと我に返った。
    「い、いや。大丈夫だ。なんでも無い」
    何故か狼狽える風信に首を傾げながら、慕情は日焼け止めのボトルを押し付けた。
    「早く塗れ」
    「あ、ああ……………」
    風信は自分の手の平に白い液体を出した。



    予想はしていたが、日差しに晒された慕情の素肌の破壊力は中々くるものがあった。どこに来たかは、その、うん、まぁ、心に秘めるが。
    白い液体を体中に塗る手つきとか、焦れたような表情とか、思わずガン見してしまっても仕方が無いだろう。
    しかも、無防備に背中を向けてくる。腰のあたり、海パンに隠れるギリギリの位置に薄らと赤い痕があるのは、とりあえず黙っておくべきだろう。
    風信はなるべく普通の顔で慕情の背中に日焼け止めを塗った。
    「んっ」
    冷たかったのか、慕情の背中がピクンと跳ねた。
    「……………」
    風信は頭の中で夏休みの課題の事を考えていた。
    慕情と謝憐に散々せっつかれたが、まだ数学と科学の課題が終わっていないのだ。
    早く終わらせないと、慕情からお預け…………………………ゴホン。
    夏休みが終われば、大学の入試もある。
    そちらの準備も考えないと、受かるまでシないと慕情に言われそう…………………ゴホンゴホン。

    必死に雑念を打ち消そうとする風信の胸中など露知らず、慕情は風信の手の平が背中に日焼け止めを塗り広げる動きにくすぐったそうに…でもどこか気持ち良さげに身を委ねている。

    頭の高い位置で一つにまとめた髪から覗く、無防備なうなじに噛みつきたいなど、断じて思ってはいない。

    「ほら、終わったぞ」
    背中をポンと叩いてやれば、慕情は待ってましたとばかりに立ち上がった。
    「じゃあ、行くぞ!」
    「ああ」
    海水浴は始まったばかりだ。



    ザァンと打ち寄せては砕ける波が、裸足を撫でては引いていく。
    その冷たさの気持ち良さを噛み締めながら、二人は濡れた砂浜を歩いていた。
    じっと砂浜を見下ろしながら、慕情が口を開く。
    「これ、掘ったら貝とか出るのか?」
    掘ったら?と首を傾げ、風信は思い当たる。
    「潮干狩りなら、流石に……………」
    出来ないんじゃ無いか、と言いかけた風信は、足元の砂浜に小さな穴がぷつんと開いたのを見つけた。
    「……………」
    口元が緩むのを自覚しながら、穴の周辺を指で掘り返す。すぐに指先に固い感触があった。
    慕情が興味深げに覗き込んでくる。
    「何かあるのか?」
    「ほら、手を出してみろ」
    素直に差し出された手の平に、風信は砂浜から掘り出したモノを乗せてやった。
    灰色の小さな巻貝だ。
    「貝?………………ぅわ!?」
    「あははは」
    慕情の口から驚きの声が上がった。
    面白いくらいの反応に、思わず風信は笑ってしまう。
    慕情の手が震えたのに驚いたのか、貝から生えていた足は引っ込んでしまった。
    慕情がじっと見ていると、貝からまた細い足がにょきっと生えてくる。
    そして、目とハサミが覗いた。
    動きを観察していた慕情が呟く。
    「……………カニ?」
    「ヤドカリだ」
    まさか、これも見るのは初めてなのか?と驚くが、確かに海を知らなければ見る機会はそうあるモノでは無い。
    「へぇ」
    慕情の少年のような横顔に、風信は目を細めた。
    「慕情」
    「今度は何だ………………ぶっ!?」
    機嫌良く振り返った慕情の顔面に、潮水の塊が当たって弾けた。
    「ぷっ、あははははは」
    あまりに見事に引っかかったものだから、風信は笑い転げる。
    慕情はびっしょりと濡れた顔を振りながら風信を睨んだ。
    「何をするんだ!?……………って、ヤドカリ!」
    「ん?」
    かと思えば、悲痛な声を上げて足元をキョロキョロと見渡し始める。
    直後、ザザーンと慕情の足元を波がさらい、後には濡れて凹凸の消えた砂浜が残された。
    「ヤドカリが………」
    呆然と慕情が呟く。どうやら落としたらしい。
    「まさか持って帰る気だったのか?」
    恐る恐る問えば、ヤドカリの仇とばかりに睨まれた。
    「波にさらわれない場所に逃すつもりだったんだ!」
    風信は頬が引き攣るのを感じた。やばい。ここで笑えば、慕情はヘソを曲げるだろう。
    風信はなるべく真面目な顔を作る。
    「逃すも何も、海辺に住む生態なんだから、大丈夫だろう」
    慕情はハッとした顔をした。サッと顔に赤みがさす。
    「そ、そんな事は分かってる!!」
    バシャン!!!
    腹立ち紛れに、慕情は海水を蹴った。
    「ぶっ」
    今度は風信が頭から海水を被る羽目になる。
    「やったな?」
    風信はふくらはぎが浸かるくらいの深さまで海に入ると、にやりとした。
    両手で海水を掬い……………
    派手な水飛沫が上がる。
    「お前こそ!!」
    全身びしょ濡れになりながら、慕情も海に入ると負けじと海水を叩いた。
    そこからは熱い戦いだった。
    暑さも忘れ、海を駆け回り、海水をぶつけ合う。
    かと思えば揉みくちゃになり、海水に倒れ込み、海面を蹴り、水柱が立ち、そして互いにじりじりと出方を伺っていると、押し寄せた波を頭から被り。



    気が付けばすっかり日は高くなり、波も大きくうねるようになってきていた。
    砂浜には、人影が随分と増えている。
    我に返ると、途端にぐぅと腹が鳴った。
    「そろそろメシにするか」
    風信の提案に、慕情も素直に頷いた。
    濡れた体にパーカーを羽織ると、海水浴場の片隅にあるコテージのような施設へと向かう。
    海の家だ。
    まだ早い時間なので、すぐに空いてる席を見つけられた。
    「あー、これがまた美味いんだよな」
    濃いソース。所々焦げた麺。刻まれ、しなしなになるまで炒められたキャベツ。焼きすぎて硬い豚肉。やたらと量の多い紅生姜。
    如何にも“大きな鉄板で量産したただの焼きそば”だが、不思議とこう言う場所で食べると美味しく感じる。
    慕情も満更でもなさそうに頬張っていた。
    その目は、海岸で遊ぶ人々を捉えている。
    ビーチバレーをする男女、大きな浮き輪に乗っかってゆらゆら浮かぶ女性。
    数人がかりでビニールのボートを担ぐ小学生。
    浜辺で砂山を作る子ども。
    どれも、風信からすればありきたりな光景だ。
    「………………………ボートや浮き輪は、そこで借りれるぞ」
    ボソリと呟くと、慕情の目が見開かれた。
    嬉しさと恥ずかしさが入り混じった顔で、唇を戦慄かせる。
    「べ、別に遊びたいわけじゃ………」
    「遊ばないのか?」
    「………………」
    慕情は何らかの葛藤の末、あのバナナに乗ってみたいと唸った。






    案外乗るのは難しく、二人揃って何度かひっくり返って潮水を飲みながらも、時間を忘れて楽しんだ。
    が、最後まで、数多のボートや浮き輪の中から、何故バナナボートを選んだのかは聞けないままだった。
    (まぁ良いか)
    風信は、楽しそうな慕情を見て、来て良かったなと思うのだった。
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